表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
268/664

abduct ~大和視点~⑦


「これ、さっき魔術師筆頭殿から預かった」


「国民証?あれ?」


「発見した時、破損してたよ」


俺がそう言うと、咲楽ちゃんは不思議そうにしていた。


「え?どうしてですか?」


「咲楽ちゃんが一気に光属性の放出をしたから、国民証が耐えられなかったんだって」


「そうなんですか。私、あの時は怖くって、夢中だったから」


「まぁ、それで見つけられたんだし、良かったと言えば良かったんだけど、その反動が昏睡状態だからね」


「はい」


「聞きたかったんだけど、何故光属性だったの?」


ライル殿が尋ねる。


「光って圧がありますから。他の属性だと使えないかもって思ったのと、闇属性の危険性を認めろって言ってる人に、闇属性は使いたくなかったんです」


「そんなこと言われたの?」


「はい」


「そうそう。忘れるところだった。所長から伝言。今日はここで泊まって、明日帰るように、って。魔力が回復するまでは、休みなさいってさ。帰りは家から馬車を出すからね」


「フリカーナ伯爵家の馬車ってことですか?」


「そう。サファ侯爵家と王家が出すって言ったんだけど、さすがに目立つって言うのと、僕がいるからってフリカーナが出すことになった」


「ありがとうございます」


「馭者は家の者がするから、心配しないで。それから、所長が経過を見てたけど大丈夫そうだから歩いていいって」


「はい」


それだけ言うと、ライル殿は帰っていった。


「咲楽ちゃん、国民証、着けようか?」


「お願いします」


咲楽ちゃんの左手首に、国民証を着ける。


「あれ?お守りがない」


「タリスマンは石が粉々になってた。ダフネに新しく作って貰う?神殿にも行かないとね」


「お願いしても良いでしょうか」


「ダフネは喜ぶと思うよ。それからネックレス」


「着けてください」


咲楽ちゃんの首に手を回す。抱き寄せるようにしてネックレスを着けた。


「眼を閉じて」


そう言って彼女に口づける。


「明日、帰っても無理は禁物だよ」


「はい」


「しばらくは庭を歩く事かな?」


「しばらくじゃなくても、お散歩とかは有効ですよ?明日は庭を歩きますけど」


「俺の休暇が明けるまでは、散歩がメインだね」


「大和さんの休暇っていつまでですか?」


「後一週かな?」


「6日ですか?」


「そう。あぁ、そうだ。ダフネに話す?」


「気にしてました?」


「咲楽ちゃんが袴の事を話したでしょ?それは何?って聞かれた」


「私だと上手く話せないかも。大和さんに任せて良いですか?」


「分かった。引き受けるよ」


咲楽ちゃんが小さく欠伸をした。


「眠いの?」


「すみません」


「眠ければ眠った方がいい。たぶん身体が睡眠を求めているんだよ」


「はい」


「起きたら夕食ね」


「はい。おやすみなさい」


しばらく彼女の手を握っていた。そういえば今日は魔力譲渡をしていないな。そう考えて咲楽ちゃんの国民証を見る。


国民証を思わず2度見した。総魔力量37500。確か以前増えて37100になって、これ以上増えたら迷惑がかかると気にしていたが。


無事で戻った。その事にまず、感謝し、喜ぶことだな。魔力量はそう枯渇することはないだろうし。ちなみに俺も増えていた。2300。このところ毎日、ギリギリまで咲楽ちゃんに魔力譲渡をしていたからな。咲楽ちゃんほど増えていないのは睡眠時間の所為(せい)か?


その時、誰かが療養室に近付いてくるのが分かった。これはユーゴか?今朝も来たのに何の用だ?


