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お昼休みか。追求されるか、同情されるか。どっちも嫌だなぁ。みんなが私の為に怒ってくれているのも、私を想って悲しんでくれてるのも知っている。それでも同情されたりすると『可哀想な子』って思われていそうで、嫌な気持ちになる。
ちょっと暗い気持ちになりながら、休憩室に行く。みんなが揃っていて、いっせいに見られた。
「サクラちゃん、早く食べちゃいましょ」
「はい。同情とか要りませんからね?」
「話は聞かせてもらえるのかな?」
「それも本当は嫌なんですけど」
「言いたくない?」
「私は今幸せなんです。思い出したくないし、話をする事で重い空気になってしまうのが嫌なんです。みんなが私の事を考えてくれて、その上で聞きたいって思ってくれているのは分かっています。でも、ごめんなさい」
「分かったわ」
「ルビー?」
「サクラちゃんの事を知りたいっていうのは、私も変わらないのよ。でも辛い思いはしてほしくないし、何でも知っておかなきゃ、っていうのも違うと思う」
「そうじゃのう。ワシも家族でありたいとは思っているがの。全てをさらけ出して、というのは不可能じゃし。シロヤマさんの気持ちを尊重しようかのう」
「仕方がないね。シロヤマさん。僕らが居るって事を忘れないで」
「えぇぇぇぇ。サクラちゃんの話を聞きたいのに」
「それとこれとはまた話が別じゃない?」
「分かってるわよ。サクラちゃん、気にしないで。何かあったら言ってね」
「ありがとうございます」
この人達は優しくて暖かい。私を想ってくれているのが分かる。家族としての暖かさをくれる。
昼食を食べ終えて、いろんな話をしていた。
「シロヤマさんは実りの月の最初に、休暇を取ることが決まってるね」
「決まってるんですか?」
「トキワ殿から聞いてない?学園で模範試合をするって話」
「聞いていますけど。あれって、大和さんの冗談じゃなかったんですか?」
「どんな話を聞いてる?」
「優勝者と準優勝者が模範試合をするってことと、一緒に行くからって言われただけです」
「あれって実質は、報奨の一部だから。模範試合の名目で楽しんでらっしゃいって事だね。その時に優勝者と準優勝者が希望する者の同行が、認められているんだよ」
「そうだったんですね」
「アインスタイ副団長様は、どなたを連れていかれるのかしらね?」
「最近噂になってる、リストランテの女性じゃないの?」
「あぁ、アインスタイ副団長様のお父様が、ついに折れたって聞くわね」
「あら、本当は認めてらしたのに、最初に反対しちゃって、その後言い出せなかったってお聞きしたけど」
「ローズ、それ、本当?」
「お父様が親しいのよ。私も小さい時に『学園長のおじ様』ってお呼びしてたわ。少し前に家にいらしてお酒を飲んで愚痴ってらしたのよね。どうすれば良いのか教えろって、お父様に絡んでらしたわね」
「仲直りはできたんでしょうか?」
「まだじゃないかな。そう言う話なら母が詳しいけど、聞いていないし」
「フリカーナ夫人が知らないなら、まだじゃのう」
「こればかりはねぇ。お節介も焼けないし」
「家の問題だって言われちゃえば、それまでだものね」
「あの、お聞きしたいんですけど、アインスタイ副団長さんのお父様ってどういった地位の方なんですか?」
「アインスタイ子爵家の御当主だよ。副団長殿はその3男。学園都市はアインスタイ領にあってね。アインスタイ子爵殿が学長を務めていらっしゃる」
「学園都市って王立じゃないんですか?」
「王立だよ。土地をアインスタイ家が提供したんだ。その時に子爵家に陞爵された。元は男爵だったんだよ。今から5代前の話だね。国家予算は出てるけど、学園都市の経営はアインスタイ子爵家だから、なかなか大変らしいって、父が言っていたな」
「へぇ」
「そうだったのね」
「ローズ、学園にいたんでしょ?知らなかったの?」
「知らないわよ」
「知らなくても無理はないよ。僕は父から聞かされてたからね」
「ライル様、経営が大変ってどういう事?」
「どういう事だと思う?」
「もしかして賄賂とか付け届けの事でしょうか?」
「シロヤマさん、どうして分かったの?」
「あちらでもよくニュースになってましたから。裏口入学とか」
