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お昼からの診察はいつもムラがある。忙しかったり、暇だったり。今日は暇な日だ。患者さんはポツポツと来るだけ。
この時間に刺繍糸を取り出した。今月の21日が大和さんの誕生日だから、ミサンガを少しずつ編んでいる。足首用を想定して少し大きめ。色は黒と赤。かっこいいからっていうのもあるんだけど、糸の色にも意味があるって聞いたことがあったから、情熱・勇気・仕事・勝負での成功を願う赤と、魔除け・厄除けを願っての黒。ダブルねじり結びにしているから、芯の糸に白を使って健康も願ってある。問題はテープが無いから固定が難しい事。マクラメの要領でピン止めして固定したけど。
こういう単純な繰り返し作業って好きだなぁ。これは大和さんの誕生日プレゼントだから、大和さんにバレないように家では作らない。とはいっても今は大和さんが神殿勤務だから、早番や遅番の大和さんが居ない時間に少しずつ進めている。
「シロヤマさん、良いかな?」
「ライルさん、どうしたんですか?」
「今日の事なんだけどね。トキワ殿が5の鐘にここに迎えに来るから、それからフリカーナの家に行くから」
「はい。分かっています」
「家族が楽しみにしているよ。マリアも昨日から来ている」
「マリアさんも?」
「うん。シロヤマさんに会いたいって」
「あの……」
「心配なのはシクタかな?シクタは領城に移している。あっちでも元気に毒付いて、あっちのメイド長と侍女長と執事長に毎日叱られているらしい」
「あらら。あの性格は直らないんですかねぇ?」
「直らないだろうね。なんとか矯正できないかな?ところで何を作っているの?」
「誕生日プレゼントです」
「トキワ殿がもうすぐだったっけ?」
「はい。21日ですね」
「何かお祝いする?シロヤマさんの時みたいに」
「大和さんに気付かれない自信がないです」
「トキワ殿は勘が鋭そうだしね」
「そうなんですよね」
はぁ、と2人でため息を吐く。
「まぁ、戻るよ」
「はい。あ、ケーキを焼いてきたんですが、いつ渡しましょう?」
「僕が預かろうか?」
「お願いします」
ライルさんにブランデーケーキを渡す。
「それ、黙っておくからね」
「お願いします」
結局5の鐘まで、患者さんは10人位だった。
5の鐘の頃には大和さんが施療院に姿を見せた。
着替えて施療院を出る。
「お疲れ様、咲楽ちゃん」
「大和さん、飲みすぎないでくださいね?」
「分かっているよ」
「それから……」
「ちゃんと寝てくださいでしょ?それも分かっているよ」
「分かっているって、その言葉だけは信用できません」
「信用ないねぇ」
「行くよ」
ライルさんが声をかけて、フリカーナ伯爵邸に歩き出す。ローズさんはヴェルーリャ様が迎えに来ていた。
「こっちだよ」
いつもの道ではない道を通って、フリカーナ伯爵邸に行く。この道も何度か通っているはずなんだけど、絶対に覚えられないなぁ。
「トキワ殿に謝らなければならないんだよね」
「ご家族が参加されますか?」
「予想されてたか」
「咲楽ちゃんの方に奥様とお嬢様が、と言うことは、後の方々はこちらに来られるだろうな、と。ライル殿と、とは言っておられましたが、たぶんそうなるだろうと想定は出来ましたので」
「すまないね」
「いいえ」
「シロヤマさんの方は、そこまでじゃないと思うけどね」
ちょっと不安なんですが。
フリカーナ伯爵邸に着いたら、家族総出で大歓迎された。
「いらっしゃい。まずは部屋に案内するね。ライルに一緒の部屋で良いって聞いたけど、それで良い?」
にこやかに伯爵様に聞かれた。
「はい。ありがとうございます」
大和さんが答えて、伯爵様直々に案内された。使用人の方達がおろおろしているのと、ライルさんがため息を吐いているのが分かった。
「父上、食事前にお話があります」
「な、何かな?ライル」
「そうねぇ、あなた、私からもお話がありますわ」
「ビアンカまで?!わ、分かった……」
伯爵様がライルさんと奥様に連れられて行ってしまった後、数人のメイドさん達が挨拶してきた。
「シロヤマ様、お久しゅうございます。メイド長のヒルダでございます。シロヤマ様のお世話係として、マリアとリーチェを、付けさせていただきます。トキワ様にはえっと……」
ヒルダさんが言い淀んだ。
「私には不要ですよ」
「いいえ。希望する者が多くて。従僕をと考えたのですが、そちらも希望する者が多くて、フェリクス執事長と坊ちゃま方による厳正な勝負の結果、エ、エイベルが勤めさせていただきます」
エイベルさん?
「何をなさっておられるのです?ナルキサス殿」
「私は、エイベルでございます」
澄ました顔でナルキサス様が挨拶をした。クロード様がその後ろで忍び笑いをしている。
「お父上とライル殿は知っておられるのですか?」
「知るわけがないだろう?」
「口調が崩れていますよ」
「おっと、いけない」
案内された部屋に入って、大和さんとナルキサス様、クロード様が話をしている間に、私はマリアさんとリーチェさんにお風呂に入れられた。
「天使様、お久しぶりでございます」
「マリアさん、お元気そうでよかったです」
「あの時はご迷惑をおかけしました」
「いいえ。問題は解決したんですよね?」
「はい」
「良かったです。あの、髪の毛も自分で洗いますよ?」
「させてください。この為に一通り特訓してきたんです」
「こ、この為って……。分かりました。お願いします」
さすがにマッサージはされなかったけれど、というか、遠慮してもらったけれど、簡易的なドレスを着せてもらって、リーチェさんに髪を結われた。
「リーチェさんは初めましてでしたっけ?」
「さようにございます。マリアの指導係として当時居りましたけれど、悩みに気付く事が出来ませんでした。天使様、ありがとうございました」
「いいえ。今は?」
「マリアが別邸で、侍女としてもやっていけるようにと、教育を受けているようでして、追い抜かれてしまいましたので、私もここで修行中でございます」
「リーチェさんを追い抜くだなんてとんでもないです。リーチェさんは憧れなんです」
「マリア、お客様の前ですよ」
「あ、すみません」
「お2人は仲が良いのですね」
「はい。リーチェさんは色々教えてくれて、尊敬しています」
「マリアったら」
髪を結い終わったリーチェさんとマリアさんに連れられて、元の部屋に戻る。
「おかえり」
「ほぅ。これは……」
「夕食の部屋に移動しようか。こちらです」
薄手のジャケットを着た大和さんにエスコートされて、夕食の部屋に案内された。
「よく似合ってるね」
「大和さんも素敵です」
「良い匂いがする」
「髪を結ってもらった時でしょうか。気になりますか?」
「大丈夫だよ。気になるって程じゃない」
「良かったです」
夕食の部屋には伯爵様と奥様と、ジャンヌ様とライルさんが先に席に着いていた。
「クロード、ナルキサス、何をしていた?」
「彼と話を。夕食にしましょう」
「あ、あぁ。始めようか」
スープ。フレッシュサラダ。鳥の丸焼き。テリーヌ。バゲット、チーズ。私以外にはワインが、私には柑橘の香りのお水が出てきた。
「シトロンとマンドルを漬け込んだ水でございますよ」
フェリクスさんが柔和に微笑みながら、教えてくれた。
「ありがとうございます」
食事中の話題は、王都拡充に関する事だった。街の正式名称が『貴族街』『庶民街』『職人街』『冒険者街』『神殿地区』に決まったんだって。今までの『東地区』『西地区』は分かりにくいと不評だったらしい。正式に名称が変わるのは来年の年迎えの神事、つまり来年の花の月から。
「それまでに周知徹底させるんだけど、これが大変なんだよね」
「何故ですか?」
「各地区の代表者を集めて、話を通してもらわなきゃいけないんだよ。代表者がその日に集まらないこともあるしね」
「情報紙や情報誌に載せては?その上で集まってもらえば、良いのではないでしょうか」
情報誌とか情報紙があるんだから、先に目に触れさせておいてその後に正式発表って、良くある事だったよね。
「そんな手があったか。よし。言ってみるよ」
デザートに私のブランデーケーキが出された。私にはレチェフラン。甘さを抑えてあって美味しい。
「幸せそうに食べるね」
そんな声が聞こえた。ん?と思って顔を上げるとコックコートのおじ様がいた。
「咲楽ちゃん、シェフのジェフさんだって。ケーキのお礼が言いたいそうだよ」
「初めまして。シェフのジェフと申します。あのケーキはご自分で焼かれたと伺いましたが」
