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23

翌朝。流石に朝晩が冷えてきたから、この頃ちょっと厚めのお布団を掛けてるんだけど、コルドってこれ以上寒くなるのかな。上着を羽織って階下に降りる。


あ、朝食の支度のために食料庫に入らなきゃ。でも怖い。うーん、どうしよう。ドアストッパー的なものがあればいいんだけど。キッチンにそんなものは見当たらないし。仕方がないからダイニングから椅子を持ってきてドアストッパー代わりにした。うん。これでいいかな。今日は卵とベーコンを挟んだコッペパンサンドをお昼にするつもりだから、朝はソーセージにしよう。それと野菜は……あ、キャロットラペってパンに挟んでも美味しいよね。朝もこれでいいや。後はフルーツ。


とりあえず食料庫から出しておいて庭に出る。今日は虎さんは居ない。騎獣屋さんに行かなかったのかな。


瞑想している大和さんは相変わらず炎のような靄に包まれて……あれ?緋龍(ひりゅう)が最初から見えてる。大和さんを取り巻いてる、そんな感じ。


やがて大和さんは組んでた足を解いて舞台に上がる。組んでた足を解いたとたんに緋龍(ひりゅう)は消えた。


今日も大和さんはサーベルを持つ。舞い始めると枝垂桜の大木が見えた。その前で舞う大和さんはとても綺麗で格好良かった。舞い終わった大和さんがこっちに向かってくる。


「咲楽ちゃん、どうだった?」


「あの、今日は緋龍(ひりゅう)が最初から見えてました。大和さんに巻き付いてる感じで。瞑想を解いたら消えましたけど」


「なんだろうな?俺は瞑想の時に緋龍(ひりゅう)が出るのを見ていてもらった事がないから、分からないな」


2人で考えてても、分からないものは分からないので、とりあえず朝食の支度のために家に入る。


「咲楽ちゃん、食料庫は大丈夫だったの?」


「椅子をドアストッパー代わりにして、食料庫から食材を出しました」


「なるほど、考えたね。ドアストッパーが要るね」


大和さんはシャワーに行った。


戻ってきた大和さんに聞く。


「大和さん、お昼、コッペパンサンドにするんですけど、要ります?」


「作ってくれるなら欲しいな」


「いくつくらい食べます?このくらいの大きさですけど」


「それなら3個かな」


「念のため4個包んでおきますね」


「ありがとう。これは隠れて食べないと」


「恥ずかしいですか?」


「いや、絶対取られる」


「パーシヴァルさんにですか?」


「騎士団の連中に」


「そんな事……」


「咲楽ちゃん、自分が人気あるって自覚、無いでしょ」


「そんなことないです……よね?」


「特に騎士団の連中にね。王宮騎士団の方は1度咲楽ちゃんを見てる連中と見ていない連中がいるから、連れてこいって五月蝿い」


「五月蝿いって……」


「まぁとにかく食べちゃおう」


朝食のプレートをテーブルに運ぶ。大和さんはコーヒーを淹れていた。


「そう言えばコーヒーって濃く出すにはどうしたらいいんでしょう?」


「コーヒーを濃く出す?ドリップだと豆の量を増やすとか、豆を細挽にする、ゆっくり抽出する、かな?豆の焙煎具合によっても違うらしいけど。どうして?」


「エスプレッソとかって濃いけどどうやって淹れてたんだろうって今更ながら思いました」


「エスプレッソってエスプレッソマシンが要ったんじゃないかな」


「そうなんですか?」


「圧力をかけて抽出したはずだけど。あんまり覚えてないな」


「大和さんって何でも知ってますね」


「知ってることだけね。何でもは知らないよ」


コーヒーを持って大和さんがテーブルに付く。


「大和さん、今日はどこでしたっけ?」


「確か東地区の巡回かな?早く終わったら練兵場で訓練だね」


「東地区ってどんな感じなんでしょうね」


「聞いた話だと貴族街らしいよ。そうだ。東と西の市場(バザール)の中は覚えたから、また一緒に行こうか」


「何か変わったの、ありました?」


「一昨日ナッツって言ってたでしょ。ナッツの店もあったよ」


「行ってみたい……あ、でも次の闇の日にルビーさんと一緒にローズさんの家にお邪魔するんです。その時に連れていって貰えるかも」


「最初は俺が案内したかったけどね。まぁでも、楽しんでくるといいよ」


「はい」


朝御飯を食べ終わって後片付けをしたら、出勤準備。髪をいつもリボンで縛ってるんだけど、今日はどれにしようかな。シュシュとか欲しい。でもゴムってあるのかな?ローズさんに聞いてみよう。


階下に降りると大和さんが待ってた。


「遅くなりました」


「まだ大丈夫でしょ。行こうか」


結界具を作動させて出勤。


「いい天気ですね」


「秋晴れって感じだね。こんな日は遠乗りとかしたい」


「遠乗り?」


「エタンセルに乗ってね。思いっきり駆けたい気分。もちろん咲楽ちゃんも一緒にね」


「それって気持ち良さそう」


「日本にいた頃は出来なかったから余計にそう思うのかも」


「え?あぁ、海外でやってたってことですか?」


「そう。ただあの頃は馴らしたとは言え野生馬だったから大変だったけど」


野性馬って見たことない。そもそも馬自体見たことなかったし。


王宮への道を少し過ぎた辺りで、また副団長さんが待ってた。これもパターン化してるよね。


「また待ち伏せですか、副団長」


「おはようございます。いい天気ですね」


「あなたは暇なんですか?」


「暇ではないですよ。ここで待ってたのは趣味です」


「あんまりしつこいと衆道の噂に拍車がかかりますよ」


あ、大和さんが楽しんでる。


分かりやすく肩を落として副団長さんが言う。


「あの噂を流したのは貴方ですか」


「まさか。毎日のように私を待ち伏せしてますから、そう言う噂が流れるんです」


「大和さん、そんな噂があるんですか?でも、副団長さんって彼女さんいましたよね」


「そうなんだけどそっちの方は噂にもなってない。誰かが意図的に流している感じがするね。そうでしょう?副団長」


「シロヤマ嬢は優しいですね。いまトキワ殿が言ったように、誰かが意図的に流している感じなんです。それよりトキワ殿、分かっているなら否定してください」


「こういう噂は火消しに走るとかえって炎上します。様子を見た方がいいのでは?」


「いったい誰が……あ、2人が来ましたね」


「じゃあいってきます。副団長さん、元気出してくださいね」


「いってらっしゃい」


副団長さんと大和さんは二人で歩いていく。時々2人で笑いあってて仲が良い。って言うかああいうのが噂の元なんじゃ?


「サクラちゃん、おはよう。どうしたの?」


「おはようございます。今、副団長さんに妙な噂が立っているって聞いて」


施療院に向かいながら話す。


「商会の者も言ってたわ。アインスタイ副団長に関する妙な噂を聞いたって。でも王宮を出るときに分かりやすく口止めされたって」


「分かりやすく口止めされたって?それって広めろって事と一緒じゃない」


「誰が流してるかが問題ね。アインスタイ副団長って決まった婚約者が居ないから、狙ってる女性は多いらしいし」


「でも、副団長さんって彼女さん、居ますよ」


「「居るの?!」」


「以前お食事に連れてっていただいた時に、そう言ってました。彼女が貴族じゃないから反対されてるって」


「そうなのね。でも彼女が居るって噂は聞かないのよね。商会の方でも」


更衣室で着替えて診察室へ。待合室に居るのはデリックさん?


「おはようございます、シロヤマ様」


「おはようございます。どこか怪我でもされたんですか?」


「自分ではありません。冒険者仲間でして。」


隣に居るのは犬人属の方?


「おや?ビルさん。どうされた?」


ナザル所長とライルさんだ。


「スラムの崩壊した家の片付けに参加していたんですが、釘を踏み抜きましてね」


「こりゃいかん。急いで診察室へ。シロヤマ嬢、まずは浄化を」


「はい」


釘を踏み抜いたってことだけど……貫通してる。しかも錆びた釘だから体内に雑菌が入ってる可能性もあるよね。


念のために血液内の毒素をやっつけるイメージで浄化をかける。


ナザル所長は手早く処置をしていく。抜いた釘は10cm位あった。


「これで良いじゃろ。しばらくは無理をせんようにな」


ビルさんはしばらく様子を見ることになった。デリックさんも回復室へ案内する。


「シロヤマ嬢、さっきの浄化じゃが、表面の浄化の他に何かしたか?」


ナザル所長に聞かれた。


「釘が錆びてましたので雑菌が体内に侵入してると仮定して血液内も浄化しました」


「血液内の浄化?まぁ血は巡っておるからの。分からんでもないが」


今日はお昼までナザル所長と診察、お昼からは一人で診察することになった。


ナザル所長と診察と言っても私がスキャンして治療するのをナザル所長が見ていてくれている状態。一人立ちのための試験って感じなのかな。患者さんが一段落すると、ナザル所長とビルさんの様子を見に行く。ビルさんは痛みもなく傷もなくなっていて、ナザル所長の全身のスキャンで異常がないことを確められて帰っていった。


