26
翌朝。幸せな気分で目を覚ました。
大和さんとキス……昨晩の事を思い出すと嬉しくて幸せになる。
昨日まではルームウェアって感じだったから上着を羽織ってそのまま庭に出てたけど、さすがにこれはパジャマ、だよね。ラフな部屋着っぽいのに着替える。
キッチンに椅子を持ってきて食料庫から食材を出す。今日のお弁当は、大和さんのは木皿に入れれば良いよね。カンパーニュっぽいパンに切れ目を入れて厚めにスライスしてサンドしちゃおう。野菜とチーズと卵を出して、後はハムかな?ベーコンかな?どっちにしよう。
考えながら庭に出る。虎さんは今日も大和さんを見てる。
「おはようございます」
「おはようございます、レベッカさん」
「相変わらずだねぇ。畏れ多いって感じだ。なんだろね?普段は気安いんだけど雰囲気が変わるね」
「そうかもしれません。あれは舞うために集中している状態だそうですから」
「で?何か良いことでもあったのかい?いつも以上にニコニコしてるよ」
「えぇっと……」
「閨事かい。なら聞かない方が良さそうだ」
「閨事ってなんですか?」
「あんたは箱入り娘かい。その質問はあの兄ちゃんに聞きな」
「分かりました」
「えぇっと……まぁいいか。兄さんなら何とかしそうだ」
なんだかレベッカさんが頭を抱えてる。どうしたのかな?
大和さんがサーベルを持って舞を舞う。枝垂桜がはっきり見えて凄く綺麗だった。
「そういや、虎の名前は考えてくれたかい?」
「私は良いのが思い付かなくて」
「じゃあ兄さんに期待だね」
そのまま大和さんの舞を眺める。
多分あの枝垂桜は私にしか見えない。他の人にはどういう風景が見えてるんだろう。
「あれ?あの子は何をしてるんだろうね?」
虎さんが何かにじゃれつくような仕草をしてる。もしかして、虎さんにも見えてる?
大和さんが舞い終わって舞台を降りる。と、とたんに虎さんが大和さんを押し倒して顔を舐め始めた。
大和さんは弾けるように笑う。あんな大和さん、初めて見た。
「ほら、そろそろ止めろ。もう満足だろ」
そう言って大和さんが虎さんの頭を撫でる。虎さんは満足そうに離れると私の方に向かってくると私の前で伏せの姿勢をとる。これは撫でろって事?
「顔を洗ってきます」
大和さんはそう言って家に入る。
「いつも悪いねぇ」
レベッカさんはそう言うけど、私は楽しい。大和さんも嫌ではないと思う。
大和さんが家から出てきた。
「兄さん、虎の名前は考えてくれたかい?」
「2つで迷ってるんですよ」
「何て名前だい?」
「レウコンとナイオン」
「どういう意味だい?」
「レウコンは白、ナイオンは高貴な、とか気品あると言う意味の一部ですね」
「どっちが良い?」
レベッカさんは虎さんに聞いてる。
「レウコン」
ガゥ!!
「ナイオン」
ガゥ!!
「どっちも同じかい。どうしようかね」
レベッカさんは苦笑している。
私達も苦笑するしかない。
「まぁウチのに相談してみるよ」
レベッカさんはそう言うと帰っていった。
家に向かいながら聞く。
「あ、そうだ。大和さん、閨事ってなんですか?」
「ぶっ!!いきなり何を」
「レベッカさんに言われたんです。分からないなら大和さんに聞いてみると良いって」
「レベッカさん、何を言うんだ……」
大和さん、困ってる?
「中に入ろうか……」
家に入ると大和さんはちょっと困ったような顔で言った。
「で?何を話しててそんな話になったの?」
「レベッカさんが、私がいつも以上にニコニコしてるって言われて、キスの事を言えなくて迷ってたらそう言われました」
「その説明は夜にしても良い?」
「別に良いですけど」
「じゃあ、シャワー、浴びてくるね」
あ、行っちゃった。サンドの具、ハムかベーコンか、聞こうと思ったのに。
朝御飯の用意をする。ついでにカンパーニュサンドもパンをスライス。良いや、ハムにしよう。昨日買ったスパチュラを使ってカンパーニュにバターを塗る。野菜とチーズと卵、野菜と卵とハム、チーズとハムと卵の3種類を作って木皿に盛り付け。私のは1種類づつ、大和さんのは3個づつ。布で包んで完成。
大和さんが西の方を見てる。
「どうしたんですか」
「なんだか胸騒ぎが収まらない。舞ってる時とかは良いんだけどな」
「なんでしょう?」
「分からない。とりあえず朝食を食べてしまおうか」
なんだか静かな朝食を終えて、出勤の用意。
「咲楽ちゃん、清潔な白い布無いかな?捨ててしまっても惜しくないやつ」
大和さんの声がした。ドアを開けて中に入ってもらう。
「白い布ですか?こんなので良いなら」
差し出したのは1m位の長さがある木綿ぽい布。幅が10cm位しかなくてどうしようかと思っていた布。それを2枚。
「何に使うんですか?」
「使うかどうか分からないけど、持っておこうと思って。ありがとう。貰っていくね」
私も後は髪を纏めるだけ。
階下に降りて、大和さんにお弁当を手渡す。
「木皿に入れてあります。それからコップって要ります?一応木のコップもあるんですけど」
「欲しい。気が利くね。ありがとう」
結界具を作動させて家を出る。
いつものように王宮方面へ歩いていくんだけど、大和さんはやっぱり何か気になるみたい。
「大丈夫ですか?」
「うん。1度気にするとダメだね」
手を繋いで歩く。外で手を繋ぐのは初めてだ。ちょっと恥ずかしい。
いつもよりずっと手前、王宮への分かれ道で副団長さんに会った。なんだか緊張した顔をしている。
「どうしたんです?」
「トキワ殿、多分緊急出動があります。出勤次第貴方も相棒を連れに行ってください。シロヤマ嬢はナザル所長から詳細を聞くと思います」
何が起きてるの?