「裏口入学?」
「正規に試験を受けないで、お金を渡したり縁故を利用して入学させてもらう事です」
「そんなことが出来るの?」
「やっちゃいけない事ですよ?不正行為ですからね」
「こっちじゃ犯罪ではないけれど、貴族社会での信用をなくすからね。その程度の頭もないのかってその家全体も恥をかくし」
「学園都市の試験って簡単よ?自分の考えを述べて、読み書き計算の記述問題だけだもの。私でも出来たわよ。その後の授業の方が大変だったわ」
「スサンナ様から伺いましたけど、試験の成績でクラスが変わるんですよね?」
「そうなのよ。属性魔法とテストの成績を総合的に判断しますって言われたわ。ずっとラルジャクラスだったけど」
「クラスっていくつあるんですか?」
「プラティ、ロール、ラルジャ、キュイール、フェイルの5クラスだね。僕はずっとロールだった。1度だけプラティに上がったけど」
「ライル様、自慢しないでよ」
「爵位が高くてもフェイルクラスってこともあるし。大きな声では言えないけど」
「いたわね。伯爵家のフェイルクラスが」
「全寮制なんですよね?」
「部屋がクラスで違うんだよ。プラティになったとき、勉強部屋と寝室とに別れてて唖然とした。ロールじゃ一室だったしね」
「でも、広さが違うのよ。ロールの部屋はラルジャの1.5倍はあったわ」
「フェイルになるとラルジャ位の部屋に2人だって聞いたよ」
「キュイールクラスの部屋の話が出てこないわね」
「ベッドと机とクロゼット位かしら」
「それって普通よね?」
「ですよね」
貴族組と庶民組の認識の違いに驚いたところで、休憩時間が終わった。
お昼からの診察で、珍しい人が来た。
「お邪魔するよ。あれ?あの時のお嬢さん。施術師さんだったんだね」
のんびりした口調で入ってきたのは、北の湖で見た狸人族のおじさん。
「どうされたんですか?」
「イポポタから逃げて、捻っちゃったよ。ここまで浮いてきたから、痛くはないけどね」
「浮いてきた?」
「お嬢さん、知らないの?僕らは風属性が有ってね、ちょっと浮けるのよ」
「風属性があると、浮けるんですか?」
「人族には難しいのかな?足に風属性の魔力を纏わせるのよ。そうしたら浮けるよ」
「楽そうですけど、バランスが大変そうですね」
「慣れないと転ぶね」
あははと陽気に笑って狸人族のおじさんは帰っていった。「また来てね」って言い残して。
5の鐘が鳴って終業時間になった。
「シロヤマさん、いいかな?」
「マックス先生?どうなさったんですか?」
「これ、渡そうと思って」
差し出されたのは1冊の本。
「薬師の仕事を見てみたいって言ってたでしょ?興味ない?」
その本の表紙には『錬金術と薬湯』の文字。
「もしかして、薬師さんの?」
「教本だね」
「そんな物、どうして?」
「知り合いの魔術師がね、薬草から効率よく薬効成分を取り出すって研究をしていて、シロヤマさんの事を話したら、これを渡してくれって。お礼だって言ってたけど?」
「お礼?薬草から効率よく薬効成分を取り出すって、ペピータ様?」
「アンブの奴を知ってるの?お礼って?」
「私がフルールの御使者だったのは知っておられますよね?その時に馬車に乗っていた魔術師の方です。あの時、途中で、元キニゴスの方からフラワーボックスを頂いて、それをペピータ様が薬草ばかりだって気付いて、紹介して欲しいって言われました。キニゴスの方は南門外で暮らしていたんですけど、先日門内に入られたって聞きました。その事でしょうか?」
「それだね。そのキニゴスにも会ったよ。『恩返しはこれからだ』って言っておいてくれって、念押しされたけど」
「恩返しなんて要らないのに。これ、写してもいいですか?」
「あげるって言ってたよ。それから錬金薬について知りたいなら、いつでもおいでって言ってた」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「サクラちゃん、トキワ様がいらしているわよ」
「入ってもらったら?僕もヤマト君と話がしたいし」
私が着替えに行っている間に、大和さんとマックス先生は何か話をしていたらしく、非常に盛り上がっていた。戻ってきたら何故かリバシをしていたけど。
「大和さん?もう少しかかります?」
「いや。もう終わるよ」
「負けたっ!!ヤマト君もう1回」
「帰りますよ。待たせてしまってますしね」
「木の日に待ってるからね」
「こちらこそ」
大和さんと施療院を出る。
「楽しかったですか?」
「まぁね」
「木の日は一緒に施療院までですか?」
「朝から?そうなりそうではあるけど」
「お弁当、作りましょうか?」
「うん。作って?」
「分かりました。マックス先生のはどうしましょう?」
「明日の朝も会いそうだし、その時に聞こうか?」
「お願いします」
手を繋いで、黙って歩いた。
「咲楽ちゃん、市場寄ってく?」
「寄っていきたいです」
「OK」
市場で野菜やウィンナーなんかを買って、プラプラと市場内を見ていたら、面白い物を見つけた。
フレーク状の白い物。売っているおばさんに聞いた。
「これでね、果汁とかを固めるんだよ。ホアに美味しいオヤツになるんだよ」
「これをどうするんですか?」
「煮溶かすだけだよ。後は放っておけば固まるよ」
聞いてる感じだと、寒天なんだけど。商品名はアガー。アガーって白い粉末状だった気がする。
「下さい。やってみます」
「ありがとうね」
市場を出て、大和さんに言われた。
「アガーって書いてあったね」
「そうですね。アガーって海藻の抽出物ですよね?」
「英語で寒天の事をアガーアガーっていうけど」
「そうなんですか?」
「元はマレー語だったかな?」
「でも、これでホアにフルーツ寒天が作れます」
「寒天は常温で固まるしね」
「知ってたんですか?」
「女子衆が夏になると、水羊羹を作っていたんだよ。小豆から作った餡でね」
「手作り餡?美味しそうです」
「何度も晒さないから、小豆の雑味があったけど、あれは旨かった。市販のより好きだったな」
「餡は作ったことがないです」
「何を落ち込んでるの?」
「小豆っぽいのがあったら、作れるじゃないですか」
「作り方なら覚えてるよ。何度も手伝わされたし。分量は分からないけど」
「教えてください!!」
「家でね。こし餡だけど良い?」
「はい」
やった。水羊羹が作れるかも。
るんるん気分で家に帰って、お夕食の準備。今日は薄切り肉の野菜蒸し。蒸しプレートに野菜とお肉を乗せたお皿を置いて、蒸すだけ。
たれはナツダイのポン酢。余った皮は、ナツダイピールを作るために刻んでおく。
「咲楽ちゃんが良い匂いになってる」
「大和さん、何をしに来たんですか?」
「気になったから、覗きに来た」
「キッチンが広いから、邪魔ではないですけど」
「邪魔はしないから、見てて良い?」
「見ているだけなら」
確かに許可はしましたよ。でもそこまでジィーと見なくても。
「気になります」
「何か言った?」
「そんなに見つめなくても」
「好きな女を見つめてても良いでしょ?」
「悪いとは言ってないですよ。気になるだけで」
「じゃあ、良いよね?」
良いよね?って聞かれたら、「はい」しか言えない気がする。
野菜蒸しとパンというなんだかアンバランスなメニューだけど、お夕食は出来た。
「大和さん。実りの月の最初に、私は休暇を取る事が決まってるらしいです」
「そうだよ。前に言ったよね」
「聞きましたけど。冗談だって思ってました」
「二泊三日だね。あっちでは副団長の実家に泊まるよ」
「ご実家に?」
「聞いてない?副団長のアインスタイ領に学園都市があるって」
「今日知りました」
「そっか。今日知ったか。伝えておけば良かったね」
「二泊三日って事は、朝出て夕方に着くとかですか?」
「そうなるかな?そこまで詳しく知らないんだよね」
「まだ先ですもんね」
「このまま教えずにいようかな」
「教えてください」
「仕方がないね。教えるよ」
「意地悪しないで下さい」
ウソ泣きをしたら、大和さんが謝ってくれた。
「悪かった。ごめんね」
「許してあげます」
「咲楽ちゃんがウソ泣きをするとは」
「そう言う雰囲気でしたし?」
「そんな感じだった事は否定しないけど」
「ですよね?」
「そういえば、学園都市に行ったら剣舞をって依頼された」
「えっ?」
「生徒のほぼ全員の嘆願書を見せられた。あれは断りきれない」
「『秋の舞』にするんですか?」
「『秋の舞』ね。季節はバッチリだけど。どうしようかな。ちょっと考えるよ」
お夕食を済ませて、片付けをしながら、大和さんが答えた。
