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243 ~大和視点~

しばらく大和視点が続きます。咲楽が療養中ですので。

水の月、第4の火の日。今日から勤務に復帰する。昨日ゴットハルトが団長からの伝言を伝えに家まで来た。


「シロヤマ嬢の様子は?」


話をするのに咲楽ちゃんの事を(おもんぱか)ってか、庭に、と誘われた。


「身体的には回復しているが、精神的にな。毎晩魘されている」


「毎晩か」


「あぁ。『ごめんなさい』だの『許して』だの。暴力を振るわれたのは分かっているが、その時の事を夢に見るらしい。俺には何も出来ない。せいぜい気が付いたときに抱き締めて落ち着かせてやる位しか出来ない」


「それしか出来ないって、それはヤマトにしか出来ないことだろう?」


「他の誰にも代わってやるつもりはないが」


「それを聞いて安心した。団長が心配してたぞ」


「心配?」


「『あの時のヤマトは必要以上に自分を責めている感じがした』って。『シロヤマ嬢も心配だが、ヤマトも心配だった』ってさ。シロヤマ嬢が意識を取り戻したって聞いて物凄く喜んで、新人達の訓練で滅茶苦茶に剣を振り回して、アインスタイ副団長殿に叱られて、リシア殿に『シロヤマ嬢は貴方の娘ですか?』って呆れられていた」


「あの人は……」


「良い上司だな」


「あぁ。本人には言わないけどな」


2人で忍び笑いを漏らす。


「それで、昼間は良いのか?」


「咲楽ちゃんか。まぁ、大丈夫だとは思う」


「何があった?」


「普段は良いんだけどな。たまに思い出すらしい」


「そうなのか?無理もないが」


「表面上は良いんだがな。どうなるか、予測が付かない」


「私にはその事自体が分からないな」


「こればかりはな」


「施療院への復帰は?」


「水の月中は休み。第5の緑の日に診察に連れていく予定だ。今後の事も含めて、話をしてくる」


「そうか」


「それで?俺は明日から勤務復帰で良いのか?」


「あぁ、今日、団長とアインスタイ副団長殿が話をしていた。明日から闘技場出勤だ。そっちに専念してくれと。団長が楽しみにしているぞ。鈍っていないだろうな?って」


「鍛練は地下でしてたしな」


「地下に何があるんだ?」


「あちらでしていた運動設備(トレーニングルーム)のホンの一部だな。それを作った」


「シロヤマ嬢は何も言わなかったのか?」


「むしろ勧めてくれた」


「良い婚約者だな」


「咲楽ちゃんだからな」


惚気(のろけ)かよ」


この会話は咲楽ちゃんに知られていないはずだ。咲楽ちゃんと居たカークも何も言わなかったし。


朝、8の鐘過ぎに目が覚めた。毎日の日課であったランニングをするべきかどうかで悩む。咲楽ちゃんが魘されるのは、早朝が多い。


正直に言うと、1人にはしたくない。悩んでいると、カークが近付いてきたのが分かった。咲楽ちゃんに叱られるかもしれないな。家の中で索敵を使ったら。


「トキワ様」


「悪いな」


玄関先で話をする。


「いいえ。どうされますか?」


「悩んでいる。正直に言うと、咲楽ちゃんを1人にしたくないんだ」


「今日はお止めになりますか?」


「ずいぶんサボってしまっているしな」


「サボって?」


「怠けるとか怠慢という意味で使われる。すべき事をしていないという感じか」


「それは少し違うのでは?」


「かもしれないな」


その時、2階から何か聞こえた。


「悪い。ちょっと行ってくる」


急いで寝室に上がる。咲楽ちゃんが魘されていた。抱き締めて声をかける。


「大丈夫。側に居るから。大丈夫」


しばらくそうしていると、咲楽ちゃんの力が抜けた。呼吸も平静に戻っている。


「もう大丈夫だ。悪いな」


玄関に戻る。


「いえ。大丈夫なのですか?」


「大抵は一度で収まるな」


「どうされますか?」


「止めておく。地下は使うけど」


「分かりました。お伝えして参ります」


「悪いな」


「いいえ。行って参ります。すぐに戻ります」


走っていったカークを見送る。


結界具の設定を変えて、カークが入れるようにする。


いつまでもこのままという訳にはいかないのだろうが、どうにも心配になる。と、いって、朝のランニングもこのままサボりたくない。


カークが戻ってきた。


「戻りました」


「何か言っていたか?」


「ヘリオドール様が心配そうにしておられました。ダニエルは一応の事情を知っているのでしょうが、不審に思っている様子でした」


「ダニエルか。ゴットハルトが知らせたはずなんだが、どういう伝え方かは聞いてないな」


「トキワ様、地下に行かれますか?」


「あぁ、行ってくる。悪いが居てくれるか?」


「はい。お客様の場合は知らせます」


「じゃあ、行ってくる」


カークに後を任せて、地下に降りる。降りながらメニューを組み立てる。


軽く室内を走り、雲梯を使って腹筋や腕立て伏せ、懸垂をして、バトルロープを使う。以前作ったダンベルもどきでのダンベルスクワットやランジなど、思い付く限りの筋トレを行う。


