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「4の鐘前に、エスパスだったね」
「そうですね」
「もうすぐ3の鐘か。2人ともどうするんだい?」
「私は、ローズさんが迎えに来てくれることになってます」
「私は、お兄様に送っていただくことになっております」
「いったん私も戻るよ」
王宮を出て、いったん家に帰る。
軽い昼食を用意して少し早めのお昼を食べたら、庭に出た。最近良い天気が続くから、庭にいるのが気持ちいい。
舞台を整地しようとも思ったんだけど、大和さんに聞いてからじゃないとどうするのかが、はっきりしない。
家の前に大きな馬車が停まった。ローズさんが降りてくる。
「サクラちゃん、行きましょ」
「はい。すぐ出ます」
馬車にはリディー様が乗っていた。
「リディー様、お兄様に送ってもらうって言ってませんでした?」
「ローズ様が迎えに来てくださいましたの」
「この後、ルビーと未成年の子達と、ファティマさん達を迎えに行くわよ」
「だからこんなに大きな馬車なんですね」
「それぞれ歩いてって大変じゃない。迎えにいっちゃおうってなったのよ」
「それ、知ってる人って」
「ルビーだけよ。でも、未成年の子達には、ルビーが言ってくれてるはずよ」
「はずって。助かりましたけど。ちゃんと連絡しましょうよ」
「でも楽しいですわ」
ほぼ王都を一周したらしい。次々に皆が乗り込んでくる。
「みんな揃ったわね。エスパスに行きましょうか」
「助かったよ」
「急に馬車が止まってビックリしました」
「大きな馬車だねぇ」
「荷物の配送とかにも使うから、大きい馬車が必要なんです」
「なるほどねぇ」
馬車の中は女性だらけだ。必然的に賑やかになる。
エスパスに着いた。
「立派なお屋敷だねぇ」
「こんな所、入って良いんですか?」
「すっごーい」
「皆様、ようこそお越しくださいました」
あ、この前案内してくれた人だ。
「お部屋に案内いたします。その後、身支度を整えていただきます。こちらへどうぞ」
案内されたのはドレスがたくさん掛かった大きな部屋。ちゃんとテーブルとソファーもある。エリザベート様、ジュリエッタ様、スサンヌ様も入ってきた。
「お好きなドレスをお選びください」
これ何着あるの?どう見ても10着や20着じゃないんだけど。
よってたかってドレスのところに連れていかれて、いろんなドレスを合わせられた。私の意見なんて聞いてくれない。
「こっちの方が似合うわ」
「濃い色は似合いませんねぇ」
「ピンクとか?」
「天使様には合いますけど、これですと子供っぽいですわね」
「こんなミニ丈もある~」
「これってどう着るの?」
何故、私の所ばかり、ドレスを合わせに来るんでしょうか。明らかに合わないスレンダーラインとか、ミニ丈とか、原色系とかあれもこれもと当てられた。
「サクラちゃん、疲れてるわね」
「サクラさん、これからですわよ」
「疲れてるわねって、誰の所為ですか」
「あら、でも、似合ってるわよ」
「お似合いですわ」
着せられたのは若草色のドレス。ただいまエスパスの方によって髪を結われています。
ローズさんもスサンヌ様も着替え終わって様子を見に来たらしい。
「サクラちゃんが出るのは一番最後よ」
「皆様、賛同下さいましたわ」
「エスコート役がいないのが残念ね」
「誰か騎士でも引っ張ってきましょうかしら」
「トキワ様が一番なのよね」
「今は神殿騎士様ですものね」
ローズさん達がおしゃべりしながら行ってしまって、私だけが残された。
「サクラ・シロヤマ様、どうぞおいでくださいませ」
案内をしてくれた男の人が呼びに来た。柔和なおじ様だ。
「よろしければ、お手を」
「はい」
声が震えた。緊張しているのかも。
「無理はなさらなくて、大丈夫ですよ」
「いいえ。すみません」
「ふむ。女性を付けましょう」
怖がってると思われたのか、呼ばれて来たのは、以前見た女性騎士様。
「お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
「騎士トキワでなくてすみません」
「いいえ。ご迷惑をおかけします」
「迷惑などと。光栄です」
女性騎士様のエスコートで階段を降りる。その先には御使者達とたくさんの男の人。
「あの人達は?」
「絵師の方々です」
「やっぱりですか」
「えぇ。御使者様達の絵姿は毎年人気ですが、今年は特に凄いようですよ」
「変な重圧をかけないで下さい」
「本当の事ですよ。私も予約しています」
「予約ですか?」
「私の行きつけの文具屋は予約ができるんです」
「どこの文具屋さんなんですか?」
「貴族街の一角ですね。品揃えが良いのです」
「行ってみたいです」
「ご案内しましょうか?」
「お願いできますか?」
「喜んで」
階段を降りきると、親睦会の始まり。お茶会というか、ガーデンパーティーだ。座る為のテーブルと椅子はあるけれど、自分達で自由に動いて話ができる。ローズさんとルビーさんに、たくさんのお菓子が盛られたテーブルに連れていかれた。
「サクラちゃん、これ、美味しいわよ」
「あっちで座って食べましょ」
「スサンヌ様とユーフェさんも一緒にね」
「そうよね」
花より団子って言葉があるけど、そのまんま当てはまる。早咲きのバラが素敵なのに、落ち着いて見ているのはジュリエッタ様とエリザベート様だけ。落ち着くまではこんな感じなんだろうな。
「シロヤマ様、失礼いたします。これを」
さっきの女性騎士様になにか手紙を渡された。
「後でお読みください。私からのデートのお誘いです」
あぁ、文具屋さんに連れていってくれるって話ですね。
「アデレード様、相変わらずですわ」
「サクラちゃん、デートのお誘いって?」
「文具屋さんに連れていってくれるって話です」
「色気がないわね」
「さっきの女性騎士様、アデレード様と言うの?」
「ご本人には『エリー』とお呼びしてね。自分は騎士だからって言い張っておられるのよ。あの御容姿ですから憧れを抱く娘もたくさんいますけれど。常に男装してらっしゃるわ」
スサンヌ様とは幼い頃から付き合いがあって、一時期アデレード様を婚約者と誤解されたこともあったそうだ。騎士になったのは完全に自分の意思で、それをやりがいがあると言われて、ご両親も匙を投げているらしい。
5の鐘の前に、ゾーイさんから閉会の挨拶と共に、今日でフルールの御使者の練習は終了だと言われた。着替えてエスパスを出る。大和さんが待っていた。
「楽しかった?」
「大和さん、お疲れ様です。楽しかったですけどお迎えに来てくださったんですか?」
「いったん戻って居なかったから、こっちかなと思って迎えに来た」
「ありがとうございます」
「帰ろうか」
「はい」
「騎士トキワ」
「はい。エリー様、どうなさいました?」
「次の闇の日、彼女をデートに誘うから」
「誰か一緒に行きましょうか?」
「そちらに任せる」
「分かりました」
「では、シロヤマ様。失礼いたします」
「大和さん、意味が分かってないんですけど」
「何か渡されなかった?」
「これでしょうか?」
「手紙ね。後で読もう」
家に帰る前に市場に寄ることにした。
夕食を市場ですませることにして、東の市場に寄る。
「お夕食を外食って初めてです」
「そうだね」
「どこに行くんですか?」
「ビストロ」
「ビストロって何でしたっけ?」
「酒の提供もある大衆食堂って所かな。ちゃんと食事もできるよ」
「お酒ですか?」
「伝えておいたら出てこないから。その辺は信用して?」
「はい」
大衆食堂って聞いてたけど、しっかりしたウェイターさんが居るお店だった。
「さっきの手紙、見せてくれる?」
「はい」
「あ、咲楽ちゃんが先に読んでね」
手紙には次の闇の日、サクラ・シロヤマ様をデートに誘う事、ヤマト・トキワも付いてきても良いという事、時間と服の指定がされていた。服の指定?
大和さんに手紙を見せると、肩を震わせてしばらく笑ってた。
「あの人らしい」
「出来るだけ可愛い格好をしてくるようにって、なんなんでしょう?」
「あの人はね、可愛い物とか好きなんだよ。自分では身に付けようと思わないけど、見てるのが好きらしい。完全に観賞用だね」
「誰かを一緒にって言うのはなんだったんですか?」
「咲楽ちゃんに気を使ったんでしょ。俺と居たいんじゃないかって」
「確かに居たいですけど、それと誰かをの関連性が分からないです」
「エリー様は男装の麗人だから、咲楽ちゃんと2人だと咲楽ちゃんがいらぬ噂の的になるかも知れない。俺と3人だと今度はエリー様に噂が立つかもしれない。だから誰かを連れていくんだよ」
「Wデートを装うって事ですか?」
「まぁ、そうだね」
「後、問題が1つあります。私って可愛い服ってないんですけど」
「ジェイド商会の出番かな?」
「新しくって事ですか?買わないで何とかしたいです」
「ジェイド嬢とルビー嬢とマソン嬢に見立ててもらったら?」
「家に来て貰うんですか?」
「違う違う。咲楽ちゃんの魔空間の容量は?」
「全部持っていけと?」
「それなら解決するでしょ?」
「確かに」
お店を出て、家に帰る。
「大和さん、本当にお酒、強いんですね」
「あれくらいならね」
「でもボトル一本空けましたよね」
「フルボトル一本じゃね」
「身体が心配です」
「酔いはしないけどね。毎晩じゃないから、多目に見て?」
「はい」
返事はしたけど、心配なものは心配だ。
