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緑の日。芽生えの月に入って、大和さんは神殿騎士になった。今日は遅番だから、カークさんと花壇を作るって言ってた。私が頼んだんだけど、闇の日はまだ、私が忙しいだろうからって、場所を決めておいたらある程度やっておくよって言ってくれた。
ある程度の場所と、こういう風にしたいって言う要望を伝えたら、カークさんが張り切っていた。『硬化』も使えるようになって、地属性が伸びてきたのが嬉しいと、こういう事も喜んで手伝ってくれている。索敵も大和さん曰く『使い物になってきた』そうだ。
暖炉に火を入れて、食材を出していると、大和さん達が帰ってきた。
「ただいま、咲楽ちゃん」
「おはようございます、サクラ様」
「おかえりなさい、大和さん。おはようございます、カークさん」
「ゴットハルトが一緒だけど、咲楽ちゃん、ちょっと診てやって」
「診て?どうかしたんですか?」
ゴットハルトさんが入ってきた。具合が悪いって一目で分かる。
「シロヤマ嬢、すみません」
「もしかして宿酔ですか?」
側に寄ると、それと分かるくらいお酒の臭いがする。
「すみません。飲みすぎました」
「横になってください」
ソファーに横になってもらって、スキャンする。うん。他におかしな所はないみたい。
私がゴットハルトさんを治療している間に、大和さん達は地下に行った。
「楽になってきました」
アルコールを分解して、更にアセトアルデヒドを分解促進させて行くと、ゴットハルトさんの顔色が良くなってきた。
「どうしてこんなになるまで飲んだんですか?」
お水を渡して飲んで貰いながら、聞いてみた。
「エスターの兄君殿がこちらに引っ越ししていらしたのですよ。エスターも昨日引っ越しして行きました。で、まぁ、そのお祝いです」
「飲み過ぎですよ」
「はい。分かってます」
反省をしているのが丸分かりだったので、お説教はここまで。朝食を作りながら、話をする。
「今、あのお家に、ゴットハルトさん、お1人ですか?」
「そうですね」
「食事はどうされるんですか?」
「神殿の食堂のお世話になります」
「それなら良いですけど」
「休日も市場でなんとかしますよ」
「そうですか。そういえばフルールの御使者のユーフェさんが、ゴットハルトさんの事を格好いいって言ってましたよ」
「ユーフェ嬢というと、五番馬車の方でしたか。何度かエスコート役はさせていただいていますね」
「ユーフェさんって可愛いんですよね」
「女性から見た『可愛い』というのは、性格も加味されていると聞いたことがありますが、そうなのでしょうか?」
「加味というか、見た目もお可愛らしいでしょう?性格もいいんですよ」
「しばらく王宮に通っていますが、あちらの騎士達の間でも、よく話に上がっていますよ」
「どんな話をしているんですか?」
「男の話ですからねぇ。女性には聞かせたくない話もありますが、まぁ、『誰をエスコートしたいか』とか、『どんな仕草が可愛かった』とか、そんな感じですね」
「品定め?」
「そう言ってしまえば、身も蓋もありませんが、そういう事になるのでしょうか。個人的な情報、住んでる場所なんかは、本人に聞くしかありませんしね」
「その辺りは安心ですけど」
「シロヤマ嬢もよく話題に上がってますが、ヤマトがいますしね。あいつに挑んでまで、と言うのは居ないようです」
「他の人には居たりするんですか?」
「居るんでしょうか?王宮騎士団内の事ですし、私も分からないんですよ」
「そうですよね」
「こういった話は平気ですか?」
「あちらでは避けてましたけど、こちらに来て、大丈夫になってきました」
「それなら良いのですが」
「何ですか?」
「フルールの御使者が終わったら、一気に申し込みが殺到しそうだな、と」
「申し込み?」
「お付き合いの、ですね」
「施療院にって事ですか?」
「確実に居るのが分かってるんです。行くと思いますよ」
「でも、ローズさんもルビーさんも、お相手が居ますよ?」
「何と言いましょうか。受け入れられなくていいんですよ。記念みたいな感覚で申し込みをする男も居ますからね」
「それって、何か楽しいんでしょうか?」
「さぁ?私にはその感覚は分からないのですけどね」
2人で悩んでみたけど、結局分からなかった。
「あ、時間。大和さん達を呼ばないと」
伝声管を開けて、大和さん達を呼ぶ。
「朝食の用意ができました」
「分かった。上がるね」
