騎士団対抗武技魔闘技会 ①
騎士団対抗武技魔闘技会当日。
今日は闇の日だけど、フルールの御使者の練習はない。「不安ならどうぞ」って先週ゾーイさんに言われたけど、私達施療院組は全員施術師として救護室に居る。リディー様も見習いとして一緒だ。
私は緊張していたのか、1の鐘より前に起きてしまった。私が緊張したところで何もないんだけどね。昨日は興奮しちゃったのか、何度も目が覚めてしまった。眼を開けたら寝ている大和さんが目の前にいて、ちょっとドキドキした。朝には当然のように、大和さんは居なかったけど。
着替えて庭に出る。今日は暖炉が要らないくらいの良い天気だ。フラーなのに空気が澄んでる気がする。
帰ってきた大和さんはずいぶん長く瞑想をしていた。カークさんによると、今朝から口数が少なかったそうだ。いつも通り走って、ちゃんと話してるし、普通に笑ってたけど、口数が少ないと感じたと言っていた。
「サクラ様、トキワ様は大丈夫でしょうか。動かれませんが」
「たぶん、あれが深い瞑想です。私達は大和さんが戻ってきてくれないと、何も出来ません」
「サクラ様は落ち着いておられますね」
「心配は心配なんですよ?でも出来るのは見ていることぐらいですから」
大和さんが戻ってきた。
「咲楽ちゃん、おはよう」
「おはようございます、大和さん。緊張してます?」
「緊張はしてないけどね。冷水のシャワーを浴びたいね」
「水垢離ですか?」
「違う違う。冷水の方が身が引き締まるからね」
「臨戦態勢って事ですか?」
「そうとも言うね」
大和さんは先にシャワーに行った。
「トキワ様は緊張はされていないと仰っておられましたが、いつもと雰囲気が違いますね」
「気分が高揚しているんでしょうか」
「トキワ様は騎士団対抗武技魔闘技会は初めてでしたか」
「そう聞いてます。私はのんびり観戦って訳にはいきませんけどね」
「救護室でしたか。華のある救護室になりそうですね」
「御使者が4人ですしね」
「サクラ様もその一員ですよ?」
「そうなんですよね」
「他人事ですね」
「現実味がいまいち無いんですよね。明日になったらまた違うんでしょうけど」
「サクラ様、いい加減に自覚を持ちましょうよ」
「持ってますよ」
「持ってるように見えません」
「カークさん、ヒドいです」
「私は至極当然の事しか言ってませんよ」
「カークさん、意地悪です」
「私は意地悪は言ってません」
「カークさんが虐めます」
「サクラ様を虐めるなんて、そんな事をしたら、どうなるか分かりますか?」
「どうなるんですか?」
「まず、トキワ様に嫌われますね」
「嫌うまで行かないと思いますけど」
「『近付くな』位は言われそうです」
「あぁ……」
「それから、冒険者達の総スカンを喰いますね」
「そこまででは無いでしょう?」
「そこまでの事なんですよ」
「えぇぇ……」
家に入りながら、話をしていた。
「ですから言ったのです。自覚を持ってくださいと」
「頑張ってみます」
「救護室に居れば安心でしょうが、どなたか警護が要りそうですね」
「施術師ですよ?あぁ、御使者だからですか?」
「と、言うよりは、施療院の皆様は人気ですからね。施療院の全員、いらっしゃるのでしょう?」
「そうですね」
朝食の用意を完了させた。
「咲楽ちゃん、食べて良い?」
「はい。コーヒーはどうしますか?」
「淹れる」
「お湯は沸いてます」
「ありがとう」
「サクラ様、パンを置いておきますね」
「ありがとうございます」
大和さんはキッチンでコーヒーを飲み出した。大和さんがキッチンでコーヒーを飲む事はほとんど無い。
「落ち着かないんですか?」
「悪い。ちょっと焦ってるな」
「落ち着いたら、朝食、食べちゃってくださいね」
「咲楽ちゃんは出勤はいつもと同じ?」
「2の鐘に王宮に着いていないといけませんから、少し早めですね」
「俺は食べたら出るけど」
「言ってましたね」
「私が途中まで行きますから」
「悪いな」
「いいえ。御使者様のお供ですから、光栄です」
「本当は送って行きたいんだけどな」
「では私は少しの間出てますので、存分にどうぞ」
