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「セイレーンが変化した、と言われてるね。セイレーンって人形になるときもあるけど、大抵飛んでるからね。人形になったら下半身が鱗に覆われるって言われてるけど、見た事はないんだよね。目撃情報はあるんだけど」
「ありがとう。楽しめました」
「ありがとうございました」
「ホアの方が楽しめるけど、賑やかになるからね。お兄さん達、騒がれたくないでしょ?」
「フラーの間はそんなに人が来ないからね。またのんびりしに来てね」
のんびりにこやかなおじさま達に見送られて、湖を後にする。
「なんだかのんびりしたおじさま達でしたね」
「狸人族の人達だよ」
「そうなんですか?」
「騎士団で聞いてきた。あそこにいつも居るのは狸人族。狸人族と狐人族はほぼ人族と見分けがつかないらしいよ」
「へぇ。よく狸人族と狐人族は仲が悪いって言うのがありましたけど、どうなんでしょうね?」
「そこは情報が無いんだよね」
「でも、こうなると狐人族の方に、会いたくなりますね」
「そうだね。咲楽ちゃんは尻尾とか付いてた方が良いんじゃないの?」
「それはそうですけど、でもそこは本人達の自由ですよね?」
「確かにそうだね」
「大和さんは?」
「咲楽ちゃんに付いてたら可愛いよね」
「大和さんは、似合うのと似合わないのがありそうです」
「咲楽ちゃんはどんなのでも似合いそうだよね」
「大和さん、今朝の香り、ルビーさんが似合いすぎてるって言ってましたけど、どういう意味なんでしょう?確かに大人な男性って感じの香りでしたけど」
「ムスクは甘くて官能的と感じる人もいるらしいからね。そういう事なんでしょ。あれはムスクだと思うけど。どうなんだろうね」
「官能的ですか」
「咲楽ちゃんはどう思った?」
「甘くてパウダリーな感じでしたけど。確かに大和さんに似合ってる感じでした。嫌いではなかったです」
「嫌いじゃなかったんなら良いね」
「大和さん、あの腕輪、どうします?」
「カークに一応見せてみようと思ってる。着けるかどうかは、その後かな」
エタンセルに揺られながら、のんびりと話をしていた。
「ミエルピナエの女王様の所に寄っていこうか。咲楽ちゃんに会いたがってたし」
「はい」
草原のミエルピナエの所に行く。
「ヨク来タノ」
「ご無沙汰しております」
「狼ハソナタヲ、ナカナカ連レテ来ヌカラノウ」
ちょっと女王様がおかんむりだ。
「彼女にも色々都合があるのですよ」
「分カッテオル。何ヤラニ選バレタノデアロウ?」
「ご存じで?」
「冒険者ドモガ話シテクレタワ。祝イヲ言ウテオコウカノ」
「ありがとうございます」
「半身ハ狼ヲドウ思ウテオルノジャ?」
「好きです」
「ホウ。顔ガ赤イノ。良イ良イ。好マシイ感情ジャ」
女王様が嬉しそうにされていた。表情は変わらないんだけど、不思議と感情が伝わってくる。
「オォ、ソウジャ。コレヲ持ッテ行クガ良イ。蜜蝋二蜂蜜ト花の香リヲ加エテミタ。女ノ冒険者に評判ガ良イノジャ」
「女王様、こういう事がお好きなんですか?」
「ソウジャノ。コレヲスルト、喜ブ者バカリジャカラノ。妾ハ人ノ喜ブヲ見ルガ好キナノジャ」
「そうなんですか。ありがたく頂きます」
「咲楽ちゃん、そろそろお暇しようか」
「はい。女王様、失礼します。またお邪魔してもよろしいですか?」
「妾ハイツデモ待ッテオル。マタ来ルガ良イ」
「ありがとうございます」
「では、女王様。御前失礼します」
ミエルピナエの女王様の所をお暇して、家に帰る。
「頂いちゃいました」
「花の香りを加えたって言ってたね。今晩、使ってみる?」
「でもまだ前のが残ってます」
「使いきってからにしようか」
「はい」
北の街門から王都内に入って、エタンセルを放牧場に戻して、家に帰る。
途中で市場に寄って、夕食のお総菜を買った。
「良いんですか?」
「疲れてるでしょ?」
「まぁ、練習とか、多少は疲れてますけど」
「闇の日なんだし、良いじゃない」
「明日は作りますね」
「楽しみにしてる」
「パーゴラ、どうします?」
「この後、やっちゃってもいいけど?」
「まだどんな風にするか、決まってないんですよね」
「木材はあるし、ゆっくりでいいんじゃない?休みの日に俺とカークで作ってもいいし」
「じゃあ、相談に乗って下さいね」
家に入って、少し小部屋で寛ぐことにした。
「レーヴってあんな風になるんですね」
「ちょっと予想外だったな」
「どんな予想をしてたんですか?」
「蔓生だけどばら蒔きで良いっていうから、動くかもって言うのは予想してた。ただ、あの光球は予想外だった」
「半分当たってたじゃないですか。スゴいです」
「50%じゃあね」
「私は予想も付かなかったですもん。0%ですよ」
「半分正解って言うのが悔しい」
「半分でも当たってたじゃないですか」
「咲楽ちゃんは人を誉めるのが得意だね」
ダイニングじゃなくて、小部屋のテーブルに夕食を出して、そこで食事にした。
「ダイニングじゃなくて、小部屋でってお行儀が悪くないですか?」
「座敷食だと思えば良いんじゃない?」
「確かにそうですけど」
