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王宮への分かれ道で、ローズさんとルビーさんが待っていてくれた。
「サクラちゃん、おはよう」
「おはようございます、ローズさん、ルビーさん」
「ちょうど良かったわ。トキワ様、これ、頼まれていたものよ」
「ありがとうございます」
ローズさんが手渡したのは、コボルト族の方の護符をダフネさんに加工してもらった物。ピンキーリングみたいにしてもらったんだけど、ピンキーリングよりリングが小さい。
「それどうするの?」
「国民証のチェーンに通します」
「サクラちゃんは集まりが終わったら、一緒に来てね。ダフネがお待ちかねよ」
「はい」
私のは大和さんから貰ったネックレスに、加工して付けてくれるって約束してくれた。だから私は今ネックレスをしていない。
「そろそろ行きましょ。まだ時間はありそうだけど」
「そうね。ガゼボで居ましょうか」
大和さんを見送って、施療院に向かう。
「ライル様はもう行っているのよね?」
「そうね。ニコニコ顔でマックス様が言っていたもの。『明日、頼むね』って」
「ライル様って貴族様なのに、しかも、伯爵家のご子息なのに、マックス様ってよく平気で物を頼んでいるわよね」
「ライル様はそれが嬉しいそうよ。いまだに言うもの。『様をつけるな』って」
「無理よね」
「どうしてですか?」
「サクラちゃんは良いのよ。でもね、王都にいてフリカーナを知らないっていうのはありえないから。どうしても伯爵家のご子息って思っちゃうのよ」
「よく『僕はただの施術師だから』って言ってたけど、それでも貴族として恥ずかしくないようにって感じだったものね。ほら、今、『光の貴公子』なんて呼ばれてるじゃない。あれも以前だったら拒否されていたと思うわ」
「そうね。今は一緒にサクラちゃんを待っているけど、以前は1人で施療院に向かっていたわね」
「そうなんですか?」
想像できない。私にとってライルさんは、いつも気を使ってくれる優しいお兄様だ。
「サクラちゃんが初めてじゃないかしらね。ライル様がこんなに気にかけたのって」
「そうよね。以前は人当たりは良いけど、って言われていたものね」
「性格が柔らかくなったというか、気楽に接せるようになったわよね」
「ローズはいまだにお小言をもらうじゃない」
「良いのよ。前みたいに押さえつける印象じゃないから」
「ローズさんの場合は、ご結婚されたときの事を心配して、じゃないんですか?」
「あら、サクラちゃん、それはどういう事かしら?」
「お相手の方を私は知りませんけれど、奥さまになっても、気になったからってバタバタ走ってたら、落ち着きがないって思われませんか?」
「サクラちゃん、言うわね」
「その通りよねぇ。もう少し落ち着きをって言われるわね」
「2人とも、ヒドい」
「泣き真似は今やっても無駄よ」
「ローズさん、笑ってますよね?」
施療院に着いて、こっそりと中庭に入る。ガゼボのベンチに座った。
「施療院って結界具は、施術師以外ってなってるんでしたっけ?」
「そうね。どうしたの?」
「施療院は広いけど、範囲はどのくらいなのかと思って」
「結界具の範囲?敷地全体ね。王立だから最新鋭の高級品よ」
「スゴいですね」
「実際に見たことはないけどね」
「私もないわね。所長とライル様は知っているでしょうけど」
「あ、誰か出てきますよ」
「隠れましょ」
「無駄だと思います。見つかってますもん」
「お嬢さん方、こんな所で何をしているのかな?」
「マックス様のお見送りです」
「要らないって言われたけど、来ちゃいました」
「もしかして、先輩も知ってる?」
「はい。みんなで見送ろうって言ってくれました」
「ライル君も?」
「当然ですよ」
ライルさんがマックス先生に声をかけた。
「嫌がるそぶりを見せても、それは照れているだけだからと、ナザル所長が言っていましたので」
「参ったねぇ」
そう言いながらも顔を背けたマックス先生は、耳まで真っ赤だった。
「マクシミリアン。時間じゃ。行くぞ。冒険者を待たせてしまう」
「先輩。こんなこと計画しないでくださいよ」
