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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
酷熱の月
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「サクラちゃん!!あ、いた。ごめん、ちょっと急いで」


「おはようございます、ルビーさん。どうかされましたか?」


「知り合いの冒険者に会ってね。ふらついていたから、一緒に来たんだけど、熱があるのよ。診てあげて?」


「分かりました」


急いで着替えて診察室に行く。急いでいたからか、待合室の人の視線が気にならなかった。


「シロヤマさん、急がせて悪いの」


「いいえ、所長。患者さんは?」


「こっちじゃ」


所長の診察室に、大柄な男の人が横になっていた。診察ベッドからはみ出しちゃってる。側には心配げな女の人。この人もかなり大柄だ。でもスタイルが良い。


お名前はハディールさん。5日前の依頼で隣領に行って、そこで怪我をしたと言う。


「腕をガデューガに咬まれたって言ったんだ。ガデューガは毒持ちだから解毒剤を飲んだって言ったんだけど、3日前から熱が出てきて、薬師も無理だって言うし、カークに施療院に行けって言われて、こっちに来たんだけど」


奥様のミカエラさんが説明してくれた。


「カークさんに?」


腕の傷は2つ。結構大きな穴が8cm位の間隔で開いている。えっと、もしかして私の苦手なモノですか?


怯みそうになりながら、中和するイメージで血液内の毒を浄化していく。咬傷(こうしょう)も修復する。


たぶん30分位経っていたと思う。ライルさん、ローズさん、ルビーさんは自分の診察をしていた。所長だけが見守ってくれていた。ハディールさんの呼吸が落ち着いてきた。熱も引いている。


「もう大丈夫だと思います。少しの間、回復室で様子を見た方が良いと思いますけど」


「ハディの仲間に運ばせますよ。天使様は出ていた方がいいですね」


カークさんが言ってくれたのかな?


所長の診察室を出ると入れ違いに、大きな男の人が4人入っていった。大丈夫。あの人達はハディールさんの仲間の人達だ。私に何かする訳じゃない。大丈夫。


「天使様……」


少ししてユーゴ君と同じ位の女の子が入ってきた。患者さん?じゃないよね?


「パパを助けてくれて、ありがとうございます」


「ハディールさんの娘さん?もしかしてユーゴ君のお友達かな?」


「はい。ミーシャって言います」


「じゃあ、貴女が闇属性しかないって子?」


「はい。ごめんなさい」


「謝らないで。私も闇属性は持っているよ」


「カークさんから聞きました。本当だったんですね?」


「本当よ。ミーシャちゃんは闇属性は嫌い?」


「私は役立たずなの。暗いし、勉強もユーゴ君に教えてもらってるし、何も出来ないの。属性も闇だから、何も出来なくて」


「闇属性って精神に作用するから、私は治癒術の際の痛み止めとして使っているの。でも他に出来るんじゃないかな?って考えてるんだけど、何か無い?」


「あのね、関係あるか分かんないんだけど、冒険者活動の時にコスルーリ(角ネズミ)が襲いかかってきた時があったの。危ないって思って闇属性を使っちゃったら、コスルーリ(角ネズミ)が少しの間縫い付けられたみたいにその場から動かなくなっちゃって。どうしたのかな?って」


「縫い付けられたみたいに?」


何かあった気がする。でも思い出せない。


「カークさんに相談かな?その話もしてみてね?私が言っていたって言っても良いから」


「ミーシャ」


「ママ」


「天使様、ありがとうございました。ミーシャまでお世話になって」


「話をしていただけですよ」


ハディールさんはまだ眠っていると言う。痛みで眠れなかったらしい。


「ミーシャの前で、カッコ悪いところを見せられるかって、痩せ我慢しちゃって。結局心配させているんですよ」


「じゃあ、ミーシャちゃんに叱ってもらわないとですね。無理はしない事と、怪我を甘く見ない事。ミーシャちゃん、頼めますか?」


「はい」


「叱ったら、心配したって事も言ってあげてね」


「はい」


ミーシャちゃんとミカエラさんは診察室を出ていった。


闇属性、動けない、で、何かを思いだしかけているんだけど。何だったかな?


