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火の日。昨日ローズさんとルビーさんとリディー様に次の闇の日の事を話したら、凄く凄ーく張り切られてしまった。大和さんが言っていたように全ての服を持ってこいって言われた。
魔空間があるからこそ、出来ることだよね。
だから昨日の夜から服の整理をして、ほぼ全てを魔空間に仕舞った。
今日はよく晴れてる。建国祭の期間は来週緑の日からの5日間なんだけど、その頃にはよく晴れるらしい。10日位晴れが続くことも珍しくないんだとか。
建国祭のメインイベントはフルールの御使者で、前日に行われる騎士団対抗武技魔闘技会は時期を合わせているだけらしい。その方が盛り上がるからって。そしてフルールの御使者のパレードが行われている間に、神殿で年迎えの神事が行われるらしい。
騎士団対抗武技魔闘技会と付いているのは、昔は属性剣の使い手がそれなりにいた名残なんだそうだ。その為騎士団は属性剣が使えないと入団できなかったんだって。「100年以上前の話だよ」ってライルさんが教えてくれた。その頃に見てみたかったなぁ。
属性剣と言っているけど、槍の人も弓矢の人も杖術の人も拳闘術の人も居たらしい。拳闘術って素手じゃないの?ライルさんによると魔力循環の一種で、身体に属性魔力を纏うらしい。「僕も詳しくはないけどね。魔力制御の時に教えてもらったんだよ」って言ってた。話を聞いただけではよく分からない。ライルさんも分かってないって言ってた。
今の騎士団にもいるらしい。魔拳闘士は居ないらしいけど魔槍士、魔弓士の人は居るんだって。私は見たことないんだよね。
着替えて庭に出る。花壇やベリー類のお世話をしていると、大和さんとカークさんが帰ってきた。
「ただいま、咲楽ちゃん」
「おはようございます、サクラ様」
「おかえりなさい、大和さん。おはようございます、カークさん」
「舞台、直してしまおうか」
「何かご希望は?」
「前のな感じで」
「前のと同じですか。表面を滑らかにしますか?」
「滑らない程度にね」
「分かりました」
表面をできるだけ滑らかに。イメージはコンクリートの床。でも固さはグラウンドくらいって難しいなぁ。
雑草が生えないようにしたいけど、そこは無理だよね。固めるしか思い付かないもん。
「トキワ様、この上に乗ることは出来ませんか?」
「正式な物じゃないから良いが、登りたいのか?」
「はい」
「そこの階段からな」
「ありがとうございます」
「そこまで有り難がるものでもないぞ?」
「これがトキワ様の見ている景色ですか」
「聞いちゃいないな」
カークさんがなにやら感動している。
「咲楽ちゃんは良いの?」
「はい。私は観客でいる方が好きです」
「なるほど」
「あ、でも、お祈りだけして良いですか?」
「お祈り?祝詞奏上みたいな感じ?」
「祝詞は覚えてません。そうじゃなくて、悪いものを寄せ付けませんようにって……駄目ですか?」
「良いに決まってる。ちょっと待ってね」
ひょいっと抱えられた。
「大和さん、階段があるんですから、そこから自分で登ります」
「知らないの?京都の祇園祭のお稚児さんは、神の子だから歩かせてもらえないんだよ?」
「私はお稚児さんじゃありません」
「はい、着いた」
「人の話を聞いてくださいよ」
ぶつぶつ言いながら、跪く。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
この舞台に悪しきモノが寄ってきませんように。事故や怪我などありませんように。
両手を組んで、祈る。立ち上がったら、カークさんが泣いていた。どうして?
「トキワ様のおっしゃる通り以上でした。まさに天使様」
「その辺にしとけ。ほら泣き止め」
「あ゛り゛か゛と゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛ず」
「カークは感動屋だな」
「大丈夫でしょうか」
「落ち着くまで放っておこう」
「はい」
カークさんを促して、家に入る。
大和さんがシャワーに行って、少ししたらカークさんが落ち着いた。
「あれほど清らかな祈りを、私は見たことがありません」
「大袈裟ですよ」
「大袈裟でなく、サクラ様のお身体が淡く輝いていました」
「えっ!?」
今まで身体が光ってると言われた時は、あちらの知識を使って治療した時だけだった。今回はあちらの知識は使っていない。どういうこと?