「なんじゃ。泣いておるのか?相変わらずじゃの」
「ちょっ。先輩泣いてませんって」
マックス先生と一緒に歩いて西の街門に向かう。西の街門には、冒険者さんが待っていた。
「待たせちゃったかな?ごめんね」
「え?施療院の全員って……」
冒険者さんの1人が思わずといった風に呟いた。
「マックス先生、これ、どうぞ」
用意してきたクッキーを渡す。
「これは?」
「箱はルビーさん、回りの装飾はローズさん、中身は私が作りました。餞別です」
「ありがとう。中身って?」
「クッキーです。一緒に行かれる冒険者さん達の分もありますよ」
100枚は入っているから足りるはずだよね。
「ありがとう」
マックス先生は帰っていった。最後まで手を振って、「また来るからね」って言いながら。
私たちも帰ろうとした時、街門の外に騎士様が見えた。
「見回りかしら?」
「そうみたいね」
「あら、珍しい。ピガールさんだわ。馬を連れているけど、どうしたのかしら?」
「ちょうど良かった。ナザル所長、申し訳ない。ちょっと見てやってもらえませんか?」
「どうしたんじゃ?」
「新人の騎士なのですが、落馬しまして」
「この時期じゃし、珍しくはないがの」
街門の中の一室に所長達は入っていった。
「あのお馬さん、興奮してますね」
「本当だね。あれじゃ危険だね」
ここにいても私達はすることがない。通行の邪魔にもなるから、女性だけ貴族街に向かうことにした。
たくさんの冒険者さん達の「お気を付けて~」の声に手を振って、まずはジェイド商会に行く。ユーフェさんと待ち合わせの為だ。東の市場の入口でスサンヌ様と合流したら、散策してイストワールでお昼ごはん。しばらく話をするって計画だけど、はっきり決まっていない。
ジェイド商会では入口でユーフェさんが待っていた。
「ユーフェさん」
「あ、皆さん」
「待たせちゃったかしら?」
「いいえ。そんなに待っていないです」
4人で東の市場に向かう。
「私、東の市場って、2回位しか来たこと無いです」
「西の市場とは、雰囲気が違うしね」
「アクセサリーでも見る?」
「高級品じゃ買えないわよ」
「見るだけでも楽しいじゃない」
「そうですよね」
「ユーフェさん、普通に話しましょ?」
「えっと、お客様商売で、この口調になっちゃうんです」
「あら、サクラちゃんと同じね。サクラちゃんも丁寧な口調になっちゃうって言ってたわよね」
「そうですね。こっちに慣れちゃって、普通に話そうとすると変な口調になっちゃうんです」
「いいじゃない。遠慮してるとかじゃないんだし。サクラちゃんもユーフェさんも似合ってるしね」
「あら?前を歩いてらっしゃるのって、エリー様じゃない?」
「相変わらず、キリッとしてらっしゃるわね」
「そういえば、サクラちゃん、エリー様とデートしたんでしょ?」
「はい。大和さんとゴットハルトさんが一緒でしたけど」
「トキワ様は分かるわ。ヘリオドール様は何故?」
「大和さんが言うには、私とエリー様だけだと、エリー様の事を知ってたら良いけど、そうじゃなかったらあらぬ噂が出るかもしれない。かといって大和さんだけが付いていくと、今度はエリー様に不名誉な噂が立つ可能性がある。だから名目上は私とエリー様の買い物に付き合う友人ということらしいです」
「どういう事?」
「簡単に言うと、私と大和さん、エリー様とゴットハルトさんがペアに見えるのではないかと、そういうことですね」
「ヘリオドール様とエリー様は、お付き合いしてないのですよね?」
「ゴットハルトさんがエリー様を必要以上に女性扱いするから、エリー様はゴットハルトさんが好きになれないそうです。ゴットハルトさんはエリー様にその事で怒られたらしくて、エリー様が苦手だって言ってました」
「サクラさん、あの調査員の方、カークさんって言ってらしたかしら。あの方はどういう方ですか?」
「優しくて誠実で仕事熱心だって、お仲間の方が言っていました。欠点は自分に自信が持てていないところだそうです」
「サクラさんから見てどうですか?」
「気遣いは出来るし、優しいと思いますよ」
「そうですか」
あれ?何だか嬉しそう?
「ユーフェさん、カークさんの事、好きなの?」
ローズさんが聞いたら、分かりやすく真っ赤になった。
「好きっていうか、この前ヒドい事を言っちゃったのに、優しくて、ちょっと気になるっていうか……」
「サクラちゃん、カークさんはどこかしら?」
「ごめんなさい。分からないです」
「そうよね」
「どこかに調査に出るときは、大和さんに言っていくみたいですけど」
「なぁに?従者にってまだ諦めてないの?」
「はい。大和さんは必要ないって言っているんですけど」
「トキワ様が必要ないっていうのは分かるわね。全部1人でやっちゃいそうだもの。お料理以外」
「お料理以外?」
「大和さんってお料理が出来ないんです」
「でも、男性ですし、お肉を焼くだけとかの人も居ますよ」
「焼いたら外が丸焦げで中が生だそうです」
「それは……」
「だからって言う訳じゃないけど、サクラちゃんはトキワ様に必要なのよ」
「見てると激甘空間を作られるけどね」
「そんなにですか?」
「そうなのよ。そんなになのよ」
東の市場の入口でスサンヌ様を待っている間に、さんざん弄られた。
「お待たせしてしまって、ごめんなさいね」
「スサンヌ様。エリー様も?」
「私は護衛です。お気になさらず」
「エリー様が一緒ですか?嬉しいです」
「エリー様が護衛?贅沢だわ」
「エリー様がこんなに近くに。どうしましょう」
三人三様に喜んでる。
「エリー様、よろしくお願いします」
「シロヤマさん、こちらこそ」
東街の中を散策する。素敵な雑貨屋さんやちょっとお高めの洋服やさん、他の街では見ない宝石店を見て歩いた。
「あの宝石、素敵だったわ」
「宝石は好きですけど、いくつも買えませんものねぇ」
「良かった。スサンヌ様が常識的な金銭感覚を持っていて」
「ローズさん、どういう事かしら?」
「何でもないです。ごめんなさい~」
「でも、私達が考える貴族様って、たくさん宝石を持っていて、ドレスとかも何着もあって、毎日お茶会とかしてるってイメージなのよね。違うのがここに一名居るけど」
「そうですわよね。そういうイメージを持たれているのですわ。毎日お茶会はしませんし、宝石もドレスもそんなに持っていませんわよ」
「ちょっとルビー。違うのが居るって、誰の事?」
「ローズに決まっているじゃない」
「そんな事、言うことないじゃない」
「本当の事を言って何が悪いのよ」
突如言い合いを始めた2人をスサンヌ様とユーフェさんとエリー様がおろおろしてみていた。
「大丈夫なのですか?」
「えぇ、いつもの事ですから」
「仲が悪い訳じゃないですよね?」
「とても仲は良いですよ」
「止めた方が良いのでは?」
「放っておいても止まりますけど、周りに迷惑ですね」
ふぅっと息を1つ。
「お2人とも、周りにご迷惑です。スサンヌ様、ユーフェさん、エリー様にもご迷惑です」
ピタッと言い合いが止まった。
「サクラちゃん、怒ってる?」
「怒っていません。呆れているだけです」
「ごめんね」
「私だけじゃないでしょう?」
「ごめんなさい」
2人がみんなに謝って、散策を続ける。
「これがいつもの事ですか」
「はい」
「シロヤマさんが諌めるのも?」
「私だったり、ライル様だったりですね」
「シロヤマさんが施療院3姉妹の末っ子ですよね?」
「末っ子……。そうですね。一番年下です」
「施療院はフリカーナ様が長男のようですが、末っ子のシロヤマさんにはみんな弱いのですね」
エリー様にクスクス笑われてしまった。
お昼時になったので、イストワールに移動する。
「いつ来ても、落ち着くわね」
「私は初めてですけど、確かに落ち着きますね」
「あら?」
「どうされましたの?」
「向こうに騎士様達が」




