27
ちょっと怠くなってきた。国民証の総魔力量は1割まで減っていた。
ナザル所長が側に来た。
「お疲れ様じゃったの。おや?総魔力量を見せなさい」
国民証を見せる。
「1割位か?残っておるのは。休んだ方がいい。今日は施療院に戻ったらそのまま帰りなさい」
「でも……」
「責任感が強いのは良いことじゃが、無理はいかんな」
治療を終えた冒険者さん達は荷台みたいな馬車に乗せられた。ちゃんと毛皮が敷いてある。大和さんは左腕1本でエタンセルに乗った。
私達も馬車に乗って、施療院に戻る。そこにはアリスさんともう1人男の人が居た。
「所長。手伝いに来ました」
男の人が挨拶している。その隙にアリスさんに診察室に連れ込まれた。ルビーさんも一緒だ。ベッドに寝かされる。
「総魔力量を見せなさい」
国民証を見せる。
「貴女、私より多いって本当だったのね。でもこの状態でよく戻れたわね。少し魔力を分けてあげるから大人しくしてなさい」
触れられた手から魔力が流れ込んでくる。最初は暖かかったけどすぐに熱くなった。
「アリスさん、熱い」
私がそう言うのとアリスさんが手を離すのが一緒だった。アリスさんはなんだか焦ってる。
「ルビー、魔術師筆頭様を呼んできて」
ルビーさんが出ていった。
さっきの男の人が入ってきた。
「何があった?」
「魔力が反発されます」
「何?」
男の人が側に来た。黙って手を握られる。怖い。握られた手が熱い。強く目を瞑る。直ぐに手は離された。
「貴女の名前は?」
「サクラ・シロヤマです」
「そうですか。貴女が……しかしこれでは魔力の譲渡が出来ない。睡眠で、となると、どれだけかかるか……まぁ、2日も寝れば十分だろうが、全回復なら5日は掛かるだろうね」
ナザル所長が入ってきた。
「シロヤマ嬢は魔力の譲渡が出来ない状態です。次の木の日までは休ませた方がいい。その間アリスを派遣しましょう」
「分かりました。それで良いな、シロヤマ嬢」
アリスさんに身体を起こされる。
「あの人は?迎えにこれないの?」
アリスさんに聞かれた。
「送っていこうか?」
魔術師筆頭様が言ってくださったけど、首を振る。
「1人で大丈夫です」
「筆頭殿、神殿に連絡は取れませんか?」
「神殿?」
「あそこにはシロヤマ嬢の知り合いがたくさん居るはずです。シロヤマ嬢の婚約者は先程西の森で負傷しました。神殿騎士にも所属しているはずです」
ナザル所長がそう言ってくれたけど、魔術師筆頭様は訳が分からないって顔をしている。
「あの、大和さんは今は王宮騎士団ですが、来月、眠りの月には神殿騎士団に所属になります。しばらくは1ヶ月単位で掛け持ちだって言ってました」
「掛け持ち?もしかして黒き狼かい?」
「そう呼ばれてるみたいです。本人は不本意そうですが」
「彼の剣技は惚れ惚れするね。そうか、彼が貴女の……あれ?黒き狼は神殿で奉納舞をするって聞いたけど大丈夫だったのかい?」
「怪我は治しました」
「そうか、まぁどこまで回復するかだね」
魔術師筆頭様はそう言って立ち上がった。
「神殿に連絡を入れる。所長、通信設備を借りるよ」
「トキワ様、黒き狼って呼ばれてるの?」
ルビーさんに聞かれた。あの時ルビーさんは聞いて……なかったですね。何か見に行ってた。
「本人は凄く不本意そうなので、呼ばないであげてください」
「はいはい」
ルビーさんと入れ違いにローズさんが入ってきた。
「サクラちゃん、貴女また光ってたわ」
「え?」
「大きな怪我を治す時だけだけど」
えぇぇ……。
「酷い怪我は貴女がほぼ治してたから私達は大丈夫だったわ。魔力量は減ったけど。所長が『任せてしまって悪かった』って言っておいてくれって」
「ローズ、手を出して」
アリスさんがローズさんに魔力譲渡を行う。
「ありがとう」
「今度何か奢ってよね」
神殿からプロクスさんが来てくれた。リリアさんも一緒だ。
「シロヤマ嬢、お待たせしました。帰りましょうか」
「一応馬車を持ってきたわよ」
お言葉に甘える。所長に挨拶をして……
「お先に失礼します」
「今週一杯は休みなさい」
「え?でも……」
「天使様が倒れたとあっては大変だからの」
所長がニヤッと笑う。
「天使様はやめてください……」
「とにかく次の光の日から出勤するように」
「はい」
馬車に乗り込む。リリアさんも一緒に乗った。
「しばらくは無理はしないのよ。神殿の方で食べ物は届けるからね」
「そんな、悪いです」
「神殿で連絡を受けたのがスティーリア様でね。食べ物の手配と送迎の手配は素早かったわ。なんなら神殿に連れてこいって勢いだったのをエリアリール様が一喝して止めてらしたもの」
「ご心配をおかけしました」
外で馬の足音がする。
小窓を開けるとエタンセルが居た。
「え?誰の馬?」
「エタンセルです。大和さんの馬です」
「あら?トキワ様もいらしたの?」
「あの、大和さんも怪我をしたので」
「何があったの?」
話して良いのかな?日本だと守秘義務があって話して良い事と悪い事があったから……どうしよう。
「リリア、その話はトキワ殿の家に着いてからにしましょう」
プロクスさんがそう言ってくれた。
「あの、プロクスさんってリリアさんの事、呼び捨てなんですね」
「一応婚約者だからね」
「そうなんですか?」
「ただ、神殿で知っているのはエリアリール様と、スティーリア様とペリトード騎士団長くらいね。だからもう少し内緒ね」
「大和さんには言って良いですか?」
「そうね。良いわよ」
家に着いた。
大和さんが結界具を解除して皆が中には入れるようにしている。庭に馬車を入れてからドアを開けると、大和さんが左手を差し出してきた。その手を借りて馬車を降りるとエタンセルが側に来た。
「大和さん、エタンセルはどうしたんですか?」
「俺が怪我をしたことで、エタンセルの気が荒ぶってるから宥めてこいってさ。俺も今日は早退だな」
「さっさと中にはいるわよ」
「リリア、貴女の家じゃないのですから」
「あのまま放っておいたら休養にならないわ」
「それはそうですが」
大和さんと顔を見合わせて笑う。そこにパーシヴァルさんが来た。
「良いですねぇ。エタンセルは実に良い。あ、トキワ殿、シロヤマ嬢、お疲れ様でした。冒険者ギルドから一度顔を出してもらえないか、と、連絡がありました。シロヤマ嬢も一緒に」
「え?私も?」
「助け出された冒険者達が直接お礼を言いたいんだそうですよ」
「咲楽ちゃん、どうする?」
「シロヤマ嬢、魔力量はどのくらいですか?」
「えっと、1.3割くらいです」
「少しは回復してますか」
「シロヤマ嬢、魔力譲渡はしてもらわなかったのですか?」
「魔術師筆頭様が『魔力譲渡が出来ない』って言っていました。魔力譲渡をしようとすると反発するそうです」
「何それ?」
「私もわかりません。けど、アリスさんに魔力譲渡されたとき、最初は暖かい感じだったんですが直ぐに熱くなって、魔術師筆頭様も同じ状態で、直ぐにそう言われました。それでナザル所長が今週は休みなさいって」
「怠い感じは?」
「今はそうでもないです」
「シロヤマ嬢が大丈夫そうなら行きましょう。そうしないと冒険者達が押し掛けてきそうです。ただでさえデリックと睨み合ってるそうですし」
「ねぇ、お昼食べてからにしない?」
リリアさんが提案した。
私もその方がいいと思う。
皆に中に入ってもらう。あ、エタンセルのご飯とかは?