カークさんは急いで朝食を食べて、本当に出ていった。
「カークの気遣いに甘えようか」
「何をするんですか?」
「ハグと勝利の女神のキスを貰う」
「え?」
「咲楽ちゃんは俺の勝利の女神になれるかな?」
「変なプレッシャー、かけないでください」
大和さんが口を漱ぎに行って、こっちに来た。
「さて、天使様。俺の勝利の女神になってね?」
「大和さん、私も口を漱ぎたいです」
「その気になってくれた?」
「気になっちゃうじゃないですか。口臭とか、色々と」
「じゃあ待ってる。早くしてね」
「待っていられるとプレッシャーが……」
口を漱いで大和さんの前に立つ。
「キスは咲楽ちゃんからしてね?」
「口じゃなくても良いですか?」
「どこでも良いよ。シャイな咲楽ちゃんに無理させてるんだから」
一生懸命背伸びして、大和さんの頬にキスをする。キスといっても触れたか触れないか位のものだったけど、大和さんは満足そうにしていた。
ギュっと抱き締められる。
「怪我だけはしないでくださいね」
「気を付けるよ」
「大和さんの勝利をお祈りしてます」
抱き締められたまま、そっと言うと、余計に大和さんの腕に力が入った。
「勝利を我が天使様に捧げましょう」
芝居がかった言い方と仕草でそう言って、大和さんが離れる。
「着替えてくる」
「はい」
大和さんが着替えに行った。あ、カークさんに入ってもらわなきゃ。
「もうよろしいのですか?」
「はい。入ってください」
「トキワ様が出られましたら、私はいったん庭に出ていますね」
カークさんは入ってくるなり、キッチンに置かれた食器類を洗いながら、そう言った。
「え?駄目ですよ。中で待っててください」
「サクラ様がお1人になられるではありませんか。そこに私が居るわけにはまいりません」
「じゃあ、リビングに居てください」
「それでもまだ抵抗はありますが。分かりました。リビングで居ます」
食器を洗い終わったらしい。
「サクラ様がお着替えなさるときは、庭に出ていますからね」
「あ、はい」
まぁ、これは仕方ないよね。カークさんはしないと思うけど、上がってこられたらって思うと、恐怖でしかない。
「咲楽ちゃん、行ってくるね」
「いってらっしゃい。私も後で行きますね」
「待ってるって言えないのが悔しいね」
「怪我だけは気を付けてくださいね」
「気を付ける。じゃあね」
「いってらっしゃい」
大和さんを見送って、家に入る。
「カークさん、先に準備だけしてきます」
「分かりました。庭に行ってますので、準備が終わったらお呼びください」
「はい」
準備の為に自室に上がる。今日は白衣は着ない。代わりに作った腕章を着ける。パンツスタイルと上着なんだけど、色は施療院の皆はほぼ同じになった。というか、決められてしまった。リディー様は普段パンツなんか履かないから、ってすごく楽しみにしてた。
着替えたら、庭に行ってカークさんを呼ぶ。
「カークさん。準備終わりました」
「サクラ様。よくお似合いですね」
なぜか私とリディー様のだけ胸元にフリルが付いてるんだよね。
「こういうの、着ないんですよね」
「お似合いですのに」
「あまり好きじゃないんです」
「すみません」
「いいえ。今から大和さんの反応が怖いです」
「どういう反応をされるでしょうね」
「珍しいって思われるか、苦笑されるか」
「可愛いって思われると言うのはないですか?」
「無い気がします」
これにスプリングコートを羽織って、出勤準備は完了。
「参りますか?先に施療院でしたよね?」
「はい。いったん施療院に行って、そこから王宮に行きます」
要らないと思うけど、救急物品は持っていく。その為の施療院集合だ。
いつもより早いのに、人通りが多い。みんな王宮に行くみたいだ。
歩いていくと、チコさん達が走っていった。急いでいるみたい。
「先程のは騎士見習い達ですね。順調にいけば、明日、騎士任命式ですか」
「騎士任命式って見た事ないです」
「私もですよ。見てみたいですが、王宮やそれぞれの騎士団で行われますから、見られないんですよね」
「大和さんってどうだったんだろう?」
「トキワ様は中途採用ですよね。それでも王宮内で行われたとは思いますが」
「見たかったです」
「ですよね」
「騎士の中途採用ってあるんですね」
「珍しいと思いますよ。詳しくはありませんが、何らかの条件があるでしょうし」
「サクラちゃん、おはよう」
「ルビーさん、マルクスさん、おはようございます」
「ちゃんと着てきたわね」
「ほぼ強制ですからね?着てこないとみんなで泣くわよなんて、はっきり言って脅しですからね?」
「ルビー、そんなこと言ったの?天使様は喜んで着るって言ってたじゃない」
「へぇ~。ルビーさん、そんなこと言ってたんですね。罰としてオヤツ無しです。あ、マルクスさん、これ皆さんでどうぞ」
「マルクス、ズルい」
「ありがとう天使様。何かな?」
「クッキーです」
「噂の?」
「誰の、何の噂ですか?」
「ルビーと、騎士団の。模様入りで美味しいって」
「色々工夫しましたから」
「そうなんだ。ところで視線が怖いんだけど」
「あげたものをどうされようと、それは受け取った方の自由です。私は見てません」
「ありがとう」
ニンジンのフリュイも出来たから、前に大和さんが言ってた『ニンジンの絵入りクッキー』と『ピメントの絵入りクッキー』を作ってみた。大和さんとカークさんには好評だったけど、どうかな?ベリーはどの種類か分からなかったから、無難にハート型にしてみた。
カークさんとマルクスさんが何かを話してる。今日の事かな?「倍率が」とか「賭け金受付が」とか聞こえるし。私は抵抗があってカークさんにもルビーさんにもローズさんにも誘われたけど、遠慮したんだよね。カークさんに少しお金は渡したけど。あれ?これって参加してる?
「サクラちゃん、今日のお昼はどうするの?トキワ様と食べるの?」
「何も予定はないです。大和さんも何も言わなかったし」
「どんな感じだった?」
「大和さんですか?『落ち着かない』って言ってましたけど。気分が高揚してるとか色々と言ってました。カークさんは雰囲気が違うって言ってました」
「あら、やる気十分?」
「じゃ、ないですか?」
「あっちでもこういうの、有ったの?」
「剣の試合ですか?無かったです。私が知らないだけかもしれませんけど。剣道って言うのはありましたけど、こういった剣を使ってる人自体、居ませんでしたし」
「何故トキワ様は使えるのよ」
「剣舞に付随するものとして学んだって言ってました」
「あの剣舞ね」
「後は負けず嫌いの性格ですね」
「どれだけ負けず嫌いなのよ」
「結構な物ですね」
「そこまでなの?」
「はい」
ローズさんとライルさんとリディー様が見えた。もう1人居るけど、誰?
「珍しくローズが走ってこないわね」
「捕まえられてる気がします」
「あら、本当」
ローズさんがじたばたしてる。でも捕まえてるのは、ライルさんじゃない。
「ネリウムさん?」
「一応ジェイド商会の社長よ?いったい何をされてるの?」
「おはよう、シロヤマさん、ルビー嬢」
「おはようございます、天使様、ルビーさん」
「兄様離して~」
「どういう状況ですか?」
「毎朝走ってっちゃうって、話したらね。こうなった」
「あぁ。なるほど」
「サクラちゃん、ルビー、助けて~」
「シロヤマ様、ルビー様、毎朝愚妹が失礼しました」
「とりあえず離してあげて下さい」
「サクラちゃん、ありがとー」
「ライルさんの言うことを聞かないからですよね?」
「ごめんなさい」
「反省は行動で示しましょう」
「はぁい」
カークさんとマルクスさんはここまでのようだ。
「サクラ様、失礼いたします」
「このまま王宮ですか?」
「はい。マルクス殿と参ります」
「いってらっしゃい」
私達はいったん施療院に向かう。施療院で救急物品を魔空間に入れながら、ライルさんに言ってみた。
「これ、昨日の内に入れておいても良かったんじゃ?」
「あはは。そうだよね。今までこうしてたから、今回もそうしちゃったよ」
「改善点ですね」
「そうだね。記録しておく?」
「はい。王宮で時間があれば、そこで書きます」
「お昼過ぎたら、暇になると思うよ」
「はい」
みんなで馬車で王宮に向かう。王宮騎士団の馭者さんが来てくれてた。




