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風の月、第1週の闇の日。今日はものすごく良い天気だ。
今日はカークさんが彼女さん、リンゼさんを連れてくるって言っていた。どんな人なんだろう?ユーフェさんのお友だちだって言ってたよね。
カークさんの事を分かってくれて、カークさんを大切にしてくれる人だと良いなぁ。
今日はお出掛けは無しだ。着替えてダイニングに降りる。食材を食料庫から出して、庭に出る。
あ、2本目のバラが綻んでる。これは青?一本咲きのすらりとした茎先に紫っぽい花びらが覗いている。
1本目の緑色のバラは5輪位開花している。綺麗な緑色だ。葉や茎より明るい緑色。
ベリーの方は、花の数が増えた。1つはブラックベリーって分かったんだけど、後は品種不明のまま。
「ただいま、咲楽ちゃん」
「おはようございます、サクラ様」
「おかえりなさい、大和さん。おはようございます、カークさん」
「今日は剣舞は無しにして、地下に行くからね」
「はい。分かりました」
笛の練習って言っていたから、それだよね。
「カークさん、朝食はどうなさいます?」
「リンゼさんと約束をしていまして。申し訳ありませんが」
「分かりました。申し訳無いなんて言わないでください」
家に入って、そのまま地下に降りる2人を見送る。
ポテトサラダを作ろう。ポテトを蒸かしておいて、玉ねぎを薄くスライスする。ニンジンを千切りにして、軽く茹でておく。キュウリがなかったからアスパラガスを千切りにして、これも茹でておく。後はハムかなぁ。
マヨネーズを作る。手動泡立て器を使おうとして、手が止まった。これを使うとオイルが入れられない。メレンゲを作るには楽だったんだけどな。仕方がないから、手でシャカシャカ撹拌していく。
蒸かし上がったポテトの皮を剥いて、潰していく。ちょっと形が残るようにするのが私のやり方だ。氷魔法でずるをして冷やして、ポテトと具材を混ぜて塩コショウをする。マヨネーズと和えたら完成だ。
時計を見ると、ちょうど良い時間だった。伝声管で2人を呼ぶ。
「お2人とも、お時間です」
「分かった。上がるよ」
「ありがとうございます。上がります」
2人の声が聞こえた。すぐ後に壁が開いて、大和さんとカークさんが姿を見せた。
「それでは、失礼します」
「カークさん、これ飲んでいってください」
作っておいた経口補水液を渡す。
「しかし……」
「運動をした後です。水分補給に飲んでいってください」
カークさんはお礼を言って飲み終えると、そそくさと出ていった。
「よほど楽しみなんだな」
「ウキウキが伝わってきますね」
「シャワー、浴びてくるね」
「はい」
パンを温めて、卵を焼く。アフルをウサギさんに剥いて、添えてみた。
他に飾り切りでできるのは、木の葉かな。一生懸命やっていたら、シャワーから戻った大和さんに笑われた。
「何やってるの?」
「アフルの飾り切りです」
「ウサギリンゴ、久しぶりに見た」
「そうですか?」
「小学校低学年位までは、女子衆がやってたけどね。食えりゃ全部一緒って親父が言って、それから出なくなった」
「それは、お父様が悪いですね」
「だよね。結構古くから居てくれた女子衆さんだったから、俺も兄貴も30越えても『坊っちゃん』って呼ぶんだよ。何度言っても直してくれなくてね」
「その人から見たら、坊っちゃんですもんね」
「30越えてはやめて欲しかった」
「プロクスさんも、マイクさんに『リシアの坊っちゃん』って言われていましたね」
「そうだったね」
2人の食卓は、1人より楽しい。何気ない会話が楽しい。
「ところで咲楽ちゃん」
「はい。なんですか?」
「髪はいつ外すの?」
髪?あ。
「忘れていました」
「カークが『サクラ様が珍しい髪型をしてらっしゃいましたね』って、言ってた」
「片方で纏めた三つ編みはありますけどね」
「ちょっと楽しみなんだよね」
「癖は付いていても、緩いかもしれませんよ?」
「それでもだよ」
朝食を食べ終わって、大和さんが食器を洗ってくれている間に外そうとしたら、ストップがかかった。
「もうちょっと待って。じっくり見たい」
「じっくりって。なんですか?」
「そういうところって、男は見られないから」
「そういうものですか?」
「そういうものなの」
食器を洗い終わった大和さんが、ダイニングの椅子に座ってスタンバイした。
「咲楽ちゃん、やっちゃって」
「言い方がおかしいです」
片方ずつシュシュを外して、髪を解く。
「印象が変わるね」
「そうですか?どうなってます?」
「大人っぽい」
大和さんが近付いてきた。そのままふわりと抱き締められる。
「大和さん?」
「清楚だったのが小悪魔的になった」
「意味が分からないです」
「その気になったら、男なんてすぐに落とせると思うよ」
「その気になんてなりません」
大和さんの顔が近づいて、目を閉じる。
いつもより長いキスの後、抱擁が解かれた。
「1つに縛っておいた方がいいね」
「そのつもりでしたけど、どうしたんですか?」
「心配になる」
「心配?」
「なんでもない。カークが来るまでまだ時間はあるかな。地下に行ってくる」
「はい」
大和さんは急いで、地下に降りていった。どうしたんだろう?
1人になっちゃったから、植物図鑑を見ていた。
植物図鑑なのに、庭の木が載ってないんだよね。同じような木はあるんだけど、葉っぱが違う。
2の鐘が鳴る直前くらいに、大和さんが上がってきた。汗だくだ。
「バトルロープでも使っていたんですか?」
「よく分かったね。シャワーに行ってくる」
「はい」
大和さんってシャワーが好きだよね。シャワーが好きって言うか、清潔好きなのかな?汗の臭いが、とか言いそうだけど。
結界具が反応した。2の鐘が鳴ってしばらく経ってる。カークさんかな?
「カークです。いらっしゃいますか?」
私達の名前を呼ばないって事はビックリさせたいのかな?
「いらっしゃいませ」
「嘘っ!!天使様っ!?」
「トキワ様はいらっしゃらないのでしょうか?」
「もうすぐ来ると思います。お入りください」
「サクラ様……」
「分かっていますよ。四阿で良いですか?」
「はい。リンゼさん、こちらへ」
カークさんとリンゼさんが庭に回った。
「天使様と知り合いってどういう事よ」
「ユーフェさんが内緒にしておいた方が良いって言ったんですよ」
「ビックリしたじゃない。言っておいてよ」
庭の方から聞こえる声。怒っているようには聞こえない。
「咲楽ちゃん、カーク達、来たの?」
「はい。四阿にいらっしゃると思います」
紅茶の用意をしながら、大和さんに答えた。
「大和さんも紅茶で良いですか?」
「うん。さっきコーヒーは飲んだし」
ワゴンと紅茶の用意を魔空間に入れて、庭に出る。お湯だけ大和さんが持ってくれた。
「お待たせしました」
「えっ、えっ、黒き狼様!?」
「一緒に住んでいらっしゃると言いましたでしょう?」
「言ったよ。聞いたけどさ。カークさんとどういう知り合いな訳?」
「カークはずっと一緒に鍛練をしているのですよ。はじめまして。ヤマト・トキワです」
「サクラ・シロヤマです。紅茶をどうぞ」
「サクラ様、お手伝いは要りますか?」
「カークさんは今はお客様です」
「リンゼさん、大丈夫ですか?」
「は、はじめまして!!リンゼでしゅ!!」
あ、噛んだ。
クッキーを出して、四阿のテーブルに乗せる。無意識だろう。リンゼさんが手を伸ばした。大和さんも、カークさんも、私も何も言わない。
「あ、すみません」
「いいえ。お召し上がりください」
「それで、カーク、これからどうするつもりだったんだ?」
「黒き狼様、地属性を教えてください!!」
リンゼさんが唐突に言った。
「地属性?どういう事だ?」
「リンゼさんは地属性を持っているのですが、ハズレ属性ということで、ずっと使わずに来たのですよ。あのウルージュ討伐の話を聞いて、その、教わりたいと」
「俺に?」
「私もトキワ様に教わりましたから」
「とはいっても原理さえ理解できれば、難しいことはないぞ。この頃は地属性を使う冒険者も増えているだろう?」
「そうなのですが」
「それに地属性で教えられるのは、ロックウォール、ウォールピット、フォール、トゥール、テラッサス、ピットホール、ロックバレット、トンネル位だぞ」
「そんなに?教えてください」
「まぁ、冒険者なんだよな。カークは良いのか?」
「はい。彼女は後衛職ですが、絶対的に安全と言うわけではありませんので」
「大切な人を守りたいのは、同じだな。分かった」
「よろしいのですか?」
「あぁ。連れてきたということは、今日教えるってことで良いのか?」
「彼女も今日は依頼は受けておりませんし、お願いしたいと言っておりました」
「リンゼさんもそれで良いのか?」
「はい」
リンゼさんが頷いた。
「咲楽ちゃん、良いかな?」
「私は良いですよ。ほぼ決まってたじゃないですか。あぁ、じゃあ、お昼はどうしますか?どこかに行きます?お弁当を作りましょうか?」
「咲楽ちゃん、待って待って。まだ何も決まってないから」
「私はお昼無しでも良いですけど、皆さんはそうじゃないでしょう?材料を持って行って、そこで作っても良いですけど」
「地属性だったら北か南だけど、どうしようか」
「南って行ったことはないけど、大丈夫ですか?」
「連れていきたくはないね」
「じゃあ、北ですか?」
「うん。相談するから、ちょっと待って」
大和さんとカークさんとリンゼさんが相談しだした。
その間に食器を一旦片付ける。気を使わせたらいけないから、静かに素早く。こういう時、魔空間が大きくて良かった。
「咲楽ちゃん、ここで基本的な事をやって、昼を食べてから北に行くことにした。ナイオンを連れてくるから待ってて」
「はい。皆さんここで食べられるんですよね。用意しちゃいます」
何を作ろう。考えている時間も楽しい。ナイオンを大和さんが連れに行っている時間に、カークさんが基礎の基礎を教えるらしい。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃい」
「ねぇ、ナイオンって誰なの?」
リンゼさんがカークさんに聞いている。ナイオンが虎って知って、驚いていた。
家に入って食料庫で食材を確かめる。あ、鳥肉がある。ん~。サンド系にしよう。後は何にしようかな?
お料理をしていたら、大和さんがナイオンを連れてきた。
「咲楽ちゃん、ナイオンが行ったよ」
「はい。いらっしゃい、ナイオン。リビングに行く?」
スリっと私に身体を擦り付けて、リビングに行くナイオン。ナイオン用の絨毯はすでに敷いてある。
地属性の基礎ってなんだろう?考えながら、サンドイッチを作っていく。
揚焼きにした鳥肉サンドと、ベーコンと卵のサンド、ポテトサラダを挟んだサンド、野菜とウィンナーとチーズのサンド。
せっかく油を熱したのだから、揚げピエロンも作った。中身はサンドの具材とフルーツを入れたもの。
3の鐘が鳴ったから、庭に出て声をかける。
「昼食が出来ましたけど、どこで食べますか?」
「中に入るよ」
ぞろぞろとみんなが入ってきたから、手を洗ってもらう。ダイニングのテーブルに昼食を並べたら、リンゼさんが息を飲んでいた。
「これだけの種類を作ったの?……ですか?」
「普通に話してください。そちらの方が嬉しいです」
「良いの?」
「はい」
飲み物はフレッシュジュース。買ってあったハンドジューサーでアフルとマンドルというネーブルのような果物を絞ってみた。
昼食を食べている間、リンゼさんがレシピを聞いてきたので、教えてあげた。主に聞かれたのはポテトサラダ。マヨネーズの作り方を聞いたリンゼさんは笑顔でカークさんの肩を叩いていた。それに仕方がないという顔で了承しているカークさん。良いカップルだと思う。