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緑の日。昨日カークさんに『レーヴって棚は必要ですか?』って聞いたら、『もう少し後でも良いですよ』って言われた。パーゴラとか作ろうかな。大和さんに相談しよう。
今日は大和さんは早番で、すでに家を出ている。
起きて着替えて、ダイニングに降りる。ディアオズの水量を確認して暖炉に火を入れる。芽生えの月に入ったけど、朝晩はまだ冷える。
朝食を食べて出勤準備をして、植物図鑑を眺めていた。レーヴは調べても分からないから他の花を見ていた。
そういえばライルさんのお姉様、ジャンヌ様のベールはどうなったんだろう?今日にでも聞かないと。確か、水の月までだったよね。
時間になったから家を出たら、そこにゴットハルトさんが居てくれた。
「おはようございます、シロヤマ嬢。お送り致します」
「おはようございます、ゴットハルトさん。今日は遅番ですか?」
「えぇ。そうですね」
「わざわざすみません」
「いいえ。ヤマトに頼まれましたし、何よりシロヤマ嬢の為ですから」
「本当にすみません」
「なにやらきな臭い噂も聞きますし、私でも役に立てるなら、喜ばしいことですよ」
「私は断片的にしか知らないんです。ゴットハルトさんはなにか知っていますか?」
「私は神殿騎士ですからね。光神派とやらは、他の6神様を全く尊ばない上に闇神様を貶めているということで、神殿ではかなり警戒しています。郷里に手紙も出して確かめましたが、ヘリオドール領でもアジュール領でも、活動は聞かれなかったと言うことですので、ひと安心ですけどね」
「何をしたいのかがいまいち不明なんですよね。光属性が一番だとか言ってる訳でもなさそうですし。闇属性をひたすら悪いとか危険だとか言ってるだけで」
「まぁ、そうですけどね」
「大和さんが個人的な恨みっぽいって言ってました」
「言われてみればそうですね。個人的な恨みか」
ゴットハルトさんが黙り込んだ。
神殿との分かれ道に来た。ゴットハルトさんとはここでお別れ。と思ったら。
「フリカーナ殿やジェイド嬢と合流するまで、一緒に行きますよ」
「悪いです」
「シロヤマ嬢の為でもありますが、そちらの方が私も安心できますから。気にしないで下さい」
「ありがとうございます」
途中でチコさん達と出会った。ゴットハルトさんが居ることに遠慮したのか、挨拶だけして行ってしまった。
「彼等はいつもあんな風ですか?」
「いつもは少し話していきますね」
「私はヤマトと違って慕われていないんですよ。遠巻きにされているというか」
「礼節の教官でしたっけ?」
「そう言われてますね」
「厳しいからじゃないですか?ゴットハルトさんってご自分にも厳しくて、常に律しているから、それを理解できないと、近寄り難いのかも」
「そうでしょうか。その辺り、ヤマトは上手くやっていますけどね」
「大和さんは調整が無意識に出来てるんだと思います。出来たら誉めるとか、自然に出来ている気がします。厳しい人に誉められたら、嬉しくなりませんか?」
「そういうことですか」
フムフムと頷いているゴットハルトさん。ゴットハルトさんは『貴族として』って考えが常にあって、そこが大和さんと違う点だと思う。
ゴットハルトさんとライルさんって似てる気がする。常に貴族であろうとして、人と会うときにはずっと気を張ってる。
もう少し楽にしても良いんじゃないかな?って思うのは、自分が貴族のなんたるかを知らない所為だと思う。
私は貴族の実際を知らない。創作物での知識ならあるけれど、それも正しいとは限らない。だから『貴族であろうとする』ゴットハルトさんやライルさんの気持ちは分からない。
「あれはジェイド嬢ですか?」
「あ、また走ってる。ライルさんに叱られないといいけど」
「いつもですか?」
「いつもです」
「なるほど」
「サクラちゃ……ヘリオドール様!?」
「おはようございます、ジェイド嬢」
「おはようございます。サクラちゃん、何故ヘリオドール様がいらっしゃるの?」
「送っていただきました」
「平然と言わないでよ」
「それ以外に何と言ったら良いんでしょうか?」
「そ、それもそうね」
ライルさんとリディー様が追い付いた。
「おや、ヘリオドール殿、おはようございます」
「おはようございます、フリカーナ殿。少しお話をよろしいでしょうか?」
「えぇ。歩きながらになりますが」
「もちろん構いません」
ゴットハルトさんとライルさんは、少し離れて話をしながら歩いている。
「なんのお話かしらね?」
「少し離れたって事は、聞かれたくないか、聞かせたくないか、どちらかだと思います。気にしちゃうと知りたくなっちゃいますから、気にしない方が良いです」
「サクラちゃんはこういう事を、自然にしちゃうのよね」
「知らない方が良いって事も、たくさんありますから」
「ヘリオドール様が一緒なのは何故?」
「ゴットハルトさんは今日は遅番らしくって。たぶん大和さんに頼まれたんだと思います」
「そうなのね」
「ローズさん、リディー様、お昼に種を蒔こうと思うんですけど、手伝って貰えませんか?」
「いいけど、役に立てないと思うわよ?」
「私もですわ」
「別に土いじりを一緒にとか、言うんじゃないです。種をたくさん貰ったからそれを分けてくれたりとか、そういうのを頼みたいんです」
「それくらいなら出来るかしらね」
「いろんな種があるんですよね」
「そんなにたくさん、どうしたの?」
「庭に花壇を作ろうと思って、カークさんに種を頼んだら、集まりすぎちゃったらしくて」
「ギルドで話しちゃったのかしら」
「そうらしいです」
「あらあら。そういうことなら、仕方がないわね」
施療院に着いた頃には、ライルさんとゴットハルトさんの話も終わっていて、ゴットハルトさんは帰っていった。
更衣室にはルビーさんがいたから、ルビーさんにも協力を頼んだ。
「地属性なら任せて。プティヴィブラももちろん出来るわよ」
「ルビーさんは樹魔法って?」
「ジェルミナとクロワディールとラマンセなら出来るわよ」
「植物を移動させたりって出来ますよね?」
「移動ったって、動くのは精々数十㎝よ」
「あれ?」
「サクラちゃん、今度は何をやったの?」
「何もやってません。想像してたのと違っただけです」
キンカリュを1ヶ所に纏めたなんて言えません。
「天使様って魔力量が多いのですか?」
「そうね。多いわよ。王宮魔術師様並ね」
「スゴいです」
更衣室を出て診察室に向かう途中で、ルビーさんにこそっと聞かれた。
「で?何をしたの?」
「後で言います」
「リディー様には『魔力量が多い』で誤魔化したけど、気を付けなさいよ」
「はい」
診察が始まった。いつもの時間くらいにオスカーさんが来院した。
「嬢ちゃん、前に言ってた纏めピンだが、髪結いに感謝された」
「感謝?」
纏めピンと言うのは、ヘアピンとスリーピンの事だ。
「なんだったっけな?短い髪の女性の髪型を作れるようになったとかなんとか」
「『そこまで長い髪でなくても、結い上げて髪を整えることが出来るようになった』ですよ。師匠、しっかりしてください」
「同じような意味じゃねぇか。細けぇ事言うんじゃねぇ」
「細かい事を大切にしろと、常々言っているのは師匠でしょう」
「それとこれとは意味が違わぁ」
「同じでしょうに。天使様に伝わらなかったらどうするんです?」
「嬢ちゃんにはしっかり伝わってらぁ。なぁ?」
「オスカーさんの説明で察して、ミゲールさんの説明で確信したってところですね」
クスクス笑いながら言うと、オスカーさんが頭を掻いていた。
「嬢ちゃんは気を使ってくれてるんだろうが、意味に気付いちまうと、きまりが悪ぃな」
「ごめんなさい」
「天使様は謝らなくても良いのですよ」
「そうだな。今のはミゲールが悪ぃ」
「どうしてそうなるんです」
オスカーさん達は賑やかだ。私も明るい気分になれる。
「オスカーさん、この前私の好きな色を聞いてたのって、何だったんですか?」
「そんな事、聞いたかぁ?」
あ、すっとぼけた。
「また教えてくださいね?」
ため息を吐きながら言うと、オスカーさんとミゲールさんが黙って頷いた。
オスカーさん達が帰っていって、3の鐘になった。食事を終えて、中庭に出る。
「お嬢さん、出てきなさったんだね」
ライルさんの所の庭師のお爺さんだ。
「色々種を頂いてしまって、こちらに蒔こうかな?って思って」
「プラムもそろそろ植え付けてようございますよ」
「持ってきます」
休憩室に戻って、庭師のお爺さんが来ている事を言ったら、ライルさんも付いてきてくれた。
「坊っちゃんも来なさったのかい?」
「シロヤマさんに無茶を言わないようにと思ってね」
「坊っちゃんこそ耕した畑を、踏み固めたりしねぇでくだせぇよ」
「何年前の話をするのさ」
厳しい庭師さんってライルさんは言ってたけど、仲の良いじゃれあいにみえる。
プラムを植え付けて、種を蒔く。庭師さんだけあって一年草、宿根草という区別も詳しくて、順調に花壇を作っていった。
まぁ、ジェルミナの時にうっかり光属性も混ぜちゃって、庭師のお爺さんが妙な顔をしていたけど。
リディー様が所長と何かを話してる時に、ルビーさんに再度聞かれた。
「何をしちゃったの?」
「この時期になるとキンカリュって咲くじゃないですか。庭中に咲いてて、踏まれたら可哀想だと思って、1ヶ所に集めました」
「誰にも知られてないわよね?」
「大和さんとカークさんは知ってます。カークさんは私の属性も知ってます」
「カークさんは信頼できるのね?」
「はい」
「だったら良いわ。カークさんはサクラちゃんの事情は知ってるの?」
「いいえ。属性が多いってことだけです。あ、後、ちょっと魔法の使い方がおかしいってことも知ってます」
「一般的な使い方じゃないことは確かね」
診察室に戻ると、ライルさんが入ってきた。
「シロヤマさん、これ姉上のベール。さっき渡そうと思ったんだけど、なにか話してたから。母上が遅くなってごめんって謝っておいてくれって」
「とんでもないです。お式が水の月でしたよね。風の月位に仕上げたら良いですか?」
「そうしてもらえると助かる。急かせて悪いね」
「大丈夫です」
お昼からの診察の時に車イスを作っている研究所の人が来て、完成品を見せてくれた。
「天使様久しぶり。車イスが完成したよ」
「振動はどう抑えたんですか?」
「密閉できる筒を鍛冶師に頑張ってもらって、空気を閉じ込めた。それを二重構造にしてね、直接振動が伝わらないようにした。何人かに試してもらって、今までのより、乗り心地が良いって評判も良いんだよ」
「普及はどうするんですか?」
「まずは貴族からかな。後は神殿に置いて、試して貰うっていう方向かな。そこは販売部門とか商業ギルドにお任せだね」
「凄いですね。これで楽に移動できる人が増えますね」
「ありがとう。僕一人の力じゃないけどね」
照れながら帰っていく後ろ姿を見て、所長がポツリと溢した。
「あいつが手柄を自慢しないとは。いつもなら『僕は天才だからね』の一言が入るんじゃが」
「そうなんですか?」
「凡人でない事は確かじゃの」
終業後に、ローズさんとルビーさんに中庭に呼ばれた。
「サクラちゃん、このプラムに何かした?」
「いいえ。プラムは庭師のお爺さんに渡しただけです」
「今朝は付いてなかった蕾が付いてるのよ」
「あ、本当だ」
「あの庭師さん、クロワディールでも使ったのかな?」
ライルさんと大和さんが中庭に来た。
「小さいけど、確かにプラムだね」
「もう少しで咲くでしょうか?」