家に着いて、お風呂に行く。大和さんが行ってる間に明日のスープを作っておく。明日はミネストローネにしよう。最近市場で、コンキリエとかフジッリとかファルファッレとか色々ショートパスタを見つけたんだよね。
スープができたら、裁縫をする。ジャンヌ様のベールも進めておきたいし、ハンカチももう少しだ。施療院の分のハンカチを先に仕上げてしまわないと。
刺繍が隅に来るように位置を調整して、裁断した布を縫い合わせる。一枚布のハンカチだと端を三つ折にして縫えば良いけど、布を重ねて縫うハンカチは、ちょっと手間をかける。縫い合わせた上から押さえる為にもう一度細かく縫っていく。一枚布のハンカチの方が手間はかからないんだけど、これは私のただの拘り。刺繍の裏面を見せたくないってだけ。
前に闇属性から守るために大和さんに渡したハンカチは、急いでいたから楽な巻きかがりで作ったんだけど。
「咲楽ちゃん、風呂行っておいで」
「はい」
裁縫道具を片付けて、お風呂に行く。
今日のエスパスのお菓子類はすごく美味しかった。お茶も美味しかったし、早咲きのバラも綺麗だった。
あのドレスも素敵だった。なぜ私だけよってたかってみんなにドレス選びをされたのか、いまいち分かってないけど。あれは疲れた。
大和さんとその後行ったビストロも美味しかった。私は友達とファミレス位しか行ったことなかったけど、ビストロって高級なイメージがあるんだよね。大和さんは知っていそうだったし、聞いてみよう。
後はエリー様との文具店は次の闇の日かぁ。本当に何を着ていこう。可愛い格好って……。
考えながら、お風呂を出て、寝室に行く。
「おかえり」
「戻りました」
「今日はマッサージはどうする?」
「ほとんど座ってましたし、今日は大丈夫です」
「じゃあ、ここにおいで」
「膝枕ですか?」
「そう」
「私が横になるんですね?っていうか、白ネコパジャマと同じ体勢じゃないですか」
「白ネコパジャマ、着る?」
「着ません」
「残念」
大人しく大和さんの組んだ足に頭を乗せる。
「大和さん、聞きたいんですけど、今日行ったのって、ビストロって言ってましたよね?」
「うん」
「私、ビストロって高級なイメージがあったんですけど。レストランより上って感じの」
「ビストロはレストランより庶民的だよ。さらに手軽な店がブラッスリー。まぁ、ビストロはカフェより上といった見方や、カフェ・レストランと同義とされる事もあったけどね。さらにはあえてブラッスリーを名乗る高級レストランも存在したし。居酒屋の一種のmastroquetもブラッスリーと同義だね」
「なんかいっぱい出てきた」
「レストランの中でも高級レストランはドレスコードがあったり、子どもは入店できないとかもあったよ」
「いまいち分からないんですが」
「そこはちゃんと選ぶから、大丈夫」
「大和さんってマナーとかも完璧そう……」
「そこはねぇ。交渉担当者に教え込まれたから」
「あぁ、こっちに来て貴族様がやれそうな、交渉担当者さん」
「枕詞が長いね」
「だって大和さんが言ってたじゃないですか」
「そうだね。確かに言った」
「テーブルマナーって、高校卒業時に習っただけなんですよね」
「そういうのがある学校だったの?」
「大和さんの時は無かったんですか?」
「私立ではするって聞いたね」
「そうだったんですね」
「これがジェネレーションギャップ」
「でも、今出来ているのは大和さんの方ですよね?」
「まぁ、パーティー時の会話術とか、交渉術とかも叩き込まれたし。酷いんだよ。何を考えてるか顔に出すなって、ひたすらポーカーをさせられたりとか。あれはただの趣味だったと今でも思ってる」
「お陰で今、勝てるんですよね?」
「そうとも言うね」
「チェスとかもその人に教わったんですか?」
「チェスは参謀だった人。戦略を学ばせてやるってもっともらしい事を言ってた」
「将棋が出来たからチェスもって事じゃないんですか?」
「チェスと将棋は違うからね」
「違いが分からないんですけど。東洋と西洋の違いって位しか」
「どっちも最終的には相手の王を取れば良いんだけど、盤や駒数も違うし、駒の種類はチェスが6種類なのに対して、将棋は8種類だし、使う駒はチェスが1人16個で2人で32個なのに対して、将棋では1人20個で2人で40個の駒を使うんだよ。後、チェスは取った駒を使わないのに対して、将棋は自分の駒として使えるね」
「そうなんですか」
「理解出来ないって顔をしてる」
「出来ていません。駒数と駒の種類と……?」
「覚える気があるなら教えるよ?」
「今は無理そうです」
「覚えたくなったら言って。教えるから」
「その時はお願いします」
「そろそろ寝る?」
「はい」
大和さんが私の頭の下から足を抜いた。横になって抱え込まれる。
「おやすみ、咲楽ちゃん」
「おやすみなさい、大和さん」