25
私達は給湯室へ向かう。と言ってもお茶を上手く淹れられるのは私だけだった。あれ?
「私達はほら、みんなに配っていくからね」
大和さんが給湯室に来た。
「いらっしゃい。手伝いに来ました」
「え?待っててください。手伝いとか気にせずに」
「私が来なかったら多分何人もが押し掛けてましたよ」
「そんなこと言ってサクラちゃんと一緒に居たかったからじゃないんですか?」
ルビーさんがからかうように言う。
お湯を沸かしている間にワゴンを持ってきて拭いて、クッキーとカップを並べていく。
「トキワ様、全員で何人いらしてますの?」
「我々は10人、アインスタイ副団長がいらしたので所長とライル殿を合わせて全員で13人でしょうか」
と言うことは、2回淹れた方がいいかな。
私達の分のカップは、施療院に有ったものを使わせてもらう。全部で16人?
先にカップ類とクッキーを待合室に運んでもらって、お湯が沸いたらそっちに運ぶことにする。
「持つよ」
大和さんが運んでくれました。
待合室で紅茶を淹れる。あ、大和さんがなにか騎士さんにからかわれてる。
「シロヤマ嬢は紅茶を淹れるのも上手なんですね」
知らない騎士さんに話しかけられた。
「何を言ってるんですか?ナンパしないであげてくださいよ」
別の騎士さんが助けてくれました。
「咲楽ちゃん、その2人だよ。俺のお昼を奪うヤツ」
「あんな旨いんだ。トキワ殿は毎日食べてるから良いじゃないか」
「ありがとうございます?」
「控えめだなぁ。今度俺と……あ、ヤバっ!!」
「彼女は私の大切な女性ですから、手を出さないでくださいね」
「分かってるって。トキワ殿が口調を改めると怖いんだよな」
「あら、そうなの?」
あ、ルビーさん。
「そんなこと無いと思うけど」
「一気に隙がなくなって、威圧感が増すと言うか、冗談を言える雰囲気じゃ無くなると言うか」
「そうかしらね。そう思ったこと、無いけど」
ワイワイ言いながら休憩を終えて騎士さん達は再び作業。私達はカップを片付ける。
1人の騎士さんが近付いてきた。
「あの、このクッキー、残りをもらって良いですか?」
「構いません……よね?」
「えぇ。構いません。家族にでもあげるの?」
「いえ、スラムの子達に。自分の家ってスラムに近くて、よく遊んでいるんですよ」
「あら、そうなの?」
「近くにスラムがあるとやってられないですよ。すぐ側で食べる物の無い子とか居るんですよ。少しでも助けになれればって思うんですけどね」
「そう思うだけでも嬉しいと思いますよ」
片付けを終えてお暇する。
「いったんウチに戻りましょ。カップとか置いてこなくちゃ。それと、サクラちゃん、伸縮性のある紐、仕入れてあるわよ」
「わざわざ仕入れていただいたんですか?」
「アラクネ種のじゃ無くてグランシュニーのだけど」
「違いって何ですか?」
「アラクネ種の方が高級品。手触りも良いの」
「布でくるんでしまいますから、手触りとか関係ないですけど」
「布でくるむ?」
えぇっと、どう説明しよう。
「時間は大丈夫よね。布も色々あるから、作ってみて?」
結局ローズさんのお家の商会で作ることに。そのまま商会へ直行した。
「サンドラはいるかしら?」
「アレクサンドラならあそこにいます」
「サンドラ、ちょっと布とグランシュニーの糸を使わせて」
「お嬢様、何を始めるんです?」
現れたのはおネエ様?
