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「全く話は違うんですけど」
「どうしたの?」
「今朝、チコさん達に会って、余計な事をしちゃいました」
「あぁ、試合を見る意味ね。今朝、真っ先にチコ達から聞いたよ。別にアイツ等を責めてないから大丈夫」
「答えを教えちゃう形になっちゃったんですけど」
「そこに思い至らなかったのは仕方がないし、チコ達も真剣に考えてて、そろそろ教えてやろうと思っていた頃合いだったから、本当に大丈夫だよ」
「私の考え、合ってました?」
「合ってる。見取り稽古って言うんだけどね。物凄く簡単に言うと、タイミングやその型なんかを見て盗むってことだね。見学って言葉があるでしょ?あれも見て学ぶって事だから根底では同じって考えてる」
「そっか。技術とかの見学って言いますもんね」
「誰でも無意識にやってるはずだよ。咲楽ちゃんは樹魔法の時と金属加工の時にしてたね」
「マルクスさんの額縁作りと、ダフネさんのアクセサリー作りを見せてもらった時ですか?」
「そう。あれで咲楽ちゃんはどういう風に魔法を使えば、どういう事が出来るかを学んだ。完全再現はできないけど、真似なら今、出来るでしょ?」
「出来、ますね」
「見て盗むって物凄く大雑把に言うと、そういう事だと思ってる」
「ただ見ているんじゃなくて、どういう風に使うか、どういう風にすれば良いかを見るって事ですね」
「良く出来ました」
「大和さんって教え方が上手ですよね。教師とかになれそうです」
「教えるのは嫌いじゃないよ。自分の復習にもなるし」
「復習になるって、どうしてですか?」
「人に教える時って自分が理解出来ていないと、正確に伝えられないからね。『こう思う』では信憑性に欠けるし、学ぼうとする人に失礼に当たる。だから教えるという行為は、理解できてるかを自分に問う良い機会だと思ってる」
「そう言われたら、そうですね」
食べ終わって食器を大和さんが洗ってくれている。私は小部屋で大和さんのハンカチの仕上げをしていた。
「それが俺の?」
「そうです。本当はラッピングして渡したかったんですけど」
「俺が急かしたからね」
「そうじゃないんですよ。この世界って小型アイロンがないから、そこで躓いちゃうんです」
「今までのはどうしてたの?」
「そのまま渡したり、シワが酷いときには水属性で霧吹き状態にして湿らせてから乾かして、シワを取ってました」
「大型の仕立て屋にはアイロンがあるの?」
「結構大きなアイロンを、アレクサンドラさんに見せてもらいました。火の魔石を使うんですって」
「魔石も謎だよね。最初から属性を持ってて、魔力を注げば何度も使えるとか」
「そうですね」
「咲楽ちゃん、欲しいものが増えたね」
大和さんが小部屋に来て言う。
「なんだか自分がどんどん欲張りになります」
「今まで欲が無さすぎたんじゃない?」
私の隣に大和さんが座る。抱き寄せようとしたらしいけど、途中で腕が止まった。私が針を使ってるからね。
「条件反射的に咲楽ちゃんを抱き寄せる所だった」
「もう少しですからお待ちください」
糸の後始末をして、全体をチェック。おかしな所はないよね。
「出来ました」
「ありがとう。これはシルエットは剣舞だよね?後ろのは迦楼羅炎?」
「火炎光背っぽくなりましたけど、属性の色を入れたくて」
「だから足元が地の色なんだね」
「そうです。ところで迦楼羅炎って何ですか?」
「迦楼羅って言うのはインド神話のガルダを前身とする仏教の守護者だね。迦楼羅炎は不動明王の光背の別名」
「火炎光背より迦楼羅炎の方が格好良く聞こえます」
「ははっ。格好良いかぁ」
嬉しそうに、楽しそうに笑う大和さんを見てると、私も楽しくなる。
「大和さん」
「ん?」
「私、大和さんに会えて良かったです」
「咲楽ちゃんにしては珍しく、唐突な愛の告白だね」
「そうですか?」
「俺も咲楽ちゃんに会えて良かった」
肩を抱き寄せられて頭を預ける。こうやって何もせずに、大和さんと2人で居るのって幸せだ。
「大和さんってこの頃よく、頭にキスしますよね?」
「それ、今、言う?」
「気になったんです」
「せっかくロマンチックだったのに」
「ごめんなさい」
「お詫びに……」
「白ネコパジャマは無しですからね?」
「先に言われた」
「やっぱり言うつもりだったんですね?」
「白ネコパジャマは無しにして、何にしよう?」
「無茶ブリは止めてくださいね?」
「考えながら、風呂に行ってこよう」
「はい。いってらっしゃい。お手柔らかにお願いします」
「お手柔らかにねぇ」
大和さんが、考えながらお風呂に行ったから、私は明日のスープの準備。明日は何にしようかな?
ペポの実があるから、裏ごして、ミルクで伸ばして、パンプキンスープにする。ペポの実はカボチャと違って煮たらしっかり形が残ってホクホクしてるんだけど、皮ごと焼くと中身がとろとろになる。皮だけがしっかり残るから器になるのよって常連さんに教えてもらった。繊維質が残るから裏ごしは欠かせないけど、それでも手間がかからないから、すごく便利だ。
皮の色には慣れないけど、プリンとかこれで作りたい。
野菜のネーミングは謎だ。キャベツ、レタス、ニンジン、ジャガイモは日本と同じ。なのにヒメカンランとかピメントとかチョウカとか、果物だとネクタリン、アフル、ジャボレー、ハーコット、アルゴーサー、ココの実はどうかな?見てないから分かんないけど。後はオランジュはオレンジだと思うけど、これもわかんない。
「咲楽ちゃん、風呂、行っておいで」
「はい」
シャワーを出して、考えてた。大和さんが『魔石も謎だ』って言ってたけど、確かに謎だ。最初から属性を持ってて、魔力を注げば何度も使えるとか充電池みたい。魔石ってどうやって取れるんだろう?ラノベなんかだと魔物の体内からだったよね。でもあれって、魔物討伐だけですべてを賄ってたんだろうか?
考えてたら分からなくなってきた。魔石は魔道具に欠かせなくて、このシャワーもキッチンも結界も、全て魔石が使われている。1つの家に10個位はあると思う。王都だけで何軒?1000軒以上は確実だし、5000軒でも足りないと思う。もし5000軒だとしても、魔石は王都だけで500000個?
それ全部を魔物討伐で?無理でしょ。無理無理。
そこまで考えて、そのまま寝室に行った。
「おかえり」
「戻りました」
ベッドに上がって大和さんの前に座る。
「咲楽ちゃん、こっち」
「膝枕ですか?」
大和さんの足に頭を乗っけて、さっきまで考えていたことを話したら大笑いされた。
「咲楽ちゃんは面白い事を考えるね」
「だって、魔道具に使われている魔石ってどこから来たのかな?って思ったんです。ラノベなんかだと魔物とか魔獣の体内からって言うのが多かったし」
「あれは、フィクションでしょ?実際にあるのかも分からないけど、それは書いた人にしか分からない。ここは現実だ。ファンタジーだけどね。だいたいラノベとは大きく違う事があるでしょ?」
「大きく違う事?」
「コボルト族やオーク族、オーガ族が友好種族だって書いてあるラノベはどれだけあった?ほとんど無かったんじゃない?」
「あ、そっか」
「それに魔石って鉱山があるらしいよ」
「そうなんですか?」
「詳しい事は知らないけどね。それに属性剣の補助として魔石が組み込まれた剣を見せてもらった事がある」
「そんなのがあるんですか?」
「団長に見せてもらったんだけど、あの人は武器マニアだね。各種剣、各種槍、各種弓、クロスボウ擬きもあったな。後はハルバードとかメイスなんかもあった」
「ハルバードって何ですか?」
「日本語では槍斧、斧槍、鉾槍とも呼ばれているね。長さは2~2.5m位、重さは2.2~3.1kg位。槍の穂先に斧頭、その反対側に突起が取り付けられていて、状況に応じた用途の広さが特徴的な長柄武器だよ。少なくとも斬る、突く、鉤爪で引っかける、鉤爪で叩くといった使い方ができる。さらに鉤爪で鎧や兜を破壊したり、馬上から敵を引き摺り降ろしたり、敵の足を払ったりと、様々な使い方が可能だったから、究極の武器とも言われてたらしいね」
「えぇっと?」
「槍と斧と鉤爪を合体させた武器だと思えば良いよ」
「分かんない事が分かりました」
「武器は咲楽ちゃんは興味ないかな?」
「全く興味ありません」
「言い切ったね」
「大和さんの剣ですら、見分けがつかないんですよ?分かる訳がないです」
「それは仕方がないね。使わないんだし」
「メイスって聞いた事がありますけど、何でしたっけ?」
「殴打用の武器だよ。打撃部分の頭部と柄を組み合わせた合成棍棒の一種。日本語では鎚矛、槌矛、あるいは戦棍ともいうね」
「殴打武器?」
「ファンタジー物で、先端が膨らんだ棍棒って見たこと無いかな?」
「見たことあるような?」
「自信なさげだね」
「殴るって事でしょう?私に出来ると思いません。武器が届く所まで近付かないといけないって言うのが、心理的に抵抗があります」
「もし、咲楽ちゃんが使うなら弓かな?」
「まず、命を奪うものを使いたくないんですけど」
「今は使う必要もないしね」
「大和さん、弓が面白いって言ってませんでしたっけ?」
「流鏑馬をやりたいね」
「エタンセルで?」
「エタンセルは一番相性が良いからね」
「一番って他の馬にも乗ったんですか?」
「まぁね。普通の馬は俺に怯えて駄目だった。他のバトルホースは乗れたけど、タイミングとか細かい指示が合わない。エタンセルは俺と一番相性が良いし、気持ちを分かってくれる」
「愛馬って感じですね」
「エタンセルは、咲楽ちゃんの事も大切に思っているよ」
「そうなんですか?嬉しいです」
「たまに乗せてて嫉妬するからね」
「嫉妬?」
「俺だけの時より咲楽ちゃんも乗せてる方が、明らかに気を使った走り方をするんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。咲楽ちゃんにはナイオンが居るし、ナイオンがいる時にはエタンセルも分かってるから大人しいね」
「西の森の時、大和さんがなかなか戻ってこなくて、エタンセルが大変でした」
「聞いたよ。咲楽ちゃんが宥めてくれたって」
「あの時は私も心配したんですからね?」
「分かってるよ。二度としないと言えないのは辛いけど」
「それは分かってます。大和さんが命を見捨てることを平気で出来ると思いません。私以上に悩んで、でもそれを誰にも悟らせないんでしょう?」
「さすが咲楽ちゃん、俺が分かってるね」
「私は命を救えますけど、現場に飛び込む事は出来ません。大和さん達に頼るしかないんです」
「その時は十分に頼ってね?」
「はい」
「まぁ、そういう事が頻繁にあっても困るけどね」
「そうですよね」
「そろそろ寝ようか」
「はい。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽ちゃん」