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そのまま、ライルさんと少し話をしていた。ルビーさんはマックス先生と話をしているらしい。
「マックス先生に私の事って、どれだけ伝わっているんでしょうか?」
「属性が多い事、魔力量が多い事、発想が自由な事、属性魔法の使い方に偏りがある事位かな。今日ので方向音痴もバレたと思うけど」
「それは言わないでください」
「あぁ、後はトキワ殿と婚約関係にある事と、一緒に暮らしているって事もたぶん知ってると思うよ。情報紙とか、情報誌を読み漁ってたし」
「情報誌とか情報紙って事は」
「フルールの御使者でのトキワ殿のプロポーズも、知っていたね。いやぁ、見たかった」
「見世物じゃないです」
「可愛い妹の幸せな瞬間を見たくない兄は居ないよ。もちろん親もね。所長が悔しがってた」
「私もあそこでって思わなくて。嬉しかったですけど、恥ずかしかったです」
「よく頑張りました」
頭を撫でられた。ライルさんが本当の兄だったら、どれだけ救われただろう。
4の鐘から私達も診察を再開した。とは言っても、そんなに重い症状の人は回ってこない。
5の鐘が鳴って、終業時間になった。施療院を出ても大和さんは居なかった。後始末とかあるのかな?
ローズさんにお願いして、ジェイド商会で待たせてもらうことにした。
「今日はダフネは居ないのよ。建国祭の期間に出勤だったから、その代休ってところね」
「そうなんですか。アルジャンさんはいらっしゃいますか?」
「居るはずよ。なにか欲しいの?」
「聞きたいことがあって」
「じゃあ、アルジャンにお茶を淹れて貰いましょう。元気の出るお茶。たぶんお茶請けのお菓子も出てくるわ」
「良いんですか?」
「薬草茶の味を見てもらう為にしょっちゅう淹れているから、アルジャンのお茶は美味しいのよ」
「喫茶ルームみたいですね」
「兄様達は、たまにそうやって使っているわ」
ジェイド商会までもう少しって言うところで、大和さんと行き合った。
「遅くなってごめんね」
「いいえ。お仕事お疲れ様です」
「これからジェイド商会?」
「の、つもりだったんですけど」
「寄っていこうか」
「良いんですか?」
「もちろん」
ジェイド商会でアルジャンさんに美味しい薬草茶を頂いた。ココアやカカオについては、アルジャンさんも知らなかった。
「黒い食べられる粉末、もしくは液体なら、コレとかどうかな?」
「やだ、兄様。それってカラマールの塩漬けじゃない」
「カラマールの中に黒い液体が入っているんだよ。海の漁師達の集落ではよく食べられているよ」
イカスミですね。と、いうか、カラマールの塩漬けって塩辛?一杯丸ごと塩漬けになってるみたいだけど。
「匂いとか、どうですか?」
「ちょっと臭みはあるかな?でも癖になるんだよね」
「うーん。どうしよう」
「サクラちゃん、食べるの?」
「お料理には使えると思いますよ。切って少し炒めてパスタと和えたりとか」
「漁師達の集落では干したカラマールもあったよ。カチカチのを焼いて食べるんだそうだ」
スルメですか?