大和さんとカークさんが上がってくると、ゴットハルトさんは立ち上がった。
「ありがとうございました」
「いいえ。気を付けてくださいね」
「帰るのか?」
「あぁ、出勤までに家の中を片付けておきたいしな」
「手伝うか?」
「いや、大丈夫。だと思う」
「『思う』かよ。出勤時間前に行ってやるよ」
「悪いな」
ゴットハルトさんは帰っていった。
「大丈夫だろうけどな」
大和さんはそう言って、シャワーに行った。
「先程のヘリオドール様は神殿騎士だと伺っていますが」
「ゴットハルトさんですか?はい。神殿騎士ですね」
「今朝、驚きました。ずいぶん御酒を過ごされたようで。トキワ様が『休んでろ、家に連れていってやるから』と、強引に休ませていました」
「飲みすぎです」
「その辺りは伺いました。何でも同居していらしたパイロープ様が、お引っ越しをされたと」
「そうらしいですね」
「サクラ様は宿酔の症状も、治してしまわれるのですね」
「ルビーさんに教えて頂きました。体内のアルコールの分解を促進させたんですよ」
「はぁ。申し訳ありません。理解がちょっと……」
「簡単に言うと、お酒を体内で分解して無毒になる速度を早めたんです」
「すごいですね」
「カークさん、さっき、大和さんはゴットハルトさんの家に行くって言ってましたよね」
「そう仰っておられましたね」
「経口補水液を作っておこう」
「なんですか?」
「体内の水分が出ていくから、それを補う為の飲み物ですね」
水属性に体調が良くなるように願いを込めて水を出して、砂糖と蜂蜜、お塩とナツダイという柑橘の果汁で経口補水液を作って、水筒に詰めておく。
この水筒は、オール金属製だ。カークさんによると、水筒にはオール金属製と水袋と言われる皮で出来たものがあって、水袋の方は冒険者さんが主に利用しているらしい。金属製の方は継ぎ目を無くした完全な筒型。蓋も金属でネジ式になっている。ただし、それなりの重量がネックだ。地属性の人が作っているらしい。私も作ってみたい。形とか、自由に作れたらいいよね。そう、カークさんに言ったら、「そこまでは出来ません。筒型が精一杯です」って呆れられた。せっかく金属製なんだから、直接お湯を沸かせたら楽なのに。ケトル型とか便利だと思う。
ナツダイはものすごく酸っぱい。サラダのドレッシングに使われる。「『あること』をすると甘くなるんだよ」ってマチルダさんが言ってたけど、方法は謎のまま。酸味のある柑橘を甘くするって、幾つか方法は知ってるけど、果物商のマチルダさんのやり方とかあるだろうし、もしかしたら企業秘密的なものかもしれないから、聞かないでおいた。
「そのナツダイの皮、どうなさるんですか?」
「砂糖漬けを作ろうと思って」
苦味の強いアルベドを取り除いて、フラベドのみにしながら答える。朝食はほぼ出来ているので、こんなことをしていても大丈夫。フラベドだけになったら、シロップで煮てそれを乾燥させるんだけど、とりあえずはフラベドだけを異空間にしまう。さすがに今からは、時間が足りない。
大和さんがシャワーから出てきたから、朝食にする。
「柑橘の香りがしてるけど、どうしたの?」
「ナツダイの砂糖漬けを作ろうと思って。ゴットハルトさんの所に行くときに、これ、持っていってください。経口補水液です」
「ずいぶん作ったね。味見して良い?」
「少しなら」
コップに注ぎ分けて、カークさんにも渡す。
「美味しいですね」
「スポドリ?」
「経口補水液です。蜂蜜とナツダイの果汁が入ってますから、飲みやすいとは思いますけど、砂糖もたくさん入ってますからね。ゴットハルトさんのように宿酔の時とかは良いですけど、その他の時は飲みすぎ注意です」
「ホアの訓練の後とか、良さそうだね」
朝食を取りながら、話を続ける。
「そうですね。問題はそのまま置くと、確実に熱くなっちゃうって事ですね」
「王宮騎士団にも神殿騎士団にも、氷魔法の使い手は居るけどね」
「レシピを伝えて作ってもらいますか?」
「施療院からの提案みたいにしたら、受け入れやすいかもね」
「ホアならシトロンでしょうか」
「味を見ないと何とも言えないな」
「味見はお願いします」
「ピメントの悪夢、再来!?」
「人聞きの悪い事を言わないでください。私も味見をしたじゃないですか。それに柑橘なんですから、ピメントのようにはなりません」
「サクラ様のケーキも美味しかったです。あいつ等が自慢するから、大変でした」
「冒険者達に狙われたとかか?」