「家ではダイニングで食べてたの?」
「母も兄も好きな時間に来て食べるだけだったので。温めとか、私がしてました。一緒に食べる事は少なかったです。お茶とかも私の役目でしたし」
「それは役目じゃなくて押し付けでしょ」
「誰もしないんですもん。『お茶』とか単語だけだったし、おかわりなんかは食器を突き付けられるだけ。早く自立して家を出ていこうって決めてました」
「だから看護師さん?」
「それも理由の1つです」
「良く耐えたね」
「口答えしても閉め出されるだけでしたしね」
大和さんがため息を吐いた。
「聞けば聞くほど……」
「高校からですよ。こう思えるようになったのは。ちょっと自分の中に閉じ籠っちゃうような事も、ありましたけど」
「閉じ込められたんでしょ?それはちょっとじゃないよ。その証拠に今でも傷付いてる」
「そう言われると……そうですけど。でも葵ちゃんとか居てくれましたし。こっちでは大和さんが居てくれます」
「向き合えるようになってきたのは喜ばしいけどね」
夕食の片付けを終えると、大和さんがそれまでの雰囲気を変えるように言った。
「パーゴラだけど、どう作る?」
「レーヴの芽は花壇の端に寄ってましたよね。木陰みたいにできるかな?って思ってたんですけど」
「藤棚みたいにする?」
「私はそれしか思い浮かばなかったんですけど、他にどんなのがありましたっけ?」
「藤棚みたいな平屋根型とアーチ型しか知らない」
「ですよね」
「ここだとアーチ型は難しいと思うから、必然的に平屋根型かな?」
「そうなると、どうなるんですか?」
「基礎は地属性で固めたらいいし、組み立ては俺が出来る。後はベンチでも作ろうか?」
「ベンチは四阿にあるじゃないですか」
「じゃあ、ブランコでも」
「ブランコって……」
「作れるよ。背もたれが付いたタイプのブランコ」
「楽しそうですけど、耐重量はロープで大丈夫なんですか?」
「大丈夫……だと良いね」
「自信がないなら止めましょうね」
「分かりました。天使様」
大和さんが立ち上がった。
「俺の休みにカークと一緒に作るってことで良いかな?」
「お願いできますか?」
「了解しました」
ビシッと敬礼をして、大和さんはお風呂に行った。
大和さん、絶対に楽しんでたよね。私の事を『天使様』とか言ってたもの。でも、ブランコかぁ。ちょっと憧れはある。
明日のスープを作りながら考えてた。庭があって、四阿もあって、花壇もあって、その上ブランコって日本じゃ無理だった気がする。少し大きいお家なら出来たかな。大和さん家だったら出来たのかもしれないけど。
スープを作り終わったら、刺繍をする。同じモチーフの連続は考えなくていいから楽だ。でもたまに違う形をそっと混ぜたくなっちゃう時が……。しないけど。
「咲楽ちゃん、風呂に行っておいで」
「はい」
刺繍道具を片付けて、お風呂に行く。
レーヴの芽もあんな風になるって思わなかったけど、セイレーンも予想外だった。青い鳥さんなんだ。しかも人形になると鱗が、とか。人形って事は二足歩行?人魚さんみたいになるのかな?
そういえばイポポタは見なかった。ちょっと見たかったんだけど。狸人族の人達はのんびりにこやかなおじさん達だったなぁ。イメージそのまんまだ。狸さんはのんびりしてて狐さんはせかせかしてる。そんな気がする。
今日は予想外の事がありすぎて、楽しかったけど、ちょっと疲れた。もしかして今日も寝落ちコースかな。ちゃんとおやすみって挨拶をして寝たいんだけど。大和さんのマッサージは気持ちいいんだけど、これが困っちゃうんだよね。
寝室に行くと、いつものように蜜蝋を渡して、うつ伏せに寝る。
「大和さん」
「どうしたの?」
「イポポタを見ませんでしたね」
「見たかったの?」
「はい」
「普通サイズでも結構大きくて、迫力があるよ」
「大和さんは見たこと、あるんですよね?」
「見ただけならね」
「大和さんって見ただけでも、たくさん動物を知ってますよね」
「自然公園みたいな所にも居たからね」
「そんな所に何をしに行ったんですか?」
「テロ組織殲滅作戦。厄介な所に逃げ込んだから、国の許可は要るし、大変だった。1番大変だったのは主に上層部だったけど」
「殲滅!?」
「とはいっても、皆殺しじゃないよ。ちゃんと国際法に照らして裁けるものは裁かないと」
「ちょっと安心しました」
「背後関係を聞き出したりは、専門部門に任せないとね」
「専門部門……」
「通称尋問部隊。一通りは……っと」
「何を言いかけたんですか?」
「言わない」
「私には知られたくない事ですか」
「知られたくないし、知らせたくもない」
「PTSDとか、心配になってきます」
「心配しなくても大丈夫だよ」
大和さんの声は穏やかだ。私では想像できない経験をしているはずなのに。
「あれ?黙っちゃった。寝てないはずなんだけど」
大和さんはどうして、こんなに穏やかでいられるんだろう。
「咲楽ちゃん、泣いてる?」
「泣いてません」
「声が泣いてる」
「泣いてません」
「そういうことにしておこうか」
そのまま二人とも黙っていた。私の足のマッサージが終わって、大和さんが手を洗いに行って、そのまま抱き合って眠った。




