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土の日。今日は少し曇ってる。朝晩も少し暖かくなってきた。暖炉を入れない日も増えてきた。今日はどうしようかな。
起きて着替えようとして、気が付いた。私ってば、また大和さんのシャツを握ってる。昨日は大和さんは遅番だったんだよね。今日は日勤。
眠っちゃってる間の行動だから、自分で何をしているかの自覚はない。自覚はないけど、これはどうなの?
着替えを済ませて、ダイニングに降りる。うん。暖炉は要らないかな。そのまま庭に出る。
やっぱり外は肌寒い。上着を着てたら大丈夫だけど。
花壇の芽達とベリー類に水をあげていると、大和さんとカークさんが庭に入ってきた。
「ただいま、咲楽ちゃん」
「おはようございます、サクラ様」
「おかえりなさい、大和さん。おはようございます、カークさん」
「寒くない?」
「大丈夫です」
大和さんとカークさんが庭でストレッチを始めた。
「再開ですか?」
「そうだね。瞑想もするから、以前と違ったら言って」
「はい」
大和さんが瞑想の為に座ると、カークさんが私の側に来た。
「あの状態のトキワ様を見るのは久しぶりですね」
「そうですね」
今日はどの剣舞になるんだろう。『秋の舞』が途中だったけど。
大和さんが瞑想を解いて、舞台に上が……りかけて止まった。
「舞台が荒れてる」
「コルドの間、放ってましたからねぇ」
「地属性で何とかならないでしょうか?」
「板張りが理想なんだけど、板張りにしてしまうと、屋根を付けなきゃって思ってしまうんだよな」
「それって大変ですよね」
「木材はあるけど」
「作る気ですか?」
「1人じゃ手に余る。計算はしてみるけど」
結局、今日の剣舞は無し。大和さんはシャワーに行った。暖炉に火を入れる。寒いって訳じゃないんだけど。
「もう少し、暖炉は要りますね」
「そうですよね」
「ずいぶん暖かくなってきたのですが」
「サクラ様は寒さは平気な方ですか?」
「人並みと言うことで」
「トキワ様は寒さにお強いですよね」
「強いですね」
「あの舞台ですが、ずいぶん荒れていましたね」
「整地だけならなんとかなりそうですけど」
「地属性を使えば、なんとかなりますよ」
「でも、大和さんは板張りって言ってましたよね」
「サクラ様の樹魔法と私達の地属性で……。うーん、難しいかもしれません」
「難しいですか?」
「板を張って、しばらくは良いんですよ。ただ、木材だと風雨に曝されると、傷みますからね」
「どうしても屋根が居るってことになるんですね」
「木工職人なら何か手段があるかもしれませんが」
「今はお忙しいようですしね」
「闘技場ももうすぐ完成のようですね」
「フルールの御使者は闘技場で、という噂ですが」
「騎士団の武闘会は王宮ですよね?」
「そうですね。サクラ様も行かれるんでしたよね」
「私は施術師としてです」
「場所の変更があれば、真っ先に知らされるのでは?」
「そうですよね。なにも聞いてないって事は、王宮ですよね」
「当日はお忙しいでしょうね」
「ですよね。でも少し楽しみです」
「私もお側にいたかったです。でも観客としてしか、私は入れませんからね」
大和さんがシャワーから戻ってきた。
「大和さん、コーヒーはどうしますか?」
「今日は辞めておくよ」
「じゃあ、朝食、食べちゃいましょう」
いつものように朝食プレートを運んで、朝食を食べる。
「トキワ様、この前の腕輪ですが、1つだけ形が違ったのは、やはり馬用のカフクのようです」
「カフク?」
「人族用で言うと足用ガードですね」
「shin guardか」
「そういう言い方をされるのですね。馬用のカフクをセイレーンが置いていったというのは、珍しいですが、無いことはないようです。腕輪は付けられないのですか?」
「邪魔になるからな」
「ブレスレットがありますし」
「どうされます?売却するなら、手続きしますが」
「どうする?咲楽ちゃん」
「記念に持っておいても良いんですけどね」
「じゃあ、咲楽ちゃんのは記念に持っておく?俺のは要らないんだけど」
「セイレーンさんが気を悪くしたりしませんか?」
「売却したらって事ですか?そういう事は聞きませんが」
「私のはとっておきます」
「俺のは売却ということで。カーク、頼めるか?」
「お任せください」
「カークが持ってても良いんだけどな」
「セイレーンの腕輪は持っているのですよ。馬用のカフクはどうしますか?」
「エタンセルが嫌がらなければ、付けてやろうかと」
「分かりました」
朝食後はいつものようにカークさんが食器を洗ってくれた。
「サクラ様、何をなさっているのですか?」
「記念のハンカチを作ってます」
「記念のですか?」
「はい」
施療院のみんなのマークの刺繍が仕上がって、みんなの腕章も出来て、白衣に刺繍もし終わったから、練習に刺していた布をハンカチにしている。所長のは私とリディー様の合作だ。
「咲楽ちゃんはいつも何かを作ってるね」
「手持ち無沙汰というか、手を動かしていたいんですよね」
「着替えておいで」
「はい」
自室に行って出勤準備をする。今日もカークさんが途中まで付いてきてくれる。
光神派の目的や行動が把握できない以上、何が起こるか分からないし、用心に越したことはないと、私が1人で出歩く事がないように、みんなが協力してくれている。
困ったことに光神派の人が何をしたいか分からない以上、『天使様』である私を1人には出来ないんだそうだ。
私が1人で出歩くのが無理っていうのは、どこか棚の上の見えないところに置いといて、一緒に行動してくれている大和さんやカークさんに、迷惑がかかっていないかっていうのが気になる。
「お待たせしました」
「行こうか」
家を出る。
「咲楽ちゃん、何を作ってたの?」
「大和さんが出勤準備をしに行った時の事ですか?」
「そう。何か作ってたでしょ?」
「ハンカチを作ってたんです。施療院の刺繍したのをハンカチにしてたんです。ちょっとしたサプライズです」
「俺にも作って?」
「あの、私もお願いします」
カークさんまで控えめに言ってきた。
「構いませんよ。何を刺繍します?」
「狼は止めてね」
「肉球は?」
「ダメ」
「えぇ……」
「私は何でもよろしいです」
「カークさんは属性モチーフにしますね」
「ありがとうございます」
「俺はどうしよう」
「考えます」
神殿へ向かう分かれ道に来た。
「いってきます」
両手を広げられた。
「言葉と行動が合っていません」
「いってらっしゃいのハグをね」
「公道ですよって前にも言いましたよね?」
「大丈夫。誰も居ないから」
「前の時もそう言いましたね」
諦めて大人しくハグされる。
「いってらっしゃい」
「はい。大和さんもいってらっしゃい」
「じゃあ、夕方にね」
「はい」
以前と同じく明後日の方を向いてくれてたカークさんに、声をかけて、施療院に向かう。
「トキワ様はサクラ様を愛しておられますね」
「でも往来ではしないで欲しいです」
「大丈夫です。誰も見てはいませんでしたから」
「見てはって、通っていったとかじゃないですよね」
「どうでしょう?」
「まさか……」
声音が固くなっちゃったのを感じ取ったらしいカークさんが、慌てて言ってくれた。
「大丈夫です。誰も通っていません」
「良かった」
ホッとした。
いつもなら、チコさん達が通る頃合いなんだけど、大丈夫だったみたい。
少し行くと、向こうからローズさんが走ってきた。声も聞こえる。
「サクラちゃーん」
「バラの精霊様はお元気ですね」
「そうですね」
「おはよう、サクラちゃん。カークさんもおはよう」
「おはようございます、ローズさん」
「おはようございます、バラの精霊様」
「そのバラの精霊っていうのは、ずっと呼び続けるの?」
「はい。そのつもりですが」
「そうなんだ」
「ローズさん、諦めましょう」
「諦めたくないのよ」
「分かりますけどね」
ここからライルさんやリディー様と合流するまで、カークさんも一緒だ。合流した後は、離れてったり、一緒に施療院まで行ったり、その時によって違う。
「もうすぐ光の貴公子様もみえられますね」
「リディアーヌ様には、何か付けないの?」
「考えている最中です」
「貴方が?」
「リディアーヌ様のファンの男性冒険者達がです。いろんな案を出して、ことごとく女性冒険者達にダメ出しをされていますね」
「どんなのがあったのよ」
「聞いたものですと、『我が心のアマン』『ファム・ファタール』『俺の理想』等ですね」
「呆れた。何なの?アマンって『愛人』じゃない。ファム・ファタールは『運命の女』って意味合いで使ったんでしょうけど、本来『男を破滅させる魔性の女』って意味で使われてるじゃない」
「だからダメ出しされてるんですよ。ヒドいセンスですよね」
「カークさんだったらどう付けるの?」
「私だったらですか?そうですね。『施療院の妹』とかどうでしょう」
「まぁまぁね」
「私にセンスはありませんからね」
「でも出てきた中で、1番マシよ」
「ありがとうございます」
「リディアーヌ様には内緒にしておかないとね」
「もちろんです」
「ローズさん、内緒って止めないんですか?」
「止めないわ。無駄だもの」
王宮への分かれ道にリディー様とライルさんが待っていた。
「おはようございます、皆様」
「あぁ、カーク君も送ってくれたんだね」
「はい。本日はここで失礼いたします」
「カークさん、ありがとうございました」
カークさんは少し急ぎぎみでどこかに行ってしまった。
「急いでいらしたのでしょうか?」
「シロヤマさん達が来る少し前から、あっちで冒険者達が待っていたから、それじゃないかな」
「冒険者様達が、最近施療院で私を見て、何かを言ってみえますの。これが良いとか、こっちの方が似合ってるとか。何なのでしょう?」
「それは気にしちゃダメよ。リディアーヌ様」
うん。知らせない方がいいよね。
「ジェイド嬢、また走っていったね?バタバタと走ってはいけないと、何度言えば覚えてくれるのかな?」
「はぁい」
「はぁ。分かってはいるんだろうけど、シロヤマさんの事になると、飛び出していっちゃうんだよね」
「ライル様、それは仕方がありません。本当はサクラちゃんの家まで行きたいくらいなんですもの」
「ヴェルーリャ殿に呆れられなきゃいいけど」
「ユリウス様はこんな私が良いって言ってくれるんですぅ」
「口を尖らせない。レディとして、それはどうなの?」
「ローズ様、お可愛らしいですわ」
「大丈夫です。ユリウス様の前ではちゃんとしますもん」
「普段からちゃんとしないと、ボロが出るよ」
「そんな事は無いですぅ」
「語尾を伸ばさない」
「ライル様がマナーの先生みたいになってる。サクラちゃーん、助けて~」
「間違った事は言ってないですよね」
「サクラちゃんまで!?」
「シロヤマさん、良いことを言うね」
「天使様、お姉様のようですわ」
「リディー様のお姉様ってどんな方ですか?」
「優しいんですの。でもマナーに関しては厳しかったですわ」
「マソン嬢はマナーが綺麗だね」
「ありがとうございます、フリカーナ様」
施療院に着いて、更衣室に行く。
「ルビー、おはよう」
「ルビーさん、元気がありませんけど」
「ごめんね。ちょっと考え事をね。サクラちゃんにお願いがあるのよ。出来ればリディー様にも」
「あら、私は?」
「お裁縫に関する事よ?」
「無理ね」
「ルビーさん、お願いってなんですか?」
「お昼に話すわ」
深刻な事じゃないと良いんだけど。
「次の闇の日よね。エスパスって」
ローズさんが殊更明るい声を出す。
「そうね。私、ドレスを着てのお茶って不安だわ。溢しちゃったりとか、しないかしら」
「大丈夫よ。私もそこは不安だし」
「ローズさん、自信たっぷりに言わないでくださいよ」
「緊張しなくとも大丈夫ですわ。親睦会ですもの。正式なお茶会ではございませんでしょう?」
「そもそもお茶会をしないのよ」
「そうですの?」
「リディー様、施療院でもそうでしょう?休めるのはお昼だけ。施療院ではきっちりと休みますけど、昼食を食べてすぐに仕事という所もありますよ」
「どうしてですの?」
「理由は色々ですけど。期限に間に合わないから、とか、明日以降の仕事量を調整するためだとか。あぁ、夜に予定があって、というのもひとつの理由でしょうか」
「夜の予定ですか?」
「仕事を持っている人同士が話すには、夜が一番時間を取りやすいんです」
「そうですの?」
「はい」