フルールの御使者《みつかい》当日 ①
とうとうこの日が来た。来てしまった。フルールの御使者の本番の日だ。今日に向けてずっと練習してきた。エスコートの練習はほぼ大和さんが相手役だった。大和さんが相手じゃないときは、ゴットハルトさんが神殿から来てくれてた。
大和さんは実は氷の月早々に直接護衛騎士の打診を受けていたらしい。私が聞いたのは芽生えの月の第3週位だった。その頃には御使者役のみんなに『天使様の護衛は黒き狼様』って認識されていたらしい。私は気が付かなかった。その頃はゴットハルトさんがエスコート役を務めることが増えてきていたから。
今日は光の日だけど、年迎えの神事を行うという事で一般的にも休みとなる。ただ、食べ物系のお店をしている人は簡易屋台を出している。昨日の騎士団対抗武技魔闘技会の時にも屋台は出ていた。
フルールの御使者の任命式は3の鐘から。パレードはその後14:00頃からになる、らしい。任命式とパレードの出発式は街中に作られた闘技場で行われる。だから衣装も闘技場で着替える。大和さんは闘技場に一緒に行ってくれる訳じゃない。それより先に闘技場に行って王宮騎士としての役目があるらしい。だから1の鐘には家を出ていった。闘技場まではカークさんが付き添ってくれる事になった。というか、何度か連れていって貰ったんだけど覚えられなくて、大和さんがカークさんに頼んでくれた。
2の鐘が鳴る前には闘技場に着いていなければならない。いつも出勤時に家を出る時間より早く、カークさんが迎えに来てくれた。
「サクラ様、参りましょうか」
「はい」
家を出て驚いた。ご近所の方が集まっていた。その上みんな、闘技場まで一緒に付いてきた。
「天使様、ビックリした?」
プロクスさんの妹さんのカトリーヌさんだ。
「えぇ。ビックリしました。皆さん、どうされたんですか?」
「天使様を見ようと集まったのよ。年迎えの神事を見ることが出来るのは一部の貴族様だけ。でも任命式とパレードの出発式はみんな見られるから、早めに行って席を取ろうと思ったの。そしたら、そこの冒険者さんが、一緒に行けば良いと言ってくれたから、みんなで声を掛け合ってね。どうせなら天使様を送り出そうって事になったのよ」
「あ、ありがとうございます。でも恥ずかしいです」
「もう。天使様ったら恥ずかしがり屋さんなんだから。でも良いわ。天使様、パレードの時にお花をちょうだいね」
「カトリーヌ。天使様に無理を言ってはいけないよ」
「はぁい」
ウィフレットさんに窘められて、カトリーヌさんはペロッと舌を出した。
そうして賑やかに闘技場に到着すると、ご近所の方々は観覧席に行ってしまった。
「私の案内は要りませんでしたね」
「カークさん。私の方向音痴を舐めないで下さい。カークさんが案内してくれたから辿り着けたんですよ」
「それならよろしかったです。あぁ、姉君様方が待っておられますね」
「はい。行ってきます」
「ご成功をお祈りしております」
ローズさんとルビーさんが走ってきた。
「サクラちゃん、お部屋は別れちゃうけど、一緒に行きましょ」
「はい」
「サクラちゃんのドレス姿、楽しみだわ」
「お2人もほぼ同じ型のドレスじゃないですか」
「だってサクラちゃんの、ヘアメイクまでバッチリ決めたドレス姿は見てないもの」
「そうね。謁見の時は私は行ってないし」
「天使様ぁ」
リディー様が小走りでこちらに来た。
「リディー様、おはようございます」
「おはようございますぅ」
「今日はいい天気でよかったですね」
「はい。ファティマさんもさっきお部屋の前でお会いしました」
