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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
実りの月
306/664

アインスタイ領にて ~大和視点~①

8の鐘が鳴る前に起きる。ここはアインスタイ領主の領城の一室だ。かなり早く起きることは伝えてある。白の上下に身を包み、部屋を出る。


「お早いですね。今から準備を?」


「はい。日の昇る前に終わらせたいので。案内をお願いします」


声を掛けてきたのは昨日も付いてくれた、領兵の1人。


「こちらです。出来るだけ冷水をということでしたが、昨夜からですので少し(ぬる)んでいるかもしれません。私は氷魔法が使えますので、必要でしたらお声かけください」


「ありがとうございます」


四方に柱が立てられ、その上に布を被せたテントのような所に、咲楽ちゃんの用意してくれた浄水が置いてあった。100L位あるか?


まずは柏手を打つ。2拝2拍手1拝を四方に向いて行い、唱え言葉を唱える。


(はら)(たま)い、(きよ)(たま)え、(かむ)ながら守り(たま)い、(さきわ)(たま)え」


東の方を向き、水垢離の準備に入る。


「人は(すなわ)天下(あめがした)神物(みたまもの)なり


須掌(すべからくしずまる)静謐(ことをつかさどる)(こころ)(すなわ)神明(かみとかみ)との本主(もとのあるじ)たり

心神(わがたましい)(いたま)しむること(なか)()(ゆえ)

目に(もろもろ)の不浄を見て 心に(もろもろ)の不浄を見ず

耳に(もろもろ)の不浄を聞きて 心に(もろもろ)の不浄を聞かず

鼻に(もろもろ)の不浄を嗅ぎて 心に(もろもろ)の不浄を嗅がず

口に(もろもろ)の不浄を言いて 心に(もろもろ)の不浄を言わず

身に(もろもろ)の不浄を触れて 心に(もろもろ)の不浄を触れず

(こころ)(もろもろ)の不浄を思ひて 心に(もろもろ)の不浄を(おも)はず

()の時に清く(きよ)(こと)あり

(もろもろ)(のり)は影と(かたち)の如し 清く(きよ)ければ

仮にも(けが)るること無し (こと)を取らば()べからず

皆花(みなはな)よりぞ木実(このみ)とは()る 我が身は 則ち 六根清浄(ろくこんしょうじょう)なり

六根清浄(ろくこんしょうじょう)なるが故に五臓(ごぞう)神君安寧(しんくんあんねい)なり

五臓(ごぞう)神君安寧(しんくんあんねい)なるが故に天地(てんち)の神と同根(どうこん)なり

天地(てんち)の神と同根(どうこん)なるが故に万物の霊と同躰(どうたい)なり

万物の霊と同躰(どうたい)なるが故に

()す所の願いとして成就せずといふことなし

無上霊宝(むじょうれいほう) 神道加持(しんとうかじ)


六根清浄(ろくこんしょうじょう)祝詞(のりと)を唱えながら、冷水を汲み、身に掛けていく。この作法は長老格の爺さんに教わった。天照皇大神アマテラススメオオカミ様に請い願い(たてまつ)祝詞(のりと)だが、「(ぼん)の行かれる所に天照皇大神アマテラススメオオカミ様が御座(おわ)すとは限りませんからな。天照皇大神アマテラススメオオカミ様という文言は抜きましたじゃ。先代さまもこれをよく唱えておられました」と好好爺然(こうこうやぜん)とした態度で教えてくれた。短身痩躯のあの爺さんが親父の武術の師匠だった。俺も小さい頃によく投げ飛ばされた。


当時は海外に行った時に、と捉えていたが、異世界で唱えることになるとは思わなかった。確かにここに天照皇大神アマテラススメオオカミ様が御座(おわ)すとは思えない。しかし主神リーリア様と六神様がいらっしゃる。