「アレクサンドラよ。サンドラって呼んで。よろしくね」
「こちらこそ。サクラ・シロヤマです。よろしくお願いします」
「貴女はワタシみたいのを見ても変わらないのね」
あっちにもいたからねぇ。こういう人たちって優しいんだよね。
「サンドラを見て最初に悲鳴をあげない人を初めて見たわ」
「そうですか?」
「最初はお嬢様もルビー様も悲鳴をあげて逃げたわね」
ここには神殿の衣装部に負けないくらいの布と糸があった。
「凄い……」
「ここはジェイド商会の服飾部ですからね。このくらい当たり前よ。で、布ってどのくらい要るの?1m位?2m位?」
「そんなに要らないです。ハギレがあれば」
「あら、そう。ならこっちね」
そこには服の裁断後かな?ハギレがたくさんあった。一気にテンションが上がる。
「サンドラ、こんな所になんて……」
「これ綺麗、こっちのは可愛い。え?頂いて良いんですか?」
「喜んでるわね……」
「そんなものどうするの?」
「髪を纏める小物を作るんです」
「髪を纏める小物?」
「実際に作った方が早いですね。使わせてもらっても?」
「グランシュニーの糸はどのくらい?」
「見せてもらって良いですか?」
「これよ」
んー結構細い。でも伸縮は良い感じ。
「これなら手首に2重に巻けるくらいで」
「サクラちゃん、それをどうするの?」
「まず布を裁ちます。この位かな?輪っかになるように縫います。グランシュニーの糸を2重にして輪にしてこっちの布を通して布を半分にして縫っていきます。これで出来上がりです」
手早く一個作り上げる。
「こうやって着けたら、簡単に纏まりますよね」
「あら、可愛い。ワタシも作ってみて良いかしら?お嬢様、好きなハギレを選んで」
「え?私?じゃあこれかしら」
「ルビー様は?」
「どうしよう、2種類あるのよ」
「パッチワークみたいに繋げても面白いですよ」
「そうね。それも面白いわね」
そうやって3人分のシュシュを作ってお暇するときグランシュニーの糸をたくさん頂いた。
5の鐘が鳴った。
「そろそろお暇するわ」
「送っていくわよ。サクラちゃんはトキワ様がこの前を通るだろうから、待ってる?」
商会の前で待たせてもらうことにした。
ルビーさんは私が帰った後、ローズさんが送っていくそうだ。あ、大和さんだ。あれ?その後を付いてくる騎士さん達って……
「咲楽ちゃん、一緒に帰る?」
「はい。あの、後ろの方々って……」
「クッキー、美味しかったです。ありがとうございました。練兵場の方でも待ってます。いつでも来てください」
騎士さん達はそれだけ言うと帰っていった。なんだったの?
「3人にお礼が言いたいとくっついてきたんですよ。美味しかったですって」
「作ったのはほぼサクラちゃんですよ。暖房器具、重かったでしょう。お疲れさまでした」
「薪の事について聞こうと思ったんですよ」
「あら、担当者を呼ぶわ。ちょっとお待ちください。どうぞお入りになって?」
お言葉に甘える。ルビーさんも付いてきた。店内に入ってソファーを薦められる。
「下の兄です。兄様、暖炉用の薪がほしいんですって。配達もしてあげてくれないかしら」
「もちろん良いよ。お家はどちらですか?」
「神殿地区のここですね」
「分かりました。料金は配達もして3ヶ月分で小金貨2枚です」
「ここでお支払してよろしかったでしょうか?」
「後程でも構いませんよ」
「しかし安くありませんか?市場なんかだともっとしていた印象なのですが」
「妹からの紹介ですからね」
え?ローズさんを見る。
「兄様、言っちゃダメじゃない」
「よろしいのでしょうか?」
「こちらも商売ですから損はしていません。気にしないでください」
「お言葉に甘えます。ありがとうございました」
「いやぁ、こちらの騎士様は惚れ惚れする体型をしてみえる。貴方でしょう。最近王宮騎士団に入った黒き狼様と言うのは」
「黒き狼?そんな風に呼ばれているんですか?」
「いつの間にそんな二つ名みたいなのが……」
「剣を持った狼、とも言われてますよ。どこまでも獰猛に戦うと」
「止めてください」
「良いじゃないですか。二つ名が付くのは注目されている証拠です。あぁそうそう、貴方にならこちらがお似合いだと……」
「兄様?脱線してますわよ?」
「これは失礼。妹に叱られてしまいました」
「そろそろ失礼します。薪の件、ありがとうございます」
大和さんと席を立つ。
店を出て家に帰る。
「黒き狼ですか?」
「止めてくれ。なんだってこっちでも狼なんだ……」
「もしかしてリュコスって狼って意味ですか?」
「恥ずかしいから言わないで」
「似合ってると思います。あ、でも大和さんだったらもっと色々言われそう」
「咲楽ちゃん、その話題禁止」
「えぇー、私なんて一般の方に言われてるんですよ。良いじゃないですか。騎士団内だけなんでしょう?」
「ホントに止めて。頼むから」
こんな大和さん、初めてかも。
なんだか楽しい。けど、これ以上言わないでおく。
家に着いたら抱き締められた。この状況は?
「咲楽ちゃん、慰めて」
腕を伸ばして頭をヨシヨシしてあげました。
「この髪飾り可愛いね。どうしたの?」
私を抱き締めたまま大和さんが耳元で囁く。息が耳に当たってくすぐったい。
「これですか?シュシュって言うんです。ローズさんの所で作りました」
「良い色だね」
「大和さんが好きな色って言ったから。あの、耳元で囁かないで下さい」
「もうちょっと、ね」
しばらくすると大和さんは離れてくれた。
「着替えて来ます」
2階に上がる。着替えてから降りてキッチンでポトフの様子を見る。ひと煮立ちさせて、塩コショウで味を整える。うん。美味しい。パンを温めて、今日のお夕飯はこれでOKかな。
大和さんが降りてこない。どうしたのかな?
「大和さん」
2階に上がって声をかける。少しして扉が開いた。
「あの、お夕飯できてます……どうしたんですか?」
「帰ってきてから嫌な感じが消えない」
「え?」
「咲楽ちゃん、施療院への行き帰りとかジャンに会った?」
「いえ、会ってないです」
「西の森って言ってたな。危険はないはずだけど」
「この前行った、ダイさんたちがいるのは?」
「北の森らしい。北と西に森があって植生が違うんだそうだ。西の方が地形も起伏が激しい」
「心配ですね」
「取り越し苦労なら良いんだけどな、本当に」
一緒にダイニングに行く。
「今日はスープ?」
「はい。ポトフ風です」
「旨そうだな。いただきます」
「大和さん、フライングです」
「今日のクッキーも旨かった。残ったのはどうしたの?」
「騎士のお一人が持って帰られました。スラムの子達にあげるんですって」
「スラムの?あいつかな?スラム近くに住んでるのが1人いる」
「多分その人です。何も出来ないって落ち込んでました」
「親しく接してしまうと無力感が消えないからね」
「大和さんにもそんな経験、あるんですか?」
「あるよ。自分にできることは小さい。大勢の人を救うことはできない。そう思うとね」
「私、スラムってこっちで初めて見ました」
「海外にはわりとあるけど、日本には少ないから。スラムって名前がなくても路上生活者とかは聞いたことあるでしょ?」
「実際に見たことはなかったかも」
「最初は違和感を感じていても、それが日常化すると、『当たり前の風景』になるんだ」
当たり前の風景。見慣れてしまうとそれが『普通』になっちゃうってことだよね。
聞いたことがある。例えば入院中の患者さんが発熱したとして、直接的な理由が分からなくて、でも午前中で平熱に戻る。そんな状態を繰り返し見ていると『あの人は午前中、発熱しているのが当たり前』になっちゃって、重大ななにかを見落とす事があるって。だから『当たり前』と言う感覚は、医療現場では捨てなさいって言われた。
夕食を食べ終わって、ソファーでゆっくりする。
「大和さん、この部屋にも敷物って要りません?」
「欲しい気もするけど、なにか作ろうって思ってる?」
「まさか。絨毯とかあったら良いなって思っただけです」
「咲楽ちゃんは何でも作ろうとするから」
「作れるのは小物だけです。後はキルトとか」
「キルト?」
「ベッドカバーにしたりします。好きな図案を入れられるから好きなんですけど、時間がかかっちゃうんですよね。来年の冬に向けて作っちゃおうかな」
「その前に何か作るって言ってなかったっけ?」
「あぁ、ランチョンマットとテーブルランナーですか?あれは直線縫いなので簡単です。そうだ、布を持ってきて縫ってて良いですか?」
「好きにして良いよ」
自室から布を持ってくる。まずは大和さんと私のランチョンマット。でもこれ、単色だから、ワンポイントで隅に刺繍でも入れちゃおうかな。私は桜の花にして、大和さんは狼さんにしちゃおう。
道具をもって階下に降り……。あれ?大和さん?
「自室に戻るよ。咲楽ちゃんの趣味を見ていたいけど、ソファーより部屋の方がやりやすかったりしない?」
まぁ、確かに。
「見ていて良いですよ」
「咲楽ちゃんの部屋で?良いの?」
「はい」
「先に風呂に入っちゃった方が良くない?」
夢中になっちゃうと時間を忘れる可能性があるかな。
「そうですね。その方がいいかも」
大和さんを見る。
「はいはい。先にいただくよ」
「はい。行ってきてください」
大和さんは入浴、私はランチョンマットの準備とお風呂の準備をする。今朝、ちょっと寒かったから、パジャマは厚めのにする。
大和さんを待っている間に裁断した布を中合わせにして一辺だけを縫っておく。こうしておけばワンポイントの位置も分かりやすいよね。
ドアがノックされて大和さんの声が聞こえた。
「咲楽ちゃん、空いたよ」
「はい」
返事をして、ざっと片付けてから、お風呂に行く。
ランチョンマットのワンポイントの刺繍は大和さんに内緒にしないとね。そんなことを考えながらお風呂から上がる。大和さんは寝室にいた。
「今すぐ作るの?」
「明日以降の暇なときにします」
「ふーん……そう」
あれ?何か返事がおかしい。
「ここ、座って」
ベッドの端に座る。
大和さんも私の横に座った。そのまま抱き締められる。
「咲楽ちゃん、何か企んでない?」
「た、企んでなんかないです」
「ランチョンマットを作るって言いながら刺繍用の糸も出てたのはなぜ?」
「えぇーっと、それはぁ……」
「正直に話して?」
「すみません!!ランチョンマットにワンポイントで刺繍を入れようとしてました!!」
「どんな刺繍?」
「私が桜で大和さんが狼です……」
あ、言っちゃった。
「ふーん……」
腕が解かれる。
「嫌だって言ったのに……」
大和さんが拗ねてる。可愛い。思わず頭を撫でていた。男の人に可愛いって失礼かな。
「家の中で使うものだから、人に見せないから、良いじゃないですか。ダメですか?」
大和さんの顔を見上げてお願いする。
「上目遣いのお願いって、いつの間にそんなテクニック、覚えたの……」
「大和さんの背が高いから、どうしてもこうなっちゃうんです」
「それだけじゃないでしょ。あぁ!!もう!!良いよ。好きにして」
「良いんですか?ありがとうございます」
「今からするの?」
「まだ時間ありますよね?」
「多分ね」
「ちょっとやっちゃいます」
部屋から布と刺繍道具を持ってくる。まずは私のから。桜はよく刺繍してたから下書き無しで刺繍できる。薄いピンクの糸で花弁を縫いとっていく。花弁は5枚。中心は黄色で花芯を縫いとる。
「相変わらず見事だねぇ」
大和さんのそんな声が聞こえた。それと同時に6の鐘。
「私のだけ仕上げちゃいますね」
そう断りを入れてランチョンマットの2辺を縫う。袋状になったら引っくり返して、縫い代を押さえる為にもう1度縫っていく。袋の口は梯子かがりにして上から押さえる為に端の方を縫う。
「出来ました」
「そうやって作るのか。知らなかったな」
「このやり方は友人に教わったんです。こっちの方が綺麗に仕上がるって」
「良い友人だったんだね」
「はい」
返事をしながら、裁縫道具を片付ける。私が一番辛いときに側で支えてくれた葵ちゃん。今ごろどうしているかな?私がこっちに来たときに待ち合わせをしていたのも葵ちゃんだった。
突然ふわっと頭に手が置かれる。大和さんが頭を撫でていた。心配そうな顔で。
「何か思い出した?泣きそうな顔をしてる」
「大和さんが居るから大丈夫です」
そう言ったけど、涙が溢れてきた。
「ごめんなさい。直ぐに泣き止みますから」
「泣いて良いよ。スッキリするでしょ」
少しの間、大和さんの胸を借りた。
多分10分位だったと思う。顔を上げると大和さんが見ていた。
「顔を洗ってきます」
そう言って洗面をしに行く。
寝室に戻ると大和さんはベッドに仰向けで寝転んでいた。あ、シャツが変わってる。
「もう、大丈夫?」
「はい、あの、シャツを濡らしちゃってごめんなさい」
「着替えりゃ良いんだから気にしないで。それより、こっちおいで」
大和さんに手招きされてベッドに座る。
「大事な友人だったんだね」
「葵ちゃんって言うんです。私が閉じ籠った時もずっと側に居てくれました。こっちに来たとき、本当は葵ちゃんと待ち合わせしてたんです」
「そう、か」
「大和さんにはそういう方は居なかったんですか?」
「居たよ。諒平って言って、幼馴染み兼側仕えのやつが」
「側仕え?」
「あれ?言ってた?」
「やっぱり大和さんって良いおウチの方なんですね?」
「長く続いてるだけだって。家はかなりの山奥だし。ただ、家で働いてる人が多いってだけだよ」
「そう言うの、大抵旧家とか名家って言いません?」
「そんな自覚はなかったけど。学生の頃は周りなんてどうでもよかったし、好きな舞を舞えるだけでよかった。そのせいで諒平に心配かけたんだろうけど、その心配もどうでもよかった。海外に行って舞から離れて、やっと心配かけてたんだろうな、って自覚した。家の事も帰国してから本格的に知ったくらいだよ」
「日本にいたら大和さんと出会えてなかったかも」
「日本で出会ってたら大変だったと思うよ」
「なぜですか?」
「咲楽ちゃんのその眼。一族では超常のモノを見るって言われてるから、巫女姫だとか言い出すやつが絶対にいる」
「巫女姫って……」
「おまけに咲楽ちゃんは緋龍を見てる。兄貴か俺の嫁にって言い出すだろうって予測できる」
「大和さんなら良いです」
「そうしたら後継者争いに巻き込まれて最悪、咲楽ちゃんの奪い合いになる。それは本意じゃない」
「でも……」
「もしそうなった場合には、巫女姫の意思なんて完全に無視される。そんな状態に咲楽ちゃんを巻き込みたくない」
後ろから大和さんに抱き締められる。
「もちろんね、兄貴も親父もそんなことしないって信じられるし、諒平達も信頼できる。でも自分だけの思惑で動くやつは絶対にいるんだ。ソイツ等は自分の為なら人の心なんてどうでも良いんだ。そんな状態に咲楽ちゃんを巻き込みたくないし、そんな場所に置いておきたくない」
「大和さんって日本に居たとき縁談とか無かったんですか」
「いきなり変なこと聞くね。有ったよ。学生の頃から見合い話も何件か持ち込まれたけど。言ったでしょ。舞以外はどうでも良かったって。学生の頃のは全部断ってたし、帰国後のも……最初は断ってたな。その内なんか男子衆と女子衆が全部断ってくれてた。あれはなんだったんだか……?」
「大和さんのファンクラブとか」
「近寄り難いって避けられてた俺だよ?」
「大和さんは私に自覚が無いって言いますけど、大和さんも自覚がないです」
「俺は自分の事なんてどうでも良いの」
「大和さんは格好良いです。頼りになるし、舞を見ちゃうと綺麗で格好良くて、見とれちゃいます」
「やけに誉めてくれるね」
「本当の事ですって」
その勢いで大和さんの方を見たら唇に何かが当たった。え?キスしちゃった?
「咲楽ちゃん……凄く嬉しいんだけどね。平気?」
「あの、あの、ごめんなさい!!」
大和さんが腕を解いた。
「落ち着いて。後ろから抱き締めてたのが悪かったな。謝らないでね。嬉しかったんだし」
「あの、えっと、だって、あの……」
「落ち着いて。はい、深呼吸」
言われたように深呼吸したら少し落ち着いた。落ち着いたらなんだか悔しくなった。何故大和さんは最初から落ち着いてるの?
「大和さんってキスに慣れてたりするんですか?」
「キスに慣れてるって何それ?」
「だってパニクってたのは私だけじゃないですか」
「そりゃあこの年だし、経験はあるよ。けど、好きな子とキスなんて初めてだよ」
「年上のお姉さんは?」
「あの人ね。人を自分のアクセサリーとして扱ってる人は好きになれない。ただ、こっちも高校生だったら多少の興味はあったけどね」
「興味?」
大和さん、何か焦ってる?
「性行為」
あ。
「ごめんなさい。私に気を使ってくれてたんですよね」
「気にしないで」
頭をぽんぽんされた。
「そろそろ寝ようかと思うのですが、お姫様。大丈夫ですか?なんなら私は客室で……」
大和さんが丁寧な口調になった。急いで大和さんの服を掴む。
「気を使いすぎです。一緒にいてください」
大和さんは困惑したように言った。
「良いの?」
「私は大和さんが好きです。一緒にいたいんです。迷惑ですか?」
「迷惑なんかじゃないけど。後悔しない?」
「しません」
「嬉しいことを言ってくれるね。でも今日はキスまでね」
「え?」
「最後まで、ってなっちゃうと歯止めが効かない。言ったでしょ、段階を踏んでからって。多分明日起きれないと思うよ」
「どうして?」
「説明は省略で。人にも聞かないでね。ソイツに嫉妬しちゃうから」
やっぱり分かんない。どうして明日、起きれないの?
頭にハテナマークを浮かべたままの私を自分の方に向かせると、大和さんは優しくキスをしてくれた。
「好きだよ、咲楽ちゃん。多分最初に見たときから。最初に会ったときからね」
そう言って何度もキスされる。
「そろそろ寝ないとね。もう遅いし」
「そんな時間ですか?」
「多分23時に近い」
「分かるんですか?」
「大体ならね。ほら、早く寝ないと美容に悪いよ」
2人で横になる。
大和さんに抱き締められて眠った。
この時、私は大和さんが『嫌な感じが消えない』と言っていた事を忘れていた。
ーー異世界転移22日目終了ーー