「もうそろそろ3の鐘じゃな。お昼休憩に行ってきなさい。昼からはこの部屋を使って診察じゃな」


案内されたのはローズさんの診察室の隣。ちょっとかわいい系のピラピラした小物が飾ってある部屋だった。


「ここはアリス嬢の診察室じゃったから、小物がそのままじゃの」


「これ、アリスさんに返した方がいいんじゃ……」


「欲しかったら引き取りにくるんじゃない?捨てちゃって良いわよ」


お昼休憩に誘いに来てくれたルビーさんが言ったけど、捨てるのはダメだと思う。


お昼休憩を休憩室で取る。その時にローズさんにゴムについて聞いてみた。


「ローズさん、ゴムってありますか?」


「ゴム?」


「伸び縮みする紐みたいな物?です」


「明日ウチに来たとき探してみたら?」


「良いんですか?」


「伸び縮みする紐っていったらアラクネ種かグランシュニーの糸よね」


ルビーさんが言う。


「グランシュニー?」


「糸を吐く魔物ね。それなりに取引されてるけど、あんなものどうするの?」


「髪を縛るのに使おうと思って」


「髪の毛ね。確かに邪魔になるわよね。普通はリボンを使うけど、すぐ取れてきちゃうし」


「明日見たら良いわ。そうそう、明日要るものだけど、小麦粉とバターと砂糖と卵で良かったのよね」


「はい。基本はそうです。ナッツとかあったら良いんですけど」


「ナッツ?用意しておきましょうか?」


「出来れば直接どんなのがあるか見たいです」


「商会の市場(バザール)のお店に行きましょうか。あそこなら色々あるし」


「ちょっと良いかな?お嬢さん達。明日暖房器具を各診察室に運ぶからどこにおいたら良いか確かめといてね」


「ライルさんに『この辺』って伝えたら良いですか?」


「明日は王宮騎士団も来てくれることになったから、これに書いておいて」


渡されたのは診察室の見取り図。


暖房器具ってどのくらいの大きさなんだろう。


「あぁ、サクラちゃんは大きさとかわからないわよね。こんな感じかしらね」


「もう、ルビーは相変わらず絵が下手ねぇ。って私も人の事を言えないわ。サクラちゃんは絵は上手なんじゃない?」


「そんなことないです。刺繍とかは下書きするくらいだから、ざっくり輪郭がわかれば良いし、そこまで細かく描かないです」


「刺繍……そう言えば神殿に行ってるとき、衣装部の()達がサクラちゃんの刺繍について騒いでたけど、見てみたいわね」


「そんなに上手なの?」


「好きではありますけど、そこまででもないです」


「見たいわねぇ」


今、手元にある作品は大和さんのあの騎士服の肩マントしかない。


「今、手元に作品がありません」


「あら、残念」


昼休憩を終えて診察室に戻る。置いてあったアリスさんの小物は動かせるものは動かして木箱に入れておいた。


昼からの診察はそこまで人数が多くなかったこともあって順調に終わった。


「そろそろ終わりね。サクラちゃん、大丈夫そうだったわね」


「緊張しました」


5の鐘が鳴った。着替えて外に出る。大和さんはまだ居ないよね。


「サクラちゃん、王宮への分かれ道まで一緒に帰りましょ」


ローズさんが声をかけてくれて3人で歩き出した。


「ローズさんのお家ってどの辺になるんですか?」


「家は東地区ね。と言っても下の方だけど」


「下の方?」


「東地区は貴族街なのよ。下の方にはウチみたいな下級貴族が、上の方には上級貴族が住んでるわ。ライル様も貴族よ」


「え?私ライルさん何て呼んでますけど。すみません」


「気にしなくて良いよ。家は貴族家だけど、僕はいずれ独立して家を出るからね。さん付けで十分だって言ってるのに、様をつけるジェイド嬢とルビー嬢が悪い」


「だって仕方ないじゃない。フリカーナ伯爵のお子様なんですもの」


「4男だってだけだ。早く家を出たくなってきた」


あ、大和さんだ。


「あぁ、トキワ殿が来たね。名前の事は本当に気にしなくて良いから。というかこれからも「さん付け」の方が嬉しい」


「咲楽ちゃん、遅くなってごめん。ジェイド嬢、ライル殿もありがとうございます」


「ついでですから。また明日ねサクラちゃん。2の鐘に施療院で待ってるわ」


「はい。お疲れさまでした」


2人と別れる。


「何話してたの?」


「ローズさんとライルさんが貴族だったって話です」


「ジェイド嬢は知ってたけど、ライル殿も?」


「フリカーナ伯爵の4男って」


「フリカーナ……あぁ、あそこね」


「やっぱり覚えてるんですね」


「スラムの改革案で内政に携わる貴族がって言ったでしょ。その内の一人だよ。誠実そうな人だった」


「明日は私はローズさんのお宅に伺うんですけど、大和さんは西地区でしたっけ?」


「明日は午前は西地区、午後は施療院だな」


「あ、もしかして暖房器具の?」


「結構重いらしくてね。手伝いに行く。そこが終わったら練兵場で訓練だね。だから来るなら施療院か練兵場ね」


「行くなんて言ってません」


「咲楽ちゃんは分かりやすいから。やたらと闇の日の事を聞いてきたり、急に俺の好きなものを聞き出そうとしたり。来る気なのかな?って思うよ。嬉しかったけどね」


市場(バザール)へ向かう。


「大和さん、明日のお弁当何が良いですか?」


「今日のみたいなのが良い。結局2個取られたし」


「お腹空いてるんじゃないですか?」


「取ってったヤツから奪ったから大丈夫」


奪ったって……。


「今日はスープ系にしようと思ったんですけど、どうしましょう」


「良いねぇ、スープは暖まるしバランスも良いし」


「でも明日にしようかな。何が良いですか?」


「料理ができない人間に『何が良いですか?』って聞かれても」


「何が食べたい、とかないですか?」


「じゃあパスタ系の何か」


「パスタですか。トマトは大丈夫でしたよね」


「何作ってくれるの?」


「内緒です」


市場(バザール)に入ると2人の男の人が寄ってきた。誰?


「アンタ等か」


「騎士の兄さん、一人捕まえたんですが、どうします?」


「どうしますってなぁ、今まで通り突き出したら良いじゃないか」


「俺等の手柄にしても良いんで?」


「治安が良くなればそれで良い。誰の手柄とか関係ない」


「じゃあいつものようにしときます。ところで……」


「なんだ?」


「こっちのお嬢さんは紹介してくれないんですか?」


「俺の大切な人だ」


「あれ?この人、天使様ですよね」


「大和さん、どちら様?」


「冒険者だよ。こっちがジャン、こっちがベン。スラムの件でなんか懐かれた」


「天使様、初めましてですね。ジャンです。よろしくお願いします」


「あの、天使様って止めてください」


「分かりました、天使様」


絶対に分かってないですよね。


「今から買い物なんだ。邪魔をしないでくれ」


「独り身には嫌味ですよ。それ」


ベンさんがそう言って、2人は離れていった。最後に手を振って。


「一人捕まえたって何ですか?」


「いわゆる犯罪者。軽犯罪か重犯罪かは分からないけど」


パスタはフィットチーネみたいな幅広のがあったからそれを買う。トマトソースにしようかな。お肉を挽肉にしてもらって購入。それからベーコンとラディッシュ。このラディッシュ、大きいなぁ。


明日のパンも買う。作っても良いけどあの家のオーブンに慣れてないから諦める。パスタも作っても良かったかな。まぁ今日は購入したパスタを使おう。


「咲楽ちゃんは楽しそうに買い物をするね」


大和さんに帰り道で言われた。


「え?だってワクワクしません?ああいう所って」


「男にはわからない感情だね」


「でもお買い物が好きな男の人も居ますよね」


「まぁね。反対に買い物が嫌いな女の人って居るのかな?」


「女は色々見るのが好きなんです」


「うん知ってる。近所の姉さんに付き合わされたことあるから」


「近所の姉さん?」


「あー、っと……高校の時にね。連れ歩くのに丁度良かったらしい」


「付き合ってたんですか?」


「俺はそんな意識なかったけど。あっちは満足だったんじゃない?」


「年上の人って事ですよね」


「まぁね。この話題はそろそろ終わり。ね。家に着いたし」


あ、はぐらかした。って言うか誤魔化した。


部屋で着替えていても気になる。高校生の大和さんかぁ。格好良かったんだろうな。その頃に会いたかったな。あ、でもその時だったら私は6~8歳くらい?うーん。


考えながらキッチンへ。パスタとトマト、挽肉を出す。後は食料庫……椅子持ってこよ。椅子をドアストッパーにして食材を仕舞う。ニンジンとタマネギを取り出して食料庫を出る。


まずはお湯を沸かす。その間に野菜をみじん切り。挽肉は味付けしてよく捏ねたら、コッペパンくらいに整形。これを2個。フライパンで表面を焼いて後はオーブンへ。残った挽肉はトマトソースに入れちゃう。あ、肉団子状にしよう。


お湯が沸いてきたらお塩とパスタを投入。時間はどのくらいかな?


トマトソースを仕上げる。みじん切りにした野菜を炒めて角切りにしたトマトを入れて。水分が足りないかな?どうしよう。肉団子は揚げる?茹でる?個人的には茹でた方が好きなんだけど、鶏肉団子じゃないから平たくして揚げ焼きにちゃおう。トマトソースをちょっと味見。うん良い感じ。ソースとパスタは絡めちゃおう。あ、オーブンの中のハンバーグ?は焼き加減は良いかな。オーブンから取り出して蓋をして置いておく。


「咲楽ちゃん、なんかすごい勢いだけど……」


「気になることを追い払うために集中してました。後で聞かせてくださいね」


パスタをトマトソースと絡めて、肉団子をのせたら出来上がり。


「出来ました」


「運ぶよ。こんな短時間でよくこんなの作れるね」


「時間配分と手順さえしっかり把握しておけば出来ます。大和さん、チーズ要ります?」


「ハード系チーズか。削ろうか?」


「お願いします」


テーブルに運んだパスタに大和さんがチーズを削りかける。食料庫の前から椅子を戻して……


「「いただきます」」


「へぇ。旨いね。さっき時間配分と手順さえ把握しておいたら出来るって言ってたけど、多分俺にはできないな」


「出来ることをすれば良いって言ってくれましたから」


「そうだね」


「大和さんがお料理まで出来たら私の居る意味がなくなります」


「そんなことないよ。言ったでしょ。咲楽ちゃんが居るから救われてるって」


「でも……」


「続きは食べてからね。冷めちゃったらもったいない」


いつもより会話が少ない。私が拘らなければ良いんだって分かってるんだけど。いつものように後片付けは大和さん。あ、そうだ。ハンバーグ、お皿に移しとこう。


「それ何?」


「明日のお楽しみです」


「へぇ。パンに挟む具材?」


「何で分かっちゃうんですか」


「何となく。そうだったら良いな、って思っただけ。でもこれは、ますます隠れて食べないと」


「取られちゃいます?」


「絶対取られる」


洗い物と片付けを終えて、ソファーに座る。


「年上のお姉さんの事、教えてください」


「年上のお姉さんって。まぁ、間違ってはないけど、楽しい話じゃないよ」


大和さんはちょっと微妙な表情をした。


「元々顔見知りだったんだけどね。近所って言うか実家の近くにいた人で、最初は兄貴に近付いてた。相手にされてなかったけどね。俺が高校の2年の時かな。その人が突然買い物に付き合えって言ってきた。その頃には俺も身長が185cmを越えてたから、連れ歩くには丁度良いって言われた。1ヶ月位経ったときその人の部屋に連れ込まれて……まぁそう言う事をして、それから6ヶ月後にはつまらないって言われた」


「フラれたんですか?」


「高校卒業後に傭兵部隊に放り込まれることは決定してたから、付き合いきれなくなったんでしょ。有り体に言えばフラれたってことで良いんじゃない」


「他にお付き合いした人は居なかったんですか?」


「付き合った人はいないけどね」


「居ないけど?」


「俺も男だから、まぁそれなりにはね」


「それなりにって?」


「やけに食い付くね。男女のって事。もう良いでしょ」


大和さんはそう言いながら立ち上がった。


もっと大和さんの事知りたいのに。


「そんな顔しないの。こういう事以外なら話してあげるから、この話はこれでお仕舞い」


「高校生の大和さんに会いたかった」


「高校生の俺ってその頃咲楽ちゃん、小学生でしょ」


「そうですけど。でも会いたかったんです」


「咲楽ちゃんって小学生の頃可愛かっただろうね。今もだけど」


「今もって……そんなことないです」


「咲楽ちゃんは可愛いよ。俺が保証する」


大和さんはそう言ってお風呂に行ってしまった。


可愛いって言われた。恥ずかしいけど嬉しい。


私は自分に自信がない。虐められてたから、って言うのもあるけど両親は兄ばかり構ってたし、兄からも下に見られてたから、自分には価値がないって思ってた。料理もお裁縫も自分に価値があると思いたくて始めたのかもしれない。看護師を目指したのもそう。誰かを救いたいって言うより、救うことが出来るって思いたくて目指してた。

こっちに来てから周りの皆がすごく誉めてくれるし、大切にしてくれる。大和さんはこんな私に「暖かい」「救われる」って言ってくれる。「やれることをやれば良い」って言ってくれる。


ずっとそんなことを考えていたら、いつの間にか大和さんが横に立ってた。


「咲楽ちゃん、お風呂空いたよ。何考えてたの?」


「大和さんと出会えて良かったって思って」


「それは俺も同じだよ」


そう言って差し出された手を握ると一気に立ち上がらされた。そのまま抱き上げられる。


「大和さん?」


「一人で夜に考えてると、ロクな考えが浮かばない。後ろ向きな考えしか浮かばないからね。考え事をするときは昼間にする事。分かった?」


そう言って抱き上げられたまま自室に連れていかれた。


「お風呂、入っておいで。その後寝室に来てね」


頷くしか出来ない。お風呂の準備をして部屋を出る。


寝室に来いってどういう事?もしかして怒った?しつこく聞いちゃったから。どうしよう。


いつもより時間をかけてお風呂から上がる。寝室に行きたくない。でも行かなきゃ。足取りが重い。階段の途中で寝室のドアが開いて、大和さんが顔を出した。


「咲楽ちゃんどうした?早くおいで」


そう言いながら大和さんも階段の方に来る。階段の一番上に座って待っていた。


「怒ってますか?」


「怒って?別に怒ってないけど」


笑顔の大和さんだけど、ほんとに怒ってない?


ため息と共に抱き上げられる。


「また不安になって……ってこの場合、不安にさせたのは俺だな」


そのまま寝室に連れていかれる。


ベッドに座らされて、大和さんは私の前に跪いた。


「何を考えてた?」


「何も……」


「何もなくてあんな顔はしないよ」


「あんな顔って……」


「今にも消えてしまいそうな、不安で一杯の顔」


「そんな顔、してましたか?」


「してた。何か思い出しでもした?」


黙って首を振ったけど、大和さんにはお見通し?


「咲楽ちゃんの自信のなさってどこから来てるのかな、って考えてたけど、もしかして家庭環境だったりする?」


私は俯いたまま。


「前にも言ったと思うけど、この世界に以前咲楽ちゃんを傷付けたヤツ等は居ないんだ。ここですべて新しく作っていけるんだよ。別に全部話せとは言わないし、黙ってて良い。でもね、俺が居るってことを忘れないで。不安って溜めることが出来るけど、後で予期せぬ事態を招くことが多いから、少しずつでも吐き出した方がいい」


そう言って頭を撫でられた。


「さっき……」


「ん?」


「私の事を誉めてくれたじゃないですか。すごく嬉しかったんです。誉め言葉って言われたこと無かったから」


「可愛いって言ったこと?ちょっと待って、言われたことが無かった?親とか1度は言うでしょ」


「言われたことないです」


「マジかよ……」


大和さんが絶句してる。私もあの家庭環境が普通じゃないって、今になったら分かる。すべてにおいて兄を優先させる両親。常に私を見下して時には閉じ込めたり締め出したりをしていた兄。泣いて許しを乞うと「鬱陶しい」って言われて罰の時間はさらに延びた。


