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「ごめんね、シロヤマさん。大丈夫?」


声が出ない。


「仕方がないね。僕の所為(せい)だし。ヴェルーリャ殿も悪かったね。嫌な事をさせて」


「ローズに嫌われないかが心配です」


「ちゃんとフォローはしておいたから。入ってもらうね」


ライルさんに呼ばれて、ローズさんが入ってきた。それを確認して力が抜けて、座り込んだ。


「サクラちゃん、大丈夫よ。ユリウス様は変な事はしないから」


「ローズさん。分かってたけど怖かったです」


「さっきまでの毅然とした天使様が、どこかに行っちゃったね」


「ユリウス様、ライル様、きっちり説明してもらいますからね」


「ローズさん、その前に診察の続きです」


「サクラちゃんの為よ?」


「お昼までの診察が終わってからにして下さい。患者さんのご迷惑になります」


「分かったわ。ユリウス様、ライル様、逃げないで下さいね」


お昼休憩にいつもの中庭には出ずに、休憩室に集まった。私の前には怒れるローズさんとルビーさんが立って、ライルさんとヴェルーリャ様を睨んでいる。所長は呆れた顔でこっちを見ながら、昼食を食べている。


「説明していただきましょうか。ユリウス様、ライル様」


「私は……」


「ヴェルーリャ殿は僕が頼んだんだよ。シロヤマさんと面識がなくて、でも、僕にとっては信頼できる相手だったから。目的はシロヤマさんに自覚を持ってもらう事と、シロヤマさんの状態を知る事。自覚の方は分かるよね?あんな風に話しをしながら、施術する施術師は本当に居ないんだ。何人かに言われて、シロヤマさんも分かっていると思ったけど、もう1度念を押してもらった。ヴェルーリャ殿に手を掴もうとしてもらったのは、知り合いで害意がないと分かっていれば、大丈夫なのかを確かめたかったんだ」


「ライル様、ユリウス様は私の婚約者だから、害意がないと言いたいのでしょうけど、サクラちゃんにとってはよく知らない男性です。害意がないとは分からないでしょう?」


「そうなんだけどね。他に思い付かなかったんだよ」


「ライル様。ここから先、サクラちゃんがいなくても良いかしら?ちょっと外の空気を吸わせてくるわ。顔色が悪いから」


ルビーさんに連れられて、中庭に出る。ガゼボに座ると、ルビーさんが私を気遣ってくれた。


「サクラちゃん、大丈夫?ヴェルーリャ様は本当に害意は無い人よ。私にも分け隔てなく接してくださるし、さっきライル様が言った事は本当だと思うわ」


「害意がないのは分かっていても、ああやって手を伸ばされるのが怖いんです」


「そう言っていたわね。昼から大丈夫?診察できる?」


「はい。大丈夫です」


「なら良いけど。あぁ、そうね。しばらくゆっくりしていなさい」


「ルビーさん?」


「トキワ様がいらっしゃったわ」


「え?」


中庭の入口付近に、大和さんが見えた。制服が半袖になっている。


「サクラちゃんを頼んで良いかしら?」


「えぇ。お任せください」


「ちょっとローズの方に参加してくるわ」


にっこり笑ってルビーさんは施療院に入っていった。


「大和さん、どうして?」


「ライル殿から伝言を貰ってね。来てみた」


「伝言?」


「今朝、カークが届けてきた。ライル殿から頼まれたって。咲楽ちゃんの心理的負担になるかもしれないから、来て欲しいって書かれてたから、来たんだけど、何があったの?」


私のお昼を一緒に食べながら話しをした。ヴェルーリャ様にされたこと。でもそれはライルさんが頼んだことだったって事。


「前からの手は、咲楽ちゃんが信頼できる相手しか無理っぽいね」


「はい」


「ヴェルーリャ殿か。話してみたいね」


「ちょっと大和さんに似ている気がします」


「似ている?どういう所が?」


「えっと、お互いに腹の探り合いとか楽しみそうです」


「俺ってそんな感じ?」


「ごめんなさい。でも、知ってることでもそ知らぬ風で会話を出来るって言うから」


「なるほどね。楽しみだ」


大和さんが楽しそうに笑った。


「シロヤマさん、ごめんね」


憔悴した感じのライルさんとヴェルーリャ様、ニコニコ顔のローズさんとルビーさん、疲れた感じの所長がガゼボに来た。


「ライルさん、ヴェルーリャ様、なんだか疲れてませんか?大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫、大丈夫」


大丈夫に見えません。げっそりしてるし。でもまぁ、ヴェルーリャ様はこの後、もっとげっそりするかも?


昼からの診察は徐々に街壁の工事に携わる人の、軽い怪我が増えてきている。擦過傷、切傷、刺傷、捻挫。後は目に何か入ったから、診てくれって先に水で流してください。サボりに来た訳じゃないですよね?


5の鐘の終業後、施療院を出るとガゼボでチェスをしている大和さんとヴェルーリャ様がいた。


「勝負はいかがですか?」


「咲楽ちゃん、お疲れ様。もう少しだね」


「トキワ殿、待ったは駄目だよね?」


「何度目ですか?リザインしてください」


「トキワ殿~」


「はい。チェックメイト」


「勝ったんですか?」


「無事にね。帰ろうか」


「ユリウス様も帰りますよ」


みんなで帰路に着く。


「何戦したんですか?」


「1戦だけだよ。ユリウス殿と昼を買いに行って、ガゼボで食べてずっと話していた。咲楽ちゃんの言う通り腹の探り合いだったけど、楽しかったね。後は魔法談義。ユリウス殿も属性が火と地だそうだよ」


「そうなんですか?」


「それで、地属性の可能性だとか将来性だとか、話してた。今は土木関係だけだけど、俺の索敵の事を話したら興味深いって言ってた。地属性は大したことが出来ないって思われてて、発展発達してないんだって」


「あぁ、だからハズレとか言われちゃってるんですね」


「上手く使えれば、非常に有用な属性だけどね」


「でも、どう使ったらいいのか、分からないです」


「撤退する時に身を守れる事だったり、隠れるのにもちょうど良いね。後は周囲の把握。これは俺のやってる索敵の一種だね。地形も分かるし。地属性って地面に接していれば魔力の通りが良いから、中距離発動も出来るしね」


「中距離発動?」


「離れた場所から魔法を放てるって事。俺が前にやったでしょ?離れた場所からの落とし穴」


「チコさん達の事ですね?」


「視認してれば、狙った場所に魔法を発動できるんだ。知られてなかったらしいけどね」


「どうして知られてなかったんでしょう?」


「そういう使い方をしなかったからだよ。鉱石から金属を分離するとか、言ってみれば直接的な魔法の使い方しかしてなかったんだね」


「大和さんはどうして気がついたんですか?」


「咲楽ちゃんのお陰だよ」


「私の?」


「咲楽ちゃんが雪の日に、『足から火属性の魔法で雪を溶かせられないか』って言ったでしょ?足から属性魔法が使えるなら、地属性は常に地に足を付いている状態だから、出来るんじゃないかと思ってやってみた。騎士団の地属性持ちに話してね。そしたら、全員が出来たから、いけるんじゃないかと思ってね」


「大和さん、すごいです」


「俺1人じゃ出来なかったよ。みんなの協力があったし、いろんなアイデアも出たよ」


「アイデアってどんなのですか?」


「騎士団だから、戦闘よりの物ばかりだよ」


大和さんは詳しく話してくれなかった。


家に着いて、着替えて夕食の支度をする。今日はベーコンと野菜を炒めて、パスタと和えたもの。この家に来たときによく作ったパスタだ。


「何だか懐かしいね」


「あの頃はこういうのしか作れなかったんですよね」


「でも、味は相変わらずだね。旨い」


「こっちで覚えたお料理も増えました」


「そうだね。そのお陰で俺は旨いものを食える」


市場(バザール)にだんだん春野菜が増えてきて、楽しいです」


「そういえば、ゴットハルトに聞いたんだけど、食用花も有るそうだよ。サラダで食べるしか、利用法が無いって言ってた」


「食用花だったら、砂糖漬けにしたり、ジュレッタみたいにしたら綺麗なのに」


「砂糖漬け?ジュレッタって何?」


「ジュレッタはゼリーの事です。こっちではジュレッタって言うそうです。砂糖漬けは簡単ですよ。水分を取った食用花(エディブルフラワー)によく解いた卵白を塗って、砂糖をまぶして乾燥させるだけです。ローズティーに入れたりとか、ケーキの飾りにも使えます」


「ゼリーの方は?この前アガーを買っていたよね?」


「型に最初に少量のゼリー液を入れて、食用花(エディブルフラワー)を並べて固まったら、再度ゼリー液を流し入れるだけです。簡単でしょ?」


「作り方を聞いてたら、簡単だね。作れるかどうかは別にして」


「でも食用花(エディブルフラワー)って、どうやって王都まで運ぶんでしょう?」


「超高級品で王宮に献上されるって言っていたけど」


「異空間を使える人が運んだりとかでしょうか?」


「それしか思い付かないよね」


夕食を終えて、大和さんがお皿を洗ってくれた。


「大和さん、騎士服、変わったんですか?」


「あれはホア用だね。いわゆる夏服。もう一種類合服があるよ」


「合服ですか?」


「生地はホア用のと一緒なんだけど、長袖なんだよ。今日は良い天気で暑かったから、半袖にしたんだけど、合服を着てる奴も多かった」


大和さんが小部屋に移動しながら、教えてくれた。


「暑かったですか?」


「体を動かすとね。あっちでも4月になったら半袖だったし、他の人とは感覚がズレているかもね」


「でも、似合っていました。王宮騎士団の騎士服も衣更えしたんでしょうか?」


「うん。騎士団全体で一斉に衣更えするらしいよ。そうは言っても南の方の領と北の方の領では気候が違うから、風の月と空の月は移行期間として好きな騎士服を着るらしいけど」


