abduct④
急に明るくなった気がして、目が覚めた。
「起きた?咲楽ちゃん」
「はい」
「夕飯、食べようか」
大和さんが魔空間から食事を取り出して温めてくれる。
「大和さん……」
「ん?どうしたの?」
「ユーゴ君はこの先どうなるんでしょうか」
「どうだろうね。俺達には今は何も出来ないよ」
「不安そうでした」
「だろうね」
「大和さんは武術を教える気はあるんじゃないですか?」
「ユーゴに?」
「はい」
「どうしてそう思ったの?」
「何となくです」
「教える気はあるよ。だけどユーゴの今の精神状態じゃ潰れてしまう。今まで居た親が居なくなったんだ。しかも犯罪行為で。信じていた親がやってはいけないことをした。しかもそれを止められなかった。そのストレスは大きい」
私の前に食事を並べながら大和さんが答える。
「どうすればいいんでしょう」
「こればかりはなんとも出来ないね。まずは食べてしまいなさい」
「はい」
私が食べ始めたのを確認してから、大和さんが食事を始める。
「大和さん」
「ん?何?」
「ユーゴ君をしばらく一緒に、って訳にはいきませんか?」
少し笑って大和さんが言う。
「今は無理だよ。咲楽ちゃんの負担になる」
「私が早く元気になればいいですか?」
「それでも躊躇はするけどね」
「何故ですか?」
「昼間はどうするの?」
「あ、そうですね」
「同じにしてはいけないんだけど、ナイオンの時と一緒の問題になってくるんだ。ユーゴは14歳だ。学門所にも行きづらいと言っていた。これが俺達が異動してからなら、何とかなったかもしれないんだけどね」
「異動してからなら、ってどうしてですか?」
「単純に職場が近いから。俺が神殿勤務だと良いけど、王宮勤務だとユーゴが孤立する」
そう言われても、何故それでユーゴ君が孤立するのかが分からない。
「分からないかな?周りは大人ばかりだよ」
「そうですね。家のご近所さんってお子さんを見ないですよね」
「同世代もいない。切磋琢磨できる友人がいないって事は、成長を止める可能性もある」
「そうなんですか?」
「家の中で閉じ籠っている子どもって、周りに甘えるしか知らないか、周りに頼れないかって、どちらかに片寄る場合が多いから。兄弟でもいれば別だけど、協調性がなくなったりするしね」
「環境って大事ですよね。思春期に限らないですけど」
「常時見ている人がいて、きちんと教育できればいいんだけど」
「でも、お母様は副ギルド長さんですよね。今までどうしていたんでしょう?」
「さぁね。ただ、ユーゴはこれからかなり辛い環境におかれる」
「ユーゴ君が自分で言ってましたけど、『犯罪者の息子』ですもんね」
「ユーゴにとって最適な方法はあるはずなんだ」
「大和さん、ユーゴ君の事、気に入ったんですか?」
「気に入ると言うか、気になると言うか。武術に関してもそうだし、覚悟ができたら剣舞を教えてもいいと思っている」
「やっぱり気に入ったんじゃないですか」
「でも、それと引き取るって話は別なんだよ」
「分かってます」
食べ終わった器を備え付けのシンクで洗ってくれながら、大和さんに言ってみた。
「大和さん、立ってみて良いですか?」
「怠さは?」
「まだ少しありますけど」
「もしかして立ってみたいって言うより歩いてみたい?」
「はい。どうして分かったんですか?」
「俺がそうだったから。脇腹の怪我の時、3日目に勝手に歩いて看護師さんに叱られた」
「当然です」
大和さんの場合は外傷でしかも緊急手術をしたと聞いた。
「支えるから、歩いてみる?」
「お願いします」
大和さんに手伝ってもらって立ってみる。少しふらついたものの、しっかりと立てた。
「また痩せちゃったね」
「ごめんなさい」
「今は仕方がないでしょ。ゆっくり休んで、しっかり食べて、徐々に戻していこうね」
「はい」
「何かしたい事とかある?」
したい事?
「大和さんの笛が聞きたいです。後、大和さんが指導しているところを見学したいです」
「笛は分かるけど、指導って、新人達の?」
「はい」
「どうして?」
「大和さんが指導しているのって、格好いいですから。あの、模擬戦もしてるんですよね」
「それも見たいの?」
「はい」
「分かった。考える。笛は地下になるよ。下手に聞かれると面倒な事になりそうだし」
「はい」
室内を歩きながらの会話。でもそれだけで、私の息は上がっていた。
「心肺機能はやっぱり落ちてるね」
大和さんにベッドに誘導されて座らせられる。
「はい」
ここまで心肺機能が落ちてると思わなかった。
「もうちょっと歩きたかったです」
「無理は禁物、でしょ?」
「はい」
「明日、歩こうね」
「天気が良いと良いですね」
「ここ最近、いい天気が続いてるけどね」
「眠くなってきました」
「眠った方がいいよ」
「大和さんもちゃんと寝てくださいね」
「分かった。約束する」
嫌な夢を見た。
誰かに閉じ込められて、それまで一緒に居たはずの大和さんも居なくなって、独りになって、心細くて、必死に大和さんを呼んだ。でも来たのは知らない誰かだった。その誰かが近付いて来る。逃げようとしても逃げられなくて、もう少しで捕まる、それを繰り返す。
何回目かのループの時、暖かい手が、私の手に触れた。その手を握ると誰かは消えていった。
目を覚ますと、大和さんがいてくれた。
「大和さん」
名前を呼んだら、安心して涙が出てきた。
「どうしたの?」
「大和さんが居なくって、独りぼっちになった夢を見ました」
「俺はここに居るよ。咲楽ちゃんの側に居る」
思わず両手を大和さんに伸ばす。大和さんに抱き締めて欲しかった。大和さんが身を屈めて抱き締めてくれた。
「大和さんが居なくって、閉じ込められてて、知らない人しか居なくって、心細くって」
「大丈夫。全部夢だよ。悪い夢だ。俺はここに居る。咲楽ちゃんの側に居るから」
大和さんの言葉にホッとした。ホッとしたら身体から力が抜けた。意識が眠気に呑まれていく。
再び目覚めたのは2の鐘前。ローズさん、ルビーさんが来る直前だった。
「サクラちゃん、起きてる?」
「おはよう。良い天気よ」
2人が遠慮がちに入ってくる。
「ローズさん、ルビーさん、おはようございます」
ホッとした表情を浮かべる2人。心配させちゃったし仕方がないのかも。
「今日はね、3の鐘過ぎに馬車が来る予定なの」
「みんなでお昼を食べましょ」
「みんなって?」
「みんなよ。ナザル所長もライル様も、それにトキワ様も」
「私もですか?」
「もちろんよ」
「施療院の仲間で、という事ではないのですか?」
「それも考えたんだけど、ライル様と所長がトキワ様と話をしたいのですって」
「女性は女性で楽しくおしゃべりしましょ」
「サクラちゃん、着替えはどうする?」
「したいです」
「じゃあ、着替えちゃいましょ」
その声を期に大和さんが療養室の外に出る。
「似合うのを持ってきたわよ。サンドラからサクラちゃんへの回復祝いらしいわ」
「シャワーとか、浴びたいんですが」
「それがあったわね。どうしようかしら?」
「『洗浄』を極軽く掛ければ?冒険者がやるって聞いたわ」
シャワーとドライと浄化を極弱くイメージして、自分にかけてみる。
「サクラちゃん?何をしたの?」
「シャワーとドライと浄化を極弱くイメージして、自分にかけてみました」
「また無駄に高度な事を。生活魔法とはいえドライと、水属性と光属性?それ、他の人には出来ないからね?」
「冒険者達は、そこまで高度な事はしてないからね?」
薄いインディゴブルーのワンピースにロングの白い薄手のカーディガン。
「似合うわよ」
「トキワ様も満足されるわね」
ローズさんとルビーさんに連れられて、ドアの前まで行く。
療養室のドアが開いた。ライルさんとカークさんも一緒にいた。大和さんが柔らかく微笑んでくれる。
「トキワ様、どう?似合うでしょ?」
「えぇ。咲楽ちゃん、よく似合ってる」
「じゃあ、また迎えに来るからね」
「トキワ殿、さっきの話の続きは、またお昼に」
「はい」
3人は今から診察なのだろう。若干急いで戻っていった。
「トキワ様、お食事ですが、サクラ様のスープもお持ちいたしました」
「気を使わせたな。ありがとう」
大和さんにソファーに座らせてもらって、カークさんの買ってきてくれた朝食を大和さんが並べていると、カークさんが呟くように話し出した。
「トキワ様がサクラ様を心配しておいでのように、私もサクラ様が心配なのですよ。それにあのようなトキワ様を2度と見たくありません」
あのようなって何?カークさんが『2度と見たくありません』って言うくらいだから何かあったんだと思うんだけど。
「カーク、悪い。その話は後で聞く」
大和さんがカークさんの話を止めた。
「咲楽ちゃん、食べられる?」
そう聞かれて、頑張って食べなきゃって気になる。
「はい。頑張ります」
「頑張らなくて良いから」
嗜められた。食事中に大和さんがカークさんにユーゴ君の事を尋ねる。
「カーク、ユーゴはどうしてる?」
「冒険者ギルドの手伝いをしています」
「学門所というのは何歳までだ?」
「大抵は16歳までです。どのような勉強かも気になりますか?」
「そうだな。頼めるか?」
「今日は昼食はよろしかったのですよね?それでしたら教材を揃えて、トキワ様の家にお持ちします」
「ついでにユーゴも連れてくるとかか?」
「何故分かったのですか?」
「普通に分かったが?」
「私は分からなかったです」
あの話の流れで、どうしてユーゴ君を連れてくるって事が分かるの?
「ユーゴを気にかけているであろうカークが、そうすぐには手に入らない教材を揃えて来るんだよ?どうやって揃える?誰か、それまで通っていた子に頼むしかない。さっきまでユーゴはどうしてるのかって聞いたんだから、ユーゴの事を思い浮かべて不思議じゃないよね」
「そうやって順序だてて言っていただけると、分かりやすいですね」
「大和さん、スゴいです」
「誉めてもらえて光栄です」
大和さんが気取って礼をする。格好いい。
朝食を食べ終えてカークさんが出ていった後、少しして、ダフネさんが来た。
「天使様、今日家に帰るって聞いたよ。良かったね」
「ダフネさん、ありがとうございます。頼みがあるんですが」
「頼み?何?」
「大和さん」
大和さんに話を振る。
「これだ」
大和さんが例の壊れたお守りを出す。
「こっちに来た時に神殿に滞在していてな」
「こっちに来た時ってどこの国から?」
「この世界じゃない他の世界から」
「は?何言ってんの?」
「あの袴に関係していることだ。あれは俺の仕事着だった。奉納舞は見たか?」
「見たよ。見たけど……」
「ああ言うことをしているのが俺の家の正業だ」
「じゃあ、武術は?」
「剣舞に付随するものだな」
「天使様は?」
「私はこちらで言う施術師の助手というか、患者様のお世話をするための専門の学校に通っていました」
「あれ?それだけ?」
「それだけですよ?」
「何を期待してたんだ?」
「もっと元の世界で何でも治せる、みたいな事をしてたのかと」
「元の世界って、もう受け入れたんだな」