16
翌日起きたら隣に大和さんが座ってた。何で座ってるの?
「おはようございます」
「おはよう。今朝は雨が降ってるからね。ランニングは辞めてストレッチだけで終わらせた。で、咲楽ちゃんが寝てる間に設計図を仕上げた」
「魔力切れはもう良いんですか?」
「怠い感じはなくなったよ。魔力全回復したかどうかはわかんないけど。そういえばみんなどうやってそう言うのを計ってるのかな?」
そういえば……
「スティーリアさんが国民証を見せてくれたとき、なんか書いてあったような?あんまり覚えてませんけど」
「俺は見てなかったな。女性の胸元を見つめるのはマナー違反だろ?そう言えば国民証っていつ貰えるんだろうな。謁見が終わったら、って言ってたけど」
そんなことを話しながら、階下に降りる。
朝御飯を手早く作って二人で食べる。
「大和さん、今朝はコーヒーは?」
「咲楽ちゃんが寝ている間に飲んだよ」
えぇ、見たかった。
「大和さんがコーヒーを淹れてるの、見たかった……」
思わずそう呟いたら、笑われた。
「なにそれ?」
だってカッコよかったし。でもそう言うのもなんとなく恥ずかしくて、黙ってた。
大和さんの書いた四阿の設計図を見る。木材の寸法なんかもきっちり書かれてた。
「凄い。これ、大和さん、全部計算したんですか?」
「大体4.5畳位で考えたからね」
ん?4.5畳ってどのくらい?
「面積にして8.2㎡。大体だから一辺3m位かな。本当はちょっと違うけどね。計算しやすくしてみた」
へぇ。そうなんだ。私の部屋はフローリングだったからそう言うの、分かんない。
「まぁ、畳も色々サイズがあるから。異世界なんだし、その辺はいいかなって」
そんな話をして、いつもよりゆっくりしたら、お掃除をして、それぞれの部屋で過ごすことになった。私は白衣のアレンジの続き、大和さんは剣のお手入れをするんだって。
雨の降る中、静かな時間が流れる。
コンコン。
ノックの音がした。ドアを開けると大和さんが居た。
「咲楽ちゃん、魔物についての本があるって言ってなかった?貸してくれる?」
「私も一緒に見たいです。これ、もう終わりますから下で待ってて貰って良いですか?」
シチューもどうなったかな?ホットキルトを被せて置いてあるんだけど。
部屋を片付けて階下に降りる。お鍋のシチューの様子を見てちょっと味見。でもこれ、シチューって言うのかな?ブラウンソースは入ってるけど、赤ワイン煮込み?
食べる前に味を整えたら良い感じかな。
「お待たせしました」
大和さんの横に座る。
「何かしてきた?」
「今日のお夕飯の仕込みって言うか、様子見を」
「味見でもしてきた?」
え?まさかっ。付いてたり、とか……。
「付いてないよ。良い匂いはするけど」
魔物の本を見ようと思ったんだけど、もうすぐお昼かな?
「大和さん、先にお昼、食べちゃいます?もうすぐお昼っぽいし」
大和さんが時計を見る。あ、あの腕時計、してる。私が時計を見ているのに気付いて大和さんが言った。
「時間時間で動く癖がついててね。ここじゃ必要ないんだろうけど」
「ずいぶん使ってるんですか?」
「10年くらいかな。自分で買った。丈夫だから長く持つぞって言われてね。狂いも少なくて重宝してる」
「懐かしかったりします?」
「まぁね。もう戻りたくない気持ちと、また戻りたい気持ちがあるってところかな。平和なときを過ごしていたい、緊張の日々から抜け出せて良かったって言う気持ちと、忙しくて緊張の連続だったけど、充実感があった日に戻りたいって気持ちもある。でもまぁ今は、咲楽ちゃんと一緒にいたいかな」
私は大和さんが過ごした日々を知らない。でも確かに傭兵時代の大和さんも、今の大和さんの中に居るんだよね。
3の鐘が鳴った。あ、お昼ご飯。
動いてないから、お昼ご飯は軽めにして、魔物についての本を開く。一番最初はウサギさん?でも凄くカラフル。パステルカラーでもこもこしてる。
「愛玩用らしいな」
「クルーラパンって言うんですね」
「次は角の生えたネズミか。かなり大きいけど。コルスーリ、か」
「こっちは狼ですね。群れで動くって書いてある。トレープール?」
「鹿。大きすぎないか?角はヘラジカだな。グランセーってどれもフランス語っぽい名前だな」
「そうなんですか?」
「完全に一緒じゃないよ。ウサギの『クルーラパン』ってフランス語の色の『クルーラ』とウサギの『ラパン』をくっつけたような名前だし、鹿は大きいの『グラン』と鹿の『セール』だったか?をくっつけたような名前だ。全部覚えてる訳じゃないけど」
全部覚えてる訳じゃないって、でも分かるんだ、フランス語。
「やっぱり熊もいるのか。ウルージュ。赤熊か」
「猪、猿。大きさはともかく見慣れた動物ばかりですね」
「ん?この蜂は魔物だけれど殺さないようにって注意書きが……あぁなるほど。蜂蜜でも取れるのかな?ミエルピナエ」
「蜂って怖いイメージですけど、共存してるんですかね」
「かもね。咲楽ちゃんは苦手な物は居ないの?」
「爬虫類が駄目です。特に蛇。見たら硬直します」
「硬直しちゃったらダメでしょ。分かった。森で会ったら咲楽ちゃんを抱いて逃げる」
「大和さんって動物とかって退治したことあるんですか?」
「海外でならね。日本って野生動物を殺しちゃいけない所もあるし」
一日中雨だったから、のんびり過ごした。大和さんとこうやって一日中ゆっくり話したのって初めてかも。大和さんの隣は安心する。だから、かな。そのままソファーで寝ちゃったみたい。気が付いたら大和さんに膝枕されてた。
「すみません!!」
「おはようって、もう夕方だけど。疲れてた?昨日は色々あったからね。俺は幸せだったよ。咲楽ちゃんの寝顔も見れたし」
恥ずかしい。
「お夕飯の準備をしますね。ちょっと待っててください」
慌ててキッチンへ向かう。ホットキルトをはずして、ひと煮立ち。ちょうど良いとろみも出てる。塩、胡椒で味を整えてパンを薄めにスライス。パリっと焼いて。出来たビーフシチューもどきを盛り付けてテーブルに運ぶ。飲み物は……
「大和さん、お料理に使ったワインが余っちゃってるんですけど、飲んでもらえません?」
酸化しちゃったら勿体ないよね。
「どのくらい?」
「ボトルに1/4位です」
「分かった」
そう返事をして大和さんがお料理を運んでくれる。私の分の水と、大和さんのワインを運んだら準備完了。
「「いただきます」」
大和さんがグラスにワインを注いで一口。
「良いワインだね。飲みやすい。こっちにも当たり年とかあるのかな?」
当たり年?
「ブドウの出来が良くて美味しいワインが出来た年の事」
「そうなんですね、私全然知らないです」
「飲む人間でも分かってない事あるよ。知らなくても良い事もあるし」
お酒に関しては全く知らないんだよね。
「これ、ビーフシチュー?美味しいね」
「もどきです。そもそもこのお肉も牛じゃないかもしれないし」
「そう言われればそうか。鑑定の魔法とかもないみたいだし、分からないな」
食べ終わってソファーに移動。二人でまた、魔物の本を見る。
と、大和さんが次のページを開いたとたんに本を閉じた。
「これは、咲楽ちゃんは見ない方がいいかな?」
「何が載ってたんですか?見せてください」
「咲楽ちゃんの苦手な物」
「分かりました。絶対に見ません」
それってアレだよね。絶対に見たくない。
そのページを飛ばして、最後の方のページを開く。
「こんなのもいるんだな」
そこに載っていたのは、いわゆる地球の神話に出てくる魔物。ユニコーン、グリフィン、ヒッポグリフ、ドラゴン、他にも、シーサーペント、ワイバーン、クラーケン、スキュラ、アラクネ。この辺は王都の周りにはいなくて、もっと辺境の方にいるんだって。
「明日は絶対に護る気で行くけど、油断はしないで。多分木を伐っているときは無防備になるから、十分に気を付けてね」
「はい」
「それからこれ、一応持っておいて」
渡されたのは大振りのナイフ。
「絶対に鞘を外すな。だけど、使うときはためらわずに使え。いいね」
真剣に言われたから、私も真剣に頷いた。
「けど、これ、どうしたんですか?」
「俺の部屋にあった。後、解体ナイフかな?刃の薄いナイフもあった」
「大和さんってもしかして……」
「解体?出来るよ」
本当に傭兵ってそこまでするものなの?
「そろそろ……」
「お風呂入って寝ます?」
「そうしようか」
まず大和さんがお風呂に行く。私は明日の服の準備。やっぱりパンツスタイルだよね。
大和さんがお風呂から上がってきた。
「咲楽ちゃん、お風呂空いたよ」
そう声をかけられて、私もお風呂に行く。
明日、森に行くってどんなところだろう。魔物がいるって聞いたけど、どんなのがいるのかな?
ちょっとワクワクしてる。不謹慎かな?
お風呂から上がって寝室に入る。あれ?大和さんがいない。自分の部屋かな?
大和さんの部屋からシャリン、という音が聞こえた。なんの音?
「大和さん?」
金属っぽい音が聞こえてすぐにドアが開いた。その手には剣。あれ?いつものより太い?
「多分これはバスタードソードと呼ばれるものかな?ロングソードかも?長さと重さでは判断つかないな」
へぇ。
「なんか色んな種類の剣が用意されてた。見えてた4振りの剣だけじゃなくてね。使えないのもあるけど。一番得意なのは双剣だからそれにするかな」
「大和さんって日本にいるときは二刀流だったんですか?」
「舞の関係でね」
私は剣の事なんて分からない。けど、大和さんが剣を2本持って、それを使うのを見てると、凄いと思う。綺麗というか、目が離せなくなる。でも、良く考えなくても左右別々の動きをするって大変なんじゃ……。
剣を仕舞った大和さんがこっちに来た。
「そろそろ寝る?」
「大和さん、緊張しません?」
「久しぶりの緊張感はあるけどね。どっちかというとワクワクしてる」
「私もです」
二人でベッドに横になる。
「結局さっきは何をしていたんですか?」
「明日の準備。あ、そうそう。革鎧って言うのかな、胸部保護のプロテクターもあった」
「そうなんですか?私の方にはなかったですけど」
「ほら、魔法使いって前線に出ずに後方で遠距離攻撃ってイメージだし」
「大和さんってラノベって結構読んでたりしました?」
「あぁ言うのってさらっと読めたりするから。男子衆の若いのとかが持ってたし、借りて読んでた。咲楽ちゃんは?」
「私は友人が貸してくれたり、図書館で借りたりしてました。息抜きにちょうど良くて」
その日はワクワクが勝ちすぎてなかなか眠れなかった
ーー異世界転移15日目終了ーー