251 ~大和視点~
咲楽ちゃんの近くに座り、本を読む。今読んでいるのは歴史書。第15代目国王の部分だ。この歴史書は19代目までで一旦終わる。20代目の現国王の分は代替わりしてからになるそうだ。
夢中で読んでいたら3の鐘が鳴った。
「咲楽ちゃん、お昼はどうする?」
「実は異空間に入れてあります」
「俺の分も?」
「もちろんです」
「施療院はどうする?」
「あ、どうしましょう」
「じゃあさ、俺の分は渡して。咲楽ちゃんは施療院であの2人と食べておいで。ちょっと冒険者ギルドに行ってくるから」
「カークさんとユーゴ君は、お昼をどうしているんでしょうか?」
「カークもある程度は稼いでるんだから、心配しないの。じゃあ、行ってくる」
施療院まで咲楽ちゃんを送って行って、ジェイド嬢とルビー嬢に預けた後、冒険者ギルドに向かう。ギルド内に入ると、監査役と思われる男が3人、こちらを見た。
「黒き狼殿?」
「そうです。ギルド長はどうしていますか?」
「仮眠中です」
「手伝いに来た彼等はどうしました?」
「あぁ、それなら3の鐘で解放しました」
「少年はいませんでしたか?」
「あの少年とその前に来た冒険者のお陰ですよ。思ったより早く終われました」
「それは良かった。少しお話、良いですか?」
併設されている食堂に入る。俺の前の3人が緊張していた。そこで昼食を食べながら話をする。
「そんなに緊張なさらなくとも。今回のやり方についての意見ですから」
「やはり、強引すぎましたか」
「その内騙されたと騒ぐ奴等が出そうです。職員に手を回して依頼という形をとるとか出来なかったのでしょうか?」
「しかし、依頼と言っても……」
「こっそり混ぜておくとか。規約違反でしょうか?」
「こっそりですか。強引に手伝わせるよりは良いでしょうか。相談してみます。黒き狼殿は彼等とどういう?」
「最初の喧嘩をしたと手伝いを命じられたダニエルは、友人の庇護下にある男です。次に来た男性は元調査部の男ですね。あの事件の被害者ですよ。少年はその男が身元引き受け人になっています。調査部の男については完全に善意でしょう。彼の性格は知っていますが、困っている人を見過ごせないんです」
「はぁ。彼にこの先も手伝ってもらえませんかねぇ」
「そこは貴殿方の話の持っていき方次第でしょう」
その後も少し話をして、施療院に戻る。咲楽ちゃんは楽しそうに話をしていた。
「咲楽ちゃん」
「大和さん、お話は終わりましたか?」
「終わったよ。咲楽ちゃんは?」
「私達もそろそろ戻るわ。サクラちゃんを頼んだわよ」
「畏まりました」
笑って礼をする。
「トキワ様、ユリウス様がまた話をしたいと言っていたわ」
「今は私の休みが、緑の日で固定されていますからね。どうしましょうか」
「ユリウス様に言っておくわ」
施療院を出る。
「咲楽ちゃん、疲れた?」
「少し疲れたかもしれません」
「家に帰ろうか」
「はい」
市場に寄って行くことにしたが、市場に入る直前に、咲楽ちゃんが立ち止まった。表情がこわばっている。
「市場は止めておく?」
「行きます」
大きく息を吸って、咲楽ちゃんが歩き出す。たくさんの人が行き交う場所は恐怖感が拭えないらしい。俺の手を握る咲楽ちゃんの手に、力が入っている。
「大丈夫。俺はここにいるから。行きたい所に行こう。連れていくから」
「お買い物だけしてしまいます」
野菜や肉類、果物等を買っていく。その間も笑顔は見られない。
「帰るよ」
買い物が終わったタイミングで声をかける。市場を出ると咲楽ちゃんが大きく息を吐いた。
「無理をするなって言ったのに」
「お買い物はしたかったんです」
家に戻って、小部屋で寛ぐ。咲楽ちゃんがもたれかかって来た。珍しい。そのままにしておくと、規則正しい寝息が聞こえてきた。よほど疲れたのだろう。小部屋のベッドを出し、そこに寝かせた。俺はソファーで読書だ。
4の鐘前、2時位にカークとユーゴが来たのが分かった。設定を変え、静かにするように示してから、招き入れる。
「お疲れ」
「はい。なんとかなりませんかね?」
リビングのソファーに座り、心底疲れたように、カークが言う。ユーゴも疲れを隠せない。
「書類の整理か?」
「処理済みの書類と未処理の書類がたまに混じっているんですよ。そこはユーゴ君とダニエルで分けてもらいましたが、前の年の決済書類を見つけた時には、思わずギルド長を怒鳴り付けてしまいました」
「あの時のカークさんは怖かったです」
咲楽ちゃんが作って置いてあったアフルとマンドルのフルーツ酢を水で割り、2人に奨める。
