249 ~大和視点~
王宮を辞して、闘技場に向かう。
「団長、寝ていましたね?」
「分からない話になったからな。火なんて物は魔法で出すものだと思っていたが、そうじゃなかったという事か」
「こちらではそれで良いと思いますよ。さっきの話は魔法が無い世界の話ですから」
「他に火を着ける方法は無いのか?」
「ありますよ。もっとも有名なのは太陽光収斂によるものでしょうか」
「なんだそれ?」
「太陽光を凸レンズ状の透明な物体、あるいは凹面鏡状の反射物によって、太陽光を収束させ可燃物を発火させるんです」
「太陽は暖かいが、と、言うよりフラーでは暑いが、そんな物で火が着くのか?」
「金属をフラーの日の中に置いておくと、熱くて持てなくなる事はありませんか?」
「あるな」
「太陽はそれほどまでの高温です。その熱を利用して火を着けるんです」
「信じられないんだが」
「そろそろ暑くなってきていますから、実験は出来ますよ。磨きあげないと火を着けるのは難しいですが」
「楽しそうだな」
「本来は子ども向けですが、実験は大人も楽しめますからね」
他にも風や水の実験も思い出しておく。地属性は実験が思い当たらないんだよな。
地中で市場で昼食を買い、闘技場の一室で食べる。
「紋章を見せろ」
食べ終わったら、団長の要求が来た。
「はいはい」
ラペルピンを外し、団長に渡す。
「ほぉ。7神様と双剣か」
「そのようですね」
「良かったな。狼や肉球じゃなくて」
「ホッとしましたよ」
昼の休憩が終わって、闘技場のフィールドに出る。咲楽ちゃんとユーゴが座って何かを話しているのが見えた。
「見た目、仲の良い姉弟だな」
ゴットハルトが言う。
「そうだな。あぁ、帽子を貰ったと言っていた。嬉しそうだったな。ありがとう」
「似合いそうだなと思って送ってもらった」
「ヘリオドール領から、わざわざ?」
「あっちで涼しいって評判なんだ。友人の婚約者に送るって言ったら、義姉が張り切ったらしい。ついでに『あなたのお嫁さんは?』って手紙も入っていた」
「心配されているんだろ?」
「兄と義姉にとって私はまだまだ10歳代らしいからな。いつまでも心配される」
「末っ子だったか」
「そうだな」
「それは仕方がないな。末っ子と言うのはいつまでも可愛いもんだ」
「ヤマトも弟だろう?」
「あいにく弟妹代わりの従弟妹が10人程いてな。弟扱いはされたことがない。従兄姉も多かったが」
「ズルくないか?」
俺の出番はおいかけっこの時だ。今は乗馬訓練を見守っている。前に落馬したルカも怖がる事なく乗れている。
「ヤマト、弓でも稽古しないか?」
団長に声をかけられた。
「書類仕事は終わりましたか?」
「一応はな。付き合え。ゴットハルトも」
「私もですか?」
団長が魔空間から3張りの弓を取り出した。弦を引いて、強さを確かめる。
「良い職人が居ないんだよな」
「そうですね。弓と槍ですか」
乗馬訓練の邪魔にならない所に的を設置し、50m程離れる。アーチェリーの競技に90mがあったと記憶しているが、定かではない。弓を引き絞り、狙いを定める。即座に弾道計算を行ってしまい、1人苦笑する。弓と銃では違うと言うのに。
放った矢は、ほぼ真ん中に当たった。続いて2射目。どうしても弓のイメージが和弓のそれになってしまう。構えとしては半身となるので似てはいるが。
20射程でいったん止める。指先が痛いな。急にやったから仕方がないが。フィンガータブとかあれば良いのに。
「指先が痛くないか?」
「痛いですね。やはり長く続けていないと駄目なのでしょう」
「と、いうか、当たらないですよ」
3人でこそこそ話をしていると、なにやらきゃあきゃあ言いながら、顔を赤らめている女性が居る。もしかしなくても腐女子の方々だろうか。
「ゴットハルト、すまん」
「なんだ?唐突に」
「いや、問題の本の関係者が居るっぽいから」
「何が問題なんだ?」
「分からない方が良いかもな」
4の鐘が鳴っておいかけっこの時間になった。最初からハチマキありでやるらしい。
「俺だけを標的にするなよ」
新人達にそう言うと、朗らかに「無理でーす」と返ってきた。
文官が合図の太鼓を鳴らす。端までは逃げない。新人達全員を視野に収める位置で止まる。一対多数のセオリーだが、この世界で知っている奴は居るのかねぇ?
俺を狙ってきたのは5人。これから増えていくんだろう。
「ヤマト教官、シロヤマさんが来ていますね」
「あぁ」
「一緒に居るのは誰ですか?」
「ユーゴだな」
「ユーゴってお身内ですか?」
執拗に話しかけてくるシモン。
「話しかけて気を逸らそうってか?全員補足は出来ているぞ」
「失敗ですか?」
「着眼点は良かったがな」
「誉められました?」
「囮を使って多方から攻撃するのは良いが、囮役が脱落したらどうするんだ?」
そう言いながらシモンのハチマキを取る。
「あっ」
「次は誰かな?」
「僕です」
「囮が自分だと自分でバラしてどうする」
言葉を交わしながら、新人達の手を躱していく。まんま『夏の舞』の感覚。楽しいがそれに身を任せるわけにいかない。
合図の太鼓が鳴った。
「また取れなかった……」
落ち込む新人達にハチマキを返しながら、スタート位置に戻る。
息を調えたら、2回戦の開始だ。
今度はアドバンが目の前に来た。同じ作戦では無さそうだ。俺の後ろには4人居る。
「ヤマト教官、索敵は使っていますか?」
「使ってない。この状態で使うのはお前等に失礼だからな」
「ではどうやって避けているんですか?」
「その質問には後で答えよう」
さて、コイツらに自身の感覚のみでの索敵を言って、理解してもらえるかどうか?
地属性での索敵なら1km位は行けるが、感覚のみだとどの位か考えたことはない。空気の流れ、匂い、音、視覚の違和感を最大限駆使し続けるのは、神経をすり減らす。当時は全方向の警戒は何人かで分担していたし、複数人でチームを組んでいた。
『夏の舞』を何度も舞っている感覚に陥る。前から後ろから左右から来るコイツ等を躱し、避けていく。観客の声援が楽しい。ギリギリが楽しい。もっと、もっと楽しませろ。自分が好戦的になるのが分かる。
感情に引きずられるな。感情に呑み込まれるな。自らに警告を発しながら、壁や新人達をも使って逃げ回る。
「楽しいなぁ、おい」
「楽しく、ありま、せん。捕ま、って、くださ、い」
合図の太鼓が鳴った時、新人達は息も絶え絶えの様子だった。
「大丈夫か?」
「休め、ば、大丈、夫です」
「ヤマト、そろそろ時間だ」
「時間切れですか?」
新人達に手を貸し、控室に戻る。
「シャワーを浴びるんだろ?新人達も使いたい奴は使え」
団長の言葉にありがたくシャワーを使う。出来るだけ冷水にし、興奮した頭と身体を冷やす。
シャワーを出ると、アドバンが聞いてきた。
「ヤマト教官、さっきの質問ですが」
「ここで言うか?会議室にするか?」
「どちらでも」
「簡単に言うとだな、音、匂い、空気の流れ、視覚的な違和感を集中して感じとっている」
「視覚的な違和感?」
「さっきのおいかけっこで言うと、視線の流れだな」
「難しくないですか?」
「難しいな」
「どうすれば出来るようになりますか?」
「常に意識し続ける。そうするしかない」
「うわぁ……何年かかるんだ」
「人によるな」
新人達と一緒に会議室に入る。どうやら最初は俺の騎士爵叙爵の報告らしい。
「ヤマトが今日、騎士爵になった。本人は全く変わっていないが、この先変化があるかもしれない。なんらかの隊長とかな」
「当分は変わりませんよね?」
「当分はな」
ニヤッとされた。
家に帰ると咲楽ちゃんの穏やかな笑顔が迎えてくれた。帰ってきたとホッとする。
「ただいま、咲楽ちゃん」
「おかえりなさい、大和さん。楽しそうでしたね」
「おかえりなさいませ、トキワ様」
「おかえりなさい、トキワさん」
自室で着替えてダイニングに降りる。
「トキワさん、僕、火属性魔法が初めて的に当たりました」
「ほぅ。おめでとう。よくやったな」
「まだ失敗する事の方が多いですけど」
「それは当たり前だ。1度に全て上手くいくなんてそんな都合の良い事はない。努力すればそれだけ身に付く。頑張ったな」
「ありがとうございます」
夕食はハンバーグだった。ユーゴが食べてみたいと言ったようだ。
「美味しいです」
蕩けそうな顔をしている。見ているこっちまで幸福になれそうだ。
カークとユーゴが帰っていくと、2人になる。咲楽ちゃんに触れたくて、咲楽ちゃんの声を聞きたくて、咲楽ちゃんを膝に座らせる。
「どうしたんですか?」
クスクスと笑いながら、咲楽ちゃんが笑う。その笑顔を自分の物にしたくて、咲楽ちゃんを抱き締めてその頭に何度もキスを落とす。
「神殿に行って、神像にお祈りをして、大和さんが言っていた謝罪の事を伝えてきました」
「ありがとう。どうだった?許していただけた?」
「私には分かりません。でも、エリアリール様が『朝から7神様のご機嫌が良かった』って言っていました」
「あの人も、凄い人なんだよな。神を視ることが出来るなんて」
「優しくて、暖かくて、ちょっと押しの強い素敵な方です」
「そうだね」
しばらく無言で咲楽ちゃんを抱き締めて、風呂に行った。
咲楽ちゃんが笑っている事に安心する。闘技場で見たユーゴと話している姿は、本当の姉弟のようだった。俺まで錯覚してしまう程。
咲楽ちゃんのトラウマはけっこう深刻なものだ。何ともしてやれない自分がもどかしい。また施療院でナザル所長達に相談してみよう。なにか解決への糸口が見つかるかもしれない。
風呂を出て寝室に向かう。咲楽ちゃんは自分の部屋に居るようだ。
「咲楽ちゃん、風呂に行っておいで」
ノックをして、咲楽ちゃんの部屋を覗くと、咲楽ちゃんが何かの刺繍をしていた。
「何しているの?」
「仕事をしていない状態が落ち着かなくて、リサさんに何かをさせてくださいって頼んで、その課題です」
「ゆっくりしていたら良いのに」
「そうなんですけどね。行ってきます」
寝室で騎士爵のラペルピンを取り出す。自分が爵位を賜った。あちらでは無かっただろうな。騎士爵と言うとKnightか。イギリスじゃ貴族には含まれなかったよな。こちらでも含まれないようだしその辺りは同じか。
咲楽ちゃんが風呂から上がってきた。
「おかえり」
「戻りました。ラペルピンですか?」
「そう。見る?」
「見せてください」
咲楽ちゃんにラペルピンを渡すと、何やらまじまじと見ていた。
「これって、大和さんだけの印ですよね?」
「そうだね」
「他の人のってどんなのなんでしょうね?」
「さぁ?見た事はないし、騎士爵以上になるとそっちの印を使うんじゃない?」
ラペルピンの意匠は、1つの大きな丸の周りに6つの属性の色の丸が配置され、それをバックに2つの剣が交差している物。
「騎士爵ねぇ」
咲楽ちゃんからラペルピンを返してもらって、それを見ながら思わず呟いた。
「どうしたんですか?」
「外堀が埋められていくな、と思ってね」
「外堀?」
「勝手に進められていく感じが気に入らない」
「不本意なんですか?」
「受け入れはするよ。咲楽ちゃんを娶る環境は、整えられていっているけどね。それは嬉しいけど」
「ごめんなさい」
「気にしないの。それだけの目にあったんだし」
「はい」
「咲楽ちゃんの整理がつくまでは、待つからね」
「はい」
辛そうな顔の咲楽ちゃんを抱き締める。俺にはこの位しか出来ない。抱き締めて少しでも安心できるように願うだけだ。
「大和さん、私、このままで良いんでしょうか?」
「今は休む時で甘えて良い時なんだよ。頼って甘えなさい」
「はい」
「咲楽ちゃんは甘えるのが下手だから、俺が積極的に甘やかさないとね」
「何ですか?それ。十分甘えさせてもらっていますよ?」
「まだ足りない。『甘えてて良いのかな?』なんて思っている内は、まだまだだね」
「えぇ~」
俺の腕の中でクスクスと笑う。
「あの闘技場での大和さん、見ているこっちまで楽しくなりました。みんなもスゴく盛り上がっていましたよ」
「あの状態はあまり見られたくなかった」
「どうしてですか?」
「『夏の舞』と同じ状態になっちゃうから。新人達の訓練には良いと思うし、俺も『夏の舞』の精神修練になっているから止めないけど、頭を冷やす前に咲楽ちゃんを見たら、襲いかかりそうで自分が怖い」
「たしかにちょっと怖い感じはしましたけど。肉食獣が獲物を狙っているような感じで。でもそれでも綺麗でした。しなやかで力強くて」
「ありがとう」
咲楽ちゃんは俺の欲しい言葉をくれる。俺を包み込んでくれる。咲楽ちゃんに会えたのは幸運だったのだろう。あちらにいたら会えなかったかもしれない愛しい女性。
「眠そうだね」
「久しぶりに一杯動きましたから。もう寝ます。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽ちゃん」
腕の中の咲楽ちゃんはすぐに寝息をたて始めた。
「おやすみ」
その額にキスを落として、俺も眠りについた。




