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貴族であり学園生であるリディー様には、理解は難しいかもしれない。学生の頃は学校の休み時間に話したりとか出来たもの。
診察室に向かう途中に、リディー様に説明する。
「リディー様、たぶんですけど、学園に戻ったら、ビックリなさいますよ」
「何故ですの?」
「自由にできる時間があることにです」
「そうね。学園だと休み時間に話したりできるものね」
「私達は患者さんが来なかったら、集まって話したりしてるけど、他の職場だと無理よね」
「そうなのですね」
診察が始まった。いつもの時間にオスカーさんが来院した。今日はミゲールさんじゃない人が付いてきている。
「嬢ちゃん、ちょいとすまねぇが、こいつの話を聞いてやってくれや」
「なんでしょう?」
オスカーさんの指の処置をしながら、尋ねる。
「天使様は、闇属性もお持ちと聞きましたが」
「はい。持っていますよ」
「僕もなんです」
「そうなんですか」
「それでですね、闇属性をどう使えばいいのか、分からなくなりまして。最近変なのがうろついていますし、使わない方がいいのでは、と思い始めて」
「今まではどう使ってたんですか?」
「争いを納めるというか、避けるというか」
「こいつはな、話し合いの場になくてはならない奴なんでさ。こいつが居るのと居ないのとじゃ言い合いの頻度が違う。最初は偶然かと思ったんだが、嬢ちゃんの話を聞いて、こいつのお陰だと思い至ったんでさ」
「かいかぶりですよ。白熱した意見の出し合いだといいんですが、言い争いの所には居づらいんです。だからつい、落ち着け~ってやっちゃうんですよ」
「それでいいんじゃないですか?落ち着け~ってやるので」
「正しい使い方なんでしょうか?」
「私はそう思いますよ。闇ってはっきりした効果が見えにくいですけど、確実に効いてるなって分かりますよね。いつの間にか穏やかになってたら、良いことじゃないですか?」
「嬢ちゃんの言う通りでぇ。自信を持ちやがれ」
「オスカーさん、無茶を言わないでください。僕のこれは元々です」
「闇属性持ちの方って、自信がない方が多いですよね。私もですけど」
「嬢ちゃんも?」
「なぜビックリするんですか?オスカーさん。自分の出来ることを精一杯やってますけど、自信なんて無いから、日々勉強ですよ」
「嬢ちゃんに自信がないんなら、こいつが自信なくて当たり前だな。聞いたか?嬢ちゃんでも日々勉強だとよ」
「はい」
オスカーさん達は帰っていった。偉そうに言っちゃったけど、私に自信なんて無い。こっちに来て最初に大和さんに言われたように、『自分に出来ることを精一杯』やってるだけだ。
3の鐘が鳴って、休憩室に行く。
「早速だけど、お願い、いいかしら?」
「内容によります」
「それはそうよね」
ローズさんが茶々を入れた。
「これなんだけど」
取り出されたのは色とりどりの小石?
「これね宝石としては価値がないけど、綺麗な色付の石だから、何かに使いたいのよ。小さい頃に集めてたものなんだけど」
「それって以前言っていたものですか?」
「そう。オーガ族の方に見てもらったわ」
「ちょっと宿題にしてもらっていいですか?すぐには思い付きません」
「私もですわ」
「ルビー、これのどこがお裁縫に関する事なのよ」
「この先、必要かもしれないじゃない」
「考えることは私にだって出来るわよ。実際に作るのは無理だけど」
「ルビーさん、これって、金属にくっ付けるって出来ますか?」
「地属性でって事?出来るでしょうけど、よほどの熟練者じゃないと無理よ。私には出来ないわね」
「ローズさん、ダフネさんに聞いてみていいですか?」
「構わないけど、何をするの?」
「薄い金属を頭に沿うように曲げて、そこにこの石をくっ付けられないか、聞きたいんです」
「アイデアはいいわね。今日、寄ってく?」
「今日は無理かもしれません」
「あら、何故?」
「明日は大和さんが早番だから、早く寝てしまうんです。そうなるとお風呂とか、夕食とか、時間を前倒ししないと駄目なので。そう考えると、ジェイド商会に寄ってる時間がないんです」
「そこまで考えてるの?」
「考えなきゃ、有効に時間は使えません。私は一日が限界ですけど、大和さんは一月単位で考えてます。それ以上かもしれませんけど」
「例えば?」
「庭にこれを作るなら、この日までにこれをして、って感じですね」
「何を作る気?」
「レーヴの棚です」
「レーヴの事を言ってたわね。珍しく興奮して。そうか。レーヴだと棚がいるわね」
「サクラちゃん、市場で買っていけば?そうすればジェイド商会に寄れるんじゃない?」
「魅力的な提案ですけど、ジェイド商会に寄ったら、私が動かなくなりそうなので。明日にします」
「動かなくなる?動けなくなるんじゃなくて?」
「いつもサンドラ様や、ダフネ様に、引き留められている感じがするのですが」
「服飾部に上がっちゃうと、動けなくなるんだけど、そうじゃないと、調理器具や魔道具なんかを見てて、サクラちゃん自身が動かないのよ」
「だって、どう使うんだろうって考え出すと、楽しいじゃないですか」
「お陰で、私より家の商品に詳しくなりそうよ。各部門の主任達が言ってくるもの。『お嬢様も天使様ほど熱心でしたら』って」
お昼からの診察が始まった。相変わらず街壁工事関係と闘技場工事関係の怪我人が多い。しかも闘技場の工事の人は『我々がフルールの御使者までに立派に仕上げますんで』って気合い十分に言ってくる。気合いは良いんだけど、『怪我をしないように気を付けてください』って何人に言ったか分からない。
ライルさん以外全員言われているようだ。ライルさんはフルールの御使者には出ないからね。所長はリディー様の余波が飛んでくると笑ってた。
聞いた感じだと騎士団対抗武技魔闘技会に闘技場を使わないのは、フルールの御使者の為に準備をするからなんだとか。私は日本のイベントなんかで一晩でイベントの会場が出来たように見えた事を思い出した。あれも一晩で出来ていた訳じゃなくて、何日か掛けていたんだよね。当時は一日で準備が出来るものだと思い込んでいた。見た目にガラッと変わっていたんだもの。
こちらには魔法があるけど、重機なんかはない。だからほぼ手作業だ。
作業してくれてる人達には感謝しかないけれど、無理だけはしないで欲しい。
終業時間になった。ライルさんとローズさんとリディー様と4人で帰る。
「リディー様、ちょっといいですか?」
少し2人で内緒話。
「例の物、あと少しなんです。リディー様と一緒に渡したいんですけど、どうします?」
「私と一緒にですの?」
「えぇ。もうすぐ出来ますから一緒に渡しましょう。お昼休みですかね」
「そうしましょう。楽しみですわ」
「リディー様、内緒ですよ」
「分かりましたわ」
バレそうな気がする。だってリディー様、明らかにウキウキしてるんだもの。
王宮への分かれ道で大和さんが待っていてくれた。
「おかえり、咲楽ちゃん。お疲れ様」
「大和さんもお疲れ様です」
「帰ろうか」
「はい。皆さん、失礼します」
歩きながら、今日の事を大和さんに話した。
「ジェイド商会に寄っていかなくて良かったの?」
「はい。あ、大和さん。市場の手芸品があるお店に連れていってください」
「手芸品がある店?何が欲しいの?」
「リボンです」
手芸店で数種類のリボンとハンカチ用の布や刺繍糸、綺麗に染められた紙を買う。
「お待たせしました」
「もういいの?」
「はい」
お惣菜を買って、家に帰る。本当は作りたかったんだけど、大和さんが買っていきなさいって言ってくれた。
「すみません」
「何を謝るの?」
「本当は作ろうと思ってたんですけど」
「お惣菜も美味しいでしょ?咲楽ちゃんのが一番だけどね」
「大和さん、明日早番ですよね?」
「そうだね。また咲楽ちゃんを抱え込んで寝てしまいそうだ」
「頑張って抜け出します」
「ごめんね」
「そうして良いって言ったのは私ですし。最近、コツが掴めてきたような気がします。それに貴重な大和さんの寝顔を見られるチャンスですから」
「テレるね」
「それを言ったら、毎朝見られている私はどうしたら良いんでしょうか?」
「気にしなければいいんじゃない?」
「それ、ブーメランですよね」
「俺は気にしてないから」
「テレるって言ったのに」
「言っただけだし」
「本当に気にしてないんですか?」
「咲楽ちゃんにならね」
「私になら?」
「咲楽ちゃん以外は、近付かれたらたぶん起きる」
「起きちゃうんですか?前に聞いた気がしますけど」
「この癖もそろそろ抜けて欲しいんだけどね」
「気を抜いていいと思いますけど」
「抜いてるはずなんだけどね」
家に入って、着替えてから夕食にする。
「こういう煮込み系とかスープ類とか、揺らさず持ち運べるって、異空間とか魔空間ってどうなってるんだろうね」
