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「本当に?何かされたならマックスおじさんに話してご覧?」


「何も、無いです。2人が、暖かくて、涙が、止まら、なくて」


「あぁ、また泣いてる。どうしようね」


「サクラちゃん、施療院に急ぎましょ」


「そうしよう。シロヤマさんも見られたくないでしょ」


「僕も付いていくよ」


施療院に着いたら、今度はルビーさんに3人が疑いの目を向けられた。


「ローズ?ライル様?マックス様?」


「何もしていないわよ」


「急に泣き出しちゃったんだよ」


「僕は途中からだから分からないよ」


「ルビー、さん、3人は、悪くない、んです。私が、泣い、ちゃって、みんなが、暖かくて」


「分かったわ。分かったからほら、顔を冷やしなさい」


休憩室に連れ込まれて、冷水で冷やした布を顔に乗せられた。


「それで?何があったの?」


私が落ち着いたのを見計らって、ルビーさんが聞いた。


「あの時の騎士様が私に会いたいって」


「うん。それで?」


「ライルさんが一緒に居るって言ってくれて」


「うん」


「ローズさんもライルさんも、私を気遣ってくれて」


「そうね」


「あっちでは得られなかった物を、みんなが与えてくれて」


「うん?」


「嬉しくて、暖かくて、涙が溢れてきちゃって、止まらなくって」


「それは泣けてきちゃうわね。でも、もうすぐお仕事よ。涙を拭きましょ」


「はい」


「マックス様は?」


「付いてきてくれただけです」


「あら。悪い事しちゃった。さ、涙は止まったわね?着替えてらっしゃい」


「はい」


更衣室に行くと、ローズさんが心配そうに待っていてくれた。


「もう大丈夫?」


「はい。心配をお掛けしました」


「ローズ、ちょっと良い?」


「何かしら。行ってくるわね」


「はい」


着替えて更衣室を出ると、休憩室から3人が出てきた。


「着替えた?行きましょ」


「ルビー、ローズ、その前に片付けてくるよ」


「お願いします、ライル様」


「サクラちゃんを頼みます」


診療時間前に、施療院に副団長さんと現れたハンネスさんは、あの時と全くの別人のように見えた。


応接室で向かい合った私に、副団長さんに促されたハンネスさんが話し出した。


「その、すまなかった。貴女が天使様だったんだな。あの時は気が付かなくて、その、アインスタイ副団長殿にあの後で聞いた。怪我を治してくれてありがとう」


言いにくそうにそう言って俯いてしまう。


「謝罪は受けとります。今日はどうされたんですか?」


「その、貴女が天使様ということは、ヤマト・トキワは……」


「はい」


「その……」


「はっきりしないね。この前の勢いはどうしたんだい?」


一緒にいてくれたライルさんが苛立ったように、ハンネスさんに聞いた。


「フリカーナ様……」


「僕はね、あの時トキワ殿とシロヤマさんを見下した君の、あの顔と態度を忘れていないよ。例えトキワ殿とシロヤマさんが許しても、僕は許せない。そんなに自信が無かったのかい?助けてくれたトキワ殿や治療してくれたシロヤマさんを見下すほどに。『貴族である』。その事に縋らなければいけない程に?僕は施療院に居る間はただのライルで居たいと思ってる。でも、あの時は思わずフリカーナの名を使った。それがどういう事か分かるかい?それほどまでに君の態度が(しゃく)(さわ)ったんだよ」


「ライルさん、もう、止めてあげて下さい」


ライルさんが怒っているのが分かる。ライルさんは普段は、「フリカーナの家名を使う」事をしない人だ。


「フリカーナは伯爵家で、それを言えば大抵の人は黙ってしまう。僕は家名を自分の力とは思いたくない。偉いのは父や兄で、僕はただの施術師だからね」


以前そう言っていた。


だから「子爵家である事」をさも自分の権力であるように言った、あの時のハンネスさんが許せなかったんだと思う。


「シロヤマさんは許せるの?自分を助けて当然と思って、人を見下す人間だよ?」


「不快ではあります。私だって完全に許せているわけじゃありません。でも、謝罪をしてくれたのは事実です。それまで否定したくはありません」


「貴女は、天使様であることを誇らないのか?」


「恥ずかしいから呼ばないで欲しいと言うのが本音ですね。私は平民でただの施術師ですから」


「私にはその考えは分からない」


「分からなくて当然です。貴方と私では、生まれも育ちも違います。なのにすぐに理解できるだなんておかしいです」


「貴女は私を許してくれるのか?」


「正直に言って良いですか?」


ハンネスさんが頷くのを見て、正直な自分の気持ちを話すことにした。


「先程も言いましたが、完全に許しているわけじゃありません。でも貴方はああいう風に育ってきたんだろうなって、想像は出来ます。だから謝りに来てくれた、その事は受け入れます」


ハンネスさんが頭を僅かに下げた。


「アクチノイダ様。頭をあげて下さい。私は平民です。貴族様が頭を下げる存在ではありません」


「あ、あぁ」


「お聞きしたいのですが、あの時怪我をした右側、特に右目に異常はありませんか?」


「無いな。むしろ良く見えるような気がする」


「良かったです」


水晶体の修復なんて聞いたことも見たことも無かったから、安心した。私が見たことがあるのは白内障の眼内レンズの置換術だけだ。


「では、右前腕は?痺れや動かしにくいなどの違和感はないですか?」


「それも無い」


「ハンネス・アクチノイダ、そろそろお暇しましょう。お邪魔をしてはいけません」


ハンネスさんは静かに立ち上がって、ライルさんに深々と頭を下げた。その後、私の方にも少し頭を下げて、応接室から出ていった。


「シロヤマさんはあれで良いの?」


「はい。私は貴族の方の生活や考え方を知りません。でも、平民でも同じですけど、それぞれの家にそれぞれの考え方があって、その中で育てばその考えに染まります。人の考えを急激に変えるのは無理です。私に悪かったと言ってくれた。それだけでもアクチノイダ様には葛藤があったのではないかと思うんです。だからあれで良いんです」


「シロヤマさんは優しいというか甘いというか」


応接室から診察室に向かいながら、ライルさんに言われた。


「甘いんだと自覚してますよ。謝ってくれればそれで良いって思っちゃいますから」


「それで痛い目にあったこともあるんじゃない?」


「まぁ、それなりに」


一瞬、兄の顔が浮かんだ。私を突き飛ばした後、「悪い」と言いながらもニヤッと笑っていた顔。


「何があったかは聞かないけど、我慢しなくて良いからね」


「はい。ありがとうございます」


診療時間は少し過ぎていた。急いで診察室に入る。


いつもの時間より少し遅れて、オスカーさんが入ってきた。


「嬢ちゃん、今日はいつもより遅かったねぇ」


「すみません、オスカーさん。ちょっと診療時間前に用事がありまして」


「嬢ちゃんも大変だぁね」


「大変な事はないですよ。むしろ遅れちゃった事が申し訳ないです」


「いやいや。あたしはヒマですからね」


「ミゲールさんは」


「私は師匠の見張……監s……付添いですからね」


見張りとか監視とか、言いかけましたね?


「嬢ちゃん、ガビーが門内に入りやした」


「入門料が貯まったんですか?」


「フルールの御使者(みつかい)に間に合わなかったって、悔しがってやしたよ」


「ゲイブリエルさんのところに、誰か行きませんでした?」


「王宮魔術師の変わったヤツね。あの翌日いきなりあたしに『昨日のキニゴスに会わせろ』と来たもんだ。あたしゃ驚いてひっくり(けぇ)りそうになっちまいましたよ」


「ペピータ様ったら……」


「知り合いかい?」


「あの時に馬車に乗っていた魔術師様です」


「なるほどねぇ。あの花を見て、薬草だって気が付いて、あたしん所に来たって訳かい。魔術師様って言うのはえらく行動的なんだねぇ」


「興味のある事に一直線だそうです」


「そういうお人は嫌いじゃあねぇけどねぇ」


「まだ何か?」


「あたしには関係ないんですがね。ガビーのヤツと意気投合したらしくてしばらく門外で暮らしてやしたね」


「ペピータ様……」


「気取ったところがなくて、気さくなお人だがね、話の途中でも薬草を見つけると、座り込んでブツブツ言い出してね。慣れるまで時間がかかったね」


ガハハと笑ってオスカーさんは帰っていった。


3の鐘が鳴って、休憩室に行ったら、誰も居なかった。どうしたんだろう?何もないよね?


お昼を食べ終わる頃、マックス先生が顔を出した。


「あれ?みんなは?」


「来ていないんです。マックス先生、今朝はすみませんでした」


「若い女の子に泣かれるとうろたえるね。もう大丈夫?」


「はい」


「はいこれ」


唐突に差し出された、何かの包み。


「開けて良いですか?」


「どうぞ」


包みを開けた中から出てきたのは、フルーツ飴?


「果物の飴がけだね。フラーになって果物がたくさん入ってきているから、作ってみたんだって。お1つどうぞ」


「ありがとうございます」


手に取ったのはアフル(リンゴ)。りんご飴のように丸ごとじゃなくて、一口程度にカットされたアフル(リンゴ)が飴に包まれている。口に入れるとカリッとした飴の甘さとシャクッとしたアフル(リンゴ)の歯応え。


「美味しいです」


「良かった。笑ってくれたね」


「お気を使わせまして」


「気にしなくていいよ。女の子は笑っているのが一番だからね」


「ありがとうございます」


「あー、マックス様、私達の分は?」


「ローズちゃんはいつも元気だね。ちゃんとあるよ」


「わぁ。ありがとうございます」


「遅れてきたのは何故?」


「今朝の話し合いの事をライル様から聞いていました。ライル様はまだ納得出来ていないって言ってたけど、サクラちゃんは良いの?」


「あそこまで平民を見下した態度をとっていた人が、形だけでも謝ったんです。それで良いです」


「あの時の貴族の男ね。来たの?」


「診療時間前に、アインスタイ副団長様と謝罪に来てくれました」


「2人では会っていないよね?」


「ライルさんが付いていてくれました」


「なら良いけどね。アイツでしょ?騎士団で黒き狼にギャンギャン吠えてたのって。情報紙で笑い者になってたよ」


「えっ?」


「狼に楯突く哀れな子リスだってさ」


ぴらっと情報紙を見せてくれるマックス先生。


「うゎあ……。これはさすがに無いわぁ」


ローズさんが情報紙を見て顔をひきつらせた。


「大丈夫でしょうか?何かしらの処罰とか」


「書いた人がって事?大丈夫よ。誰が書いてるか分かっていないから」


「サクラちゃん、遅くなってごめんね。あら?どうしたの?」


「ルビー、これ知ってる?」


「なぁに?新しい情報紙?」


ざっと情報紙を読んだルビーさんがため息を吐いた。


「ダメでしょ、これ。読み物としては面白いけど、人の名誉は傷付けちゃダメよ。相手は騎士様で貴族様でしょ?大丈夫かしら」


「やっぱり何らかの処罰とか」


「それはないけど。たぶん規制は入ると思うわ。情報紙も発行がしばらく止まるでしょうね」


「マクシミリアン。我が施療院の美人に囲まれて、何をしとるんじゃ?」


「先輩。これ土産です。お好きでしょ?」


「ありがたい」


所長って甘い物、好きだよね。クッキーもニコニコ顔で食べてるし。


情報紙を読んだ所長が渋面を作った。


「これは困ったのぉ。書いた奴は見たままの印象を書いたんじゃろうが、騎士団の不名誉となる事じゃし、騎士団に一報を入れておいた方が良いの。マクシミリアン、騎士団に行くか?それともワシの代わりに診察をするか?どっちが良い?」


「騎士団に行きますよ。黒き狼も見たいし」


「居ないと思います」


「サクラちゃん?」


「今日は門外の見回りも入ってたから、もう居ないと思います」


「あぁ、あの一斉騎乗」


「何それ?」


ライルさんが聞いた。というか男性陣が目をキラキラさせている。説明すると悔しがってた。





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