「このプルッポも体内に黒い液体が入っているけど、プルッポは干したのしか無いんだよね」
干しダコ状態のタコが出てきた。
アルジャンさんに気分が落ち込んだときに良い薬草茶をブレンドしてもらって、購入して家に帰った。
「咲楽ちゃん、アイツ、ハンネス・アクチノイダの事だけど」
「はい」
「聞きたくないだろうけど、聞いてくれる?あれから副団長にかなり叱られてた。団規を乱しまくりだったから、一旦元の地方騎士団に戻されることになった。代わりの人員が来たら入れ替りで送り返す手はずになっている」
「そうですか」
「副団長が申し訳ないって言ってたよ」
「副団長さんは悪くないです。大和さんはずっとあの態度を受けてたんですか?」
「いつもはあそこまで酷くなかったんだけどね」
「それでも許せないです。大和さんの事を何も知らないのに」
「それはこっちも同じだよ。咲楽ちゃんだってハンネスの事を知らないでしょ?生まれや身分で差別する人はどこにでも居るよ」
「だからってあんな事を言わなくても良いじゃないですか。平民だからって見下して」
「それが貴族だよ。この国は比較的そういった貴族は少ないけど、やっぱり一定数は居るものだしね。間違った選民意識の持ち主は」
「私は大和さんみたいに割りきれません」
「咲楽ちゃんは特にそうなんじゃない?詳しくは知らないけれど、何かあるんでしょ?身分や生まれに関係なく、看護しますっていうの」
「ナイチンゲール誓詞ですか?あれはちょっと違いますけど。覚えている途中だったんですよね」
「聞かせて?」
「今ですか?」
「今」
「えっと、『我はここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わん。我が生涯を清く過ごし、我が任務を忠実に尽くさんことを。我はすべて毒あるもの、害あるものを絶ち、悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし。我は我が力の限り我が任務の標準を高くせんことを努むべし。我が任務にあたりて、取り扱える人々の私事のすべて、我が知り得たる一家の内事のすべて、我は人に洩らさざるべし。我は心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん』。良かった。覚えてました」
「それを卒業式に言ったりするの?」
「言うところと言わないところがあるようです。私の通ってたところでは言いませんでした」
「何の為に覚えたの?」
「心構えでしょうか。『看護職の倫理的なあるべき姿勢を表したものだから、覚えておいて損はないよ』って言われました」
「そうなんだね」
「教えてくれた教授が、『悪しき薬って言っても毒も少量なら薬になったりするし、薬も多量に使うと害あるものになる。そこはちゃんと覚えておいてね。後、医師の手助けは精一杯やっても、個人的な誘いには乗らないように。看護師は医師の助手、パートナーであって下働きじゃないんだから』って言ってました」
「言ってることは至極真っ当だね」
「はい。学部の母って呼ばれてました」
「咲楽ちゃんはその人を慕ってたの?」
「はい」
「話は変わるけど、市場に寄ってく?」
気が付いたら、市場の入口だった。
「寄ります」
「今日は夕食は買って帰ろうね」
「作りますよ?」
「買って帰ろうね」
「……はい」
お惣菜と足りない食材を買った。
「クッキーは量産するの?」
「今日はしません」
「今日は、ね」
「疲れちゃいました」
「結局、昼食はちゃんと食べたの?」
「食べてないです」
「どうする?俺が食おうか?」
「異空間に入れてありますから大丈夫でしょうけど、食べかけですよ?」
「No problem」
「食べかけのものを食べさせるっていう事自体、私にとっては問題ありなんですけど」
「俺が良いって言ってるのに?」
「それでもです。食べかけたものを人に渡すっていうのが抵抗があります」
「女の子同士って、『一口ちょうだい』ってやるんじゃないの?」
「全員がやるって訳じゃないですよ」
「分かってるよ」
家に着いて、着替えに上がる。そういえばあのミエルピナエの仔はどうなったんだろう。
「大和さん、ミエルピナエの仔って、どうなったか聞いてます?」