「出動場所は?」
大和さんが聞く。
「西の森です」
「分かりました。急ぎます」
大和さんは走って行っちゃった。私も施療院に急ぐ。
「シロヤマ嬢、詳細は聞いたかね?」
着くと同時にナザル所長に聞かれた。
「いえ。王宮への分かれ道で副団長さんに出会って、所長に聞けと言われました」
「じゃあちょっと待ってくれるかの。後はジェイド嬢とライルか」
珍しい。いつも私の方が遅いのに。
ローズさんとライルさんが出勤してきた。
ルビーさんもこっちに来る。
「みんな揃ったな。冒険者ギルドから通報じゃ。一昨日西の森に入った冒険者が戻ってこない、との事じゃ。冒険者のグループは2パーティー、12名が戻ってきていない。もしかすると救援要請があるかもしれん。要請があったらライルはここに残って待機と、来院者への説明。ルビーはその補佐。ローズとシロヤマ嬢はワシと一緒に出動。よろしく頼む」
ナザル所長が頭を下げた。
一昨日、西の森?ジャンさんが行くって言ってた所だ。
「サクラちゃん?どうしたの?」
ローズさんに聞かれた。
「一昨日、大和さんと出勤時に知り合いの冒険者さんに会って、その人が西の森に行くって言ってたんです。その後、大和さんが嫌な感じがするってずっと言ってて……」
「そう。とりあえず救援セットを用意しちゃいましょう。着いてきて」
着いていった先にあったのは沢山の包帯、木綿の布、20~30cm位の棒。
「これ全部手分けして魔空間に入れるわよ」
「はい。でも棒は全部は要りませんよね」
「そ、そうね」
12名ってことだから30本くらいあれば足りると思う。これって副木だよね。
半分づつ魔空間に入れていく。包帯と木綿の布も半分づつ。
ナザル所長の話だと、連絡が王宮騎士団からなら救援要請はほぼ無くなったと思って良いとの事。冒険者ギルドからならほぼ100%怪我人がいるって事なんだって。
ジリジリした時間が過ぎる。皆無事でいて欲しい。
そこにガラガラと音が響く。馬車が来た。降りてきた人は騎士服を着ていない。
「救援要請です。治癒師の派遣をお願いしたい」
「2人とも準備はできているな。行こうか」
ナザル所長が立ち上がってさっきの人と話をしている。私達は先に馬車に乗り込んだ。馬車の中には誰か座っていた。酷い怪我をしている。
「ベンさん?!」
「これは天使様ですか。最後にお顔が見られるなんて、オレは幸せですよ」
「最後じゃないです。しっかりしてください」
馬車の中で治療しようとするとベンさんに止められた。
「治療は情報を言ってからにして下さい。治療した後だと眠っちまいますでしょ?」
所長が馬車に乗る。動き出す馬車。ベンさんが話し始めた。
「天使様は知ってると思いますが、一昨日はスラムの建築のための木を伐採しに行ってたんです。危険な依頼ではなかった。けど日が暮れかけてそろそろ引き上げようとなった時、そこにトレープールの群れ20頭ほどでしょうか。が現れて我々に襲いかかりました。オレはまだ走れたんで仲間の助けを借りてコボルト族の見張り小屋まで行きました。着いたところで見たのはトレープールに食い殺されたダズの姿と今まさに襲われているリドの姿でした。何とかトレープールを撃退し、リドを助け出しましたが、リドも動ける状態じゃなかった。夜の森は危険だ、と言うことで1の鐘が鳴ってすぐに、リドをつれて脱出しました。冒険者仲間はどうなったかは分かりません。ただ、洞窟は見つけていたのでそこに逃げ込めたなら命は無事だと思います」
「リドさんは?」
「冒険者ギルドで休んでます。今ごろは施療院に運ばれている途中だと」
「治療を始めますね」
ナザル所長を見ると頷かれた。いつものように浄化魔法をかける。目に見える傷はそのまま治療していく。でも、この腕の傷は……。
「所長……」
「これは……」
腕の肉が食いちぎられて無くなっていた。
「ベンさん、腕の傷はこのままにしておくしかない。肉が無くなっておる。いかな天使様でも無くなったものを再生させるのは無理じゃ」
微かにベンさんが頷いた。
私には確かに損傷処置の知識はある。でも、再生医療の知識は無い。再生後の看護の知識ならあるんだけど。
止血だけしかできない腕の治療を終えた。
ナザル所長が言った。
「できる限りの事をするしかない。今は無力感に囚われてはいかん」
「はい」
ベンさんは眠っている。
西の森に着いた。馬が10頭そこに居た。エタンセルもいる。エタンセルは私を見ると嘶いた。待機していた騎士の中に大和さんは居ない。
エタンセルに話しかける。
「エタンセル、もう少し待って。絶対に大和さんは戻ってくるから」
しばらくエタンセルは興奮している様子だったけど少し落ち着いたようだった。
見張り小屋の中は騎士団の方によって綺麗にされていた。所長に言われて小屋中に浄化魔法をかける。
ベッドが4台有ったのでお借りして清潔なシーツを掛ける。
森の奥から冒険者さんが2人脱出してきた。2人の騎士さんが一緒に来る。
比較的傷が少ない人が報告しているのが聞こえた。
「洞窟の中に避難できたのは5人。3人は命を落としました。残った5人の内2人は歩けない状態です。ボクたちがこっちに来るとき騎士様が援護をしてくれました。騎士様は4人戦っておられます」
そこまで言うと冒険者さんは意識を失って倒れた。目に見える傷は治したけど、どの人も食いちぎられて筋肉まで無くなっている怪我があってそこは治せない。酷い人は骨が見えていたり腕が失くなったりしていた。
「ローズ、シロヤマ嬢、大丈夫か?」
ナザル所長が気遣って声をかけてくれる。私は大丈夫。ER実習の時の事を思い出していた。
ローズさんは顔色が悪い。しばらく外で休んでくるようにナザル所長に言われている。
待機していた騎士さんに動きがあった。戻ってきたのは4人?2人の冒険者さんに騎士さんがそれぞれ肩を貸している。大和さんが居ない。それに大和さんの他に後2人いるはずだよね。1人騎士さんが戻ってきた。戻ってないのは大和さんともう1人?騎士さんの話が聞こえてきた。パーシヴァルさんと大和さんが残っているらしい。戻ってきた人が2人をつれて森の奥に入って行く。
「シロヤマ嬢」
呼ばれた声に顔を上げると昨日の騎士さんが居た。
「トキワ殿の馬が興奮している。先程シロヤマ嬢が声をかけたら少し落ち着いたと聞いた。もう一度声をかけてやっては貰えないだろうか」
ナザル所長に許可をもらってエタンセルの所に行く。
エタンセルが興奮している。今にも繋がれている手綱を引きちぎりそう。私も心配だけど……。
「エタンセル、お願い。もう少しだけ待って。きっと大丈夫」
エタンセルは私に顔を擦り付けてきた。
その時森の奥から人影が見えた。大和さんも居る。けど、左で剣を持っていて、右腕には何ヵ所か白い布が巻かれている。
「シロヤマ嬢は騎士の方の治療に行きなさい。その方が終わったらこっちを手伝ってくれ」
ナザル所長の声が聞こえた。大和さんの所に急ぐ。
「大和さん!!」
「悪い、咲楽ちゃん。ちょっとドジった」
力無く笑顔を見せてくれたけど、無事に戻ってきてくれたならそれで良い。
「その腕が一番酷いですか?」
「食い付かれたけど持っていかれてはないよ」
「それなら治します」
「無理しないでね」
周囲の騎士さんの助けを借りて、損傷部位を露出させる。酷い傷だけど、大和さんの言ったように筋肉は無くなっていない。いわゆる裂傷の状態。でも15cm位ある。痛みをブロックして、慎重に神経と血管を繋げ、筋肉を修復する。皮膚まで綺麗にして終了。
「終わりました」
「咲楽ちゃん、心配かけてごめん」
「こういう時は心配かけて良いんです。冒険者の人の治療を手伝ってきます」
立ち上がろうとして腕を捕まれた。そのまま抱え込まれて髪に顔を埋められた。
「トキワ殿、そういうのは後でしてください」
騎士さんに声をかけられてやっと離された。
急いで冒険者の人の治療に戻る。
「相変わらずね」
ローズさんに言われた。あれ?なんだか全員私を見てる。もしかして、さっきの全員に見られていたの?
顔が熱くなる。
所長の指示で1人の冒険者さんの治療に向かう。右足の骨折。開放骨折してる。
骨折部位の痛みをブロック。骨を慎重に元の位置に戻す。そうしてから骨を繋げる。大きな血管の損傷は無いみたい。皮膚を綺麗にする。