abduct ~大和視点~①
水の月の第2の闇の日。先週の木の日は神殿でコーラル領の海の安全の日に合わせて行われる、海の祈念祭が執り行われた。俺も護衛騎士として神殿騎士と共に咲楽ちゃんの護衛にあたった。
祈りを捧げるフルールの御使者の姿を一目見ようと、多くの参拝者が神殿に訪れていた。白い祭司服を着たファティマさんと咲楽ちゃんが姿を現すと、参集所がどよめいた。
王族は奥の真像の間で儀式に参加している。そちらではエリアリール様やスティーリア様達神官が、祈りを捧げている。そちらが正式な海の祈念祭で、フルールの御使者が祈るのは、あくまでもポーズだ。
それでもファティマさんと咲楽ちゃんの祈る姿を見ようと、これだけの人が詰めかける。作法通りに祈っている間、一緒に祈っている人や涙ぐんでいる人がいた。
王都内ではすでに話が広まっているが、花の月の第3週から新人達は、王都内に作られた闘技場で訓練をしている。纏めて新人達と言っているが、全員無事に騎士団に入った。王宮預かりだった5人も含めて10人を指導している。
俺とプロクス、ガイとアレクサンドロスが剣術、体術。ゴットハルトとエスター、王宮騎士のヘルムートという伯爵子息が騎士としての礼節。騎士の細々とした規則や知っておいた方が良い人間関係などは団長と副団長が教官役となっている。その辺りは復習の為と称して俺達も同席している。団長と副団長が居るということは模擬戦の機会も増える。どうやらそれを見越して立候補してきたらしい。基本的に木の日に団長達との模擬戦が行われる。最近は団長も副団長も俺に勝てることが増えてきた。試合時間も長引いてる。週に1度の事なので助かっては居るが、街中に作られた為、見物人が多い。この為に教官役と新人達で話し合い、休みを緑の日にずらした。闇の日に見物に来て、見られなかったと言う苦情が何件か寄せられた為だ。
その日も5の鐘で訓練と反省点の話し合いを終え、帰宅した。すぐに異変に気付く。咲楽ちゃんが居ない。具合が悪くて寝ていると言う可能性も考えたが、家の中に気配がない。キッチンを確認すると出したままの食材が目に入った。
几帳面な咲楽ちゃんがこういう事を平気でするとは考えにくい。ダイニングのテーブルに紙が乗っているのに気がついた。
『カークさんが怪我をしたとの事なので、治療に行ってきます。たぶん冒険者ギルドにいます』
しばし、声を失う。カークが怪我をした?今朝はそんな事は言っていなかった。今日はギルドの仕事で門外には出るが、植生を調べる程度で簡単な調査だから、今日中には帰れると言っていたはずだ。予想外の事でも起こったか?冒険者ギルドにも治療の出来る施術師は居る。その施術師で治療が出来ないほどの怪我だとでも言うのか。
家を飛び出した所でゴットハルトに会った。
「ヤマト、どうした?」
「咲楽ちゃんが居ない。この書き置きがあったから、冒険者ギルドに行ってくる」
「治療に時間がかかっているんじゃないか?ギルドの施術師で治療が出来ないほどの怪我なんだろう?」
「それにしては時間がかかりすぎている。いつも闇の日は咲楽ちゃんは4の鐘から夕食の支度を始める。食材が出してあったと言うことは、4の鐘が鳴ってから急いで出掛けたと言うことだ」
「4の鐘直後からということか。それは確かに時間がかかりすぎているな。分かった。私も行く。まだ闘技場に団長と副団長が居るはずだ。話をしておこう」
闘技場に行き、団長と副団長に事情を説明する。団長と副団長も異変を感じたようで、直ぐに王宮の騎士団詰所に行き、届けを出すと共に、対応策を講じた。この時にブローチの事を話し、受信機を取り出す。
「なるほど。以前イライジャ殿が作った魔道具ですね。シロヤマ嬢のブローチのボタンが押されると、これにおおよその方角が出ると言う訳ですか」
「そうです。ただ押されないと何も分かりません」
そこに冒険者ギルドに行ってくれていた騎士が戻ってきた。
「今日は1日カークという人物は見ていないとの事でした。それから今日はシロヤマ嬢は来ていないとの事です」
置き手紙にははっきりと『カークが怪我をしたらしいので行ってくる。たぶん冒険者ギルドに居る』と書いてある。
「どう言うことだ?」
思わず呟く。カークは最初接触してきたとき、副ギルド長の指示だと言った。その後も何度か副ギルド長に呼び出されていた。副ギルド長か。しかし何の為に?
「副団長、今の冒険者ギルドの副ギルド長はどんな人ですか?」
「そうですね。数年前に地方から移ってきた人です。何人かの部下を連れて来ていたはずです」
「評判などは?」
「私は詳しく知らないんですよ。ギルド長を呼び出しましょうか」
「お願いします」
副団長が会議室を出ていった。おそらく冒険者ギルドに使いを出して、ギルド長を呼び出すように指示してくれに行ったんだろう。
「何を考え付いたんだ?」
団長に聞かれて答える。
「この手紙にあるカークは、最初副ギルド長の指示で接触してきたと言っていました。何かの調査だとその時は思いましたが、それが私の勤務体制だとしたら?カークは詳しい指示を受けず、「黒き狼の為人を観察せよ」と言われたそうです。それを「黒き狼の強さの秘密を」と解釈したのはカーク自身だと。勤務体制を調べあげれば咲楽ちゃんが1人になる時を狙えます。もし咲楽ちゃんが狙いだとすれば、機会があったということです」
「それだけで彼女を疑えないだろう」
「彼女?副ギルド長は女性ですか?」
「あぁ。結構やり手の女性だな。ギルド長の暴走を止められる人だし」
「待ってください。ヤマト、何故副ギルド長がシロヤマ嬢を?」
「昨年末からの闇属性を貶める流言蜚語。それを裏付けるのに『天使様が認めた』という一言は大きいだろう。もしかしたら、『天使様』が言っていた等と言う為かもしれない。天使様がこちらに居ると言うことは、自らの正当性を強めることになる」
「ちょっと待て。それを副ギルド長が?」
「カークは闇属性持ちです。そして闇属性に関する流言蜚語のおそらく最初の被害者です」
「それだけで疑うのは……」
「副ギルド長がカークをその領から連れてきたのだとすれば、辻褄が合うのですよ。闇属性を貶める発言をカークに繰り返していたようですから」
「なんだと?」
「その確認の為にもギルド長に来てもらわねばなりません」
その後しばらく思考の海に沈む。咲楽ちゃんの誘拐を思い付かなかったのは、俺のミスだ。十分その可能性はあったというのに。咲楽ちゃんに危害を加えられる想定しかしていなかった。己の認識の甘さに反吐が出る。もし俺の悪い想像が当たっていたら、ソイツ等はどんな事をしてでも咲楽ちゃんから、闇属性が悪い属性だと言う発言を引き出そうとするだろう。その後奉り上げるつもりか。そして咲楽ちゃんがそれを簡単に認めるとは思えない。彼女は闇属性を穏やかな優しい属性だと言っていた。ある種の信念を持って。光は活動的になれるが、闇がなければ人は休めないのだと。そして信念に関しては彼女は頑固だ。さらに、咲楽ちゃんは自分が『天使様』と呼ばれる事の危険性に気づいている。その彼女から『闇属性は悪い属性』と言う発言を引き出すには、どうするか。考えられるのは脅しか、暴力か、あるいは洗脳……?そこまで考えてそのどれもをも許しがたい自分がいる。
彼女にこれ以上の傷を負わせてくれるな。咲楽ちゃんはこの世界に来る前、家族に心理的に虐待されていた。精神的に追い詰められた事もある。
この世界に来て、神殿や施療院で優しく頼りになる仲間に出会えた。ようやく心の傷と向き合えてそれを乗り越えようとしていたところだ。
その時、俺の地属性の索敵にギルド長が引っ掛かった。
「来たようです」
やがてギルド長が姿を現した。
「お待たせしました。何か?」
「かけてください」
まずは副団長が話をする。
「お聞きしたいのは副ギルド長についてです」
「彼女が何か?」
「副ギルド長はどういう人物です?」
「彼女ですか?良く言えば真面目、悪く言えば融通が効かない人間です。手を抜いても良いことでも手を抜かない人ですよ」
「それは信じたことを曲げないという感じですか?」
「そんな所もありますね」
「カークという冒険者はどういった人物ですか?」
「カークですか?あいつは副ギルド長が王都に来たときに連れてきたヤツですよ。魔物の調査をほぼ専任でやっています」
「副ギルド長の直属の部下と言うことでしょうか?」
「その扱いになっています」
「カークは闇属性を持っているということですが」
「闇属性は悪い属性ではありません」
「分かっています。属性の良し悪しを聞いているわけではないのです。その事について何か悩んでなかったかを知りたいのです」
「それはそこのトキワ殿の方が良くご存じでしょう」
突然話を振られた。
「もちろん知っていますが、ギルド長から見てどうなのかを知りたいのです」
副団長が引き取ってくれた。
その後も副ギルド長とカークについての質問を副団長が重ねていく。
得られた手がかりは、俺が推察した通りカークが副ギルド長の手飼だったという事。
この数ヵ月は俺の所に来ていて、副ギルド長と上手くいっていなかったという事。
闇属性を俺に指摘され、悩んでギルド長と共に咲楽ちゃんの所に行ったという事。
そこで咲楽ちゃんに闇属性を認められ、副ギルド長に直接聞きに行ったらしい事。
たぶん副ギルド長は咲楽ちゃんに目を付けた。天使様と言われているのが咲楽ちゃんだと知っていて、それを利用しようと考えた。そして今日実行した。カークが行っていた俺の調査とは、間違いなく勤務体制だ。ただしカークはその事を意識していないだろう。副ギルド長が巧妙だっただけだ。花の月の末まで、俺の休みは安定していなかった。風の月の半ばになって、初めて緑の日を休みとする安定した勤務体制に変わった。
後は副ギルド長と闇属性を貶めているヤツ等との繋がりだが、それは分からなかった。
「何か分かりましたか?」
「話を聞いて分かった事は、副ギルド長は限りなく怪しいが、現状どうにも事態を動かせない、という事だけです」
こうしている時にも、咲楽ちゃんが危ない目に遭っていないか、と言うのは気にはなる。が闇雲に動いて手掛かりを消される可能性もある。
気が付けば6の鐘をかなり過ぎていた。
「少し休んだ方がいい」
ゴットハルトに声をかけられたが、眠れる気がしない。
「悪いな、付き合わせて」
「私もシロヤマ嬢の事は心配だし、何よりヤマトのそんな顔は見ていたくない」
「そんな顔?」
「心配は心配なんだろうが、犯人を見つけたら殺してしまいそうな顔だ」
ふと、以前咲楽ちゃんに言った言葉を思い出した。あれは誘拐されちゃ駄目だ、とか話していた時の事だ。
『咲楽ちゃんを誘拐なんかされたら、犯人を半殺しにする自信がある。大切な人を奪われて、冷静でいられる自信はないよ。半殺しで許すんだ。感謝してほしいね』
今なら半殺しで止める自信もない。
「とりあえず、腹を満たせ」
団長に差し出されたパンと飲み物をありがたく受け取り、無言で食べる。
「なんというか、本当に狼のような食い方だな。余裕がないというか」
「以前はこんな感じでしたよ」
「へぇ。シロヤマ嬢と出会う前か」
「えぇ」
「食べたら休め。寝ないとシロヤマ嬢に叱られるぞ」
「そうですね」