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20

翌朝。この頃ちょっと肌寒くなってきたので、上着を羽織って階下に降りる。


キッチンにはいつものコーヒーの道具。今日もコーヒー淹れるんだ。楽しみ。


朝食の材料をキッチンに出しておく。


庭に出ると大和さんが瞑想していた。やっぱり炎のような色の靄が大和さんの全身を覆っている。緋龍(ひりゅう)も見えたけど、全身を覆う靄が昨日より大きい。


足を解いた大和さんはそのまま舞台に上がると、置いてあった剣を手にとって舞い始める。これは『春の舞』だよね。前よりはっきり桜の大木が見えた。


舞いが終わると大和さんがこっちを見た。


「咲楽ちゃん、おはよう」


「おはようございます。あの、今日は大和さんを覆う靄が昨日より大きかったです。緋龍(ひりゅう)も見えました。それと、桜の大木が前よりはっきり見えました」


「そう。ありがとう。シャワーを浴びてくるよ」


そう言った大和さんはいつもより汗をかいている気がした。


キッチンで朝食を作っていると大和さんが戻ってきた。


「コーヒー、淹れますか?」


「うん。ちょっと使わせてもらうよ」


なんだか大和さん、余裕がない?いつもより表情が固い気がする。


いつものようにコーヒーを淹れている大和さんを眺める。淹れ終わった大和さんはそのままキッチンでコーヒーを飲み出した。あれ?いつもならテーブルに持っていって飲むのに。見ている私に気が付いた大和さんは、笑顔になった。


「悪い。ちょっと余裕が無かった。追い込まないといけなくなってきたからね」


「奉納舞の件で?」


「そう。いつもなら本番の1か月前には調整を開始するし、その日をピークに来るようにしてるんだけど、今回は日に余裕がないし、ちょっとした理由で舞いから離れてた期間があったから」


大丈夫なのかな。


「大丈夫だよ。大体これでリセットできる」


そう言ってコーヒーカップを見る。


私にできる事って無いのかな。そう思いながらコップにウォーターで水を入れる。疲れがとれるように、って願いながら。


「大和さん、朝食、食べちゃいましょう」


「そうだね。出勤の時間もあるし」


朝食を食べたら出勤の準備。


今日も送っていってくれるらしい。家を出て歩いている途中で大和さんが言った。


「そうだ。昨日聞こうとして忘れてた。咲楽ちゃん、国民証はブレスレットにする?ネックレスにする?」


「えっと、ブレスレットで。大和さんはどうするんですか?」


「俺はネックレスかな。あれってドッグタグみたいなもんだし、そっちの方が慣れてるから」


「ドッグタグ?」


「今はICタグって言うのかな。認識票だね」


「で、それを大和さんが聞くのは何故なんですか?」


「昨日、サファ殿に聞かれたから。あの人、正式に俺と咲楽ちゃんの後見に決まったらしい。一波乱あったらしいけど。王妃殿下とエリアリール様が咲楽ちゃんの後見を主張しあったりとか」


え?


「で、サファ殿が『ダンスもマナーも教えましたし、私が後見致します。よろしいですね』って納めたって聞いた」


えぇ!!


「前に貴族の利権がどうのって言ってませんでした?」


「王族と神殿最高責任者に対抗しようって貴族は居なかったらしい」


「そうですか。そうですよね。でもなんかほっとしました」


そんなことを話しながら歩いてると、また副団長さんがいた。


「おはようございます」


「貴方はストーカーですか」


大和さんが脱力しながら聞いてる。


「ストーカーって何です?」


「付き纏ったり、追いかけ回したりと個人にとっての迷惑行為を行う人の事ですよ」


「酷いですねぇ。そんなことはしませんよ」


待ち伏せはしてますよね。


「将来有望な新人に目を掛けているだけですよ」


「そう言う言い訳をする輩もいるんですよ。配属が第2隊で良かったですよ」


「あれ?その事、私、昨日言いましたっけ?」


「昨日ミメット部隊長が家に来て説明してくれました」


「ミメット……貴方の家に行ったのですか?」


「えぇ。神殿騎士団のプロクスと一緒に」


「私も行きたかった……」


副団長さんが肩を落としてる。でもパフォーマンスっぽい。


「「サクラちゃーん」」


あ、ローズさんとルビーさん。


「アインスタイ副団長様、また二人の邪魔をしてるんですか?トキワ様に嫌われますよ」


ローズさんが笑いながら言う。


「さ、サクラちゃん、行きましょ。トキワ様今日も5の鐘で良いですか?」


「了解。では、頼みます」


大和さんは副団長さんと王宮の方へ歩いていく。


昨日と同じように着替えて診察室へ。


「サクラちゃん、今日は私に付いてもらうからね」


「はい。よろしくお願いします」


ルビーさんと診察室に入る。


「サクラちゃんって礼儀正しいわね。トキワ様との会話もそんな感じ?」


「はい。どうしてもこの口調が抜けなくて」


「そうなのね。そうそう、次の闇の日、トキワ様はお休み?」


私は昨日見せてもらったシフト表を思い浮かべる。


「違ったと思います。確か西の巡回だったと思います」


「あら、ちょうど良いわ。トキワ様に差し入れにいかない?」


え?でも……


「どこにいるのか分からないこと無いですか?」


「多分ね、すぐに分かると思うわ。ご近所の情報網があるから。私の家も西区なのよ」


その時、2の鐘が鳴った。


「この話はまた後でね。診察を始めましょうか」


今日もほぼ昨日と同じ流れ。私は主にスキャンの担当。小さな外傷とかは治療させてもらった。3の鐘がなる前に患者さんが途切れた。


「シロヤマ嬢、よろしいかな?」


ナザル所長が入ってきた。


「魔力制御の訓練方法を教えようと思いましてな」


「あぁ、アレですか」


ルビーさんは訓練方法を知ってるみたい。


「生活魔法でなく属性魔法で『ライト』を使ってみなさい」


「属性魔法で?」


えぇっと、光の属性魔法で『ライト』。その途端、診察室の中に光球が出現した。バスケットボール位の大きさの。


「こりゃまた大きい。そのままその光球を小さくしていきなさい」


小さく、小さく……ピンポン玉くらいまで縮めた。


「良い感じじゃ。それを維持しなさい」


「この大きさで、この明るさで、って事ですか?」


たまに光球の光が揺れる。光を一定にしないと。集中力がいるなぁ。


「ライル、魔力は漏れとるか?」


「漏れてますね」


ライルさんが診察室へ入ってきて言う。


「ライルさんも魔力が見えるんですか?」


「僕は魔力は見えないよ。けどね、感じとることができるんだ。どんな風にって言うのは難しいけどね」


「その光球を使い続けなさい。外では目立つから家の中だけで良い。魔力切れの症状が現れたらすぐ止めること。いいね?」


「魔力切れの症状って怠くなるって事ですか?」


「魔力切れになったことが?」


「私は無いです。けど、大和さんが……」


「では回復方法は知っておるか?」


「睡眠でしか回復しないって聞きました」


「接触して魔力を流してもらっても良いのじゃが」


え?


「手を繋いだりね」


ルビーさんが言う。そうなんだ。あの時大和さんの手を繋いでたのも良かったのかな?


3の鐘が鳴った。


「光球はいったん止めて、お昼じゃな。後は家に帰ってからやりなさい。ここに来たら毎朝ライルのチェックじゃな」


「分かりました。お願いします」


「誰か彼女に付き添ってくださいよ、って言わなくても2人が着いてきそうですね」


笑いながらライルさんとナザル所長は出ていった。


「さぁ、お昼にしましょ」


ルビーさんが言う。3人で中庭へ。そこにアリスさんがいた。男の人と一緒に。


「あのっ、ローズ、良いかしら」


「何?」


「あの時、ごめんなさい」


頭を下げるアリスさん。


「私が貴女より魔力量も属性も少ないのは事実よ。あの時はムカついたけど、もう良いわよ」


「それから貴女にも」


え?私?


「昨日ね、トキワ様にお会いしたの。相変わらずカッコいいわね、あの方」


えぇっと……


「アリス」


男の人が窘めるように声をかける。


「あ、ごめんなさい、お兄様。で、謝ってくれたの。言い過ぎたかもって。私が悪いのに。そう言ったら許してくれて。その後『ジェイド嬢には謝りましたか』って言われて。でも一人じゃ怖くて。兄について来てもらったの。ごめんなさい」


「私は特に何も言われてませんし、アリスさんが傷付いたんじゃないかなって気になってたんです。頭を上げてください」


「ありがとう」


アリスさんはそれだけ言うと帰っていった。


「驚いた。アリスが謝るなんて」


ルビーさんが言う。


「そうなんですか?」


「あの子ね、魔力量が多いでしょ?皆がチヤホヤするものだからほとんど謝らないのよ。一緒に来たお兄様、レイモンド様と仰るのだけど、あの方は厳しい方でね。アリスを叱ることの出来る人の内の一人。ご両親は優しい方達だし、あんまり叱らないって聞いたわ。レイモンド様は王宮勤めをされててね、侍従をしているって聞いたけど」


お昼休みが終わってお昼からも診察。5の鐘が鳴った。


「あら?トキワ様が居ないわね」


ホントだ。昨日の部隊長、パーシヴァルさんが来た。ナザル所長と少し話してこっちに来る。


「シロヤマ嬢、王宮に来ていただけませんか?」


「あの、大和さんに何か?」


「いえ、トキワ殿は何もありません。応急処置をして貰ってます」


え?応急処置?


ナザル所長が言う。


「シロヤマ嬢にも行ってもらいます。即戦力になりますからな。ライル、ルビー、ローズ、スラム街で事故が起きたらしい。処置に向かう。来なさい」


「「「はい」」」


「サクラちゃん、白衣を脱いでこの布を腕に巻いて」


ルビーさんの手には白い布。


「はい」


皆で馬車に乗る。


スラム街に着くと、建物が倒壊しているのが見えた。大和さんが子どもを抱えてくる。


「頼みます」


それだけ言って戻っていく。道路に寝かされている人が15人くらい。手分けして治療していく。


辺りが暗くなってきた。


「シロヤマ嬢、あのライトを出して貰って良いかな?」


ナザル所長が言う。あのライトって属性魔法でって事だよね。


「大きさは?」


「最初に出した位で」


バスケットボール位の大きさの光球を出す。辺りが一気に明るくなった。でもこれ、清潔保持ってできてないよね。


「シロヤマ嬢、あんた……」


ナザル所長が言いかけてやめた。


「その状態でさっきのは使えるかね?」


「さっきの?」


「浄化を使ったじゃろう。なかなか難しいはずなんじゃが」


「患者さんにかけたら良いですか?」


「頼む」


王宮魔術師団の方が到着した。


「代わりますよ」


声をかけてくれた人とライトの魔法を代わる。


その時、倒壊現場の方から大声が聞こえた。


「奥にまだ居るはずなんだ!!助けてくれ!!」


スッと大和さんが動いた。


「おい!!無理だ。止めとけ」


誰かが声をかけている。


「生存者が居ると分かってて、見殺しにするのはもう嫌なんですよ」


大和さんはパーシヴァルさんと奥に向かう。10分位して一人の人を抱えた大和さんと、子どもを抱えたパーシヴァルさんが戻ってきた。


大和さんの抱えてる人は怪我が酷い。右の膝から下が潰れてる。子どもはかすり傷程度だった。


「息はあります」


大和さんが言うとナザル所長が頷いた。


「シロヤマ嬢、やってみなさい」


え?私?思わず大和さんを見る。


「大丈夫。救えるよ」


大和さんの言葉に力を貰って、怪我の部分に集中する。まず清潔保持。右足の痛みをブロックして骨を修復。その後神経、血管、筋肉を繋いでいく。皮膚を綺麗に修復する。どの位の時間が掛かったのかは分からない。気が付いたら辺りは真っ暗で、私達の周りに人垣ができていた。


「終わりました」


私がそう言うと拍手が起こった。何事?


「お疲れ様」


大和さんに声をかけられた。


「後、怪我人はいなさそうじゃな。任せてよろしいですか?」


ナザル所長が魔術師団の人に言う。そこに2人の子どもが走ってきて1人が大和さんの足にしがみついた。あれ?この子達ケモ耳がある。


「行っちゃうの?」


「お前達を連れていくことはできないんだ。ごめんな」


しゃがんで頭を撫でる大和さん。


パーシヴァルさんがやって来た。


「ずいぶん懐かれたな」


「この子達だけ、という訳にいかないしな。それにこっちの子には父親がいる。引き離すわけにはいかない」


「一人だけなら……」


「一人だけを面倒見て、その子だけ何とかしても、他の子は?必ず不公平感が生じる。俺の手はそんなに大きくない。すべてを救うことはできないんだ。それに食料支援も金銭支援も1度だけなら一時しのぎにしかならない。継続して手を差し伸べなければいけない。本気でその人たちを助けようと思ったらその人たちが自立する手助けをしなきゃならない。長いスパンで考えなきゃいけない。それこそ国に代わって何とかするぐらいの覚悟がなきゃ、人の人生を背負っちゃいけないんだ」


大和さんの言葉は血を吐くようだった。


「我々王族が考えなきゃいけないって事か」


第二王子殿下が言う。


「いえ、王族だけに負わせるのも違います。この国の国民すべてが考えなければいけないんです」


「でも私、あっちに居たとき、そんなこと考えたことなかったけど」


私がそう言うと大和さんは私を見て言った。


「あっちではそういった法が出来てたから。支援の方法も確立してたしね。それでも実際は手の届かない難民はたくさん居たし、すべてを救えてた訳じゃない」


初めて見る大和さんの厳しい顔だった。「また来るから」ケモ耳の子にそう言うと、大和さんは踵を返した。


それから私達はいったん施療院に戻る。大和さん達もいったん王宮に戻るみたい。


馬車の中でナザル所長が言った。


「シロヤマ嬢、あのトキワ殿が言ったことをどう思う?」


「私には分かりません。でも、大和さんはスラム街なんかもたくさん見てきたそうです。それを踏まえての言葉だと思います」


「一人一人が考えないといけないと言うことか」


ライルさんが言う。


「多分大和さんの言いたいことは、常に忘れるな、頭の片隅にでも良いから覚えておいて欲しい、ってことだと思います」


「あの場にいた人間だけでも考えなきゃね」


ローズさんの言葉を最後に馬車の中は静かになってしまった。


施療院に着いた。マルクスさんと他に3人の人が待っていた。


それぞれのお迎えみたい。私は王宮への分かれ道まで行ってそこで大和さんを待つことにした。ルビーさんとマルクスさんが付き合ってくれた。


王宮の方から大和さんが走ってきた。


「咲楽ちゃん、ここで待っててくれたの?マルクス殿もルビー嬢もありがとうございます」


「いえ、大変だったようで。お疲れ様でした」


マルクスさんが言う。二人とそこで別れて、帰路に着く。


「大和さん、あそこで言ってた事……」


「ごめんね、つい語っちゃった。地球でいたときに傭兵団でやってた議論だよ。その時だけでも良いから支援を、って言う人と、俺が言ったようなことを言う人と居てね。結局結論は出なかった」


「でもここでは考えなきゃいけないことですよね」


「多分ね。あぁ言うのを見てしまうとね」


なんとなく黙ったまま歩く。家に入って着替えたら夕食の準備。今日は何にしよう?


「大和さん、パスタで良いですか?」


「その辺はお任せで」


えぇ?お任せが一番困る。もういい。パスタにする。パスタを茹でてる間にベーコンを切って、トマトを湯剥きして角切りにしておく。合わせて炒めて、塩コショウで味付け。パスタを和えたらチーズをかけて出来上がり。


「大和さん、出来ました」


大和さんがテーブルに運ぶ。私はウォーターでお水を入れる。疲れが取れるように、心の負担が軽くなるように祈りながら。


いつもより静かな夕食を終えて、ソファーに移動する。


大和さんが辛そうで、見ていられなかった。いつもは私が抱き締められていて、その度に安心感を貰っている。だから今日は私が何とかしたかった。


いきなり抱き着いた私にびっくりしたのか、大和さんが私を離そうとする。


「咲楽ちゃん。無理しなくても……」


「無理なんかしてません。それとも私が抱き着いたら迷惑ですか?」


その一言で動きを止めた大和さんは、されるがままにしてくれた。


この優しくて強い人が、少しでも穏やかに過ごせますように。少しでも負担を感じることがありませんように。


6の鐘が鳴った。どちらからともなく離れる。


「ありがとう。落ち着いた。風呂に行ってくるね」


2階に移動して、大和さんはお風呂へ行った。


私もお風呂の準備をして寝室で考える。私は大和さんの支えになれてるのかな。大和さんはいつも私を護ってくれて、支えてくれている。少しでも助けになれたら、ってあんなことをしてみたけど、呆れられたんじゃないかな。


ふと、ベッドの真ん中に置かれたシーツが気になった。この家に来たとき、大和さんが私の負担を少しでも軽くしようとして置いてくれた境界線。それが当たり前のようになっていたけど、すごく気になってその境界線のシーツを片付けた。


大和さんが寝室に入ってきた。ベッドの上の境界線が無いことに気が付いた大和さんが何かを言う前にお風呂へ急ぐ。声をかけられるのが怖かった。変に思われてないかな。


お風呂から上がって2階に行く。寝室のドアを開けるのを躊躇していると、大和さんがドアを開けた。


「入ったら?冷えちゃうよ」


寝室に入ってベッドに座る。大和さんは立ったまま。


やっぱり変に思われたのかな。


「咲楽ちゃん……良いの?境界線、取っちゃって」


「良いんです。それとも有った方がいいですか?」


少し経ってから大和さんがため息をついて言う。


「分かってる?俺だって男だよ?後悔しない?襲うかもしれないよ?」


「分かってます。でも大和さんはアイツ等とは違うんです。いつも護ってくれて、私の事を気遣ってくれる。アイツ等みたいに自分勝手じゃない。私の事を狭い所に閉じ込めて、怯えてる私を見て笑ったりしない。騙して閉じ込めて一晩放置なんてしない」


言ってる内に思い出して泣けてきたけど、それでも想いをぶつけた。あの時も泣くしか出来なかった。その時は自分の殻に閉じ籠るしかなくて、周りの人を拒絶した。そんなときでも私には支えてくれた友達がいた。


大和さんが私の横に座った。ため息が聞こえた。


「咲楽ちゃん、そんなことがあったの?」


私は黙って頷いた。


「そっか。よく頑張ったね」


「私は何も出来なかった。ただ、自分の中に閉じ籠って周りを拒絶してたんです。その私を救ってくれたのは友人でした。根気よく話しかけてくれて、側に居てくれて、支えてくれたんです」


「それでもだよ。殻から出てきたのは咲楽ちゃんの意思でしょう。友人は待っていた。咲楽ちゃんを信じてね。俺はね、自分で出てきてくれたことが嬉しいんだ。こうやって出逢えたのも咲楽ちゃんが勇気をもって出てきてくれたから。この状況は不可解だけどね」


そう言って抱き締めてくれた。


「聞きたいんだけどね」


腕を解いて大和さんが言う。


「下で抱き付いてきたのは何故?」


「大和さんが傷付いてるような気がしたんです。少しでも負担を軽くしたくて、自分も大和さんを支えたくて、気が付いたら抱き付いてました」


「軽々しくあんなことしちゃダメだよ」


「迷惑でしたか?」


「いや、嬉しかったよ。俺以外にしないでね」


「出来ません」


冗談めかして言われた言葉。それでも嬉しかった、と言ってくれた。その事にホッとする。


「あの獣人の子って、ずいぶん大和さんに懐いてましたけど、何があったんですか?」


「今日は西の市場(バザール)の巡回だったんだけど、あの子、猫耳の子ね。あの子が目の前で転んでね。部隊長の許可を貰って家……スラムまで抱き上げて連れてったら懐かれた。犬耳の子は狼人属と犬人属のハーフなんだってさ。父親が言ってた。咲楽ちゃんが最後に治したあの人だよ」


「あの人、狼人属か、犬人属だったんですか?気が付かなかった」


「父親が狼人属で、母親が犬人属だったらしい。母親は亡くなってる、って言ってたな。父親は冒険者をしていたんだけど、ずっと病気をしてたらしくてスラムに居るって言ってた。病気は治ったらしいけどね。施療院のナザル所長が定期的に通って、治療しているらしいよ」


知らなかった。馬車の中でナザル所長が言ったのにはそんな訳があったんだ。その夜は大和さんに抱き締められて眠った。



ーー異世界転移18日目終了ーー

難民支援は一人が頑張ってもほとんどなにもできません。

少しでもたくさんの人が協力してこそできることです。


ただ、困っているのは難民の方々だけではありません。

形は違えど、難病を抱えた方々、障害を抱えた方々もいらっしゃいます。

これらの方々は異世界だったらスラムに行かざるを得なかったかもしれない。


少しでいい。心の片隅でもいい。覚えておいてほしい。その思いがこんな文章になりました。


ちなみに私は、どこぞの宗教家ではありません。全くの個人の考えです。

もし不快に感じられた方がいたならすみません。

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