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風の月、第3週土の日。今日は曇っている。雨が降るかもしれない。私にはまだ、空を見ての天気予想は出来ない。


火の日にオスカーさんがふらりと施療院にやって来た。なにやら施療院に用事があって来たらしく、表でミゲールさん達が待っているという。


「嬢ちゃん、今暇してんだろ?ちょっと付き合えや」


「暇だと言えば暇ですが。何ですか?」


診察室を出ると、所長はじめ、施術師全員が居た。


「こっちに来てくだせぇ」


先に立って案内するオスカーさんの後を追いかけながら、ルビーさん、ローズさんと話をする。


「何かしらね?」


「あれかしら?」


「ルビー、何か知っているの?」


「具体的には知らないわ。けど、最近木工組合と鍛治師達が何かこそこそしてるのよ。細工師も一緒になってね。だからその事かと思ったのよ」


待合室には数人の男女が居た。鍛治師さんらしき筋骨隆々の人が2人と、マルクスさんのお店で見た木工師さんが2人、ファティマさんも居た。その中心には白い布が掛けられた1m位の物体。


「お久しぶりだね、天使様」


「お久しぶりです、ファティマさん」


「ちょっと良いものを持ってきたよ」


「ちょっと良いもの?」


「ファティマの(ねえ)さん、あたしが言うから、黙っててくんな」


「はいはい。悪かったねぇ」


笑いをこらえている皆さんと、訳の分からない施療院メンバー。


「失礼しやした。木工組合と鍛治師連の話し合いが終わったんでさ。それで、施療院には世話になっちまったから、なにかお礼を、と思いやしてね。こんなものを作ってみたんでさ」


そう言ってオスカーさんが布を取り除いた。


「マシーヌ・ドォフロワでさぁ」


「マシーヌ・ドォフロワ?」


「ここにコップを置いて、ここのボタンを押してくだせぇ」


所長がボタンを押すと、水がコップに注がれた。


「少しの魔力で、水が出るんでさ。中の構造は鍛治師連、外の装飾は木工組合、魔法回路は魔術師に協力してもらって、それを繋いだのがあたしら細工師って訳で。みんなからのお礼って事で受け取っておくんな」


「しかし、実際に協力していたのは、シロヤマさんとルビー位じゃ。ワシ等はなにもしておらんよ」


「2人にって事も考えたんですがね。どちらも個人的には遠慮するんじゃねぇか?って意見が出やして。それならって事で、施療院に寄付という形にしたんでさ」


所長が私達を見渡した。みんなで頷き返す。


「ありがとう。大切に使わせてもらいます」


その後、説明を受けた。風の魔石から熱の魔石に変えたら、温かいお湯も出るんだって。これってウォーターサーバーだよね。


ファティマさんとも少し話をした。最近は騎士団から武器やチェーンメイルを頼まれることが増えてきたらしい。


「黒き狼の影響だろ?」


「私は知らないんですよ」


「鎖を服みたいにって、ほとんど無かったんだよ。騎士団にも新人が入って最初に届けるだけだったんだがね。最近は冒険者が注文してったり、昨日はどこぞの領兵が注文してったね」