「はい。ドライフルーツをブランデー漬けにして、それを練り込んでいます」
「そこから手作りされているのですか。素晴らしい。野菜のクッキーも美味しかったですよ」
「ありがとうございます」
ジェフさんとの話が終わったら、大和さん達は遊戯室に移動した。そこでお酒を飲みながら、チェスをするんだって。
私は奥様とジャンヌ様と談話室へ。
「さぁ、どうぞ。お座りになって」
ソファーに座って、ヒルダさんが紅茶を淹れてくれた。
「シロヤマさん、ベールの刺繍、ありがとうございました。素晴らしかったわ」
「お礼を言われるほどの事では……」
「いいえ。ライルが言っていましたわ。このベールから、魔力が感じられると。温かい魔力だから、きっとシロヤマさんだろうね、って」
「おめでたい物ですから、無意識に祈ってしまったのかもしれないです」
「もぅ、ライルったらシロヤマさんの兄だなんて言っちゃって、ご迷惑ではないかしら?」
「いつも優しくて気を配ってくれて、兄ってこんな感じなんだろうなって思っているんです。ライル様にお兄様になってもらえるなんて、光栄です」
「あら、ライルが兄なら、私は姉になるわね」
「ダメよ、ジャンヌ。シロヤマさんには姉は2人も居るわよ。ジェイド商会のローズさんと、ルビーさんだったかしら。確か施療院の3姉妹と呼ばれているはずよ」
「残念だわ」
「あら、でも、ライルが兄なら私は母ね」
「お母様、ズルいですわ」
どう返事をしたら良いんだろう?分からなかったから、曖昧に笑っておいたけど。
「聞いたわよ。ライルと氷魔法の練習をしたって。良いわね。私は水と火なの」
「私は風と光ね。治癒力はほとんど無いけれど」
「属性魔法って親から受け継ぐんでしょうか?」
「違うはずよ。そんな話は聞いたことがないわ。クロードが地属性と風属性で、ナルキサスは地属性と水属性なの。クリストフは水属性と風属性。主人は火属性と風属性。ね。バラバラでしょ?」
「ライルだけよね。3属性は」
「貴族様は魔力量が多いとか無いんですか?」
「無いわね。どこからそういう話を聞かれたの?」
「えっと、聞いた訳じゃないんです。魔力量が多い人って、貴族様が多かったから、そう思ったんです」
「むしろ平民の方が多いって言う人も居るわよ」
「でも、それも違うわよ。分母の違いですもの。貴族籍にある者より平民の方が数が多いでしょう?」
「そうね。慰問に行く孤児院の子達の中にも魔力量が10000とか、居るものね」
「そうそう。シロヤマさん、野菜のクッキー、孤児院で作らせようと思うの。売れればお小遣いに出来るわ。こういった試みは初めてなのよ。手芸品を売るとか木工品を売るとかはあったのですけれど。まずは北の孤児院で試してみるつもりですわ」
いろんな話をして、少し話題が尽きたとき、奥様が思い付いたように仰った。
「明日は屋敷をご案内するわ。シロヤマさんは本を読むのが好きとライルから聞いているのだけれど、図書室に興味はなくて?」
「あります」
思わず食いぎみに返事をしちゃった。
「本はお好き?」
「はい。好きです」
「本が好きなんて、ライルと一緒ね」
「そうなんですか?」
「あの子だけね。図書室に入り浸ってたのは。クロードもナルキサスもクリストフもジャンヌも勉強以外であそこに寄り付かなかったわ」
「じゃあ、明日は屋敷を一通り案内したら、図書室ね」
私達はお開きになったけれど、大和さん達はまだまだみたい。先に部屋に戻って、マリアさん達に寝衣に着替えさせられた。
「これ、ですか?」
「はい。奥様がこれを、と」
ロングTシャツ?膝丈のシャツを着せられた。これ、寝ている間にずり上がったりしないかな?もう遅いからってベッドに入ったんだけど、大和さん、大丈夫かな?飲みすぎたり、睡眠不足だったりしないかな?
心配だけど、私にはどうにも出来ない。本人がちゃんと気を付けてくれるように祈るしかないよね。いつもよりふかふかのベッドに包まれて、いつの間にか眠りに落ちていった。