「正解です。『酒が入ってるから』といって諦めさせましたが」
「ドライフルーツだけの方が良かったでしょうか?」
「とんでもない。あれでなければすべて奪われてましたよ」
「他の柑橘でもシトラスピールを作ったら、使えるんですけどね」
「ケーキに?」
「シトロンケーキとか、良いですよね」
「施療院組が大変そうだけど」
「ドライフルーツのブランデーケーキも大変でしたよ。お酒が入ってるからお昼に食べられなくて、恨めしそうに見られました」
「シトロンのケーキって、ホアに売られてるのを見たことはあるんですが、ホアには食欲が無くなってしまうんですよね」
「分かります。さっぱりしたものばかりになっちゃいますよね」
「そうかなぁ?」
たぶん夏バテなんか縁がないであろう大和さんだけが、首を傾げていた。
朝食を終えて、カークさんがお皿を洗ってくれている間に着替える。大和さんは今日は遅番だから、用意は後で良いって笑ってた。
出勤準備を整えて、ダイニングに行く。
「お待たせしました」
「準備出来た?行こうか」
「はい」
家を出て、3人で歩き出した。
「サクラ様をお送りするのは、久しぶりですね」
「そうですね。また一月、お願いしますね」
「トキワ様が王宮騎士の時も、たまに付いていこうかと思うんですよ?ですが王宮騎士姿のトキワ様とサクラ様が並んで歩いているのを、見ているのが好きなんですよ」
「しばらく立ち止まって見てるよな」
「はい。絵師にたまに聞かれますけどね。『天使様と黒き狼様が、どこに住んでいるのか知らないか』って。冒険者全員が口を揃えて『知らない』と言ってますが」
「絵師さんが?何の為でしょう?」
「お2人の絵は、お1人の物より売れますしね。絵師達も必死ですよ」
「もしかしてフルールの御使者も、そうなっちゃうんでしょうか」
「なっちゃうだろうな」
「なっちゃうでしょうね」
「なっちゃうんですか」
あの衣装で絵を描かれたりとか、するのかなぁ。
「サクラ様、御使者様の練習はいかがですか?」
「合格は頂きましたけどね。一番馬車はこれからお祈りの作法とか、あるんですって」
「あぁ、御使者様方が祈る姿は、皆が見に詰めかけますしね」
「そんなに見に来るんですか?」
「一応神事ですから、騒ぎ立てることはありませんが、見物人は多いですね」
うわぁ……。
「嫌そうだね」
「事前に聞いてましたし、受け入れるって覚悟は決めましたけど、改めて逃げたくなりました。逃げませんけど」
「知ってたね、そういえば」
「ローズさんや、ルビーさんにさんざん言われましたからね。『二番馬車以降は気楽なんだけど』って」
「嫌がっておられましたしねぇ」
「お祈り自体は好きですよ?でも、みんなに見られるって言うのが……」
「咲楽ちゃんのお祈り姿は、絵になるからねぇ」
「トキワ様、どこで見られたのですか?」
「星見の祭の後。俺を待ってる間に参集所で祈ってて、一緒にいた神殿騎士が『宗教画の様だ』って騒いでた」
「それは……。想像がつきますね。そうですか。宗教画の様ですか」
「カーク、何を想像したんだ?」
「サクラ様が祈りを捧げているところを。トキワ様こそ何を想像したと思ったんですか」
「さぁ?カークが思うようなことは思ってないけど」
「ですから、サクラ様が祈りを捧げているところだって、言ったじゃないですか。他に何を想像しろと言うのです」
「なんだろうな?」
「私で遊ばないでもらえますか?」
「すみません」
「咲楽ちゃんで遊んだ訳じゃ……」
「なんですか?」
「なんでもないです」
私も本気で怒った訳じゃないんだけど。
「咲楽ちゃんが恐い」
「自業自得です」
「咲楽ちゃんが厳しい」
「それも自業自得です」
「咲楽ちゃんが怒ってくる」
「何をさせたいんですか?」
「させたいことは色々あるけど?」
「怒らせたいんですか?」
「そんな訳、無いでしょ」
「でしたら、私で遊ばないでください」
「分かった。今は止めておく」
信用ならない言葉が出た気がする。
「サクラ様、私でも遊ばないように言ってください」
「それはご自分でどうぞ」
「サクラ様が冷たいです」
「カーク、諦めろ。俺等が悪い」
「元はといえば、トキワ様の所為ではありませんか」
「そんな事は無いぞ」
大和さんは人をからかったりするのが上手い。しかもそれを不快にするとかではなくて、じゃれあいの範囲に納めてしまう。
たぶん本気で人を怒らせて、嫌われる様に仕向けるなら、それと判るような会話にするはずだ。みんなが言う『笑っていない笑顔』で。