水垢離を終えると、深い瞑想を行う。地に意識を沈め、感覚を広げる。見ているのに見ていない、聞こえているのに聞いていない、この世界との一体感を己の中に取り込む。


朝日が己を照らした感覚に意識を引き上げた。立ち上がり朝日に深く礼を行い、身を返す。


「終わりましたか?」


御祓(みそぎ)の最中から見ていた副団長が声をかけてきた。


「ありがとうございます。無事に御祓(みそぎ)を終えました」


「それは良かったです。まずは着替えをしてしまいなさい」


乾かしていないから、ずぶ濡れの状態だ。副団長に言われて、素直に従うことにする。


「はい」


地属性で壁を立ち上げ、目隠しにする。その中で着替えた。


「食事と水をシロヤマ嬢から預かったと、カーク君が待っていますよ」


「ありがとうございます」


「トキワ様、お食事です。こちらでお召し上がりになりますか?」


カークから水を受け取り、一気に呷る。かなり冷たい。これはさっき出したものか?


「サクラ様から先程受け取りました。成功をお祈りしますとの言葉を、伝えて欲しいと仰っておられました」


「咲楽ちゃんは?」


「ニョニンキンセイだと、行っては駄目だから、と」


女人禁制とは、また古風な事を。まぁ、宗教系で多いことは多いが。


「トキワ殿、食事ならこちらへどうぞ」


ガゼボに案内される。そこで俺は野菜のみのスープとパンを、カークと副団長はアインスタイ家が用意したと思われる朝食を食べた。


「おや、パンも特別製ですか?」


「王都の神殿地区のバザール(市場)にあるパン屋のパンですよ。ミルクやバターは使っていません」


「ほぅ。それはいつでも売っているのでしょうか?」


「今回は特別に作ってもらいました。普段売っているかは、不明です」


「神殿地区のパン屋ですか。また行ってみましょう」


話をしていると、ユーゴがガゼボに案内されてきた。ユーゴと同じ位の年齢の子、3人と一緒だ。


「兄の息子と側近の子です」


「彼が後の領主ですか」


「今はまだ候補ですが。何事もなければ、彼になるでしょうね」


「おはようございます。トキワさん、お願いがあるんだけど」


ユーゴが何故か遠慮がちに言う。


「どうした?」


「黒き狼様、体術を教えてください!!」


3人が一斉に頭を下げる。


「体術?学園で教わっているはずでしょう?そもそも何故ここにいるのですか?学園の寮を抜け出したのですか?」


副団長が少し呆れをにじませながら聞く。いや、これは怒りか?


「学園でもやっています。でも、身を守るのに学園の授業だけでいいのかって話していて。寮に関しては許可はとってあります。特別扱いはしてもらっていません」


「ごめんなさい。僕の所為(せい)です」


ユーゴが謝った。


「ユーゴ、どこで知り合ったんだ?」


「昨日の模範試合の後。トキワさんとカークさんは剣の指導とその手伝いをしていたし、天使様は治癒術を教えていたし、僕、暇になっちゃって。そうしたら声をかけてくれて、僕が冒険者をしているって話をしていたら、魔物から身を守るにはどうするか、とか、そういう話になって、それで……」


「それで一緒に来たのか。剣舞が終わって直会(なおらい)が終われば時間はあるが」


「父に聞いてきます。トキワ殿、学園には一緒に向かいましょう」


副団長が館に入っていった。しばらくして、領主殿と嫡男殿も一緒にこちらに来た。


直会(なおらい)を終えた後、学園で体術と言うか、護身術を教えることを約束し、一旦部屋に戻って着替える。服は奉納舞の時のあの衣装。あの衣装なんだが。装飾、増えてないか?リリア嬢がほつれ等がないか点検するから、と言って持っていって、包まれた状態で返されたんだが。


上着はあちらで着ることにし、着替えて部屋を出たら、咲楽ちゃんとジャスミン嬢に会った。どちらも簡易なドレスを着ている。


「おはようございます、大和さん」


「おはよう、咲楽ちゃん。おはようございます、ジャスミン嬢」


「おはようございます、トキワ様」


「もう出発するんですか?」


「もう少しかな?咲楽ちゃんも来てくれて良かったのに」


「こういう儀式って、女人禁制とかって無いんですか?」


「家ではそんな事はなかったよ。あったら女子衆(おなごし)が怖い」


どこかに行っていたジャスミン嬢が、アインスタイ夫人と副団長の兄君の奥方と共にこちらに来た。女性陣の準備が整ったようだ。一礼し、(うまや)のエタンセルの所に向かう。ここから女性陣は馬車で俺達は馬で移動する。


カークとユーゴは馬車の馭者席に乗るらしい。嫡男殿の子息殿達はすでに学園に戻っている。


エタンセルに近付くと、いつもと違う雰囲気を感じたのか落ち着きがなくなった。声をかけ、落ち着かせて、騎乗する。


「珍しいですね。エタンセルが落ち着かないのは」


「雰囲気が違うからでしょう。落ち着かないだけで暴れたりしませんから、大丈夫ですよ」


学園に着くと舞台を確認する。剣立ての剣を確かめ、舞台横に張られてあった天幕に入る。中にはカークとユーゴが居た。


「こちらでお待ち下さいとのことです。サクラ様は後で来ると仰っておられました」


カークとユーゴは誰が用意したのか、俺の物とよく似た白い服を着ていた。敷物の上でストレッチを行いながら、カークに聞く。


「その服、どうしたんだ?」


「実は神殿衣装部のコリン様から、冒険者ギルドに届けられました。どこでお知りになったのかは存じませんが」


「ジェイド嬢からだろうな。もしくは団長からか」


「神殿衣装部とどのような繋がりが?」


「ジェイド嬢とコリン嬢は友人だ。そしてコリン嬢は団長の姪だ」


「そんな繋がりがあるとは」


「コリンさんって、学門所に裁縫を教えに来てくれているよ。僕の服を作ってもらった事があるもん」


「そうなのか?」


学園の関係者であろう男性が時間を告げに来た。それを期にいつもの瞑想を始める。


瞑想を終え、上着を着ると天幕の外に出る。


「すべての準備が整い次第、合図が来ます。トキワ殿、落ち着いていますね」


「この位の規模でしたら、緊張することはありません」


「そうなのですか。おや、合図が来ましたね」


深呼吸を一つ。気持ちを切り替える。


「出ます」


副団長に告げ、舞台に歩を進める。


舞台前方中央に立ち、一礼。剣を取りに向かう。カークとユーゴから剣を受け取り、舞台中央で胡座(あぐら)を組んだ。2振りの剣を捧げ持って口上を述べる。


『只今より、常磐流(じょうばんりゅう)第28代が2子、常磐 大和(ときわ やまと)、神々に舞を(たてまつ)る。どうぞ御照覧(ごしょうらん)あれ』


立ち上がるとカークとユーゴが剣の鞘を掴んで俺が引き抜きやすいようにグリップ()を差し出す。カークは左側。ユーゴは右側。それぞれの鞘から腕を交差して剣を抜き取る。カークとユーゴが舞台から降りたのを確認し、構えをとる。3拍置いて舞い始める。7つの存在が感じられた。こちらにもいらしてくだされたか。


穏やかで清涼な空気。厳しい夏を乗り越えた人々を癒す風。冬を迎える為の鮮やかな竜田姫の衣。


こちらには紅葉(もみじ)は無いと聞いた。しかし、黄葉(おうよう)はある。鮮やかな黄色に林が染まるという。


一挙手一投足を意識し、今の全力を出しきる。今己が出来る最高の舞いを神々に御覧いただく。


剣舞が終わると、カークとユーゴが再び舞台に上がって、俺から剣を受け取り鞘に納める。カーク、ユーゴの順に舞台を降り、礼をしてから俺が最後に舞台を降りる。


天幕に戻って少しすると、咲楽ちゃんがやって来た。一緒にいるのはマソン嬢か?


「トキワ様、サクラ様がいらっしゃいました」


「どうぞ」


天幕の入口から、咲楽ちゃんだけが顔を覗かせる。花が綻ぶように微笑んだ後、天幕内に入ってきた。


「お疲れさまでした」


「咲楽ちゃんもお疲れ様」


咲楽ちゃんを抱き締める。その腕の中で、咲楽ちゃんが言った。


「七神様がいらしていたみたいです。大和さんの頭上に大きな金の光、その周りを赤、青、緑、黄色、白、濃紫の光が囲んでいました」


「おいでくだされたか」


「それから、何人かがユーゴ君に恋しちゃったみたいです」


「は?」


思わず咲楽ちゃんを解放してしまった。確かに天幕の外が騒がしいが。


「剣舞の最中に『あの男の子、格好いいわね』とか、『優しそうよね。王都に手紙を出して、確かめようかしら』とか、『確か領主様の御屋敷に滞在されているのよね?私、侍女の方を知っていますわ。紹介してもらおうかしら』とか、色々聞こえてきて。リディー様が苦笑していました」


「そのご令嬢って、何歳くらい?」


「リディー様が少し下の学年って言っていました」


「そうか。そろそろ助けに行った方がいいかな?」


「騒がしいですよね。でも大和さんが出たら、もっと騒ぎになりませんか?」


「その時はその時。咲楽ちゃんは中に居た方が良いね」


「でも……はい」


逡巡しながらも頷いた咲楽ちゃんをその場に残し、天幕を出る。


人集りが出来ていた。中心にいるのはカークとユーゴ。マソン嬢は少し離れたところにいる。咲楽ちゃんの為に、マソン嬢を呼び寄せ、中に居てもらう。


「マソン嬢、申し訳ありません。咲楽ちゃんが中にいますので、一緒にいていただいてもよろしいでしょうか」


「構いませんわ。天使様は中でお1人ですの?」


「はい。私は彼等をあそこから助け出してきますので」


少し笑って言うと、マソン嬢も少し笑いながら、天幕の中に入っていった。


「さてと」


小さく呟き押さえていた気配を解く。何人かが気付いたようだ。


「カーク、ユーゴ」


「トキワ様」


「なんの騒ぎだ?」


「それが、ユーゴ君が気に入られてしまったようで」


「カークもだと思うがな。副団長」


人垣から離れていた副団長を呼ぶ。


「何でしょう?」


「このままだと収拾がつきません。場所を移せませんか?」


「父に話してきましょう。少し待っていてください」


「お願いします」


ユーゴは少し疲れているようだ。


「ユーゴ、着替えなくて平気か?」


「トキワさんも着替えてないのに、良いの?」


「あぁ、着替えてこい。カークはどうする?」


「私はこのままで。トキワ様はお召替えにならないのですか?」


「話をしたい人達が居るようだしな」


学園内のホールに場所を移した。集まったのは大半が男性生徒。教員や領民らしき姿もその外辺に見られる。女性生徒は遠巻きに眺めている。カークやユーゴや咲楽ちゃんが来れば違うんだろうが、咲楽ちゃんはこの人数には耐えられない気がする。カークのクエイム(暗示)が必要となるだろう。


「黒き狼はあの剣舞を私の領でも披露するべきだ。招いてやる。ありがたく思え」


横柄な態度の男子生徒に告げられた。「ありがたく思え」ね。どこの子息なんだか。教師陣は注意をしようともしない。ハラハラしながらこちらを見ている。さて、どういった対応が正解か。


副団長を見ると、お手上げのポーズをされた。


「申し訳ありませんが、私は芸人ではありません。騎士です。国家に属しております。陛下のご命令ならともかく、この場でのそういった要望にはお答えしかねます。神殿で奉納した際も一度限りという約定でした。それに私の剣舞は神々に捧げる為の物です。人に見せる事を主たる目的とはしておりません。今回は学園からの嘆願書が寄せられました。学園生の署名と共にです。一度限りという約定を反故にしてまで、今回の要望に応じたのは、その熱意に答えた形となります。あなた様のご招待をお受けしてしまうと、際限がなくなります。故にお断りさせていただきます」


横柄な態度の男性生徒はポカンとしていた。やがて、断られたというのが分かったのだろう。ワナワナと震えながら、言い放った。





















作中で大和が唱えているのは「六根清浄」の祝詞です。本来はこの前に「天照(あまてらします)皇太神(すめおおかみ)(のたま)はく」という文言が入ります。


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