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翌日。まだ真夜中にノックの音が響いた。
「サクラ様、起きていらっしゃいますか?」
「カークさん?はい。起きました」
そっとドアを開けるとカークさんと兵士さんがいた。
「今、トキワ様が瞑想に入ったと知らせてくださいました。ご一緒に行かれますか?」
「女人禁制だと駄目ですから、水だけ渡してください」
コップに出来るだけ美味しい水を、と願いながらウォーターで水を出して、浄化をかける。
「これを渡してください」
スープとお水を渡す。
「お預かりいたします。何かトキワ様にお伝えすることはございますか?」
「成功をお祈りしますと伝えてください」
「畏まりました」
礼をしたカークさんを見送る。もう眠れない気がしたから着替えて髪を纏める。ちょうど朝日が昇り始める所だった。
朝日を浴びると確かに浄化されている気がする。うん。気がするって便利な言葉だよね。
本音を言えば、大和さんの所に行きたい。でも大和さんは剣舞を終えるまでそれに集中する必要がある。カークさんが付いていてくれるし、大丈夫だと思う。
気がすむまで大和さんの今日の剣舞の成功をお祈りして、部屋を出る。
「おはようございます、シロヤマ様」
アシュリーさんに声をかけられてビックリした。
「おはようございます。あぁビックリした」
「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか?」
「驚きました。えっと朝食ですか?」
「はい。奥様が呼んできて欲しいと仰いまして」
「奥様が?」
アシュリーさんに付いて部屋に案内される。といっても着いたのは食堂。大和さんは当然として、カークさんも副団長さんも居ない。もしかして、3人で食べているの?
「天使様は僕の隣だよ」
「ありがとう、ユーゴ君」
今日は大和さんの剣舞があるから、昼食を食べるまでは学園に居る予定だ。その後、奥様と若奥様が近場のバザールを案内してくれると言う。バザール?大丈夫だよね。お守りの魔石もあるし。
「さぁ、ジャスミンさん、シロヤマさん。着替えに行きますわよ」
「えっ?あ、ちょっと……」
朝食が終わると、奥様と若奥様に声をかけられて、戸惑っている内に2人で部屋に連れ込まれてしまった。
「ジャスミンさんはカイルの奥様になるのだから、ちゃんと色を合わせないとね」
「シロヤマ様はトキワ様の色だと、少し合わせにくいのよね。このオレンジなら良いと思うの」
「ジャスミンさんはこっちの空色ね」
これって最初から用意していましたよね。
奥様と若奥様が用意してくれたワンピース……簡易的なドレスに着替えて、ヘアメイクをされる。日中だからそこまで気合いの入ったフルメイクじゃない。
部屋を出てジャスミンさんと歩いていると、大和さんの部屋から大和さんが出てきた。奉納舞の時の衣装って聞いていたけど、ズボンのサイドに極淡い緑でラインが入っている気がする。あんなの、前は無かったよね?
「おはようございます、大和さん」
「おはよう、咲楽ちゃん。おはようございます、ジャスミン嬢」
「おはようございます、トキワ様」
「もう出発するんですか?」
「もう少しかな?咲楽ちゃんも来てくれて良かったのに」
「こういう儀式って、女人禁制とかって無いんですか?」
「家ではそんな事はなかったよ。あったら女子衆が怖い」
ジャスミンさんと奥様と若奥様がこちらに来た。同時に大和さんが礼をして私から離れる。
「シロヤマ様、私達は馬車で移動しますわよ」
「一緒に行きましょうね」
馬車まで行くとカークさんとユーゴ君が居た。馭者席に乗っていくらしい。
私達が乗り込んで馬車が動き出す。大和さん達は馬での移動だから、その後を付いて行く。
「ジャスミンさんとシロヤマ様は、トキワ様の剣舞は見たことがあるのですわよね?」
「はい。奉納舞の時に見ました。今までの剣舞って、大剣を振り回しているだけって感じでしたけど、トキワ様の剣舞は繊細と言うか、迫力はあるんですけど綺麗な感じでしたね」
「大和さんの剣舞は神々に捧げるもので、見世物じゃないですから。私達は神々のお裾分けで見させていただいている状態です」