「もういらしてるんですね。急ぎましょうか」
「なんだか騎士様じゃない男の人に囲まれてました」
「あぁ、鍛治師さんでしょ?ファティマさんって鍛治師の纏め役の奥様だから」
ルビーさんが笑った。
控え室の前には、ファティマさんと数人の男の人。鍛治師さんだろう。どの人も筋肉が凄い。
「ファティマさん、おはようございます」
「天使様、おはよう。ほら、早く外に出てな。迷惑だろ」
「んじゃ、出てます。姐さんも頑張ってください!!」
「悪いねガサツな連中で。用意をしようか」
ファティマさんは鉄火肌って言うのかな?豪快な口調のお姐さんで、それがよく似合っている美人さんだ。
部屋に入ると更に3つの部屋に別れている。その真ん中に入って、ヘアメイクの人を待つ。そう時間を置かずに女の人が4人入ってきた。謁見の時にお世話になった王宮の侍女さん達だ。
「シロヤマ様、お久し振りでございます。謁見の時以来ですわね」
「おはようございます。お久し振りです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそお願い致します」
着ていたワンピースを脱いで、全身を水属性で綺麗にされた後、香油でマッサージされる。
「このマッサージって必要なんですか?」
「必要ですわよ。シロヤマ様は肌理が細かいですし整っておられますから、お手入れのしがいがございますわぁ」
なんだかルンルンした感じの侍女さん達にマッサージされて、ドレスを着させて貰ったら、首回りにケープのような布を巻かれて、メイクをされる。同時に髪を結い上げられた。花を編み込みながら、ハーフアップにされる。最後にアクセサリーを着けてティアラを乗せられた。
「お美しいですわ」
「トキワ様もきっと見とれてしまわれますわよ」
「ねぇ」
軽い食事をして、メイクの仕上げの後、前室に出ると、ちょうどファティマさんが出てきた。
「天使様、本当にフラーの精霊のようだね」
「ありがとうございます。ファティマさんはフラーの精霊女王様のようです」
「私が精霊女王様?あはは。無い無い。化けさせては貰ったけどね」
話をしていると、リディー様が出てきた。
「リディー様、可愛いです」
「こりゃ、私だけ浮いちゃわないかい?2人共、フラーの精霊さんだね」
「ありがとうございます。天使様もファティマさんもよくお似合いです」
さすがに貴族様だけあって、ドレスを着慣れている感じがする。
「お3人様、移動いたしましょう」
リディー様のドレスはふんわりしたプリンセスラインのティアードのピンクのドレス。赤い花が散りばめられている。腰には薄赤の大きなリボン。頭の花はピンクを中心に色鮮やかに纏められている。
ファティマさんのドレスはすっきりしたハイウエスト切り替えのスレンダーライン。長袖の落ち着いた深い青色のドレスだ。頭の花は青を中心に上品に纏められている。
私は白のAラインのドレス。ふわっと裾が広がっている。オーバースカートにオペラグローブもしているから、本当にウエディングドレスみたい。頭の花は白い花が中心になっているらしい。
花籠を持って外に出る。前室の外にはそれぞれの護衛騎士様が待っていた。直接護衛騎士様の衣装は黒のフロックコート。背の高い大和さんに凄く似合ってる。
「お手をどうぞ」
大和さんに手を差し出されて、その腕に手をかける。
「ヤバい。連れ去ってしまいたい」
そっと囁かれて顔が熱くなる。
「大和さんも格好いいです」
「白のドレスだからそのまま結婚式が出来そうだね」
「しちゃいます?」
冗談で言うと同意された。
「いいね。このまま神殿に行っちゃう?」
「2人の世界を作らない。移動しますよ」
副団長さんに声をかけられて我に帰る。いけない。今から任命式だ。
闘技場のフィールドに出ると、歓声が大きくなった。他の二番から五番馬車までのフルールの御使者役の人たちはすでに揃っていて、私達を待っていた。
エスコートされた状態で位置につく。私達一番馬車の御使者が中央に、二番から五番馬車の御使者がその後ろに並ぶ。
護衛騎士とはここで一旦お別れ。花籠は一旦護衛騎士様に預ける。
やがて私達の前の壇上に両陛下と王族方が現れた。一斉にカーテシーをして腰を折る。私の知ってるカーテシーは頭はそこまで下げなかったんだけど、こちらでは30°位まで腰を折るのが正式なんだそうだ。お言葉があるまでその姿勢をキープ。これが一番キツい。ハイヒールを履いた左足を後ろに下げて、右足を曲げた状態で身じろぎせずに約3分。練習ではふらついていたけれど、なんとかふらつかずに済んだ。
「御使者様方、頭をおあげください」
そのお言葉に頭をあげる。ただし、王族方をまっすぐ見ない。目線は壇の高さの真ん中辺りに留める。
「新しい年を無事に迎えることが出来た。先の大雪では尊い命が失われたが、その者達も魂の休息場でゆっくり休んで、またこの世に戻ってきてくれるだろう。その為に今一度祈りを捧げようではないか」
陛下の言葉に両手を組んで、祈りを捧げる。
この祈りは毎年行われる。『昨年の亡くなった方々に』だったり、『○○討伐で喪われた命に』だったりと、文言は変わるけれど、祈りを捧げるのは変わらない。
「それでは新しい年を寿ぎ、フルールの御使者様達に祝福を」
五番馬車の御使者から名前が呼ばれ、闘技場内に用意されたオープン馬車に乗り込んでいく。
「一番馬車、未成年の部、リディアーヌ・マソン様」
「はい」
「一番馬車、淑女世代の部、ファティマ様」
「はい」
「一番馬車、成年女性の部、サクラ・シロヤマ様」
「はい」
護衛騎士の大和さんにエスコートされ、一番馬車に乗り込む。それぞれの護衛騎士も一緒だ。
この馬車には各2名ずつ風属性使いの魔術師様が隠れている。それからお世話役の女性も下段に居る。
「天使様、よろしく~」
挨拶をしてきたのは王宮魔術師のアンブロシオ・ペピータ様。
「アンブ様、ちゃんとした挨拶をしてよね」
呆れ顔で言うのは、アリスさん。
「よろしくお願いします。アリスさんも選ばれるって思ったのに」
「またそんな事を言ってる。王宮魔術師は選ばれても外されるって言うのは、説明したでしょ。ほら笑顔」
「はい」
出発は一番馬車から。同時に闘技場の上に張り巡らされたロープにくくりつけられた花籠から、花びらが観客に降り注ぐ。わぁーっと言う歓声が起きた。
闘技場から出て、まず向かうのは東地区。今までは王宮からの出発だったから、そのルートで回るらしい。ゆっくり巡る為、馬車の速度は人の早歩き程度に抑えられている。だから周りや後ろを付いてくる人たちが居る。人が多い場所では、馬車の速度を落として、私達が花を撒いていく。
普段入らない貴族街にたくさんの人達が入ってくるから、貴族様のお家でもお宅公開してたりする。それを目当てに付いてくる人達がたくさんいるようだ。
その後は神殿地区を経て、西地区へ。神殿の前では神官様達や神殿職員さん達が手を振ってくれていた。西地区で、本屋のおばあさまが家から出てるのを見て、ちょっとビックリした。回りの人達も遠巻きに見ている。
ここもゆっくり巡ったら、スラム街に回る。今日は南の門外の人達も、スラム街までなら入れるらしい。その先に入ったりしないんだろうか?
ゲオルグさんとゲイブリエルさんが見えた。2人とも笑顔で手を振ってくれている。その先に門外の人達が固まってるのが見えた。
馬車が停まる。それぞれの成年女性の部の御使者達が、エスコートされて馬車を降りた。
ここで降りることはあらかじめ知らされていた。でも何をするのかは知らない。
ゲオルグさん達が近寄ってきた。
「お嬢さん、これを」
差し出されたのは野の花を集めたと思われる、小さな花束。
「元キニゴスを中心に集めました。受け取ってください」
丁寧な口調で、私以外に丁寧に差し出される花束。最初に動いたのは二番馬車のスサンナ・ヘームスケルク様。ヘームスケルク伯爵家のご令嬢だ。
「何て綺麗。ほら皆様方も」
「ありがとうございます」
「天使様にはこちらを」
そう言って手渡されたのは両手に乗るくらいのフラワーボックス。ピンク、黄色、オレンジ。グリーンも所々に入っている。色とりどりの名前も知らない小さな花達がぎっしり詰まっていた。
「他のもこれにしたかったんですが、花が足りなくてね。申し訳ない」
頭を下げるゲイブリエルさん。
「これ、作られたんですか?」
「えぇ。やっとあの時のお礼が出来ました」
「お元気になられて、良かったです」
「これはお礼ですからね。恩返しはこれからですよ」
「ありがとうございます」
本来なら頂いたものは階下のお世話役の女性に手渡す事になっている。でもこれは手元に置きたかった。
馬車に戻って相談する。
「このフラワーボックス、ここに置いておいて良いですか?」
「お気に入られたのですか?まぁ良いでしょう」
無事に許可が出て、手元に置かせて貰えることになった。と、ペピータ様が目の色を変えた。
「ちょっとこれ、結構貴重な薬草ばかりだよっ!!あの人物って何者?」
「薬草ばかりなんですか?」
「そう。この時期に見つけるのが困難だったりって薬草が多い。いい腕だね。是非欲しい」
「大雪の日に知り合いました。門外に居られるキニゴスの方です」
「門外……」
「あーあ、きっと門外に通い詰めるわ。あのキニゴスも可哀想に」
アリスさんが呟いた。ペピータ様は主に魔法薬を錬金術を使ってより効率よく作ることを研究しているらしい。だから研究室は、薬草や魔物の臓器や、ちょっと怪しげな器具なんかが一杯なんだそうだ。
「何度か無理矢理連れ込まれたけど、もう入りたくないわ。座らされたソファーの隣に何かの目玉があったりするのよ」
「連れ込むとか人聞きの悪いことを言わないでよ。光属性を込めてもらおうと思っただけじゃない。それにあれは錬金薬の貴重な材料。変な物じゃないよ」
「十分変なモノよっ!!」
この2人、仲が良いんだか悪いんだか。小声で言い合いをしてるんだけど、十分聞こえてる。お陰でファティマさんは笑いをこらえるのに必死だ。
スラム街を通り過ぎて、再び西地区に入る。闘技場に入る直前にカトリーヌさんの姿が見えた。一生懸命手を振ってアピールしてるから、一番馬車の全員でお花をプレゼント。結構大量にカトリーヌさんに降り注いだから、周りから笑い声が起きた。
闘技場に着いたら馬車から降りて、一番馬車の3人だけ壇上に上がる。3人で向かい合って、跪いて祈る。
今年一年が善き年でありますように。豊漁豊作でありますように。争い事がありませんように。
私とリディー様は光属性だからその魔力を使って祈ってくださいと言われていた。ファティマさんは風属性。祈りが終わったら、膝立ちのまま、リディー様と2人で協力して小さな色とりどりの光球をたくさん浮かび上がらせる。それをファティマさんと風属性で飛ばした。このパフォーマンスは3人で考えた。
歓声が起きた。成功を確信して、立ち上がって礼をする。
控え室に行くと、他の御使者様達に囲まれた。
「凄かったわね」
「どうやったの?」
「綺麗だったわ」
口々に賞賛された。
「皆様。ありがとうございました。年迎えの神事も無事に終えることが出来ました。皆様のご協力のお陰です」
ゾーイさんがニコニコして言った。
「軽いお食事を用意してございます。お召し上がりください」
わっとテーブルに置かれた料理に群がる御使者様達。
「咲楽ちゃん」
「大和さん、お疲れさまでした」
「お疲れ様。ちょっといいかな?」
「はい。なんでしょう?」