「私は別次元に別空間があるってイメージだったから、そうなんだって思ってましたけど」
「俺もそのイメージだったけど。やっぱり気になるんだよ」
「大和さんは探求系ですね」
「探求系ねぇ。興味のある事が多すぎるんだよね」
「いろんな事が出来ますもんね」
「覚えて役に立ってるから良いけど、職人達から見たら、中途半端だよね」
「別に商売にしてる訳じゃないから、いいんじゃないですか?」
「刺繍が気に入らない。こんなのは人にあげられない、って言ってた人の台詞とは思えないね」
「あの時はそうだったんです。体調も悪かったし」
「そうだったね」
あの時の事って、あんまり思い出したくないって言うか、思い出せないと言うか。
「咲楽ちゃん、大丈夫?」
「え?何がですか?」
「無意識?凄く辛そうだったけど」
「辛そうですか?」
「思い出したくないって感じだった」
「まぁ、思い出したくないって言うか、思い出せないと言うかって感じですけど。肝心な所がボヤけてるっていうかそんな感じです」
「はっきりしないの?」
「覚えてる所は覚えてるんですよ。でも、なんていうか……」
「俺の事を覚えていてくれたらいいよ」
「大和さんを忘れるなんて出来ません」
「嬉しいね」
会話が途切れた。気を使わせちゃったのかな。
「今は、おかしな事はないんだよね?」
ポツリと尋ねられた。
「はい。すみません。気を使わせましたね」
「そんな事はないよ」
なんだか気まずい感じの夕食が終わって、片付けを終えた。小部屋に移動して少し寛ぐ。
横向きに大和さんの膝に乗せられた。
「どうしたの?」
ポスっと大和さんの胸に頭を預けたら、笑われた。
「こうしたかったんです」
「それでも俺の方を向いて、座るのは恥ずかしいの?」
「恥ずかしいです」
「早く慣れようね」
「慣れるといえば、神殿勤務になってから公道でハグされるのは慣れません」
「あれはいってらっしゃいのハグでしょ?」
「王宮勤務の時も、そんな事してなかったじゃないですか」
「した方がいい?」
「そんな事は言ってません」
「いってらっしゃいのハグに慣れてきたら、次はいってらっしゃいのキスだからね?」
「はい?」
「え?当然でしょ?」
「キス自体、慣れないんですが」
「回数を踏んでいけば慣れるって」
「と、言うことは、大和さんは慣れるほどの回数のキスをしてきたんですね?」
「うわっ。やぶ蛇だった」
「大和さん?」
「してないよ」
「本当ですか?」
「本当本当」
そう言ってそそくさとお風呂に行っちゃった大和さんを、ため息を吐いて見送る。
明日のスープを作っちゃおう。野菜を刻んで炒めてから、水を入れて煮込む。
この水って、光属性で祈ったら、どうなるのかな?やってみよう。美味しくなりますように。怪我とかしませんように。
どうなるかは明日のお楽しみだよね。明日は大和さんは早番だし、カークさんにバレたりしないよね。
もちろん、カークさんが私の事を心配して言ってくれてるのは知ってる。でもやってみたくなっちゃうんだよね。
「咲楽ちゃん、何かウキウキしてるね」
「そうですか?」
「咲楽ちゃんは誤魔化すのが下手だね」
「何の事ですか?」
「スープに何かしたでしょ」
「してません」
「まぁ、良いや。風呂行っておいで」
「はい」
バレてる、よね。思わずしゃがみこむ。
私が誤魔化すのが下手なんじゃなくて、大和さんが鋭いだけだと思う。人の顔色とかで判断しちゃうんだもん。確か呼吸状態とか筋緊張の感じとかも見てるって言ってたけど。そんなの、見て分かるもの?
スープに何かしたでしょ?って属性魔法でお祈りしただけだもの。いつもより美味しいといいなって思っただけだもの。別に悪いことじゃないもの。いいよね、この位なら。
大和さんも色々実験してるみたいだしいいよね。
自分に都合のいいように言い訳をして、寝室に行く。大和さんはベッドで横になっていた。
「おかえり」
「戻りました」
ベッドで枕元に座ると、大和さんが私の足に頭を乗っける。
「もう寝ますか?」
「うん」
私の腰をホールドした状態で大和さんは眠りに落ちていった。疲れていたのか、眠るのが早い。
大和さんの頭を撫でるって普段しないから、新鮮なんだよね。大和さんはいつも大人で、こんな無防備な姿って貴重だ。
しばらく大和さんの頭を撫でて、私も眠くなってきたから、頑張って抜け出して横になる。横になったら腕が伸びてきて抱え込まれた。起きてないよね?
「おやすみなさい、大和さん」
そっと囁いて、私も眠った。