騎士団対抗武技魔闘技会 ③
にっこりと笑って、ライルさんが出ていった。遠慮なくって……。
ドアが開いた。
「咲楽ちゃん」
「大和さん、おめでとうございます」
私から飛び付いたら、しっかりと受け止めてくれた。
「何よりのご褒美だね。どんな報奨よりも嬉しい」
「本当は優勝が決まった瞬間に飛び出していきたかったんですけど」
「来てくれて良かったのに」
「ライルさんに止められました。『目立ちたくないんでしょ?』って」
「止めないように頼んどきゃ良かった」
「その時は良いですけど、後で後悔しますもん。あの時どうしてあんなことしちゃったんだろうって」
「俺は平気だけど?」
「私は後から後悔するんです」
「そうだね。咲楽ちゃんはしそうだね」
私を降ろしながら、大和さんが言った。
「咲楽ちゃんは俺の勝利の女神だね」
「恥ずかしいです」
「優勝決定戦前に何があったの?」
「轢き逃げです」
「は?」
「ご婦人が馬車にはねられたらしくって。カークさんと数人の冒険者さんが助け出して連れてきてくれました」
「報告は?」
「行ってると思います。私は治療してて分かりませんけど」
「詳しい事はカークに聞こうか。咲楽ちゃんはもう帰り?」
「なのかな?ライルさんに聞いてみます」
「ナザル所長に聞いた方がいいんじゃない?」
「そうですけど、どこにいらっしゃるのか?」
「この部屋の前に全員いるけど?」
「はい?」
「副団長も一緒にいる」
「えぇっと……」
「入ってもらうよ?」
「はい」
大和さんがドアを開ける。副団長さんがばつの悪そうな顔をしていた。
「もう良いのですか?」
「えぇ。聞き耳を立てておられたから分かっているでしょうに」
「ここで最後まで行くのなら止めないと」
「何の心配をしてみえるのですか、何の。ちゃんと理性はありますよ」
「それは一旦置いておいて、轢き逃げの件は聞きましたね?」
「はい。状況は?」
「目撃者は多数居ましたので、証言は集まっています。情報の分析と精査を担当してください」
「了解いたしました」
「現場に出たそうですね」
「まだ一兵卒の私を、書類仕事に駆り出さないでくださいよ」
「貴方は今日の優勝者でしょう。大人しくしていなさい」
「準優勝の副団長は現場に出るんでしょう?」
「残念ながら私も出してもらえません。大人しくしててください」
大和さんは現場に出たいんだろうなぁ。副団長さんも一緒のタイプみたい。
「サクラちゃん、一旦帰りましょ」
「その後は施療院でちょっとした反省会じゃな」
「良いですねぇ。送っていきましょう」
「副団長は私と一緒に書類仕事です」
ガシッと副団長さんの腕を掴む大和さん。そのまま数人の騎士様に副団長さんは連れていかれた。というか、大和さんも待たれてますね。
「仕方がないから、行ってくるよ。咲楽ちゃん、お疲れ様」
「頑張って下さいね」
ヒラヒラと後ろ手に手を振って、大和さんも行っちゃった。
「サクラちゃん、行きましょ」
「馬車は今は不味そうだね」
「関係がないと分かっていれば、大丈夫だと思います」
施療院に帰って物品を片付けたら、お菓子とジュースで乾杯。
「お疲れ様」
「最後に事故はあったようじゃが、まあ概ね無事に終わったのう」
「あの事故、早く解決すると良いわね」
「トキワ様、分析とか言われていたけど、得意なのかしら?」
「物事を考えたり考察は好きだって言ってました」
「変わってるわね」
「あれだけ強くて、頭も良いとか、考えられないわ」
「黒き狼様の剣を初めて見ましたけれど、なんだか踊ってるようでしたわ」
「マソン嬢は奉納舞は見てないんだっけ?」
「はい。見たかったですわ」
「機会があると良いね」
「結構しつこくエリアリール様から要請されてましたけど、断ってました」
「しつこいって……」
「大和さんが言ってました」
「あのお方も少々強引なところがあるからのう」
「断ってたんですの?見たかったですわ。学園のみんなも言っておりましたの」