「どうぞ」


ノックの前にドアを開ける。驚いた顔のユーゴが居た。


「ギルド長には言ってきたのか?」


「はい」


そう言いながら目をそらす。


あぁ、これは言ってきていないな。直感的に分かってしまった。仕方なく部屋に招き入れる。


「剣舞の事か?」


「エドモンドさんに話しました。黒き狼殿が怒るのは当然だ、と言われました」


「勘違いしてほしくないんだがな、あれは剣舞に対する心構えだ。他の武術に関する事じゃ無い。ユーゴは14歳だと聞いたが、今まで武術をしたことは?」


「ありません」


「無いか。どうするかな」


少し考える。


カークが来たのが分かった。


「カークが来るな」


「どうして分かるんですか?」


「地属性だな。その魔力で五感の代わりにする」


「地属性ってハズレ属性って言われてるって……」


「何でも使いようだ」


「失礼します。トキワ様、お食事を……ユーゴ君?どうしてここに?」


「話をしたいと抜け出してきたようだ」


「ギルド長が探してましたよ」


「すみません」


「カーク、送ってやってくれるか?」


「あ、でも」


「話がしたいか?」


「はい」


5の鐘が鳴った。


「時間切れだな」


「はい」


若干悔しそうに、ユーゴが言う。


「ユーゴ、学門所は?」


「今は行っていません」


「行きにくいか」


「はい」


「少し考える。カーク、送ってやってくれ」


テーブルに俺の夕食を並べていたカークに頼む。カークは了承してユーゴと一緒に出ていった。


咲楽ちゃんはまだ寝ている。ダフネの作ってきたパン粥がまだ残っていた。が、俺の副菜を少し取り分けて咲楽ちゃんの分に足してやる。


一旦料理を魔空間に仕舞い、考えた。ユーゴはこの先どうなるのか。副ギルド長がどういう処分を下されるかはわからないが、しばらくは1人になる。引き取る気はない。というよりは、咲楽ちゃんに無理をさせるかもしれないと思うと、二の足を踏んでしまう。咲楽ちゃんなら『しばらく一緒に暮らしても』とか言いそうではあるが。


剣舞の事はともかく、ユーゴのこの先は、茨の道だろう。産みの親はいない。育ての親は罪を犯した。多くの人は今は咲楽ちゃんの誘拐暴行事件を知らない。だけど、この先、知られるようになる事は予想できる。ユーゴ自身に罪はなくとも、偏見は必ず持たれる。多くの犯罪者の家族と同じように。


咲楽ちゃんが目覚めたからこそ考えられる事を、考えていた。考えても答えの出ないことではあるが、何かを考えていたかった。


ずいぶん時間が過ぎていたようだ。気が付いたときには室内はすっかり暗くなっていた。灯りを点ける。


「ん……」


咲楽ちゃんが起きたようだ。眩しかったか?


「起きた?咲楽ちゃん」


「はい」


「夕飯、食べようか」


魔空間から食事を取り出して温める。


「大和さん……」


「ん?どうしたの?」


「ユーゴ君はこの先どうなるんでしょうか」


「どうだろうね。俺達には今は何も出来ないよ」


「不安そうでした」


「だろうね」


「大和さんは武術を教える気はあるんじゃないですか?」


「ユーゴに?」


「はい」


「どうしてそう思ったの?」


「何となくです」


本当に咲楽ちゃんは、妙なところで鋭い。自分の事に関してはあれだけ(うと)いのに。


「教える気はあるよ。だけどユーゴの今の精神状態じゃ潰れてしまう。今まで居た親が居なくなったんだ。しかも犯罪行為で。信じていた親がやってはいけないことをした。しかもそれを止められなかった。そのストレスは大きい」


食事を咲楽ちゃんの前に並べながら答える。


「どうすればいいんでしょう」


「こればかりはなんとも出来ないね。まずは食べてしまいなさい」


「はい」


咲楽ちゃんが食べ始めたのを確認してから、俺も食事を始める。


「大和さん」


「ん?何?」


「ユーゴ君をしばらく一緒に、って訳にはいきませんか?」


やっぱりか。予想通りの言葉に、笑みがもれる。


「今は無理だよ。咲楽ちゃんの負担になる」


「私が早く元気になればいいですか?」


「それでも躊躇はするけどね」


「何故ですか?」


「昼間はどうするの?」


「あ、そうですね」


「同じにしてはいけないんだけど、ナイオンの時と一緒の問題になってくるんだよ」


咲楽ちゃんが眠っている間に考えていた事を、話す。


「ユーゴは14歳だ。学門所にも行きづらいと言っていた。これが俺達が異動してからなら、何とかなったかもしれないんだけどね」


「異動してからなら、ってどうしてですか?」


「単純に職場が近いから。俺が神殿勤務だと良いけど、王宮勤務だとユーゴが孤立する」


「?」


「分からないかな?周りは大人ばかりだよ」


「そうですね。家のご近所さんってお子さんを見ないですよね」


「同世代もいない。切磋琢磨できる友人がいないって事は、成長を止める可能性もある」


「そうなんですか?」


「家の中で閉じ籠っている子どもって、周りに甘えるしか知らないか、周りに頼れないかって、どちらかに片寄る場合が多いから。兄弟でもいれば別だけど、協調性がなくなったりするしね」


「環境って大事ですね。思春期に限らないですけど」


「常時見ている人がいて、きちんと教育できればいいんだけど」


「でも、お母様は副ギルド長さんですよね。今までどうしていたんでしょう?」


「さぁね。ただ、ユーゴはこれからかなり辛い環境におかれる」


「ユーゴ君が自分で言ってましたけど、『犯罪者の息子』ですもんね」


「ユーゴにとって最適な方法はあるはずなんだ」


「大和さん、ユーゴ君の事、気に入ったんですか?」


「気に入ると言うか、気になると言うか。武術に関してもそうだし、覚悟ができたら剣舞を教えてもいいと思っている」


「やっぱり気に入ったんじゃないですか」


「でも、それと引き取るって話は別なんだよ」


「分かってます」


咲楽ちゃんの食べ終わった器を備え付けのシンクで洗う。


「大和さん、立ってみて良いですか?」


「怠さは?」


「まだ少しありますけど」


「もしかして立ってみたいって言うより歩いてみたい?」


「はい。どうして分かったんですか?」


「俺がそうだったから。脇腹の怪我の時、3日目に歩いて看護師さんに叱られた」


「当然です」


「支えるから、歩いてみる?」


「お願いします」


咲楽ちゃんの手を取って、立たせる。少しふらついたものの、しっかりと立っていた。


「また痩せちゃったね」


「ごめんなさい」


「今は仕方がないでしょ。ゆっくり休んで、しっかり食べて、徐々に戻していこうね」


「はい」


「何かしたい事とかある?」


刺繍とか気を紛らす事を聞いたら、予想外の答えが帰ってきた。


「大和さんの笛が聞きたいです。後、大和さんが指導しているところを見学したいです」


「笛は分かるけど、指導って、新人達の?」


「はい」


「どうして?」


「大和さんが指導しているのって、格好いいからです。あの、模擬戦もしてるんですよね」


「それも見たいの?」


「はい」


「分かった。考える。笛は地下になるよ。下手に聞かれると面倒な事になりそうだし」


「はい」


室内を歩きながらの会話。でもそれだけで、咲楽ちゃんの息は上がっていた。


「心肺機能はやっぱり落ちてるね」


ベッドに誘導して座らせる。


「はい」


悔しそうに咲楽ちゃんが言う。


「もうちょっと歩きたかったです」


「無理は禁物、でしょ?」


「はい」


「明日、歩こうね」


「天気が良いと良いですね」


「ここ最近、いい天気が続いてるけどね」


「眠くなってきました」


「眠った方がいいよ」


「大和さんもちゃんと寝てくださいね」


「分かった。約束する」


咲楽ちゃんが眠ったのを確認し、魔力譲渡をしてから静かに移動する。


ユーゴのこの先か。俺が考えても仕方がないことと言える。が、ユーゴの事を気に入っている自覚がある俺と、ユーゴを心配し、面倒を見たいと考える咲楽ちゃん。引き取ることになるのだろうか。この問題は一人で決めるわけにいかないし、安易に結論を出してはいけない。


ソファーに座って、目を閉じて、そこで眠ろうとして気が付いた。ソファーで寝ると、咲楽ちゃんに叱られるな。思わず苦笑し、ベッドに横になる。咲楽ちゃんを抱き締めて眠る癖が付いてしまったのか、目を閉じても眠れない。当然だ。一緒に暮らし始めてから、ずっと彼女を抱き締めて眠ってきた。


横になって眼を閉じて、精神だけでも休むように心掛ける。



いつの間にか眠っていたようで、気が付いた時には、8の鐘が鳴っていた。


昨日横になったのは6の鐘過ぎ。7の鐘を聞いた覚えがない。5時間ほど眠ったと言うことか。咲楽ちゃんはまだ眠っているな。昨日咲楽ちゃんが起きて歩いたのは、夢じゃなかったのかと疑ってしまう。もうあんな時間はごめんだ。彼女が側に居てくれない時間はもう味わいたくない。


この時間に起きても、走りに行きたい訳じゃない。今は咲楽ちゃんの側に居たい。


何時にここを出るのかは聞いていないが、たぶん運動をしている時間はないだろう。


まずはストレッチをしてから、腹筋と腕立て伏せ、懸垂を行う。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 甘やかす事と覚悟を持たせることは違うのに何でやらないんだろうね。
2021/09/16 10:05 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