「エタンセルについてはパーシヴァルに任せておきなさい。どうせ飼い葉だ水だと勝手に用意してるに違いないんですから」
「ミメット様は相変わらずね」
リリアさんが笑う。
「お昼どうします?私達は持ってますが」
「私達も持ってきたわ。後はミメット様ね」
パーシヴァルさんが家の中に入ってきた。
「トキワ殿、あの四角いガゼボ、エタンセルの家にして良いですか?」
「家?構いません。家ねぇ……」
皆が笑いそうになっている。
「ミメット様、お昼はどうなさいます?」
「持ってきてますよ」
3の鐘が鳴った。
「お昼をいただきましょうか」
プロクスさんがそう言って立ち上がった。
「トキワ殿、テーブルを借ります。パーシヴァル、手伝いなさい」
大和さんが立ち上がろうとするのをプロクスさんが止める。
「いくらシロヤマ嬢が治したと言っても、せめて5の鐘までは安静にしておいてください」
プロクスさんとパーシヴァルさんがダイニングテーブルを運んできた。椅子も運んできてソファーと合わせて5人が座れるようにする。皆でお昼を魔空間から出して食べ始めた。
「そうだプロクス、聞きたいと思ってたんだが、キッチン奥の食料庫、人が入ってるときは閉まらないようにって出来ないのか?」
「もしかして閉じ込めですか?」
「あぁ、咲楽ちゃんが」
「おかしいですね。ちょっと見ましょうか?」
「頼めるか?」
「プロクスはそういうのが得意なんですよ」
「トキワ様のお昼ってシロヤマさんが作ってるの?」
「はい。私のと量が違うだけです」
「美味しそうねぇ。お料理、教えてくれない?」
「別に構いませんけど」
「明後日、休みなの。一緒に市場に行ってお料理しましょ」
「構いませんか?」
大和さんに確認をとる。
「無理しないなら」
大和さんも了承してくれた。
お昼を食べ終えて、少し休む。
「トキワ殿、今日はお昼を取られませんでしたね」
「パーシヴァル?どういうことです?」
「王宮騎士団の中に2人、トキワ殿のお昼を奪おうとしてるやつがいるんですよ。実際にはあんまり『クレクレ』しつこいからトキワ殿が根負けしてほとんど交換のようになってますけどね。で、そいつら2人は他の数人とトキワ殿から貰ったのを分けあってるんですよ。『旨い旨い』って言いながらね」
そうなんだ。
「シロヤマさん、他人事だけど、貴女のお料理よ」
リリアさんに笑われた。木皿を片付ける。
プロクスさんと大和さんは食料庫を見に行った。パーシヴァルさんはエタンセルと自分達の馬の所。
「ねぇ、シロヤマさん、貴女達は式は挙げないの?」
「式?」
「結婚式よ。挙げないの?」
「まだそんなの考えられません」
「まだ1ヶ月経ってなかったっけ?」
「はい」
「でも、お互い意識はしてるんでしょ。特にトキワ様は最初から貴女を護ろうとしてたし」
「えっと、それは……」
「なぁに?何か進展でもあった?」
「それってリリアさんが聞きたいだけですよね」
「当たり前じゃない」
「その辺にしておいてやってください」
あ、大和さん。
「トキワ殿、あの扉は直ぐに直りそうですが、道具を取ってきます」
「プロクスさんとリリアさんは今日はお仕事は良いんですか?」
「私はトキワ殿の監視です。団長が『放っておいたら直ぐに動き回りそうだから、見張ってろ』と、指示されまして。これは王宮騎士団のアインスタイ副団長の指示でもあります」
「で、私はシロヤマさんが退屈しないように、話し相手ね。こっちはスティーリア様からの指示。あとで何か小物でも作りましょうか」
「だったらテーブルランナーを作りたいです」
「テーブルランナーね。分かった。そろそろ何があったか聞きたいんだけど」
パーシヴァルさんがちょうど入ってきたので聞いてみた。
「今回の事ってどこまで話して良いんですか?」
「別に全部話して構いませんよ?」
了解がとれたので話をする。
「えっと、少し前にスラムで事故があったって知ってますか?」
「えぇ。知ってるけど」
「倒壊した家の修理と言うか、建て替えの材料を冒険者ギルドが依頼として出してたらしいんです。で、冒険者さんが一昨日、西の森に伐採に行ったんですけど、帰ろうってなったタイミングでトレープールの群れに襲われたらしいんです。大和さん達は緊急出動で、私は救援要請で西の森に行って。冒険者さん達は3人亡くなったって聞きました。他の人達も腕とか足をを食いちぎられたりしてて完全に治すことができなくて。大和さんは森から出てきた時、怪我をしてました」
「ちょっとドジっただけですよ」
聞いてた大和さんが口を出す。
「何言ってるんですか。噛み付かれながら4頭斬り殺したくせに。しかも、冒険者を2人庇いながら」
パーシヴァルさんが口を挟んだ。
そんな事になってたの?