小部屋でソファーに座っていると、大和さんが隣に座った。
「あっちの兄の事、言っちゃったんだって?」
「どうして……」
「知ってるのかって?迎えに行ったら、みんなに言われたよ。どういう事かって。咲楽ちゃんが言わないのだから、そっとしておいてやってくれって言っておいたけど」
「すみません」
「俺も聞いててムカついたからね。咲楽ちゃんが言いたくない、思い出したくないって言うなら、そうするのが良いと思う。ライル殿には言っておいたよ。『ここでは貴方が咲楽ちゃんの兄ですよ』って」
「ありがとうございます」
「過去は消えないけど、上書きはできるから、消す勢いで幸せになろうね」
「はい」
「あらら。泣いちゃった?」
「この頃、涙が勝手に出てくるんです」
「泣いちゃいなさい。ここにいるから」
「ありがとうございます」
大和さんの胸を借りて、少し泣いた。大和さんは何も言わずにずっと私の頭を撫でていてくれた。
「落ち着いた?」
顔をあげると大和さんの笑顔が見えた。
「はい。すみません」
「謝らなくて良いよ」
「みんなに心配をかけてしまいました」
「咲楽ちゃんは、あっちで親兄弟に甘えられなかったから、こっちで甘えちゃうんじゃないかな?」
「そうなんでしょうか?」
「そう思っておこうね」
「はい」
「もちろん俺には一番に甘えてね?」
「はい……はい?」
「ほら、俺は恋人な訳だし」
「そうですけど」
「恋人の一番可愛い顔を見る権利はあるよね?」
「甘えるのと可愛いっていうのの関連が、分からないです」
「甘えてくれれば良いんだよ。ワガママなんかも言って良いからね?」
「ワガママですか?」
「難しい?」
「かもしれません」
「咲楽ちゃんは自分に正直になることからだね」
「正直に?」
「分からなかったら、考えておいて」
大和さんはそう言ってお風呂に行っちゃった。
自分に正直にって、私は正直なつもりだ。考えておいてって何の事だろう?
明日のスープを作りながらも考えてたんだけど、分からない。
考えながら刺繍していたら、ジャンヌ様のベールが仕上がった。始末を終えて、魔空間に仕舞う。
「咲楽ちゃん、行っておいで」
「はい」
「あれは分かってないな」
大和さんの呟きは聞こえなかった。
お風呂で考えてた。私が自分に正直じゃない?あっちにいるときは感情を隠すことが多かった。家では家を出るって決めてても、それを出してしまうと兄に何をされるか分からなかったから。外では上手く笑えなくて、笑顔を作っていた。
こっちに来てから、そんな事はなくなったはずなんだけど。
以前も大和さんに何か言われたなぁ。「たまに自分の気持ちに嘘をつく」だったっけ。そんな風に見えているのかな。
モヤモヤしながら、お風呂を出て、寝室に行く。
「おかえり」
「戻りました」
ベッドに上がりながら、聞いてみる。
「大和さん、私って自分に正直なつもりなんですけど」
「だろうね」
「でも、自分に正直にって言いましたよね?」
「言ったね。分からなかったって事かな?」
「はい」
「今、こうしたい。今、こうして欲しい。それを隠すって事。俺は咲楽ちゃんにキスしたいって思ったら、咲楽ちゃんが恥ずかしがってもしている。他の事でもそうだよ。自分がしたいから、割りと自由に動いているけど、咲楽ちゃんはそれを隠しているように感じるんだ」
「そうでしょうか?」
「泣きたい時、笑いたい時、迷惑かも?って考えてない?」
「かもしれません」
「泣きたい時には泣けば良い。笑いたい時には笑えば良い。もちろん配慮は大切だけど、気持ちを抑えなくて良いんだよ」
「迷惑じゃないでしょうか」
「俺はむしろ出して欲しい」
「大和さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「何のお礼?」
「大和さんは私を思って言ってくれているんですよね。だからそれに対してのお礼です」
「言葉じゃなくて、行動で示そうか」
「行動で……」
「難しく考えなくて良いよ。抱き付きたい。抱き締めて欲しい。そういった事を声に出してねって言ってるだけだから」
「はい」
「まぁ、今日は寝ようか」
「はい。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽ちゃん」




