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244 ~大和視点~

ランニングの後はストレッチをして、身体を解す。


「トキワ殿、おいかけっこの時には混ぜろとアラクスからの伝言です」


「それまでに終わっていたら、と伝えてもらえますか?」


伝えてくれた副団長にそう返す。ニヤリと笑って、副団長は戻っていった。


ここからは体術の指導だ。基本の動きは教えてある。その応用力を試す。ガイ、プロクス、ゴットハルトと共に新人達を捕まえて、そこから抜け出して反撃できるか、それを試す。注意すべきは習熟度の差か。チコやアドバンはガイに相手をしてもらう。俺の相手はシモンとルカとエリアス。この3人は咲楽ちゃんが言う『考えちゃう子』だ。コツを飲み込むまでに時間はかかるが、飲み込んでしまえば早い。聞いてみれば勉強などでも苦労したらしい。『分からなくて、そのまま先に進んで、余計に分からなくなって、どこが分からないかも分からなくなって……』。3人共がそう言っていた。3人が分からないと言う箇所の、ちょっとした押さえどころを教えたら、元から出来ていた奴らよりテストが早く終わってしまって、他の奴らの文句を言われた。まぁ、俺も教えられる自信があるのは中学生程度までか。高校生程度になると分かってはいるが、教えられる程でもない。


3の鐘近くになったら、楽しいおいかけっこの時間だ。団長を呼びに行くと、喜んで飛び出してきた。そして渡される重り。


「衣装部に頼んで、巻きやすくしてもらった」


「何をさせているのですか」


シンガードとガントレットの様な重りを受け取り、装着する。革製で扱いやすい。良いな、これ。右の拳を左の手のひらに叩きつけると、バチンっと良い音がした。


「さて、準備は出来たかな?」


「いつでも大丈夫です」


王宮から来ていた文官に合図を出す。彼も心得たように合図の太鼓にバチを叩きつけた。


ドンっという音と共に、皆が散り散りに駆け出す。少し間を置いてもう一度文官が太鼓を鳴らした。その音と共に駆け出す。全力で走るのは気持ちが良い。最近、ナイオンも駆けさせていないな。そんな事を考えながら、次々と捕まえていく。想定通り、最後まで残ったのは団長だ。


「ヤマトっ、目上の者を敬えっ」


「十分に敬っておりますよ」


「何故俺を毎回最後に残すっ?」


「そうして欲しそうでしたから」


「頼んでないっ」


「おかしいですね」


「おかしくはないっ」


「では次から、最初に捕まえましょう」


「捕まったらずっと見ていろってかっ?あっ」


「はい。捕まえました。書類仕事は終わったんですか?」


「頑張って終わらせた、はず?」


「ほら、文官さんが待っていますよ。良い笑顔で」


「ヤマトも手伝えっ」


「私は下っぱですよ。手伝える訳、無いでしょう?」


「ふっふっふ。良いことを教えてやる。ヤマトを騎士爵にと言う声が多くてな。推挙状を送っておいた」


「何をしてくれているんですか」


「カイルも同様だ」


「副団長……」


第2回戦をと出てきた副団長にジト目を向ける。


「おや、聞きましたか?騎士爵に必要な推挙人は3人。数は揃っています」


「もう1人はどなたですか?」


「王宮騎士団長様です」


「第2王子殿下ともあろうお方が、何をなさってくださりやがりましたっ」


「そこまでですよ。不敬罪になります」


「人前では言いませんよ」


「さて、2回戦と行きましょう」


「貴方も楽しみなようですね?分かりました。次は副団長を最後に残します」


「お手柔らかに」


第2回戦が始まった。観客が多くなってきたな。何故かこのおいかけっこ、観客に評判が良いらしい。始まると両方に声援が飛ぶ。賭けとかしていないだろうな?


準備が整った。次は2回目の合図を少し遅めにしてもらうように頼んで、檻の前に立った。


合図の太鼓が鳴る。みんなが一斉に走り出す。しかし、しかしだ。俺がずっと追いかける番で良いのか?


2度目の合図で走り出す。最初に団長を捕まえるか。文官が手薬練(てぐすね)引いて待ってるし。


最初に団長を捕まえて、文官の元に連れていくと、物凄く感謝された。


次々と新人達から捕まえていく。最後に残るのは大抵チコかエリアスだ。


「ヤマト教官っ、提案がっ、あるんですがっ」


「なんだ?」


「次はっ、僕達っ、新人達でっ、教官達をっ、追いかけるっ、というのはっ、どうでしょうっ」


「みんなで話し合って決めたのか?」


「はいっ」


「良いんじゃないか?ほい。捕まえた」


「伝えておきます」


「あぁ、頼んだ」


プロクスやガイに文句を言われながら、捕まえていく。檻の中でエリアスがみんなに説明していた。


最後は副団長か。咲楽ちゃんの時には世話になったからな。真剣勝負といこう。


徐々にトップスピードに乗る。ぐんぐんと副団長が近付いてくる。副団長が急に進路を変えた。面白い。副団長の重心を観察する。見えた。次は左か。


「何故分かったのです?」


捕まった副団長が悔しそうに言う。


「教えたら楽しくないでしょう?」


「そうですが」


「次ですが、新人達から提案がありました。私達が逃げて、新人達が追いかけると言うのをやってみたいそうです」


「良いですね。彼等が我々に挑みますか」


「最終的には副団長と私が標的になると思います」


「捕まらないように気を付けましょう」


「よろしくお願いします」


檻の前まで行くと、全員勢揃いして待ち受けていた。


「ずいぶん気合いが入っているな」


ズイッと副団長と俺に黒のハチマキが差し出される。そのハチマキ、どうしたんだ?


「頭に巻いてください。これを取ったら我々の勝ちです」


「考えたな」


「ルカのアイデアです」


「ほぅ。面白い。って俺のだけ長くないか?」


2m位あるんだが。


「ハンデです」


「私のも長いですが」


副団長のは1.5m位だな。


「教官の皆さんは同じ長さですよ。ヤマト教官以外」


「あからさますぎるだろ。あぁ、上着を脱いでも良いか?チェーンメイルだけにしたい」


「教官、ずっと……?」


「あぁ。朝のランニングの時からずっとだな」


「…………」


「黙るなよ」


「息も切らしてなかったじゃないですか」


「じゃあ、お前達で俺の息を切らせてみろ」


「分かりました」


思わず笑う。良いねぇ、闘志を燃やす若者。って思考がおっさんぽくなっているな。


1度目の合図が鳴った。全体を目視出来る程度で止まる。


2回目の合図で一斉に新人達が走ってくる。囲い込みか。何人か後ろに回ったな。地属性は使わない。己の感覚のみで全てを躱していく。自分が好戦的になっていくのが分かる。口角が上がる。


これは『夏の舞』の感覚だな。面白いが危うい。飲まれないようにしないと。


副団長が教官役を集めたのが分かった。不味くなったら押さえ込もうという事だろう。プロクスが走っていく。団長を呼びに行ったな。


理性を繋ぎ、ギリギリで避け、新人達からハチマキを奪った。良いのか?いけないとは言われていないが。


周囲の歓声が聞こえる。熱気が膨れ上がる。楽しい。団長がたどり着く前に合図の太鼓が鳴った。理性を総動員して、興奮を押さえ込む。


「残ったのは俺だけか?」


「そうっ、ですっ。なんっ、ですっ、かっ。あのっ、動き、は」


「何ですか?と言われてもな」


控え室にしている部屋に戻る。ここにはシャワーが付いている。


「使っても良いですか?」


了解を取って、シャワーを使おうとシャツを脱ぐ。


「ヤマトっ、その傷はどうした?」


しまった。見ていたのは団長と副団長か。油断していたな。


「後で話します」


冷水のシャワーを浴びて、気を静める。ガイやヘルムート、エスターは知らないよな。あちらの話しはしていないし。


シャワーから出ると、居たのは団長、副団長、プロクス、ゴットハルトの4人だった。


「他のはどうしました?」


「昼食に行かせました。ガイ達を引率につけて」


「それで?その傷はどうした?」


団長が待っていられないとばかりに、副団長の言葉尻に被せて聞く。


「傷というか、傷痕です。14~15歳の時でしたか。崖から落ちました」


「崖から?」


「10m程の崖ですね」


「その怪我がそんなに綺麗なのですか?」


「あちらでの怪我ですしね。こちらのような治癒術はありませんから、切って縫って、こんな傷になるわけです」


「切って縫って?」


「あちらでは一般的に知られた手法です。資格を持った医師という職業の者しか出来ませんが。私の傷痕は少し無茶をした影響ですね」


「何をしたんだ?」


「傷がくっつかない内に動きました。医師の制止を無視して」


「何故、そんな事を?」


「若かったからとしか言いようがありません。寝てるのに飽きて動きたかったんです」


「シロヤマ嬢は知っているのですか?」


「見られてしまいましたね。理由も話しましたが、辛そうにするのであまり見せたくはありませんね。痛みもないですし」


「こういう風に聞かれるのは嫌だったか?」


「見られたらその訳を聞かれるだろうとは思っていました。完全に私の油断です」


「そうですか」


室内に沈黙の時間が流れた。


「もう1つ聞きたいのですが、最後のあの状態は何ですか?」


「あれですか。私の剣舞は5番あるのですが、その内の1つの状態に近くなっていましたね。あれは良い訓練になります」


「緊張したのですよ。貴方を取り押さえないといけないと思って」


「理性で押さえてはいましたよ。副団長達に緊張が走るのも分かりましたし」


「あれがシロヤマ嬢の前では危険な舞の状態か?」


「そうですね。あの状態です」


「確かに危険だな」


「あれを押さえ込む精神力が要るわけです。ともすれば理性など吹き飛びますから」


「そうなった事は?」


「修行中に1度だけ。その時は父の弟子5人に押さえ込まれて、1日軟禁されました」


「軟禁?」


「家の離れに閉じ込められました。まぁ、その環境が気に入ってしまって、1ヶ月そこで過ごしましたが」


「伝統的なものだと聞いた覚えがあるのですが」


「伝統的ではありますね。28代続いていますし」


「28代ってどのくらいになる?」


「500年と、少しか。600年は行っていないはずだ」


一斉にため息を吐かれた。


「コラダーム王朝と同じくらいではないですか」


副団長が疲れたように言う。


「長く続いているというだけです。責務などもありませんし」


「神々を慰め、奉るという責務があるではありませんか」


「それは当然の事です。責務ではありません。当家が続いてきたのは、神々の庇護のお陰だと思っていますから」


「それを当然と言うか……」


「当然行う事であって、したいからしていた事だ。それをしなければ、という事に従っている訳ではないからな」


「貴方はそうでなくとも、他のご家族はそうではなかったのですか?」


「どうでしょうね?」


ガイ達が帰ってきた。昼食も買ってきてくれたらしい。


「食べてしまいましょう。この後の事もありますし」


「何の話をしていたのですか?」


ガイ達に聞かれた。


「ヤマトの最後のあの状態についてだな。詳しく知っておかないと、危険な気がしたからな」


「理性さえ()てば、危険な事はありませんって」


「その度に、こっちは緊張するんですが?貴方を取り押さえられるというのが想像できません」


「出来ますって。私も全員を相手に出来るとは思えませんし」


「どれだけの労力がいると思うのですか」


「ここにいる全員で十分でしょう?」


「新人達考案のあのおいかけっこは続けるか?」


「トキワ殿が怖いのですが」


「大丈夫ですと言いきれませんが、努力しますよ」


「言い切ってくれ……」


「と、言われても」


「ヤマト殿がひどく好戦的な笑みを浮かべていましたね」


ヘルムートがポツリと言う。


「そんなに好戦的でしたか?」


「我々が怯む程には。新人達は分かっていないようでしたが」


「それは申し訳ない。怖がらせましたか?」


トレープール()のボスを前にした恐怖と同じ感覚でした。さすがに黒き狼です」


「止めてください」


皆から忍び笑いが漏れた。


「新人達は何も?」


「楽しかったそうですよ」


「またやりそうですか?」


「やるでしょうね」


「もう、止めて欲しいんだが、乗り気だったか」


「私には良い訓練になりますが」


「その度に我々に緊張が走ります。緊急出動を要請しようかと思いましたよ」


「私は魔物ですか」


不服の表情を浮かべると、大笑いされた。


昼からは礼節と規則などの講義。担当者だけでなく我々も参加する。腹が膨れた後の麗らかな日差しの中での講義。しかも身体を思いっきり動かした後だ。眠くなるのは人類共通のようだ。


『礼節と規則などの講義は朝からにしたほうが良くないか?』


そうメモ書きして教官役に回す。全員から賛同が帰ってきた。これは今日の教官役の会合で話し合う事だろう。提案の事項に入れておく。


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