「そんな期間があるんですね」


「咲楽ちゃんの所はなかったの?」


「ブレザーで、夏にはブレザーを脱ぐだけでした。中に着ているブラウスが長袖と半袖とあって、好きなのを着て良いんですよ。スカートは薄地になりましたけど、元からキュロットスカートも選べましたし」


「キュロットスカート?高校の時?」


「はい。可愛かったんですよ。制服。制服目当てで入学してくる子とかいましたし」


「そんなのが居たんだ。あぁ、麓の学生が道場に来たときに言ってたな。あそこの制服が可愛いだのなんのって。だからその高校を目指すとかって、それだったのか」


「理由が不純だったりしませんか?」


「理由の1つだし、良いんじゃない?それだけで入学して遊んでる訳じゃないんでしょ?ちゃんと授業を受けているなら、良いんじゃないかな。その制服を着たいって言うのがモチベーションの維持に繋がるんだろうし」


「こっちの世界って、制服は無いみたいですね?」


「学園とかには無いのかな?庶民の学門所には無くても、貴族の集まる学園ならあるかもよ」


「聞いたことがなかったですね。聞いてみます」


「騎士服はホア用になると色が薄くなる。神殿は白は変わらないけど、王宮は濃青から空色になるし、地方騎士は濃緑から淡緑色になるらしい。近衛は濃赤が赤になるって言ってたな」


「色も変わるんですね」


「街門の兵士達も黒から灰色に変わってたよ」


「そうなんですか」


「それから、今日から直接闘技場に行くことになった。王宮の分かれ道まで一緒に行けるよ」


「早番とか遅番は?」


「それはある。だから日勤の日は一緒に行こうね」


「明日は?」


「日勤」


「一緒に行けますね」


「そうだね。そろそろ風呂に行ってくるよ」


「いってらっしゃい」


大和さんがお風呂に行ったからスープを……どうしよう。一応作っておこうかな。


ホアに近付いてきたから、スープは終わりかな?紅茶やコーヒー、フレッシュジュースとかの方がいいかも。


スープを作り終わって、結界具を確かめて、寝室に上がる。食用花(エディブルフラワー)かぁ。食用花(エディブルフラワー)を使ったゼリーとか、映えるよね。お祝い事とかに良いのに。


「咲楽ちゃん、先に上がってたんだね。風呂、行っておいで」


「はい」


食用花(エディブルフラワー)を使ったゼリーだと、青いゼリー液を使ったら綺麗なんだけど。こっちには食用色素はないよね。マロウブルーとか、バタフライ・ピーは無いのかな?あったら使えそうだけど。マロウブルーとかバタフライ・ピーってハーブティに使われてたりしたから、有ると良いなぁ。レモンを入れると色が変わって目に楽しかったんだよね。


色が綺麗に出るハーブティがあれば、果物が入ったゼリーとか、クラッシュゼリーを使ったデザートとか、ホア用のが作れるよね。


後は小豆は無いかな?


小豆、小豆、何かを思い出しかけたんだけど。何だったかな?


お風呂から上がって、寝室に行く。


「おかえり」


「戻りまし……た。何やってたんですか?」


ベッドの上に、紙が撒き散らかされていた。


「ごめん。すぐに片付けるから」


「何をしていたんですか」


「訓練メニューを組み立てていた。乗馬の出来ないヤツ等の為に乗馬も入れなきゃいけないからね」


「新人さん達のですか?」


「そうだね」


「大和さんが全部任されているんですか?」


「違うよ。訓練メニューは教官役が全員考えてるんだけど、やっぱりね。人に教えるとなると、組み立ては要るからね。そうだ。経口補水液、今日から運用開始になったよ。助かった」


「私は所長に話しただけですよ」


「それでもね。聞いたらホアの暑さで熱中症になる騎士団員は、多かったらしいよ」


「施療院でも熱中症と思われる症状の患者さんは、熱の月になるとぐんと増えるって言っていました」


「こっちでは熱中症って言わないんだよね?」


「はい。炎熱病って言うらしいです」


「病名がいかにも暑いって感じだね。施療院に受診するの?」


「炎熱病は薬師さんだけでは対処できなくて、施療院に来る患者さんが多いって言っていました。薬師さんも体熱を下げる薬湯しか処方できないから、水の月辺りから、所長の異空間に体熱を下げる薬湯を仕舞っておくんですって」


「今年は咲楽ちゃんがいるね」


「はい」


「そろそろ寝ようか」


「はい。おやすみなさい、大和さん」


「おやすみ、咲楽ちゃん」

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