「処理済みの書類と未処理の書類を、分ける物はないのか?」
「有るようなのですが、ギルド長曰く分からなくなってしまうと。1度に処理しようとするから、余計に大変なんです」
「監査役員がカークとユーゴを誉めていたぞ。あの2人が来てくれて助かったと。この先も手伝って欲しいと言っていたが」
「それは3の鐘で昼を食べに出る時に、言われましたよ。週に1度でも良いから、と」
「どう答えたんだ?」
「考えておきますが難しいですと、答えました」
「僕はその前にこっそり言われました。ギルドで働く気はないかって」
「正規に雇うんじゃなくて職業体験的な感じか、手伝いとして来て欲しいというのかのどっちかってことだろうな」
「学門所を卒業してからでも良いですかって聞いたら、卒業してからかぁって笑われましたけど」
「欲しいのは今だろうしな」
「それで、あの……」
カークがいいよどむ。察するに許可取りに来た感じか。
「緑の日なら俺が休みだし、良いんじゃないか?」
「申し訳ありません」
「まだ従者って訳じゃないしな」
「私は諦めていないのですが」
「とは言っても、今のところはなにも変わらない。今まで通りだ。そうだろう?」
「それはその通りですが。迷っているのですよ。このまま調査員を続けようか、どうしようか、と」
チラリとユーゴを見て言う。
「ユーゴが居るからか?長期の調査の際は家に預ければいいだろう?昼からどうするかと言う問題はあるが。ユーゴは今までどうしていたんだ?」
「僕ですか?近所の手伝いなんかをしていました。一応冒険者ギルドにも登録しています」
「雑用依頼か」
「そうです。買い物の付き添いとか、庭の草むしりとかしていました」
「何人かで?」
「はい。でも、こんな事になって、みんなに迷惑をかけるんじゃないかって思って……」
「まずはその子達に話をしないとな。話も何もなく、行かなくなったんだろう?」
「はい」
咲楽ちゃんが目覚めたらしい。気配が動いた。
「大和さん?カークさん、ユーゴ君、来ていたんですか?」
「サクラ様、お疲れですか?」
「少し休んだら楽になりました。お手伝いは終わったんですか?」
「今日のところは、ですね」
「そんなに貯まっているんですか?」
「そうですね。早急に処理が必要なものは片付けさせてきましたが、期限がまだあるものは貯まっていますね」
「大変ですね」
咲楽ちゃんにユーゴのこれまでの事を話し、カークが長期の調査の際の許可を得る。4の鐘になって、咲楽ちゃんが夕食の支度を始めた。ユーゴと話をしながら、料理を作っていく。今日は蒸し鳥のサラダとポークピカタらしい。小麦粉とチーズってことは日本風だな。
その間に庭に出て、軽く『冬の舞』と『夏の舞』の型をなぞる。こういう時、カークは話しかけてこないのでありがたい。
型をなぞるだけなら大丈夫そうだ。凍てつく事も高揚する事もない。何度か繰り返す。
「トキワ様、今のは?」
繰り返して馴染ませて休憩をしていたら、カークに聞かれた。
「『冬の舞』と『夏の舞』だな。『冬の舞』は大丈夫そうだが、『夏の舞』はもう少し精神修練が必要な感じか」
「しばらく笛が練習できていませんね」
「そうだな。俺は騒がれるのが嫌だから、吹くなら地下でと決めているが、カークはここでもいいんだぞ。習曲とか、どうだ?」
「試験ですか?」
カークが笑って言う。
「そうだな。基本が出来ているか見るには、習曲は適しているからな」
「今ですか?」
「そう。今、ここで」
カークはしばらく逡巡していたが、覚悟を決めたように笛を取り出した。
息の吸い込み、吐き方、指の動かし方を見ていく。身に付いているようだな。
咲楽ちゃんとユーゴが出てきた。ユーゴが笛を吹いているカークを見て、何か言いかけて、咲楽ちゃんに止められた。
「いかがでしょうか?」
「合格。きちんと身に付いているな」
「ありがとうございます」
「カークさん、スゴいです」
ユーゴが興奮したようにカークに駆け寄った。
「大和さん、カークさんの試験ですか?」
「笛が練習出来ていないって言うから、やらせてみた」
「笛の音が聞こえてきて、ビックリしました。音色でカークさんだって分かりましたけど」
「聞き分けが出来るの?良い耳してるね」
「大和さんのは柔らかくて優しいんです。カークさんのはまだ硬いですけど一生懸命って感じです」
驚いた。笛も同じ品質の物だし、違いは経験の差のみ。なのにしっかりと聞き分けている。
「大和さん、お夕食が出来たので呼びに来たんです。家に入りましょう」
「ありがとう。カーク、ユーゴ、家に入るぞ」