朝からの患者さんは常連さんが多い。これは以前からだ。その間を縫ってハディールさんのカルテに症例を書き込んでいく。ガデューガに咬まれたって所で書きたくなくなってくる。ガデューガって、詳しく聞いていないけど、たぶんニョロ系だよね?思い出しかけて首を振る。


3の鐘が鳴って、回復室に寄ってみた。中から話し声がする。ハディールさんご一家なら大丈夫だろうけど、他の人が居る所は躊躇いがある。でも、様子は見ておきたい。


「サクラちゃん?どうしたの?」


「ハディールさんの様子を見ようと思ったんですが、その、中に……」


「あぁ、たくさん居るわね。一緒に入りましょうか?」


「お願いできますか?ルビーさん」


ルビーさんが先に中に入った。私も続いて中に入る。中に居たハディールさん親子と仲間の人4人が一斉にこっちを見た。心臓を捕まれたような恐怖を感じる。


「天使様」


ミーシャちゃんがテテテっと走ってきた。


「パパが目覚めたから、ちゃんと叱ったよ。その後、大好きってしたの」


何故だか恐怖が和らいだ。ミーシャちゃんを見ると、闇属性の魔力が見えた。私の様子がおかしいから、気を使ってくれたのかな?たぶん無意識だと思う。


「ハディールさん、ご気分はいかがですか?」


「気分はスッキリしています。ありがとうございました」


「寝不足もあったのでしょう?少なくとも今日はゆっくりしてください」


「しかし……」


「もう一度ミーシャちゃんに叱ってもらいましょうか?」


「それは勘弁してください」


手を合わせて拝まれた。笑い声が起きた。


「大丈夫そうね。サクラちゃん、行きましょ。ハディールさん、ミカエラさん、ミーシャちゃん、私達は行くわ。受付に言って帰って貰っても大丈夫よ。何かあったらすぐに言ってね」


ルビーさんと回復室を出る。出た所で座り込んだ。


「魔石は使ったの?」


「いいえ。でも、ミーシャちゃんが無意識に闇属性を使ったみたいです。恐怖が少し和らぎました」


「それなら良いけど。さ、食事に行きましょ。みんな待っているわよ」


休憩室で所長に聞いてみた。


「闇属性って精神に作用するだけですか?光に対しての闇と言うのなら、影とかにも有効だったりしませんか?」


「影?言われてみれば、そうじゃのう。明るいからこそ影が出来るのじゃから、出来るかもしれんのぉ」


「シロヤマさん、どうやって思い付いたの?」


「闇属性を持っている人の言葉です。魔物に襲われたから危ないって思ってとっさに闇属性を使っちゃったら、その魔物が少しの間縫い付けられたみたいに動かなくなったって聞いたんです」


「へぇ。何か心当たりは無いの?」


「何かあったんですけど、思い出せなくて。ごめんなさい」


「いやいや、謝らないでよ。じゃあさ、トキワ殿に聞いてみようか。今日も来てくれるんでしょ?」


「はい。来てくれると思います」


お昼からの診察の前にクルトさんが薬湯を持ってきてくれたので、聞いてみた。


「馬車の酔い止めってあるんですか?」


「あるよ。丸薬(がんやく)だけどね。欲しいの?」


「はい。要るかどうかは分からないんですけど」


「酔うかは分からないって事?」


「長い距離を乗った事が無いんです」


「念の為に持っておく?今なら3回分あるよ」


「お願いできますか?」


「ちょっと苦味があるけど」


「大丈夫です。酔う方が辛いので」


「ま、そうだよね。はい、これ。あげるよ」


「駄目です。対価はお支払します」


「これは味改良をした試作品だから。その代わり、味とか教えてね。味見はしているけどさ」


「分かりました」


「酔ってからでも効くからね」


「ありがとうございます」


お昼からの診察は炎熱病の患者さんが多くやって来る。でも最近は減ってきているようだ。代わりに多くなってきているのが、夏バテの相談だ。食欲が無いとか、ダルいとか、ボーッとするとか。薬師さんの所に行って、薬湯をもらってくださいとしか言えない。


クーラーがあった日本では他に言いようがあったけど、こちらでは冷風装置だけ。そこまで冷えないし、気温は日本ほど高くない。と思う。薬師さんの役割と施術師の役割は分けられていたりする。施術師と薬師は切っても切れない関係だけど、そこは線引きされている。


5の鐘になった。結局夕立は降らなかったけど、雲行きは怪しい。


「咲楽ちゃん、帰ろうか」


「はい。あ、ジェイド商会に寄っていくんですよね?」


「ジェイド嬢が待ち構えているからね」


苦笑しながら、大和さんが手を差し出す。その手を取って、立ち上がった。施療院を出ると、ローズさんが待合室から出てきた。


「まだ暑いわね」


「でも降ってきそうだから、急がないと」


「傘は持っていますよ?」


フードゥル()も鳴るかもよ?」


大和さんが安心させるように、ギュっと手を握ってくれた。雷の音が嫌いなんだよね。いきなり大きな音が鳴って、ドキドキする。


ジェイド商会に着くまで、雨は降らなかった。早速服飾部に連れていかれた。


「待ってたわよ、シロヤマちゃん。似合いそうなのを見繕っておいたわ」


「ありがとうございます。でもそこまで……」


「何を言っているの。シロヤマちゃんの可愛さを、学園生に知らしめなきゃ」


「ごめんね、天使様。師匠ったら昨日からこの調子なんだよ」


ダフネさんが疲労を隠せない風に言う。


「お疲れ様です」


「他人事だね」


「分かってますよ。って、何着あるんですか?」


「10着ちょっとかな?あれでもみんなで止めたんだよ?」


「ありがとうございます」


膝丈のキュロットスカートとセットで出されているシンプルブラウス。あれ?これってサロペット?


「アインスタイ領なら、ラススヴィエートに行くだろうし、って選んでた。後は、暑いだろうからロシャのカーディガン。袖無しのワンピースに合わせて。それから、こんなのもあるよ」


サンダルを渡された。木製だけど軽い。


「コルクを使ってるんだよ。全部コルクだと弱いから、ソール部分は木製だけど。これなら河にも履いていけるよ」


「ありがとうございます」


「師匠、ドレスなんか持っていっても着ないんじゃないの?どうして出してきているのさ」


「あら?いつの間に?」


「サンドラさん、夢中だったしなぁ」


「止めても聞く耳持たなかったしね」


「天使様のイメージだからってこれはなぁ……」


見せられたのはミニ丈のワンピース。ワンピースっていうか、メイド服?フリフリフリルがたくさん付いたメイド喫茶なんかで着られていたようなもの。こんなのは着ません。


「それ、着せる気はないからね?安心して」


「ダフネさん、ありがとうございます」


3着購入して、ワンピースを1枚プレゼントされて、ジェイド商会を出る。


お夕飯はバザール(市場)で買っていくことにした。明日はスープの仕込みがある。材料は買ってあるから、後はパンだけ。これはヴァネッサさんのパン屋さんで明日、受け取る事になっている。


夕飯を買ったら帰路に付いた。


「今日は朝から大変だったんだって?」


「はい」


「魔物の名前も聞いたよ。魔物図鑑に載っていたね」


「やっぱり私の嫌いな()()ですよね?」


「うん。合ってる」


「診察の時に聞かなくて良かったです」


夕食を食べた後に、小部屋で話をする。


「ん?降ってきたな」


「雨ですか?音は聞こえませんけど」


「匂いが変わった」


「匂い?」


「何ていうか、土の匂いがするんだよ。その場所によって違うけど、ここは土の匂い」


「そういえば雷が鳴るかもって言っていました」


フードゥル()だね。大丈夫?苦手だって言ってたけど」


「まだ鳴ってないから、大丈夫です」


「ちょっと急いで風呂に行ってくるよ」


「え?どうしたんですか?」


「たぶん咲楽ちゃんが出てくる頃に聞こえて来るよ」


「ウソ、ですよね?」


「本当。だから、急いで行ってくる。寝室に居た方が良いよ」


大和さんはそう言ってお風呂に行った。大和さんの聴覚は鋭い。嗅覚もだけど。五感が鋭いんだよね。その大和さんが言うんだから、間違いはないんだと思う。思うんだけど、『ウソだよね?』って思ってしまう。


結界具を確認して、寝室に上がる。しばらくはベッドで大人しくしてたんだけど、好奇心に負けて外を見てしまった。


真っ暗というより、真っ黒。雲がかかっているんだろう。星も月も見えない。寝室からは庭の向こうに王宮が見える。いつもなら、王宮の尖塔に灯されている巨大な『ライト』が見えるんだけど、それも頼りなく感じる。


「咲楽ちゃん、行っておいで」


「大和さん、あの、その……」


「心細い?」


黙って頷いた。


「とはいっても、一緒に入る訳にいかないでしょ?」


「はい」


「小部屋に居ようか?あそこならすぐに対処できる」


「お願いできますか?」


「OK」


頑張って急いでお風呂に入る。急いだら15分位のはず。考え事をしなかったら早いはず。


少しでも安心したくて、苦手な物から遠ざかりたくて、急いで身体や髪を洗う。髪を乾かして小部屋を見ると、大和さんが何かを見ていた。


「何を見ているんですか?」


「明後日からのスケジュール。寝室に行こうか」


「はい」


寝室に入って、ベッドに上がった頃、遠くの方で「ゴロゴロゴロ」って音が聞こえた。


「雷ですね」


「不安そうな顔、してるね」


「どうしても無理なんです」


「大丈夫、大丈夫。ずっと抱いているから」


私の背中を撫でながら、大和さんが大丈夫、大丈夫と言ってくれる。


雷があっと言うまに近付いてきた。音もゴロゴロからガラガラになってきてる。私は大和さんにしがみついていた。


「もう寝ちゃう?」


「眠れるでしょうか?」


「大丈夫だって」


眠れる気はしなかったけど、大和さんの心臓の音を聴いていたら、いつの間にか眠ってしまった。




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