「神々に捧げるもの?学園で演っていただいて、良かったのかしら?」
「大和さんが『7神様が神殿にしかいらっしゃらないということはないだろうから、どこで舞おうと同じだ』って言っていました。『ただ、頻繁に場所を変えると神々も見つけ辛いだろうから、あまり場所を変えてこなかったのではないか』って」
「そうね。7神様が見にこれなかったら意味がないですわよね」
学園に着くと、昨日より大勢の騒めきが聞こえた。
「天使様、参りましょう。お席を取ってありますのよ」
「リディアーヌ様、そんなに急がなくても」
馬車の所で奥様達と別れて、リディー様と観覧席に向かう。
「スゴい人……」
「アインスタイ領の領民もいらしているのですって。こちらですわ」
観覧席は階段状になっていて、平等に見られるようになっていた。一応学園生と領民では、場所が分けられているらしい。
舞台の上の剣立てに2振りの剣が置かれている。舞台の隣に天幕が張られていた。
「天使様、剣舞が終わられましたら、トキワ様の元に行かれるのでしょう?」
「はい。そのつもりです」
「一緒に付いていきますからね。天使様を1人にしないように、フリカーナ様の手紙に書いてありましたもの」
「昨日お渡しした手紙ですか?」
「はい」
アインスタイ領主様の話が終わって、大和さんが出てくる。大和さんの後に続いて、カークさんとユーゴ君が舞台に上がった。カークさんとユーゴ君は大和さんの衣装とよく似た衣装を着ている。大和さんが舞台上で礼をした。
大和さんが剣を取りに向かう。カークさんとユーゴ君から剣を受け取り、舞台中央で胡座を組んだ。2振りの剣を捧げ持って口上を述べる。
『只今より、常磐流第28代が2子、常磐 大和、神々に舞を奉る。どうぞ御照覧あれ』
大和さんの頭上に光が見えた。7神様の属性の光。柔らかで暖かい。金の光を中心に周りを属性の光が囲んでいる。
大和さんが立ち上がると、カークさんとユーゴ君が剣の鞘を掴んだ。カークさんは左側。ユーゴ君は右側。それぞれの鞘から腕を交差して剣を抜き取る。
大和さんが舞い始めると、アウトゥの柔らかな空気が辺り一帯を包む。清涼で穏やかで、凛としていながらも優しさが感じられる。
周りの会話が聞こえてきた。
「あの男の子、格好いいわね」
「優しそうよね。王都に手紙を出して、確かめようかしら」
「確か領主様の御屋敷に滞在されているのよね?私、侍女の方を知っていますわ。紹介してもらおうかしら」
「あの方々は。剣舞の見学ですのに」
リディー様が苦笑していた。
色鮮やかな山裾が大和さんに重なった。秋の紅葉した山々。日本の風景だ。
「天使様、気のせいでしょうか?赤や黄色に色付いた山々が見えます」
リディー様のそんな声が聞こえた。
「リディアーヌ様にも見えますか?」
「天使様にも?」
「はい」
「驚きました」
舞台上の大和さんの剣舞が終わろうとしていた。大和さん達が舞台を降りて、私とリディー様はそっと席を立った。
「天使様、こちらですわ」
私達が天幕に近づくと、カークさんが天幕の中に声をかけてくれた。
「トキワ様、サクラ様がいらっしゃいました」
「どうぞ」
天幕の中から大和さんの声が聞こえた。ちゃんと戻ってきてくれた。ホッと胸を撫で下ろす。天幕の入口から覗くと、大和さんがこっちを見てくれた。
「お疲れさまでした」
「咲楽ちゃんもお疲れ様」
天幕の中に入ったら、大和さんに抱き締められた。
「七神様がいらしていたみたいです。大和さんの頭上に大きな金の光、その周りを赤、青、緑、黄色、白、濃紫の光が囲んでいました」
「おいでくだされたか」
「それから、何人かがユーゴ君に恋しちゃったみたいです」
「は?」
疑問系の返事が聞こえて、腕が解かれた。
「剣舞の最中に『あの男の子、格好いいわね』とか、『優しそうよね。王都に手紙を出して、確かめようかしら』とか、『確か領主様の御屋敷に滞在されているのよね?私、侍女の方を知っていますわ。紹介してもらおうかしら』とか、色々聞こえてきて。リディー様が苦笑していました」
「そのご令嬢って、何歳くらい?」
「リディー様が少し下の学年って言っていました」
「そうか。そろそろ助けに行った方がいいかな?」
「騒がしいですよね。でも大和さんが出たら、もっと騒ぎになりませんか?」
「その時はその時。咲楽ちゃんは中に居た方が良いね」
「でも……はい」
外からザワザワと声がする。魔石は持っているけど、確実に恐怖に囚われると思う。大和さんと離れたくはないけど、仕方がないよね。
少しして、リディー様がそっと入ってきた。
「トキワ様に頼まれましたの。側にいてあげて欲しいと」
「お世話をお掛けします」
「天使様と一緒にいられて嬉しいのですよ。お話ししましょう」
ユーゴ君が入ってきた。
「着替えても良いですか?」
「どうぞ」
この天幕には仕切りが付いていて、試着室みたいになっている。
「天使様、その人ってフルールの御使者の未成年の部の一番馬車だった人だよね?」
「えぇ。リディアーヌ・マソン様です」
「はじめまして。ユーゴといいます」
「あらあら、貴方でしたのね?『天使様の弟』って。お聞きしていますわ。ローズ様とルビー様から。天使様、姉弟が増えましたのね」
「リディアーヌ様は『妹天使様』じゃないですか。冒険者達が言っているのを聞きましたよ」
「まぁ。そうしましたら、私達も姉弟ですわね」
「えっ!?」
「天使様の弟と妹でしょう?私の弟という事になりますのかしら?」
「いや、だって、リディアーヌ様って貴族様でしょ?僕は、その……」
「貴方に罪はありませんでしてよ。どなたか貴方を責めましたの?」
「天使様もトキワさんもカークさんも僕を責めないよ。でも母さんがやったことは消えないし、それを忘れちゃいけないんだ」
「そうですわね。忘れてはいけませんわ。でも覚えておくのは自分の周りでこういう事があったということだけでよろしいのではないかしら?それとも貴方も加わったのかしら?」
「そんな事はしていません。でも母を止められなかったんです」
「子どもが親を諌めるのは難しいのですわ。私の父は王宮の審問所に勤めておりますから、『こういう事があった』と知らせてくださいましたの。どなたの事かと思っておりましたけれど、貴方の事でしたのね。罪から逃げない姿に好感を持ったと書いてきましたわ」
「僕……は……」
「ご立派ですわ。誇ってよろしくてよ」
「はい……はい」
ユーゴ君が泣き出してしまって、リディー様がユーゴ君を抱き締めた。
「どうかしましたか……えっと?」
声を聞いていたのか、聞き付けたのか、カークさんが顔を出した。リディー様とユーゴ君を見て困惑している。
「ユーゴ君はまだ自分は犯人の子だと思っているんですね。そうじゃないって言われて泣き出しちゃいました」
「サクラ様の周りはお優しい方ばかりですね」
「カークさんもですよ」
「サクラ様を見守るのは当然の権利です」
「当然の権利……ですか」
「リディアーヌ・マソン様、ご友人がいらっしゃいました」
「はい。ではユーゴさん、ご自分を責めちゃ駄目ですよ。貴方は私の弟でもあるのですから。前を向いていてくださいまし」
「はい」
リディー様はご友人と行ってしまった。
「ユーゴ君、トキワ様がたぶん食堂にいらっしゃいますので、行っても良いか聞いてきてくれませんか?」
ユーゴ君の目の腫れを引かせてお使いに行ってもらう。しばらくして、ユーゴ君が戻ってきた。
「トキワさんが来てくださいって」
「では参りましょう」
天幕を出て、大和さんと合流する。大和さんはご老人の愚痴を聞いていた。
隣に座って昼食を頂く。この後は大和さんと別行動だよね。
「サクラ様、私とユーゴ君も、護衛として付いていきますね」
「ありがとうございます。護衛ですか?」
「名目上ですね。奥方様方に護衛が付かないということはありませんでしょうし」
「分かりました。頼りにしていますね」
「アインスタイ領で滅多なことはないでしょうけどね。貴族家の御子様達をお預かりしている関係上、アインスタイ領は治安が非常に良いのです」
「そうなんですね」
昼食後、馬車に乗ってバザールに行く。バザールに入る前に深呼吸。大丈夫。カークさんも居てくれるし魔石もある。大丈夫。
バザールは王都と全く違う様相を呈していた。王都のバザールがそのまま『バザール』であるのに対し、こちらのバザールは朝市的な感じだ。もしくは大規模なフリーマーケット?
「入口辺りは食料品、農作物や川魚、肉類が主です。奥の方に工芸品や細工物がありますよ」