「サクラ様?」
「はい」
「どうされました?」
「いいえ。光っちゃってましたか。どういう条件なんだろう?」
「どういうと言われますと?」
「私が『天使様』なんて言われるようになったのって、大きな怪我の治療時に光ってたからなんですけど、今回は治療もしてないのになぜ光ったのかな?って思ったんです」
「そうですね。私が吟遊詩人から聞いたのも『怪我の治療の時にお身体が光る』『どんな怪我でも治せる』『どんな身分の怪我人にも手を差し伸べる』この3つが主な話でしたね」
「吟遊詩人さんの話ですか?」
「彼等の詩も聞きますが、直接話も聞けますよ。多少大袈裟ですが、彼等の情報量は目を見張る物があります」
「私に関しては多少じゃなくて、だいぶ大袈裟です」
「例えば?」
「どんな怪我でも治せる訳じゃありません。部位欠損は無くなった物を生やすことはできませんし」
「サクラ様、切り落とした指なんかはその物があれば治せると言っているように聞こえるのですが」
「時間はかかると思いますが、大丈夫な気がします」
「あながち大袈裟でもないじゃないですか」
「大袈裟ですって」
「どんな身分の怪我人にも手を差し伸べるっていうのは、ダニエル達ですね?」
「東の草原の話ですね」
「ほら、大袈裟じゃないじゃないですか」
「施術師が目の前の怪我人を放っておくなんて、出来ません」
「サクラ様、御自覚ください」
「自覚はありますよ。それでも大袈裟です」
ガックリとカークさんが項垂れた。
「咲楽ちゃん、カークはどうしたの?」
「吟遊詩人さんの話は大袈裟ですって言ったら、こうなりました」
「トキワ様なら分かってくれるはずです。サクラ様はご自分に関して、自覚が無さすぎます」
「それが咲楽ちゃんだ。諦めろ」
「しかし……」
「何度注意しても、無意識にしてしまう。それが咲楽ちゃんだ。俺がどれだけ注意したと思う?」
「そうですね」
「たぶん自覚はあるんだ。でも無意識がそれを上回るんだ」
「世間ではそれを『自覚がない』と言うのですよ」
「ずいぶんな言われ方ですね」
「だって、本当の事だし」
「そうです。本当の事なんですよ」
「はいはい。分かりました。朝食にしちゃいましょう」
「分かってないですね」
「あぁ、分かってないな」
「食べないんですか?」
「食べる」
「頂きます」
たぶん今、2人は弄ってる訳じゃない。言ってることは本心なんだと思う。それでも大袈裟に喧伝されてしまってると思う。
以前大和さんが言ってたように、私の医学知識はこちらの世界では進みすぎてる。それが分かってても、目の前に怪我をした人がいたら、治癒術を使わずにはいられない。これは私の性格的なもの?
大和さんとカークさんは何かを話している。賭け金とか言う言葉が聞こえるから、武闘会の事かな?
「サクラ様はどうなさいます?」
「何がですか?」
「騎士団対抗武技魔闘技会の賭けですよ」
「あまり興味がないんですけど」
「当日まで受付は出来ますから、悩んでもいいですよ」
「大和さんはどうするんですか?」
「自分に賭けた」
「そんな事、出来るんですか?」
「自分で申し込む訳じゃないし」
「私が代行しますので」
「記念と言うか、堅忍果決の精神の為というか」
「堅忍果決?」
「強い意志で堪え忍び、いったん決めると思い切って断行することを意味する言葉だね。後に退けないってことで背水の陣でもいいかな」
「つまりは自分に逃げ場を失くしたんですね?」
「そう言う事」
「考えさせてください」
「ゆっくりお考えください」
朝食を食べ終わって、私は着替えに行く。大和さんは今日は遅番だから、一緒に施療院まで行ってくれる。
賭事を忌避してしまうのは、何故だろう。家族にギャンブル好きは居なかったと思ったし。知り合いにも居なかったよね?
出勤準備をしてダイニングに降りる。
「お待たせしました」
「行こうか」
家を出た所で、カークさんは帰っていった。今日はこれから門外で調査の仕事があるんだって。
「咲楽ちゃんは俺に勝って欲しい?」
「もちろんです」
「じゃあ頑張らなきゃね」
「別に、とか言ってたら、手を抜いたんですか?」
「手を抜いたら、相手に失礼でしょ?」
「でも大和さんが手を抜くって、想像つかないです」
「手を抜く事は、相手を見下す事と同じだって言われ続けてきたしね。ひいては自分の修行を否定すると同等だと」
「厳しいですね」
「心構えとしては極普通の物だけどね」
「そうなんですか?」
「武道としたら当然だと思うけど」
「武道なんて分かりません」
「そうだよね」
私には武道とか分からない。でも言ってる事は何となく分かる。
「いつも何を考えて戦ってるんですか?」
「何をって、どうやったら勝てるか、相手の隙はどこか、そこを突くにはどうするかって感じかな。他の事を考える余裕はないよ」
「そうなんですか?」
「終わったら考えられるけどね。試合だったら」
「試合だったら?」
「実戦では無理だよ」
そうか。大和さんは実戦の経験もあるんだった。
「ショックだった?」
「ショックっていうか、改めて認識したというか」
「従軍経験なんて無い方がいいよ」
「候補としては考えたんですけどね」
「ん?」
「NPOとか、一応考えたんですけど、勇気がなくて」
「そっか」
何となく黙ってしまった。繋いだ手が暖かかった。
「どんな服を選ぶのかな?」
「闇の日の衣装ですか?」
「そう。エリー様のリクエストが『可愛い格好』だからね。あの3人がどういうのを選ぶのかな?って思ってね」
「闇の日って誰を連れていくんですか?」
「ゴットハルト」
「すでに決めてたんですね」
「プロクスも考えたんだけど、リリア嬢がいるし」
「婚約者がいる人は不味いですよね」
「エスターはその日は遅番だし」
「あぁ……」
「団長を連れていく訳にいかないし」
「後、考えた人は?」
「デルソル、ガイ、ミメット部隊長、ダニエル達、カーク」
「知り合い全員じゃないですか」
「それには『咲楽ちゃんの』って言葉を足してね?」
「えぇぇ……」
「俺の知り合いはもっと居るし」
あ、負けず嫌い発動。
「そうですね。大和さんの交遊関係は、私より広いですもんね」
「そういう事」
「満足そうですね」
「自分の主張が認められるとね」
「今回のは大和さんの負けず嫌いが、発動しましたもんね」
「そんな事無いよ」
「はいはい。そうですね。そんな事無いですね」
「咲楽ちゃんに弄られる日が来るとはっ!!」
「弄ってません。事実を言ったまでです」
「傷を抉られた……」
「言っておきますけど、要求は受け付けません」
「さらに予防線まで。咲楽ちゃん、そんなテクニック、どこで覚えたの?」
「大和さんの真似です」
「まさかのブーメランだった」
「施療院に着いたら、ヨシヨシしてあげます」
「ハグとキスは?」
「しません」
「中庭なら、人目につかないよ」
「しません」
「咲楽ちゃんからはしないんだね。じゃあ、俺からする」
「決定ですか?」
「決定しました」
「それって大和さんの中ではって事ですよね?」
「だって咲楽ちゃんからはしないんでしょ?必然的に俺からになるじゃない」
「どういう理論でそうなるんですか?」
「簡単でしょ?ヨシヨシとキスとハグはセットだし」
「セットなんですか?」
「セットだよ。知らなかったの?」
「知りませんよ」