「大変だったのね。良くやったわ。偉かったわよ」
「でも、完全に治せなかった。あのままだと何かしら障害が残ります。冒険者の人ってそれで大丈夫な訳ないですよね」
「やれることはやったんでしょう?」
「でも……」
「ナザル所長が何か言ったの?」
「無くなった部分は治せないって」
「でしょう。なら胸を張りなさい。怪我した人は誰も死ななかった。その事を誇りなさい。あのね、それだけの怪我で誰も死ななかったって、有り得ないのよ。今までなら1人は死んでたわ。今回貴女は命を助けたのよ」
俯いた私を抱き寄せてリリアさんが頭を撫でてくれていた。
プロクスさんが戻ってきた。
「そろそろギルドに向かい……どうしたんですか?」
「顔だけ洗ってきます」
大和さんが付いてきてくれた。
「咲楽ちゃんは良くやったよ。あの現場は俺でも目を背けたくなった。でもちゃんと治療してたでしょ」
「でも……」
「でも、じゃない。それは助かった人に失礼だ」
少し厳しい声がした。
「咲楽ちゃんがいつまでも悔やんでたら、助かった人は自分が助かった事を悔やまれてることになる。リリアさんも言ったでしょ。誰も死なせなかったことを誇れって」
「はい」
顔を洗って皆のところに戻る。
「リリア嬢。明後日貴女が先約ですが、咲楽ちゃんを私に譲ってください」
「譲ってって……良いわ。譲ってあげる。何?トキワ様も休みなの?」
「ミメット部隊長、シフトに変更はありませんよね?」
「本当は明日も休んでほしいんですけどね。トキワ殿は明日休めば連休ですよ」
「その腕で明日も仕事をする気ですか」
プロクスさんが呆れたように言う。
「ギルドが終わったら王宮に行きましょう。パーシヴァルは当てにならない。アインスタイ副団長に説得してもらいます。リリアはシロヤマ嬢を頼みます」
プロクスさんがテキパキとスケジュールを決めていく。
出掛ける前に服を着替えることにした。大和さんはとっくに着替えてた。今日は東の市場の巡回予定だったから、魔空間に入れてたんだって。トレープールに噛み付かれた時に騎士服が汚れたから王宮に戻ったときに着替えたって言ってた。
「まずはギルドです。行きますよ」
プロクスさんが馬車の御者席に上がる。パーシヴァルさんと大和さんは騎乗。私達は馬車に乗った。
大和さんは片手でエタンセルを操っている。
「何を言われたの?」
「え?」
「トキワ様に何か言われたんでしょう」
「私がいつまでも、あれができなかった、完全に治せなかったって悔やんでいるのは、助けた人に失礼だって言われました」
「厳しいけど、正論ね」
「はい。それと、リリアさんが言ったように誰も死なせなかったことを誇れって」
「そう」
リリアさんはずっと私の肩を抱いて撫でていてくれた。
ギルドに着いた。大和さんとパーシヴァルさんと一緒にギルド内に入る。リリアさんとプロクスさんは馬と馬車の見張りをするって言ってた。
ギルドに入ると喧騒がやんだ。
「トキワ様、シロヤマ様」
デリックさんが寄ってきた。
「皆が待ってます。こちらです」
「デリック!!先にこっちの話だ」
デリックさんはその声の主に文句を言ってる。
「ギルド長、後で良いでしょう。皆待ってるんだから」
「待ってたのはオレも同じだ。良いから先に話をさせろ」
「ギルド長?」
大和さんが呟く
「あぁ、悪いな。ギルド長のエドモンドだ。エドって呼んでくれ」
ギルド長ーーエドモンドさんはぐるっと辺りを見渡すと言った。
「ここじゃ話もできん。着いてきてくれ」
そう言ってスタスタ歩いていく。とたんに大声が響き渡った。
「横暴だぜ、ギルド長。恩人に礼も言わせないつもりか」
「仲間を救ってもらったのよ。話ぐらいさせなさいよ」
騒がしくなる室内。
「やかましい!!順番ってもんがあるんだ。大人しく待ってろ」
怒号が響いた。
ビックリして固まってると大和さんが笑って言った。
「異世界テンプレだね」
その言葉に思わず笑顔になった。
「そうですね」
気が付いたら静かになってた。何があったの?
「嬢ちゃん、あんたの笑顔は破壊力があるな」
エドモンドさんが言う。
「何か壊してしまいましたか?」
心配になって思わず尋ねたら周りの人に大笑いされた。
「まぁ良い。こっちに来てくれ」
「私はここで待ってますよ」
パーシヴァルさんが言った。
2階の奥まった部屋に案内される。
「掛けてください」
ソファーを勧められて2人で座った。
「まずは礼を言う。冒険者の命を救ってくれてありがとう」
エドモンドさんが頭を下げた。
「頭をあげてください。あなた方が要請をしたからこそ救えた命です」
大和さんが言う。
「それに全員は救えていません。我々は少し遅かった」
「それでも助かった者の方が多いのです。騎士団の方に感謝を」
エドモンドさんはこっちを見た。
「天使様にも感謝を」
「天使様って止めてください。私も完全に治すことはできてません。それに私だけじゃないです」
「施療院には先にお礼に行きました。直接会ってお礼を言いたかったのですよ」
エドモンドさんはそう言うと、何かを手渡してきた。プレート?
「ギルドの特別会員証です。これがあれば他国でもスムーズに出入国できます。騎士様には必要ないかもしれませんが。国民証と同じです。魔力を流していただければ使用可能になります」
「受け取れません」
大和さんが返そうとする。
「受け取ってください。ギルドとしてはこのくらいしか出来ないのです」
頭を下げたままエドモンドさんが言う。
「上司に相談しても良いですか?」
「もちろんです」
「咲楽ちゃん、ちょっと行ってくる。待ってて」
「はい」
大和さんが部屋を出た。瞬間エドモンドさんが力を抜く。
「緊張した~。あれが黒き狼か」
私はまだ居るんですけど。
「天使様は黒き狼と一緒に住んでるって聞きましたけど」
「はい、あの、天使様は止めてください。大和さんも黒き狼って呼ばれるのは……」
「本人には言いませんよ。後が怖そうだ」
なら私も天使様って止めて欲しい。
「片腕にトレープールを食らい付かせたまま4頭斬り殺したって聞きましたけど、本当ですか?」
「私は直接見てないんですけどそう聞きました」
「で、その怪我は貴女が治したと」
「はい」
「なんと言いますか、あぁ言うのを男が惚れるって言うんでしょうな。惚れるを通り越して心酔してるのも居ますが」
「デリックさんですか?」
「スラムの倒壊に巻き込まれたらしいですね。本当はあいつの家はもっと先の方なんですよ。スラムって言っても比較的治安の良い場所です。直前に子どもが入ったのに気が付いて庇った直後に崩れたと。彼らは耳と鼻が良いですからね。崩れた瞬間、死を覚悟したそうです。ところがトキワ殿と貴女に助けられた。本当はお宅まで行って仕えたいが迷惑そうなので我慢すると言ってました」
ノックの音がした。
「どうぞ」
大和さんが入ってくる。とたんに背筋が伸びるエドモンドさん。
「ギルド長、上司に相談したところ、『貰っといて損はないから貰っときなさい』との事ですので有り難く頂きます」
大和さんがきっちりとした礼をする。私も立ち上がって頭を下げた。
「そろそろ連中が五月蝿そうですね。降りますか」
「はい、失礼します」
ギルド長室を後にする。
「咲楽ちゃん、何話してたの?」
「デリックさんの事とかです。家まで行って仕えたいけど迷惑そうなので我慢すると言っていたとか」
「そんな事を……そうだ咲楽ちゃん、下に行ったら離れないでね。なんだったら抱いていってあげるけど」
「普通に歩きますけど、何かあったんですか?」
「さっきので咲楽ちゃんのファンが増えた」
「さっきの?」
「笑ったでしょ?」
「あれで?」
「だから自覚がないって言ってるのに」
階段の上に着いたら拍手で迎えられた。2~3段先に降りた大和さんに手を差し出された。謁見の日の時みたい。笑顔を作って大和さんに手を伸ばす。
「謁見の時みたいです」
「そうだね」
「2人の世界を作ってますね」
パーシヴァルさんが呆れたように言って近寄ってきた。
「部隊長、邪魔するなよー!!」
「ああいうの、されてみたいねぇ」
「誰か良い人居ないかしら」
「姉さんらが天使様みたいだったらとっくにしてるよ!!」
「普段ガサツなヤツ等を見てるからそうなるんですー!!」
ドッと笑い声が上がる。大和さんに手を引かれて階段を一番下まで降りると、あの時治療した人たちに取り囲まれた。
「天使様、ありがとうございました」
「お陰で助かりました」
「天使様、何かして欲しいことはありませんか?」
天使様って止めて欲しい。
「あの、天使様って止めてください」
「「「「「分かりました。天使様!!」」」」」
絶対分かってない!!
大和さんはずっと笑ってる。
「大和さん、助けてください」
「はいはい、お姫様」
大和さんに抱き上げられた。
「ミメット部隊長、そろそろ行きましょうか」
「そうですね」
ギルドをお暇する。