夕食を食べながら聞いてみた。
「無事に女王様の元に帰ったよ。女王様に叱られてたらしいけど」
「叱られてた?」
「勝手に離れるな。人間達に迷惑をかけるなってさ。カーク達が話してくれた」
「良かった」
「たぶん明日、カークが説明すると思うけどね。カークに付いてきたのは一番安心できたからだってさ」
「安心ですか?」
「地属性と闇属性が関連してるんじゃないかな。完全に推測だけど」
「頭に乗っかられて、他の人達に和んでもらいました」
「咲楽ちゃんも乗っかられたの?」
「はい。冒険者さん達の治療中に」
「見たかった」
「ちなみにカークさんの頭の上にも乗ってました。最初見た時、頭の上でプルプル震えてました。他の人が離そうとすると必死でしがみついて可愛かったです」
「今日のウルージュは家族だった」
「家族ですか?」
「確認したら、雄1頭と雌2頭だった。幼獣は生け捕ったよ。魔物研究所に送るらしい」
「魔物研究所って広いんでしょうか?」
「広いらしいよ。研究員が移動に自転椅子を使ってるって言ってた」
「自転椅子?」
「話を聞いた限りじゃ足漕ぎペダル付きの車椅子かな。椅子に座って足踏みをすると進むって言ってたから」
「そんなのがあるんですね」
「自転車とか無いのかな?」
「聞きませんし、こっちでは見ないですね」
「リヤカーみたいなのは見たけどね。ダチョウみたいな鳥に牽かせてた」
「ダチョウですか?」
「大きさはダチョウだった。色がカラフルだったけど」
「カラフル?どんな色だったんですか?」
「胸の辺りの羽がオレンジで、両翼が黄緑から緑のグラデーション。背中から尾にかけては黄色のラインが入ってた。体の全体色は黒だった」
「カラフルというか派手ですね」
「色はいろんな種類があるみたいだよ。全体色が白とか両翼がピンクっぽいのとか」
「白にピンクって可愛いです」
「顔はカモノハシだけどね」
「カモノハシって珍しい生態の哺乳類でしたよね?卵を産むとかでしたっけ?」
「そう。哺乳類だけど卵生」
「顔がカモノハシで首から下がダチョウ?」
「首はあそこまで長くなかった」
想像ができない。
「1度見たいです」
「そう言うと思った」
夕食をゆっくり食べて、小部屋に移動する。
「咲楽ちゃん、おいで」
そう言って大和さんが私を膝に座らせた。
「よく頑張ったね。大勢の命を救ってくれた。ありがとう」
「私は出来ることをしただけです」
「それでも、咲楽ちゃんに救われた命は多いんだよ」
「大和さん達が怪我人を運んでくれて、だから出来たことです」
「ハンネスが助かったのも、咲楽ちゃんのお陰だ。ありがとう」
「大和さんはあの人を助けたかったんですか?」
「いくら厳しくしようが、突っかかってくるガッツの持ち主だからね。あの選民意識さえなければって思ったよ。ハンネスがウルージュに襲われたのも、俺の指揮がまずかった所為だ」
「あの人が大和さんの言うことに、反発したんじゃないんですか?」
大和さんが目を見開いた。
「よく分かったね。俺に指示されるのが嫌だったみたいでね。反発してた」
「自業自得じゃないですか」
「それでもね、グループの指揮を執るって言うのは、命を預かることだから、俺の所為なんだよ」
「自分を責めないでください」
大和さんの背中に手を回した。ぎゅっと抱きつく。
「大和さんは間違っていません。命のかかっている現場で指示に従わないと言うことは、自らそのグループから抜けたと言うことです。大和さんの所為じゃありません」
「ありがとう」
私の頭に顔を埋めながら、大和さんがポツリと言った。
しばらくそうして抱き締めあっていた。6の鐘が鳴った。
「名残惜しいけど、風呂にいかなきゃね」
「はい」
「明日のスープ、作るんでしょ?ミネストローネは出来る?」
「材料はあります。パスタ入りにしますか?」
「うん。咲楽ちゃんのミネストローネ、旨いんだよね」
大和さんがお風呂に行っちゃったから、スープを作る。
スープが出来てから、ジャンヌ様のベールを取り出した。縁取りの刺繍は後1/4位。このペースで行けば、今月中には終わりそう。
「咲楽ちゃん」
「髪の毛、濡れてますよ」
「乾かしてくれる?」
「もちろんです」
ソファーに座ってもらって私は後ろに回って、大和さんの髪の毛を乾かす。
「大和さんの髪を乾かすの、久しぶりです」