夕食のテーブルで、ユーゴは話し続けていた。さっきの笛の事、冒険者ギルドでの事、ギルド長やダニエルの事。
はじめて経験した事だから、興奮が冷めないのだろう。聞いていると、ますます冒険者ギルドで働きたいという夢が膨らんだようだ。
カークとユーゴが帰っていって2人になると、咲楽ちゃんが言った。
「大和さん、ユーゴ君ってお母さんに会わせてあげられないんでしょうか?」
「誰かに聞いてみようか?副団長辺りなら知ってるかもしれないし」
「お願いできますか?」
「咲楽ちゃんの頼みだからね。どうしたの?」
「魔石鉱山ってかなり厳しい環境なんですよね?副ギルド長さんもユーゴ君が面会に行ったら、励みになるかな?って」
「元副ギルド長ね。アイリーンというらしいよ」
「アイリーンさん?私にはテイラーって名乗りましたよ?」
「偽名を使ったんでしょ。こういう結果になると思っていなかっただろうし」
我ながら冷たい声音が出た。あの事件の事になると、こういう感じになってしまう。
「アイリーンにユーゴをに会わせてあげたいの?」
「っていうより、ユーゴ君にお母さんを会わせてあげたいんです。さっき夕食を作っている時に、ユーゴ君が言ったんです。『僕は家族がいない』って。カークさんはユーゴ君の身元引き受け人ですけど、自分は居候って思っているみたいで、どうしても遠慮がちになっちゃうみたいだし、会わせてあげられないかな?って思ったんです」
「全ては聞いてみてからだね。風呂に行ってくる」
複雑な感情が渦巻いて、風呂に逃げた。自分も傷付けられながら、尚もユーゴを思いやる優しい咲楽ちゃん。でも、聞いていると、「あの女の事は放っておけ」と怒鳴りたくなる。ユーゴに罪はないのは分かっているし、受け入れられる。だけど、あの女は駄目だ。カークを苦しめ、咲楽ちゃんを傷付け追い詰めた。いくら本人が反省していようと、あの処分言い渡しの場で咲楽ちゃんと同じ痛みを味わえば良いと思った。魔石鉱山がいくらキツかろうと、子どもと離ればなれになって寂しかろうと、それは自分の行動の結果だ。同情の余地はない。
それでも法が裁いたのだからと、無理矢理納得させている自分が居て、咲楽ちゃんを見ていると自分の狭量さを思い知らされて嫌になる。
思考を治める為に、水のシャワーを浴びる。
風呂を出て寝室に上がる。咲楽ちゃんは自分の部屋にいるようだ。
「咲楽ちゃん、風呂に行っておいで」
「はい」
咲楽ちゃんが風呂に行っている間に気を静める。咲楽ちゃんには知られたくない。とはいえ、バレている気はするが。
ベッドに寝転んで、ハチマキを取り出す。おいかけっこの時に付けさせられているハチマキ。誰が作ったんだ?考案はルカだと言っていたな。こういう長い物を見ると五角形に畳みたくなるんだよな。畳んでいたら咲楽ちゃんが寝室に入ってきて、目を丸くした。
「何をしているんですか?」
「おいかけっこのハチマキを畳んでる」
「スゴい。五角形だ」
「あっちでやっていたからね。こういう細長い物を見ると畳みたくなる」
「どうなっているんですか?」
「教えようか」
そう言って五角形を解くと、咲楽ちゃんが残念そうな顔をした。
「そんなに残念そうな顔をしなくても。簡単だよ」
実際に畳んでいくと、咲楽ちゃんの目が輝いた。
「一度では覚えられません」
「何度でも教えるよ」
「これ、長いですよね。大和さんのだけ長いって思っていたんです」
「そうなんだよね。俺のだけ長いんだよ」
「でも似合っていたりします」
「似合ってる?」
「はい。大学で見た応援団みたいです」
「応援団、有ったの?」
「看護学部はほとんどノータッチでしたけどね。運動サークルの応援とか行っていたみたいです」
「学ラン、着てたりしたの?」
「はい。いちばん前の人だけ、すごく長いのを着ていました」
「長ランね」
「長ランって言うんですか?」
「変形学生服の一つだね。俺は普通のを着ていても短ランって言われたことがある」
「見てみたかったです」
「俺も咲楽ちゃんの制服姿、見たかった」
「見たいですか?」
「咲楽ちゃんのならね」
咲楽ちゃんを寝かせて、自分も横になる。
「もう寝ますか?」
「うん」
「おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽ちゃん」
咲楽ちゃんが寝息を立ててから、そっと呟いた。
「Bonne nuit, fait de beaux rêves.」
「Bonne nuit, fait de beaux rêves.」
は
「おやすみなさい、良い夢を」という意味です。