結構な時間がたっていたらしい。伝声管から遠慮がちなカークの声が聞こえた。


「トキワ様、お時間です」


「分かった。上がる」


リビングに上がると、すぐにカークが来客を告げた。


「ヘリオドール様が家の前に居られます」


「そうか。咲楽ちゃんは?」


結界具の設定を変えながら、カークに聞く。


「起きられた様子はありません」


「様子を見てくるか」


玄関を開けて、ゴットハルトを招き入れる。


「少し待っていてくれるか?シャワーを浴びてくる」


急いでシャワーを浴びて着替える。寝室に入ると、咲楽ちゃんが目を覚ましていた。


「起きた?」


「はい。何時ですか?」


「1の鐘少し前ってところかな。カークとゴットハルトが来てる。降りる?」


「はい。朝食を作りますね」


咲楽ちゃんに朝食をつくってもらって、みんなで食べる。咲楽ちゃんの食欲はまだ戻っていないか。いつもより量は少ない。


「咲楽ちゃん、魔力量は?」


「7.5って感じですね。戻るのが遅いです」


「サクラ様、1度枯渇したような状態でしょう?10日以上はかかると思いますよ」


「そんなにかかるんですか?」


「かかりますよ。冒険者ギルドの資料で見ました」


「そんなにかかりますか」


若干落ち込んだ感じの咲楽ちゃんにゴットハルトが声をかける。


「シロヤマ嬢、今は休む時なのではないですか?」


「休む時ですか?」


「はい。私の領で花を育てている老人の話なんですけどね。綺麗な花を咲かせるのに必要なのは畑ですが、その畑も続けて使い続けると、花を咲かせなくなるそうです。ですから必ず休ませる期間が必要になるのだと言っていました。シロヤマ嬢は今、その『休む時』なのではないですか?」


「連作障害ですか」


「似たような物かな。咲楽ちゃん、ずっと動いてきたから落ち着かないんでしょ?」


「そんな感じです」


「今は充電期間って考えたら?」


「そうします」


「ジューデンってなんですか?」


「俺等の元居た所には魔法は無かった。こっちでいうと魔道具を動かす為に、魔力じゃない力を使う必要があった。電気というものなんだが、それを貯めるのに時間がかかるんだよ。電気を充填する期間を充電期間って言ってたんだ」


「便利なのか、不便なのか分からないな」


「その代わり自然科学の世界は、こっちとは比べ物にならないくらい進んでいたぞ。火はどうして燃えるのか、風はなぜ吹くのか、水はどうやって生まれるか、大地はどういう風に出来たか。全て解明してきている」


「火も風も、水も大地も、そこにあるものだろう?」


「念じれば火が付くって事が出来ないからな。物と物を擦り合わせれば熱を持つ。その熱を上げていけば発火する。最初はそういう風にして火を付けていた」


「大変ですね」


「その内燃える水や燃える空気が発見され、その安全な取り扱い方も確立され、今日(こんにち)ではスイッチ1つで便利な暮らしができるようになった。まぁ行きすぎて危険な事もあるけどな」


「危険?」


「例えばあちらで危険な動物を退治する時、剣一本で立ち向かうことはまず無い。そうしている所もあるけどな。大抵は銃という物を使う。爆発する力を利用して、金属の弾を飛ばすんだ。石弾(ストーンバレット)の様な物だけど、速さが違う。王都の端から端まで1刻の1/10かからない。もっと速いか?」


空気抵抗や質量などを一切考慮に入れなければの話だが。


「そんな物があったのか」


「あぁ。ただな、威力があるということは、簡単に命を奪えるということだ。一般的に使われている所もあったが、咲楽ちゃんは扱ったことはないな」


「シロヤマ嬢は、ってヤマトは?」


「日常的に扱っていた」


「は?日常的?」


「そういった物で身を守らなければならない所に居たんだよ。こっちに来る5年程前までな」


咲楽ちゃんが暗い顔をしている。こういった話題には敏感に反応するしな。


「この話はここまでだな。時間も迫ってきているし。ゴットハルト、今日は勤務は?」


「ヤマトと同じ、闘技場出勤だな」


「騎士服は持ってきたのか?」


「あぁ、部屋を借りて良いか?」


「どうぞ」


食器の片付けをカークに任せ、2人で2階に上がる。着替えを済ませてダイニングに降りると、咲楽ちゃんとカークがなにやら話していた。


「少し出てきます。お1人で大丈夫ですか?」


「大丈夫です。行ってきてください」


「結界具はちゃんと作動させてくださいね」


「はい。大丈夫ですよ」


「知らない人を招き入れちゃダメですよ」


「分かっています」


まるで母親のようだ。そのやり取りに思わず笑い声が漏れる。


「ヤマト、どうした?」


「カークが心配性の母親になってる」


「心配性の母親?」


「知らない人を入れるなとか、結界具をきちんと作動させろとか。まぁ、用心に越したことはないが」


「当然の心配だな。あぁ、そろそろ出るか?」


「そうだな。行ってくる。咲楽ちゃん、用心してね」


「分かってます」


ちょっとムッとした感じのその額に、いってきますのキスを落とす。


「じゃあ、いってきます」


「いってらっしゃい」


その声に送られて、久しぶりに出勤する。カークも付いてきた。


「ユーゴの迎えか?」


「はい。1人でも大丈夫だとは思うのですが」


「ユーゴの事も考えないとな」


「申し訳ございません」


「何故、カークが謝る?教えると約束したのは俺だし、来て良いと許可をしたのも俺だ。謝る事はない」


「カークは変に背負い込むな」


ゴットハルトの言葉に、同意する。カークは全てをその背に背負おうとするんだ。


闘技場へ向かう俺達と別れて、カークが走っていった。


「ユーゴか」


「あの少年だな?」


「ゴットハルトは会ったことがあったか?」


「何度か王宮騎士団に行って、アインスタイ副団長殿と一緒にいるのを見た。あの少年をどうするつもりだ?」


「鍛えてくれと頼まれた」


「ヤマトが鍛えるのか?」


「全くの初心者を鍛えるのは久しぶりだがな。やったことはあるぞ」


「なんとなく気の毒になってくるのは、気の所為(せい)か?」


「酷いな」


笑いながら、闘技場に入る。まずは団長と副団長に挨拶に行く。


「失礼いたします。ヤマト・トキワ、本日より復帰いたします。ご迷惑をお掛け致しました」


きっちりと礼をする。


「おう。どうだ?シロヤマ嬢は」


「身体的には良さそうですが、精神的に回復しきっていないといった感じですね」


「心配だな」


「ずっと付いている訳にもいきませんから」


「トキワ殿、訓練内容の確認を。良いですか?」


「はい」


副団長と確認作業を進めていく。


「新人達のランニングの際、一緒に走ります」


「朝走ったのでは?」


「いつもの距離は走っていません。少し懸念がありまして」


「懸念ですか?」


「咲楽ちゃんが早朝に魘されるのですよ」


「それは……」


「ですから朝に家を空けたくないのです」


「心配ですね」


「彼女が朝起きてしまえば、良いのですが。まだ完全とは言い切れませんので」


「そうでしたか。熱の月は神殿でしたね?」


「そうですね」


「アラクスとも話していたのですが、当分は日勤のみでお願いします」


「私としてはありがたいのですが、良いのでしょうか?」


「はい後、少し言いにくいのですが」


「何でしょうか?」


「犯人達の審問処分の言い渡しの際、見届け人としてその場に立ち合って貰えないかと」


「私がですか?」


「被害者の代理と言いますか。シロヤマ嬢をという訳にもいきませんし」


「立ち合いで良いのですね?」


「はい。背後関係は今調べていますが、今回のシロヤマ嬢誘拐の一件については、それで終了となります」


「分かりました。いつでしょう?」


「第5の木の日です。その日は一旦ここに来てから私と審問所に向かいます」


「承知致しました」


「訓練に出ましょうか」


闘技場で久しぶりに新人達と顔を合わせた。


「ヤマト教官、もう良いのですか?」


「今日から復帰だな。迷惑をかけた」


「あのっ、天使様は、お加減はいかがですか?」


「かなり回復してきている」


アドバンは咲楽ちゃんが心配なのだろう。少し安堵の表情を浮かべた。


「さて、まずはランニングだな。今日は俺も一緒に走る。付いてこれるか?」


「頑張ります」


最初に軽く流してからスピードをあげる。自分一人なら気にせず走れるが、全員が付いてきているか確認しながら走るのは神経を使う。


15周ほどで切り上げた。


「大丈夫じゃなさそうだな」


ゼイゼイと声も出せなさそうなみんなを見て言う。


「ヤマトは相変わらずだな」


「団長まで一緒に走っていたのは何故ですか?」


「書類仕事が貯まってきていてな、プロクスに押し付けて逃げてきた」


「そのプロクスが後ろにいますが」


「団長、行きますよ」


「プロクス、待てっ」


「待ちません。処理しないと貯まる一方ですよ」


引きずられていく団長を見送った。


「後に回すと余計に苦しくなるだけっていう事だな」


その場に居た全員が頷いた。






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