「そうだね。今日は疲れた」
「お疲れさまでした」
「ウルージュが子を守るために立ち向かってくるんだよ。必死さに怯みそうになった。子連れは獣も怖いけど、魔物も同じだね」
「そうなんですね。私はそういうのを知らないです」
「知らなくて良いよ。咲楽ちゃんを守るのは俺だから」
「じゃあ、大和さんは誰が守るんですか?大和さんは強いですけど、それでも傷付かないって事じゃないです。大和さんは誰が守るんですか?」
「俺は大丈夫だよ」
「そんなこと言わないでください」
大和さんを後ろからそっと抱き締めた。
「咲楽ちゃん」
「私も大和さんを守りたいんです。でも私には力がないから、こうやって後ろからしか支えられないし、大和さんが守ってくれるようには出来ません。それでも少しでも、大和さんが安心できる場所になりたいんです」
「なってくれてるよ。そうじゃなかったらプロポーズなんかしない」
後ろから回した私の手にそっと触れて、大和さんが言った。
「風呂に行っておいで。上で話そう」
「はい」
大和さんから離れて、お風呂に行く。
ウルージュの事、ミエルピナエの仔の事、最初の重症者だった冒険者さんの事。今日は色々あって疲れた。でも大和さんはもっと疲れていると思う。大和さんはめったに『疲れた』とは口にしない。さっきそう言ったということは、身体だけでなく精神的にっていうのが大きいと思う。
私には何も出来ないのかな。お料理を作ることしか出来ない。お掃除もお洗濯も大和さんもやってくれているし、食器洗いは完全に大和さんの仕事と化している。
あれ?私って何もしてなくない?
髪を乾かして、寝室に上がる。
「おかえり」
大和さんが少し残念そうに言った。
「戻りました」
ワザと気付かないふりをして、ベッドに上がる。
「こら、気付かないふりをするんじゃありません」
腕を引っ張られて、抱え込まれた。
「髪の毛、乾かしちゃったんだって思ったんでしょう?」
「正解」
「ものすごく分かりやすかったです」
「そりゃあ、分かりやすくやってみたしね」
「急にどうしたんですか?」
「咲楽ちゃんで癒されようと思って」
「大和さん、私ってお料理しかしていないですよね?」
「ちゃんと家事もしてるじゃない」
「食器洗いは完全に大和さんの仕事になってますし、お掃除も洗濯も、大和さんと半々だし、全部してるのってお料理だけですよね」
「咲楽ちゃんも仕事をしているし、半々で良いじゃない?」
「良いんでしょうか?」
「あれだね。咲楽ちゃんはこうだって理想があって、それを完璧にしないとって思っちゃうんだね」
「そうしないと怒られましたから」
「力を抜いてごらん。俺と咲楽ちゃんしか居ないのに、そこまで完璧にしなくて良いよ」
「そうですか?」
「そもそもさ、2人で暮らしてて、すべて完璧にって無理でしょ。しかも2人とも仕事をしてるんだよ?」
「そうですね」
「もっと気楽に考えよう?」
「はい」
「別に咲楽ちゃんのやりたい理想を、否定する訳じゃないからね?」
「はい」
「咲楽ちゃんは素直だね」
「それ、カークさんにも言われた気がします。素直に信じるのは私の美点だって」
「カークもよく見てるね。さすが調査員」
「調査員だから分かったんですね。スゴいです」
「咲楽ちゃんの場合は誰でも分かると思う」
「そんなことないですよね?」
「…………」
「何か言ってくださいよ」
「ソウダネ。ソンナコトナイネ」
「どうして棒読みになるんですか」
「ドーシテダローネ」
「もぅっ!!大和さん!!」
思わず大和さんの胸をポカポカ叩いた。自分では結構力を入れたんだけど。
「悪い悪い」
ものすごく平気そうに笑われた。
「痛くなかったですか?」
「全然。全く平気だよ」
「結構力を入れて叩いたんですけど」
「痛くなかったよ」
「本当ですか?」
「こんな事でうそ吐いてどうするの」
「信じますからね?」
「俺は正直だよ。自分の気持ちにもね」
ぎゅっと私を抱き締めて、そっとキスをくれた。
「咲楽ちゃんはたまに、自分の気持ちにウソを吐くから。だから俺がちゃんと見ていないとね」
「そんなことないです」
「はいはい。もう寝る?」
「はい。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽ちゃん」




