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土の日。今日は雪が散らついてる。風もあるみたい。本格的に積もる感じではないんだけど、大丈夫かな?
この雪は、光の日から降っている。積雪は15cm程度。個人的に心配な南地区や南の門外の人達は、オスカーさんや南の街門の兵士さん達が中心になって、炊き出し等の救済処置を行ってるみたいで、王宮騎士様達も見廻りの時に手伝ってるって大和さんとオスカーさんが教えてくれた。
着替えてダイニングに降りる。ディアオズの水量を確かめて暖炉に火を入れる。
炎を眺めていると、大和さんが帰ってきた。
「ただいま、咲楽ちゃん」
「おかえりなさい、大和さん。雪はどうですか?」
「酷いことはないね。風花が散ってるって感じ。風花にしては一片が大きいけど」
「そうですか」
「心配?」
「オスカーさんや南の街門の兵士さん達が、動いてくれてるって言うのを信じます」
「それが良いね。地下に行くけど、大丈夫?」
「はい」
大和さんは私の頭をくしゃって撫でてから、地下に降りていった。大和さんはこの頃やたらと、私の頭をくしゃってするけど、何故だろう?
そう言えば、大和さんだと前から手が延びてきても怖くない。他の人は?って試せないから、分からないんだけど。
今日は大和さんは休みだ。でも、大和さんの分のお昼も用意しておく。単純に量を増やすだけだから、手間はかからない。時間はかかるけど。
時間を見て、伝声管を開けると、御鎮魂が聞こえてきた。この曲は最初聞いた時とは印象が変わった。あの時は悲しくて、祈ることしかできない自分が情けなくて、救われて欲しいって感じだった。今はゆっくり休んで欲しい、また戻ってきてねって希望が見える気がする。
曲が終わったタイミングで声をかける。
「大和さん、朝食の準備が出来ました」
「分かった。上がるよ」
大和さんは地下から上がってくると、そのままシャワーへ。私はパンを温め始める。
そう言えば、カークさん、遅いよね。もう2週経ってる。調査が長引いてるのかな。
カークさんが帰ってきたら、行った先の話とか聞かせてもらえるかな。王都から出た事がないからそういう話は聞きたい。街門から出たことはあるけど、それでも周辺の範囲だし。
「咲楽ちゃん」
後ろから抱き締められた。
「ぴゃっ!!」
ビックリして変な声が出ちゃったら、おもいっきり笑われた。
「ぴゃって」
「笑いながら言わないで下さい。どうしたんですか?」
「抱き締めたくなっただけ」
「笑いが残る口調で言われても」
「それにしても、ぴゃって。可愛い声出しちゃって」
「ビックリしたときの声まで、意識できません」
「朝から笑わせてもらった。ぴゃって……」
「何度も言わないで下さい」
「はいはい。食べようか」
「誤魔化しましたね?」
朝食プレートとスープをテーブルに運んで、食べ始める。
「カークが帰ってきたら、聞かせてやらないと」
「何をですか?」
「ぴゃって咲楽ちゃんが言った事」
「止めてください。カークさん、遅いですね」
「もうすぐ帰ってくる気がするんだけど」
「そうなんですか?」
「すぐ近くまで来てるような気がする」
「大和さんの勘は当たるから、楽しみです」
「そうだね」
「でも、魔物の調査って、危なくないんでしょうか?」
「危ないときはあるだろうけど、カークが決めたことだしね」
「よく考えなくても、冒険者自体が危険と隣り合わせのお仕事ですね」
「命の危険はあるだろうね」
「でも、冒険者さんが居てくれてるから、安心して生活できてるんですよね」
「そうだね」
朝食を終えて、私は着替えに行く。着替えてダイニングに降りると、大和さんが待っていてくれた。
「お待たせしました」
「行こうか」
家を出て、歩き出す。
「ずいぶん小さくなりましたね」
「雪像の事?そうだね」
雪のお城はずいぶん融けた。スノーマンさんも小さくなってる。
「ここまで保つと思わなかった」
「すぐ融けたら、また何か作る気だったんですか?」
「ノイシュヴァンシュタイン城とか」
「ノイシュ?」
「ノイシュヴァンシュタイン城。聞いた事ない?」
「聞いた事はあるんですよ。淀みなく言えないです。シンデレラ城のモデルでしたっけ」
「眠れる森の美女の城だよ。シンデレラ城の方はフランス寄りだって言われてる」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
「眠れる森の美女ってピンクのドレスでしたっけ?」
「知らないけど。そうなの?」
「イメージカラーがあったんですよね。シンデレラだと青とか、ベルだと黄金色だとか」
「ベル?」
「美女と野獣のヒロインです」
「あぁ、Beauty and the Beastね」
「実写版のダンスシーンが素敵でした」
「ごめん。見てない。でもそう考えると、この世界はリアルでダンスもあるんだよね」
「習ったのも忘れていそうですけど」
「ああいうダンスって、結構体力を使うよね」
「私はヒールがキツいです。普段履き慣れてないから」
「ハイヒールは重心の安定が悪くて快適でないとか、足首の捻挫を起こしやすくなると言われてるしね」
「ああいうのを履いて、オフィス街を歩いていたOLさん達を尊敬します」
「男には分からない世界だね」
「本当に重心の安定は悪いです」
「だろうね。ハイヒールは決定なの?」
「たぶん。足のサイズも測られましたから」
「測られたんだ」
「はい」
「ハイヒールを履いて疲れたら、マッサージしてあげるからね」
「マッサージ……」
「恥ずかしい?」
「はい」
「してあげるからね」
「……はい」
「納得してないね」
大和さんが楽しそうだ。
「大和さん」
「何?」
「この頃私の頭をくしゃくしゃってよくしますけど、何故ですか?」
「咲楽ちゃんの髪に触りたいのと、可愛いって思うのと、甘やかしたいって思うのと混ざってる感じかな?」
「えっと、ありがとうございます?」
「お礼?」
「可愛いとか、誉めてもらったから?」
「何故疑問系なの」
「そんな事ないですよ~とか、可愛こぶりっ子は出来ないので」
「本当の事だけどね」
また、頭をくしゃってされた。
「あ、ごめん」
「髪は乱れますけど、でも、嬉しいんですよ。大事にされてるって気になります」
「実際に大切にしてるよ?」
「気になるんじゃなくて、大事にされてますね。ごめんなさい」
「じゃあ、これからも続けよう」
大和さんとする何気ない会話って好きだなぁ。黙って歩いてるのも良いんだけど。
手を繋いで、施療院まで歩く。
「護衛騎士って衣装は何色なんですか?」
「聞いてないね」
「神殿騎士様も加わるんですよね」
「うん。何色だろうね。黒とかかな」
「黒ですか。白だと神殿騎士様になっちゃいますもんね」
「その辺は楽しみにしてる。護衛騎士もフルールの御使者だけかもしれないし、その他にも需要があるのかもしれないし」
「そっか。と、いうか、楽しみなんですか?」
「騎士服で、濃赤はともかく、濃青とか、濃緑ってあまり無かったから」
「濃いかどうかは知りませんけど、軍服って緑っぽかった気がします。緑というか、カーキ色?」
「ダークカーキかな。色の分類は難しいよね」
「同じような色でも、名前が変わったりしますもんね」
「軍服だと、後は黒か、儀礼用の白も多かった気がする」
「濃青はあまり無かったって言いましたけど」
「濃紺はあったよ。けどここのみたいに深い青はあまり無かった」
「そうなんですか」
「濃青色と紺色の違いってどうなんだろうね」
「濃い青と紺ですか。どうなんでしょうね」
「群青色って言うのもあるよね」
「頭がこんぐらがってきました。こんぐらがって?こんがらがって?」
「どっちも言うよ」
「言葉って難しいです」
「そうだね」
施療院に着いた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
更衣室で着替えていると、リディー様が来た。
「おはようございます、天使様」
「おはようございます、リディー様。いかがですか?」
「スキャンは慣れてきました。でも、上手く読み取れないことが多くて」
「焦っちゃダメですよ」
「天使様はすぐに出来ていたって伺い……聞きました」
「ある程度の知識がありましたから。リディー様は全くの初めてですから、ゆっくりで良いんですよ」
「はい」
「おはよう、サクラちゃん。リディー様、おはようございます」
「ルビー様、おはようございます。私には『おはよう』って言っては下さいませんの?」
「リディー様が私を『ルビー様』って呼ばなくなったら、ですね」
「えぇぇ……」
こんな会話をしていても、仲が悪い訳じゃない。リディー様がここに来た初日から繰り返されてて、みんな、微笑ましく見守ってる。
「天使様ぁ……」
「ルビーさん、ですよ」
「ルビーさん、おはようございます」
「はい。リディー様、おはよう」
「明日になったら、忘れていそうです」
「本当は学園生の間は、『様』を付けてた方が良い気がするんですけど」
「サクラちゃん、ルビー、リディアーヌ様、おはよう」
「ローズ様、おはようございます」
「今日はどうだったの?」
ローズさんが聞いてきた。
「ダメ出し一回ですね」
「あら、サクラちゃんに助けを求めてたわよ」
「それは良いんじゃないですか?」
「そうね。全部ダメってなっちゃうとね」
女子用の更衣室は、4人が着替えていてもまだ余裕がある。リディー様は白衣がないから、白いエプロンを私が作った。エプロンスカートみたいな感じだけど、気に入ってくれたらしい。
「マークがまだ決まらないんですよね」
「そうよね」
「何が良いかしらね」
「ローズ様もルビー様……さんも、天使様に任せっぱなしではありませんか」
「そ、そんな事ないわよ。ちゃんと考えてるわ」
「そうそう。サクラちゃんのアイデアをアテにはしてるけど」
「ローズ、それは言っちゃダメ」
更衣室を出て、診察室に向かう。
リディー様は所長から指導を受けているから、所長の診察室に入る。
いつもくらいの時間に、オスカーさんが来院した。
「嬢ちゃん、おはよう」
「おはようございます、オスカーさん、ミゲールさん」
「雪も一息ついてきたかね」
「もう、あんな大雪は無いですよね?」
「無いと思うけどねぇ。こればっかしは天のご意志だねぇ」
「天のご意志ですか?」
「7神様も何とも出来ない、天候や自然災害の事さね」
「オスカーさんって、いろんな事を知ってみえますよね」
「そりゃあ、この歳になりゃあ、この位は知らない方が恥ってもんでさ」
「勉強になります」
「嬢ちゃんは素直だねぇ」
「そうですか?」
「天使様ですからね」
「ミゲールさんの言う『天使様』ってどんな人物なんでしょうね」
「素直で明るくて、優しい貴女のような女性です」
「私はそんな人間じゃないですよ。それは幻想です」
「世間で言われているのは、こんな感じですよ」
「私は臆病で弱い人間ですよ」
「嬢ちゃん、臆病なのは慎重なんだ。そう自分を卑下しちゃいけねぇ」
「ありがとうございます」
少し沈黙が流れた。
「ガビーの野郎がね、嬢ちゃんがフルールの御使者に選ばれたって聞いて、なにやら張り切ってやしたよ」
「張り切って?」
「アイツも動いてる方が性に合ってるようでね。何やら仲間に声をかけて、やってやした」
「無理はしないように、伝えてください」
「間違いなく伝えまさ」
オスカーさんとミゲールさんは帰っていった。
3の鐘が鳴って、休憩室に行くと、誰も居なかった。
鉢植えのプラムにお水をあげて、昼食を広げる。
「天使様、お疲れ様です」
「リディー様もお疲れ様です」
「天使様のお昼は、いつも美味しそうですね」
「適当に挟んでくるだけですけどね」
「ご自分で作られるんですの?」
「はい。その方が楽しいですので」
「楽しいですの?」
「私の家には使用人などはいませんから、全て、自分で作るんですよ」
「市場で買われたりしませんの?」
「買うときもありますよ。でも大抵は作っていますね。気分転換になりますし」
「私もそうした方がよろしいのでしょうか?」
「リディー様のお家には、料理をする方がいらっしゃるのでしょう?どうしても、と仰るなら止めませんが、まずはその方に相談してからですね」
「分かりましたわ」