でもそれは大和さんには言いたくない。あんな親でも私の親だから。


大和さんの過去の(ひと)の事を聞いて、私も過去に引きずられちゃったのかな。こっちに来て治癒師として働き始めて、少し自信がついてきたと思ってたんだけど。


「大和さん」


「何?」


「私は自信をもっていいんでしょうか」


「良いに決まってる。こっちに来てから何人救った?デリックのような怪我人だけじゃなく、人の心も救ってるんだよ。俺も含めてね」


「やっぱり自信が持てません」


「少しずつ自信をつけていくしかないんだけど、幼少期の事って無視できないからね」


大和さんも考えてくれてる。


「まぁ当分は俺が自信をつけさせるしかないかな?」


そう言って大和さんは私の隣に座った。


「咲楽ちゃんは俺の舞を見てどう思った?」


「最初はスゴいって感じだったんですけど、今は綺麗で格好良いになりました」


「まだ全部見せてないけどね。後は夏と四季か」


「奉納舞は『春の舞』に決めたんですか?」


「あれが一番イメージが沸きやすいからね」


「大和さんの一番好きな舞ってどれなんですか?」


「好き嫌いで言ったら春かな。春は舞いやすいしね。咲楽ちゃんが居るから」


えぇっと……どういう意味?


「すべての人を暖かくさせる春。厳しい冬に耐えた人々を慈しむ春。控えめな華やかさがある春。希望に満ち溢れる春。俺にとって咲楽ちゃんはそんな存在なんだ」


「誉めすぎです」


「足りないくらいだよ。以前『冬』を舞ったときの事を覚えてる?」


「心が凍りつくって……」


「そう。あの舞は見る人に冬の嵐を見せなきゃいけない。次に来る春の暖かさを引き出すためにね。精神的に最も負担が大きいんだ。それに引きずられると人を傷つけることを厭わなくなる。『冬』を舞ってあそこまで心が凍りつきそうになったのは始めてだった。あの時は完全に舞えてた訳じゃない。中途半端に舞ってしまったから引きずられた。その俺を救ってくれたのは咲楽ちゃんだよ」


「私は大和さんの役に立てたんですか?」


「咲楽ちゃんが居なかったら今頃俺はここに居ないだろうね。咲楽ちゃんが暖かくてそれに縋ってしまった。あの時、咲楽ちゃんが拒絶してたら、って思うと怖いよ」


「だから『春』ばかり練習して、奉納舞も『春』にしたんですか」


「『春』と『秋』を完全にしないと『冬』は舞えないし、ましてや『夏』なんて舞ったらどうなるか……想像したくない。昔の修行を思い出して段階を踏んでるだけだよ」


「『夏』って見たことないですけど、どんな舞なんですか?」


「多分見てるだけだったら一番楽しいと思うよ。開放的になれるし。舞手にとっては高揚感を解放させなきゃならないから舞った後が一番キツい」


「高揚感?」


「快楽を求めてしまうんだ。人を傷付けるのも快感になる。やたらと喧嘩っ早くなったり、それを鎮めるために女性を求めたりね。だから『夏』を舞った後はしばらく隔離されることもあるくらいだよ。誰だって喧嘩はしたくないし、女の人もそんな状態は近づきたくないでしょ」


「大和さんはそんな状態には?」


「そこまではない。喧嘩っ早くなって道場で数人掛かりで取り押さえられた事はあるけど。で、反省と称して軟禁された」


「軟禁って……」


「咲楽ちゃんが想像するほど酷いものじゃないよ。離れに閉じ込められたけど比較的自由に過ごしてたし。娯楽はないからひたすら本を読んでた。後は勉強させられた」


男子衆(おとこし)さんに借りたって本ですか?」


「違うなぁ。あの時は、まともな本を寄越せって言ったら文学全集とかしか出てこなかった。あの頃ラノベって無かった気がする」


「その頃何歳くらいですか?」


「中学生位だった」


黙り込んだ私に大和さんが言う。


「尋問は終わりですか?」


「一旦終わります」


「一旦、ね。分かりました、お姫様。御心(みこころ)のままに」


立ち上がって、私の前で胸に手を当てて一礼する大和さん。


「大和さんってそう言うの慣れてますよね」


「あれ?まだ続いてた。慣れてる訳じゃないよ」


「自然にそう言うの、してるじゃないですか」


「自然にこう言うのをしてた人の真似だよ。5年も一緒に居たら行動がうつった」


「5年って……」


「傭兵時代の交渉担当者。こういう事やりながら交渉はえげつないって評判だった」


大和さんはベッドに仰向けに倒れる。顔を覗き込んだら抱き締められた。


「こんなこと……俺以外にしないでね。絶対襲われるから」


「襲われますか?」


「最悪、誘ってると思われる。嫌でしょ?そう言うの」


抱き締められて眠る。大和さんだったら平気だけど、他の人だったら絶対に無理だと思う。



ーー異世界転移21日目終了ーー


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