「こればかりは、トキワ殿の心ひとつじゃしの」
「しつこくすると、絶対にやらないよね」
「自分の意に沿わないことを強制されるのが嫌だって言ってましたから、怒ると思います。笑っていない笑顔で」
「笑っていない笑顔?」
「あ、コリンが言ってたわ。笑顔なのに怖かったって」
「どんなの?」
「礼に失する事をしてたら見られると思いますよ。私は怖いとか分からないですけど」
「それはますます見てみたい」
「フリカーナ様、変わってらっしゃいますわ」
「ライルってこんな奴じゃったか?」
「所長、お酒は入ってませんよね?」
「ライル様、大丈夫かしら」
反省会という名の打ち上げを終えて、帰宅する。王宮に向かって歩いていくと、エリー様がいらした。
「シロヤマ様、騎士トキワにご用ですか?」
「まだかな?って思って。あの、エリー様?」
「可愛い……はっ!!騎士トキワは、もう少しで終わると思いますよ」
「一緒に待たせて貰って良いですか?」
「もちろんです」
「エリー様は出られなかったんですね」
「えぇ。まぁ、剣では劣りますから」
「エリー様の剣って私は見たこと無いですけど、男の人と比べなくても良いんじゃないですか?」
「私は騎士ですから」
「男性と女性って、違いますものね。男性が得意な事、女性が得意な事って絶対にあると思うんです。エリー様、森に行ったら何を見ますか?」
「森に行ったらですか?木の形やどういう風に生えているかですね」
「男性はまず森全体を見る人が多いそうです。女性はまず木を見るそうです」
「どういう事です?」
「男性は大きな視点を持つ人が多いんですって。女性は細かい事に気がつく人が多いそうです。エリー様は両方の視点を持っていらっしゃるんですね」
「つまり?」
「エリー様はエリー様です。剣で劣っても魔技では劣らないのでしょう?騎士団って男性が多いから、こういった大会になりますけど、それを『自分は劣ってる』と思わなくて良いんじゃないですか?」
「シロヤマ様……。ありがとうございます」
「無責任な事を言いました」
「いいえ。ありがとうございます。女性騎士の皆にも聞かせてやります」
「咲楽ちゃん、お待たせ。エリー様、どうかなさいましたか?」
「何でもない。シロヤマ様、ありがとうございました。失礼いたします」
エリー様は騎士団詰所の方に行ってしまった。
「何があったの?」
「家で話します」
「分かった。市場で何か買って帰ろう。咲楽ちゃんも疲れたでしょ?」
「はい」
「どうだった?今日」
「格好良かったです」
「勝てて良かったよ」
「筆頭様が大和さんの剣は無駄がないって言ってました」
「へぇ」
「執務室から見えるんですって」
「よく見ておられるのは知ってるよ」
「そういったのも分かるんですか?」
「視線を感じるというか、見られてるのは分かるよ」
「結構離れてません?」
「離れてるね」
平然というけど、近かったらともかく、離れてたら分からないと思うんだけど。
「咲楽ちゃん?」
「リディー様が大和さんの剣舞が見たいって言ってました」
「奉納舞の時に見なかったの?」
「学園生は全員無理だったそうです」
「そうか。そういった事は一切考慮しなかったから」
「そこまで考慮出来ませんでしたもんね」
「でも、もう一回っていうのもなぁ」
「学園でって訳にいきませんもんね。そんな事をしたら、『ウチもウチも』ってなるのが目に見えてます」
「咲楽ちゃんの言う通りなんだよね。でも学園には行けるかもよ。優勝者と準優勝者はデモンストレーションを学園でするらしいし。その時は咲楽ちゃんも一緒ね」
「私もですか?」
「そう。施術師兼俺の恋人として」
「恋人としてっ?!」
「慣れてくれないねぇ」
クックックって笑われた。
市場に行ってお総菜を買うと、ほとんどのお店がおまけをくれた。おまけと言うか、もう1食分になるほどだ。最後の方は「食べきれません」って逃げたけど。市場の人たちは情報が早くて、大和さんが優勝したっていうのは知れわたってた。だからこそのおまけだった訳なんだけど。
「参ったね」
「皆さん、お祝いしてくれましたね」
「嬉しかったのは嬉しかったんだけど」
「けど?」
「余計な事を言ってくる人が多かった」
そういえば大和さんだけ引っ張ってかれて、何か言われてたっけ。
「何を言われたんですか?」
「だから余計なことだよ」
「分からないんですけど」
「そう来ると思った。分からなくて良い。咲楽ちゃんの苦手分野の事だよ。咲楽ちゃんはその辺を理解してないからね。ゆっくり教えるからね」
「ゆっくり教えるからって……ごめんなさい。分かりました」
「この手の事に関しては、咲楽ちゃんは理解が遅いね」
「考えないようにしてましたから」
「頭を一周回ってから理解するって感じだね」
「そうかもしれません」
「恋人の時以上に真っ赤になったね」
「なりますって!!」
「初心だねぇ」
何を言われているのか、まぁ、理解はできた。顔が熱くって冷静になれてないけど。
「黙り込んじゃったね」
「顔を見ないでください」
「真っ赤な林檎さんだ」
「知りません」
そこから何を言われても返事しなかった。違う。出来なかった。顔が熱くってなんと返して良いか分からなくって、黙ってた。
大和さんは私が怒ってないって事が分かったみたいで、機嫌良さそうに歩いてた。
夕食を食べて、小部屋で寛ぐ。
「明日は咲楽ちゃんが本番だね」
「不安になってきました。闘技場にたどり着けるでしょうか?」
大和さんがずっこけた。
「そこ?」
「一番の不安材料です」
「それが一番なんだ」
「あとは練習でやりましたし、実際に歩くのってそこだけじゃないですか」
「カークに頼んであるよ」
「いつ頼んだんですか?」
「今週始め。何度か行ってるけど不安そうだからって」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。ところでさ、距離、遠くない?」
「遠いって言っても隣ですよ?」
「そこは膝の上でしょ」
「誰が決めたんですか?」
「俺」
「分かってましたけどね」
大和さんの膝に乗ろうとして、気が付いた。
「明日、早いんじゃなかったでしたっけ?」
「そうだよ?」
「早番シフトよりは遅くて良いんですよね?」
「それでも1の鐘前には出るけどね」
「朝食が夕食のおまけになっちゃいますけど」
「構わないよ。温めて食べるし」
「頑張って起きます」
「寝てなさい。今日みたいになったらどうするの?」
「えっ?」
「決勝の前に寝てたでしょ?」
「どうして知ってるんですか?」
「アリス嬢が知らせてくれた。ずいぶん心配してたよ」
「知らなかった」
「だからね、しっかり寝なさい。寝不足は美容の敵なんでしょ?」
「それ以前にパフォーマンスに影響が出ます」
「分かってるんだから、しっかり寝なさい」
「はい」
テーブルの上にお総菜を出しておいて、食べていってもらうことにした。
「風呂に行ってくるけど、先に寝室に行ってる?」
「そうします」
少しだけ刺繍をしようと思ったジャンヌ様のベールを、魔空間に仕舞って、寝室に上がる。
ベッドの上で刺繍をしていると、大和さんが上がってきた。
「咲楽ちゃん、行っておいで」
「はい」
少し急いでお風呂に入る。
今日の大和さんはスゴく格好良かった。剣舞の時を思い出した。あの時は白の詰襟だったけど、袴の剣舞も見てみたい。ただ、まぁ、袴の構造とか分からないんだけど。
「早いね」
寝室に戻ったら、大和さんに笑われた。
「早くしないと、大和さんが疲れてるでしょうから」
「よく分かってるね」
ベッドに上がって横になる。とたんに抱き締められてキスされた。
「ごめん。すぐに寝ちゃいそうだ」
「お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」
「うん。おやすみ、咲楽ちゃん」
「おやすみなさい、大和さん」