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案内してくれたのはチャーリーさん。学園で学んでいる内に物作りに目覚めちゃった男爵家の4男さんだ。男爵家の4男だし、やりたい事に出会っちゃったしと、卒業前にご両親に打ち明けたら、「やっとやりたい事を見つけてくれたか」と言われて送り出されちゃったらしい。トリックボックス等も手掛ける木工職人さんに弟子入りしたらしく、「毎日が楽しくて。もう20歳超えてんのに叱られても楽しいんすよ」とひたすらポジティブな人だ。案内役も「貴族の学園で学んでいたから、マナーもしっかりしているだろう」と選ばれちゃったらしい。男爵家の家名は教えてもらえなかった。「自分は職人としてやっていく覚悟なんです。家名は名乗りません」って言われた。ちなみに男爵家の4男という情報は奥様からもたらされた。
「トラットリア・アペティートには1度両親と行きました。寒い時期でしたのでシチューがとても美味しかったです」
「あら、ありがとうございます」
チャーリーさんはこちらのリクエストに答えて、まず調理器具を扱っている所に連れていってくれた。ここでエッグカッターを買う。生卵にも使えるようにってハサミ型のを薦めてもらった。ユーゴ君が不満そうだったのでエッグスタンドと、球を落とすタイプのエッグシェルブレイカーも買った。
次に行ったのはチャーリーさんの勤めている木工所の販売店。工場直営店って感じかな?お椀っぽい深皿や縁のほとんど無いお皿、木で出来たカトラリーもあった。どれも木目が美しい。
「天使様、ちょっと来て」
ユーゴ君に呼ばれて行った先には木製のおもちゃがあった。
「これ、買ってもらっちゃダメかな?」
おずおずと示されたのは文字と数字の書いてある木札。ちょっとお高い。説明には何枚かで単語を作ったり、数合わせをすると書いてある。知育玩具?
「買っていってどうするの?」
「チビ達の勉強に使えるかな?って」
「チビ達?」
「近くにある孤児院のチビ達。遊び道具とか古くなってきているから」
「それで寄付でもするの?」
「ちゃんと返すよ。だからお願いします」
「カークさんに聞かなきゃね」
カークさんを呼んで事情を説明する。カークさんは基本的には賛成だけど、ユーゴ君からの寄付とするのは難色を示した。まだ成人していないから、新品を渡すのはって事らしい。
「ねぇ、ユーゴ君。こっちを寄付するのはどうかな?」
隣にあった絵札付きの木札達をお薦めしてみた。文字札に書いてある文字の絵札を集めるって、いろはカルタだよね。値段もお手頃だ。
「これなら大勢でも遊べるし、文字も覚えられるよ。数も覚えていくしね」
「こっちの方が小さい場所に置いておけるね」
私とカークさんとユーゴ君が1セットづつ買って、私とカークさんの分は寄付、ユーゴ君の分は仲間とどうするか決めてもらう事にした。孤児院に渡せなくても、これなら色々活用できる。
後はパズルもあった。何種類もあって見ているだけで楽しい。チェスのセットもあった。大和さんが欲しがるかな?買っちゃおう。ティースタンドも見つけた。これも買っていこうかな?でも、たぶんあまり使わないよね。止めておこう。トリックボックスは簡単なのとちょっと難しいのを買って、今日のお買い物ツアーは終了。
一旦学園に戻る。奥様が用事があるらしい。
学園の待機場にはエタンセルと副団長さんの馬、タルジュが待っていた。タルジュは栗毛のバトルホース。エタンセルと仲が良くてしょっちゅう一緒にいる。この2頭は兄弟だとピガールさんが判断した。何故別々に居たのかは謎だ。タルジュが兄でエタンセルが弟かな?私の勝手な思い込みだけど。バトルホースは普通の馬と違うらしいし。ただ大きさが違うだけじゃないんだね。
エタンセルが私を見て、ブルルと鳴いた。
「エタンセル、明日はラススヴィエートだよ。大きな河だって。楽しみだね」
エタンセルと一緒にタルジュまでブルルと鳴いた。
「咲楽ちゃん」
「あ、大和さん、終わりましたか?」
「終わったよ。エタンセルと何をしていたの?」
「明日の事を話していました。楽しみだねって。ラススヴィエートに行くんですよね?」
「河があるだけですよ?」
副団長さんはそう言うけど、私は見た事がないから楽しみなんですよ。
「大きな河なんですよね?見たことがないので楽しみです」
「迫力はありますね」
副団長さんはジャスミンさんの方に行ってしまった。副団長さんは見飽きてるのかな?
ユーゴ君の様子がおかしい。何かを言いたくて、でも言いたくないみたいな変な感じだ。大和さんもそれを感じたようで、ユーゴ君に話しかけた。
「ユーゴ、どうした?」
「僕、泳げない」
「教えましょうか?」
カークさんが言ったけど、ユーゴ君は及び腰だ。
「あ、明日決めるっ」
「ユーゴ君っ」
ユーゴ君が走って逃げていった。どうしたのかな?
「カーク、ユーゴは溺れた事でもあるのか?」
「はい。小さい頃に溺れたそうです。すぐに救出されて、大事には至らなかったようですが」
そうか。溺れちゃったんだ。それなら水が怖いのかも。
副団長さんとジャスミンさんがこちらに歩いてきた。
「副団長、明日は泳ぎますか?」
「トキワ殿は……泳げそうですね。泳ぎなら負けませんよ」
「では、明日ですね」
明日は2人で勝負かな?そういえば、大和さんはコボルト族の滝のところでも泳ぐとか言っていた気がする。
奥様が用事から戻ってきた。大和さん達がユーゴ君を探し出してきて、馬車に乗って領主館に帰る。
夕食の後で体験の機織りのパターンを見せてもらった。太さの違うストライプ。チェックにするなら横糸を途中で変えるそうだ。端に細い線の入った物を選んだ。中央に線と同じ色の切り替えがある。薄いピンクだから、白い横糸で織れば桜色になるよね。
機織りの経糸掛けって大変だって聞いたんだけど、今決めていて良いんだろうか?
「大丈夫ですよ。シロヤマ様は染色もご希望でしたよね?」
「はい」
「今、体験できるのが、青色になるのですが。こういう色ですね」
「青と緑の中間色ですか。いい色ですね」
「では染色をして乾かしている間に、機織りをしてしまいましょう」
「場所は離れていないんですか?」
「両方私の家ですから」
「そうなんですか?」
「始めたのは高祖父母だと聞いています。高祖母が機織りが得意で、高祖父が染色液を作るのが趣味だったそうです。この青色も高祖父が作ったんですよ」
「凄いです」
アシュリーさんが胸を張った。
「お教えする事も出来ますよ。祖母と母に叩き込まれましたから」
「お願いしたいです」
「お任せください」
「どういった物を染めるんですか?」
「大判のハンカチ程度ともう少し大きい物があります。板で挟んで模様を付けたり、型染めも出来ますよ」
絞り染めと型染めかな?
確か絞り染めは纐纈、夾纈、蝋纈があって、纐纈が有松絞りで見られるような細かく糸で括っていく染め方、夾纈が板なんかで挟んでいく染め方、蝋纈が蝋を使って染めたくない部分を表現する、所謂ろうけつ染めだって聞いた覚えがあるんだけど。アシュリーさんが言うのは夾纈かな?
大和さんに聞いて……駄目だ。副団長さんのお兄様と話をしている。
「サクラさんは明日は織物と染色でしたよね?私は付いていけないけど、大丈夫?」
ジャスミンさんが聞いてくれた。
「アシュリーさんが教えてくださるそうなので。アシュリーさんにくっついています。魔石もありますし」
「天使様、僕が付いていこうか?」
「ユーゴ君はやりたい事はないの?」
「あるけど、別にいいんだ」
「ユーゴ君、自分のしたい事を優先してください。私を気遣ってくれるのは嬉しいけど、我慢しないでください」
ユーゴ君が母親のした事による負い目から、私の為にって行動している事を知っている。ここに来る前に大和さんとカークさんと3人で話し合ったもの。でもユーゴ君は未成年。そんな事に縛られてほしくない。
「僕は迷惑ですか?」
「迷惑じゃないよ。いてくれると嬉しい。でも、ユーゴ君に我慢はさせたくないの。ユーゴ君はとても頼りになるけど、まだ未成年だもの。この時期に経験した事はきっと将来役に立つの。だからいろんな経験をして欲しい」
「僕は天使様の側に居ていいの?」
「誰が駄目って言っても、私は居て欲しいです。それじゃダメかな?」
「僕が迷惑になったら言ってね」
「分かりました。そんな日は来ないと思うけどね」
「じゃあ、明日は何をしようかな?」
「チャーリーに誘われていたのではないのですか?」
奥様がこちらに来てユーゴ君に聞いた。
「木工所に行く前に何か言っていたでしょう?チャーリーの所なら明日行く用事があるから、一緒に行きましょう」
「いいんですか?」
「えぇ。アーネストもカイルも、ユーゴ君位の歳には学園でしたからね。一緒にどこかにってことが出来なくて。こんなおばさんで良かったら付き合ってちょうだい」
「おばさん?こんな綺麗な人をおばさんなんて呼べません」
「あらあら、お上手だこと」
コロコロと笑う奥様は確かにお綺麗だ。若々しいって言うのかな?
明日の予定は決まった。お昼までは大和さんと副団長さんとラススヴィエートに行く。お昼ご飯はどうするのかな?何時頃行くとか全く聞いていないんだけど。
「2の鐘からラススヴィエートで、お昼からは別行動ですね」
カークさんが大和さんに確かめにいってくれた。そうだよね。お昼からは別行動になるよね。まさか大和さん達はずっとラススヴィエートに居るつもりかな?
奥様と若奥様にラススヴィエートについて聞いてみた。
「ラススヴィエート?大きな河ですわね。対岸まで100m位でしょうか。川原も含めてですけど。実際に水の流れている部分はその半分位ですわね。河の底に水の石が沈んでるなんて子どもや男性は言いますけれど、私達はそれが河の底に沈んでいたものかどうか分からないでしょう?誤魔化されているのじゃ無いかって思ってしまう事もありますわ」
「お義母様……。ち、中心部は10m程の深さがあるそうですわ。対岸まで渡し船はありますけれど、対岸は砂地が広がっていますの。そこもアインスタイ領なんですけど、作物が育たないようなんですの」
「砂地ですか?」
「そうですのよ。キラキラの砂が広がっているのです」
「キラキラの砂ですか。見ているだけなら綺麗でしょうね」
「そうですわね。綺麗ですがソイルレガードの生息地でして、たくさんいるのです」
「ソイルレガードって、え?たくさんいるんですか?」
「えぇ。人を見れば逃げていってしまいますが」
「カークさん、教えてください」
「ソイルレガードですか?ソイルレガードは臆病な魔物です。臆病ですが、尾の力が強いですし、噛む力も強いですから、追い詰められると反撃してきます。慣らすことが出来れば砂地や平野で乗ることもできます。岩や砂を食べて生活しています。皮膚が固くて丈夫なので、革鎧なんかに使われますね」
「お詳しいですのね」
「私は冒険者ギルドの調査員でしたから」
「調査員?」
「主に魔物の生態や特性を調べます。それを冒険者ギルドが纏めて冒険者達が討伐するんですよ」
「それじゃ、カーク様は戦ったりはしませんの?」
「戦うと調査になりませんから。攻撃に対する反応を見る為に軽い攻撃を行ったりはしますが」
「軽い攻撃ですか?」
「はい。バレット系やブレード系の魔法攻撃で弱点等を探ります」
「気付かれて反撃されたりはしませんの?」
「されますよ。逃げる能力や避ける能力は上がりましたね」
「危険なお仕事ですのね」
奥様がしみじみと頷かれた。
「そうしますと、カーク様は冒険者をされていますの?」
「冒険者とギルドの調査員とトキワ様の押し掛け従者ですね。まだ認められていませんが」
「あら、どうして?」
「従者の必要を感じないと仰られてしまいまして」
「そうですの?」
「今回は剣舞の介添え役と、サクラ様の護衛兼付添いという形で同行させていただきました。ですから本来でしたら客となれる身分ではないのです」
「それでしたら心配要りませんわ。この領主館には平民身分の方が多いのですもの。旦那様が『有能な者に身分は関係ない』と仰られて、ここはマナーを学ぶ場にもなっていますのよ」
「でも、カーク様の言葉遣いは、お綺麗ですわね。ユーゴ様もですけれど」
「私は学ぶ機会がありましたので。ユーゴ君は自然とそうなっていましたね」
6の鐘が鳴って、それぞれの部屋に引き上げる。大和さん達はもう少し話をするみたい。
部屋に備え付けのバスを使って、夜のバルコニーに出てみた。あれ?今日は月が1つだ。星は宝石を撒いたように煌めいている。夜空を見上げることなんてめったにない。東の空にひときわ明るい緑っぽい星があった。あれがアネモスかな?
部屋に戻って、ベッドに入った。明日が楽しみだ。
「おやすみなさい、大和さん」
大和さんはまだ起きているのかな?考えながら目を閉じた。
ここでは「エッグカッター」を生卵用、「エッグシェルブレイカー」を茹で卵用としています。実際には呼び名の区別のみで、どちらにも使えるものです。
夾纈は頬纈、蝋纈は臘纈とも書きます。
昔は纐纈、夾纈、蝋纈を三纈と言ったそうです。