細身の剣の注文も増えたし。そう言ってファティマさんは笑っていた。


大和さんは今日は遅番。遅番の今日は2の鐘過ぎに闘技場に行くと言っていた。その後神殿で遅番勤務をするらしい。


着替えてキッチンに降りて、食料庫から食材を出してから、庭に出る。


ふと見ると、バラが増えてた。白いバラだ。リンゼさんかな?白色が無いって何回も言っていたし。白いバラの元気がないから、お祈りして水をあげたら、生き生きしてきた。


今咲いている花は暖色系が多い。赤、白、黄色。チューリップの歌と同じね。


「ただいま、咲楽ちゃん」


「おはようございます、サクラ様」


「おかえりなさい、大和さん。おはようございます、カークさん」


「今朝からはリンゼさんも一緒に来て、庭に1本、バラを植えて行きました」


「白のバラですよね。増えてるなって思ってたんです。そのリンゼさんは?」


「キニゴスの護衛ですね。早い時間から東の草原に行っています」


「キニゴスさんの護衛ですか」


「女性冒険者には人気の依頼なんですよ」


「そうなんですか。今日って降りそうですけど、大丈夫でしょうか?」


「降るでしょうね。3の鐘以降でしょうが」


天を仰ぐこともなく、カークさんが言う。


「私にはまだ分からないです」


「私達、調査員には必須だったりしますが、そうでない方には不要ですからね。サクラ様が分からなくても良いのでは?」


「分かったら便利ですよね。覚えたいです」


「まぁ、トキワ様は覚えられたようですが」


「覚えちゃったんですか」


ちらっと大和さんを見ると、素知らぬ風で瞑想をしていた。聞こえていたはずだけど。


やがて瞑想を解いた大和さんは、私の方に寄ってきて、肩を抱き寄せて囁いた。


「教えようか?手取り足取り」


「天気を予想するのに、手とか足とか、必要なんですか?」


驚いてそう聞いたら、がっくりと大和さんが項垂れた。


「うん。分かってた。咲楽ちゃんがこういう()だって」


「トキワ様がサクラ様をからかうからでは?」


「カークも言うね」


「私はトキワ様を尊敬しておりますが、全てに賛同は出来ませんので」


「あぁ、それで良い。何でも肯定するって事は、自分の考えを持たないって事だからな」


舞台に上がりながら、大和さんが答えた。


そして舞われる『秋の舞』。目の前には紅葉と黄葉と鹿。あれ?黄葉と鹿?


「カークさん、グランセー(大鹿)っていますよね?」


「はい。居ますね」


「私は見た事が無いんですけど、どんな魔物なんですか?」


グランセー(大鹿)は、見たまま大きな鹿ですね。大きさはだいたい8m程ですか。もっとも角が横幅3mはありますが。動物が魔物化すると大型にはなりますが、規格外な程大きくなります」


「そんな大きさなんですか?」


コスルーリ(角ネズミ)は根本から齧って木を倒しますが、グランセー(大鹿)は、5m位の高さからへし折ってしまうんですよ。だから被害しかないのです」


「へし折るんですか?」


グランセー(大鹿)は木の中心部分が好物なんですよ。だからへし折って食べる訳です」


「角はどうなるんだ?」


あ、大和さんの剣舞が終わっちゃった。


「コルドには抜け落ちます。フラーにまた生えてきますね。グランセー(大鹿)は全て素材として売れます。毛皮も角も肉も。内臓や目玉等は魔法薬の材料となりますし、グランセー(大鹿)を狩ることが出来れば半年は暮らせます」


「門外に出る機会も増えたが、遭遇したことはないぞ?」


「臆病ですからね。馬や人の気配で逃げますよ。絶対数も少ないですし、王都の近くではまず見ませんね。ルリジオンターニュまで行けば別ですが。あそこまでは馬車で2日は掛かりますしね」


家に入りながら、カークさんのグランセー(大鹿)講座は続く。


「一番見られるのは芽生えの月から花の月ですね。星見の祭(ステラフェスト)が終わった頃から角が拾えたりするので、それ目当ての冒険者や地元民がルリジオンターニュに入って遭難するという事故も増えます」


「その手の事故は増えそうだな」


大和さんはシャワーに行った。


カークさんはリンゼさんが冒険者業に行っちゃったから、今日はここで朝食かな?


「カークさん、今日はどうされるんですか?」


「お昼まではトキワ様に付き纏います」


「言い方が犯罪チックですね」


「従者にはしないと言われましたし、せめてトキワ様について行って、お世話を焼こうかと。もっとも闘技場では観覧席に居るしかありませんが」


「闘技場での大和さんってどんな感じですか?」


「全体の様子を見ながら、個々人を見て、それぞれに指示を出しておられますね。ウルージュ(赤熊)討伐の時を思い出しました。将としてのトキワ様を見てみたいですね」


「将としてとか、私には分からないです」


「サクラ様は戦いに対してわくわくするとか無いですか?」


「無いですね」


「そうでしょうね。攻撃魔法をと、何度申し上げても拒否されますし」


「ごめんなさい」


「謝らないでください」


「心配してくれるのは分かっているんです。でも、自分の手で相手が傷付くって思ったら怖くて……」


「サクラ様は、お優しさが邪魔をしてしまっているのですね」


「臆病なだけです」


「サクラ様……」


カークさんが、何かを言いかけて、結局何も言わずに黙った。


「2人して黙り込んで、どうした?」


「私は攻撃には向いていないってだけです」


「ふぅん」


大和さんはそう言うと、コーヒーを淹れ始めた。


「カーク、今日も付いて来る気か?」


「サクラ様にも言いましたが、付き纏いますとも」


「なにげに犯罪者のセリフだな」


「従者は断られましたので、勝手にお世話を焼こうと決めました」


「勝手に決めるな」


「便利ですよ?私がいると。雑用は引き受けますし、何かあったときに私を囮にしていただいても」


「どういう事態だよ、それ」


大和さんとカークさんが朝食を食べながら話している。それを私はぼんやりと聞いていた。


攻撃魔法は怖い。こっちに来たときは魔法が使えるんだってすごく嬉しかった。でも1人で考えている内に怖くなった。私は看護師を目指していた。人を癒す立場の人間が、人を傷付けて良いのかって考えてしまって、その考えから魔法自体が怖くなった。施術師として、人を癒す魔法には抵抗は無い。むしろそっちの魔法は積極的に使いたいと思う。


朝食を食べ終わったら、着替えに上がる。大和さんは遅番だから、後で良いって言っていた。髪を纏めるために、ヘアピンを使う。前髪を斜めに流してみた。大和さん、似合うって言ってくれるかな?


「お待たせしました」


「待ってないよ。行こうか」


家の外でカークさんといったん別れる。


「咲楽ちゃん、前髪流したんだね。似合うよ」


「ちょっと変えてみようかと思って。でも落ち着きません」


「似合ってるのに?」


「いつもと違う髪型って落ち着きません」


「そう?」


「男の人って、そんなに変えませんもんね」


「俺の場合は前髪を上げて固める位だしね」


「その髪型も滅多にしないから、ドキドキします」


「何?見惚れてくれてるの?」


「はい」


「そんなストレートに言われると照れるね」


横を向いた大和さんの耳が赤かった。しばらく手を繋いだまま、黙って歩く。


「咲楽ちゃん、無理しなくて良いからね」


「無理ですか?」


「うん。攻撃魔法、覚えたくないんでしょ?」


「でも、カークさんは、身を守る為にも覚えた方がいいって」


「そうだね。身を守る為なら、覚えた方が良い。でも攻撃魔法は武術と同じだ。相手を傷付けたくないと思っていたら、予想外の事が起きる可能性もある。だからちゃんと覚えたいって思わないと、中途半端になる」


「はい」


「地属性なら教えられるしね」


「はい」


「初歩の初歩だけ施療院のみんなに、教わるって言う手もあるね」


「私の魔法のイメージって、あちらのラノベだとか、ファンタジー小説なんです。だから加減が分からなくて、誰かを傷付けるんじゃないかって思ったら、攻撃魔法を使うっていう考え自体が怖くなってしまったんです」


「攻撃魔法って考えるから、じゃないかな。単純に魔法って使ってみたいでしょ?」


「それはそうですけど」


「楽しいから使いたい。それで良いんじゃないかな。俺の火属性もそういうのばかりだよ。団長の得意な炎の剣も切り結んだ時に、相手が熱いって怯むと攻撃しやすいって所かららしいし、俺の地属性もあったら便利だってそっちが先行している。風属性って熟練度を上げると、飛べるって言ってたし、飛べたら楽しそうじゃない。水属性もナザル所長のように、雪の上に水でお絵かき出来るって楽しいじゃない。出来たら楽しいをやってみるには基礎が大事でしょ?」


「そっか。出来たら楽しいをする為の基礎って、考えたら良いんですね?」


「そういう事」


「分かりました。ありがとうございます」


「どういたしまして」


「カークさんに謝らなきゃ」


「カークね。心配でつい言ってしまって、サクラ様を悩ませてしまいましたって気にしてたよ。俺からも言っておくよ」


「お願いします」


「カークって咲楽ちゃんの親戚のお兄さんって感じなんだよね」


「親戚のお兄さんですか?」


「心配で気を揉むけれど、直接ってなると妙に緊張して伝えたい事が上手く伝わらなかったりする、ちょっと心配性の遠い親戚のお兄さん」


「そうですか?」


「俺にはそんな存在は居なかった……居たな。口煩く言ってくる20も離れた従兄(いとこ)が」


「大和さんって末っ子状態ですか?」


従弟(いとこ)もたくさん居たよ。立場的には教え子だけど」


「丸文字の時、言っていましたね」


「そうそう。道場に来ては騒いで帰っていく教え子達」


「騒いでって武術とか、教わってた訳じゃないんですか?」


「教えてたよ。言い方が悪かったかな。剣を教えていた休憩時間に、騒いでいた教え子達だね」


施療院に着いちゃった。


「じゃあ、咲楽ちゃん、頑張っておいで」


「はい。行ってきます」


施療院に入って、更衣室に向かう。


「おはようございます、ローズさん、ルビーさん」


「おはよう、サクラちゃん」


「おはよう。何かあった?」


「お2人にお願いがあるんです」


「あら、なぁに?」


「属性魔法の基礎を教えてください」


「もちろん良いけど、何かあったの?」


「何かっていうか、基礎が出来ていなきゃ、楽しむ事が出来ないなって気付かされただけです」


「ふぅん。まぁ良いわ。ライル様にも参加してもらいましょ。所長もね」


「ちょっと待って。私は仲間外れになっちゃうじゃない」


「何を言っているの?ローズ先生。出現した魔法現象を見て、アドバイスするのは貴女が適任じゃない。何人もに教えてきたんでしょ?コツとかいろいろ」


「学園での事?まぁ、教えてきたけど」


「属性魔法って自己流の事も多いじゃない。私達庶民は学門所の先生次第だし、学園ならちゃんとした基礎があるんでしょ?頼りにしているわよ」


「よろしくお願いします」


診察室に向かう途中で聞かれた。


「それで?本当の理由は?」


「こっちの世界に来た時、魔法が使えるってすごくワクワクしたんです。でも色んな事を考えている内に怖くなったんです。私は施術師なのに攻撃魔法を覚えて良いのかとか、攻撃されたら痛いよね、とか。なら、攻撃魔法なんか覚えなきゃ良いって勝手に結論付けて、それを頑なに言って怖さから逃げてたんです。カークさんが私を心配して、身を守る為にも覚えた方が良いんじゃないかって言ってくれていたんです。何度も。今朝も言われて、心配してくれるのは分かったし、でもきっかけが……」


「攻撃って考えちゃうから、怖いのよね?攻撃魔法には基本が詰まっているのよ。そう考えたら?」


「基本ですか?」


「風属性だと(ウィンド)から始めるのよ。風って見えないけど、吹き抜けると分かるでしょ?そこのイメージからなの」


「大気の流れとか、気流とか考えちゃうんです」


「そこから?でも生活魔法の『ウィンド』は気持ちいい風を吹かせていたじゃない」


「あれはどんな風を吹かせたいかって言われたから、山間(やまあい)の高原の涼しい風ってイメージしたんです」


「それで良いのよ。どういう風を吹かせたいか。強い風、弱い風、熱風、寒風。全てはイメージよ」


「それは最初に聞きました」


「続きはお昼にしましょ?診察時間よ」


朝からの診察が始まった。いつも通り診察を進めていく。3の鐘近くになった時、待合室で騒ぎが起こったのが分かった。

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