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「あれ?」
「あ、天使様、お久し振りです」
ブランさんの勤め先の奥様だ。
「ブランさんと最近お会いしてませんが、お元気ですか?」
「えぇ。今日は採寸だけだったので連れてきていませんが、仮縫いの際には連れてきますね」
「え?と言うことは、私の衣装を作ってくださるのは……」
「私共になります」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。ブランちゃんはまだ任せられませんが、少し手伝ってもらおうと思ってるんですよ」
「光栄です」
さすがに本職だ。話をしながらでもテキパキと採寸していく。
「ジェイド商会に私のサイズはあるんですけどね」
「聞いていますよ。でもやはり私共でも欲しいじゃないですか」
「そんなものですか?」
「そんなものですよ」
「どういう衣装になるか聞いても?」
「それはお楽しみに」
にっこりと笑われた。
「それはそうですよね」
「えぇ。天使様、ちゃんと食べてます?」
「はい。食べてますよ。少ないですけど」
「少ないんですか?」
「量が食べられないんですよね」
「そうなんですか?」
「はい」
「ブランちゃんがね、天使様に救われたって一度漏らしたんですよ。何があったんですか?」
「それは私からは言えません」
「あぁ、やっぱりですか」
「え?」
「知り合いにね、聞いたんですよ。天使様は人の事を他人には漏らさないって」
「この仕事をしてると、黙ってないといけない事って多いんですよ。それなら最初から話さない方がいいです」
採寸が終わって、元の場所にも入口にも戻れないから、出た所で立っていたら、ローズさんが出てきた。
「サクラちゃん、終わったの?」
「はい。お昼過ぎちゃいましたね」
「そうね。持ってきてるんだっけ?」
「はい」
「どうしようかしらね。私は市場に行こうと思ったのよね」
「ルビーさんはどうなさるんでしょう?」
「待ってればその内出てくるわ。ここで待ってる?」
「お邪魔じゃないでしょうか?」
「大丈夫じゃない?」
ルビーさんが出てきたので、相談した。
「ルビーさんはお昼はどうするんですか?」
「私は持ってきてるわ」
「あら、持ってきてないのって私だけ?」
「リディー様はまだでしょうか?」
「リディー様なら、サクラちゃんが呼ばれたのと入れ替りのように戻ってきて、先に帰られたわよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。天使様によろしくお伝えくださいって言ってわ」
結局、ローズさんは1人で市場に行って、お昼を買ってくると言って、帰っていった。私とルビーさんは練兵場の方で食べることにした。
「氷の月にしては、暖かいわね」
「風がないですしね」
「そういえば放牧場の方に、休憩所が出来ていました」
「あぁ、言ってたわね。そこで食べる?」
「そうしましょうか」
休憩所に行くと、ピガールさんが居た。
「オヤ、ドウシタ?」
「こんにちは、ピガールさん。お昼だけ食べさせてもらおうと思って来ちゃいました。構いませんか?」
「カマワナイ。シャムスガ会イタガッテイタ」
「私にですか?」
「懐カレタナ」
「食べたら行ってみます」
「今度ハ舐メラレナイヨウニ、気ヲ付ケタ方ガイイ」
「はい。気を付けます」
「モウスグ騎士達ガヤッテクル」
「え?あぁ、巡回ですね」
ピガールさんが出ていって、お昼を食べていると、騎士様達がどやどやとやって来た。
「咲楽ちゃん?どうして居るの?」
「さっき採寸が終わって、今、お昼です」
「お疲れ様」
「今から巡回ですか?」
「そう。もう少ししたら出立。見てく?」
隣を見ると、ルビーさんがこくこくと頷いてた。
「見ていきます」
「もう少し待ってね」
「はい」
食べ終わって少しすると、馬達が勢揃いし始めた。一番端にシャムスが何故か一緒に並んでいる。
「あの魔犬、一緒に行く気かしらね」
「ノリで並んでるとかじゃないですか?」
騎士様達が一斉に騎乗する。何頭かバトルホースが居るらしく、馬体の大きさが違う。
「こうしてみると、スゴいわね」
「一斉にってあまり見ないですよね?」
「そうね。私は見たことがないわ」
やがて騎乗した騎士様達は、放牧場の中を駆けていった。
「どこに行くのかしら?」
「どこかから外に出るんじゃないですか?」
「そうかもね」
ピガールさんがシャムスを連れて、こちらに来た。シャムスがすごい勢いで尻尾を振ってる。念のために少し離れて様子を見ていた。「クゥン」って小首を傾げて見ているのは可愛いんだけど、さすがに今日は舐められたくないし。
「近付かないの?」
「舐められたくないので」
クスクス笑うルビーさんに答える。
「そろそろ帰るわ。サクラちゃんも一緒に帰る?」
「はい」
ピガールさんとシャムスに帰ることを伝えて、ルビーさんと一緒に帰る。
「どこも寄るところはないの?」
「はい。食材なんかは買ってありますし。特に無いですね」
西地区へ行く道で別れて、家に戻る。
家に着いたら、まず全部の窓を開けて、換気をする。シーツなんかを洗濯箱に放り込んで、家中をお掃除。乾いたシーツをベッドに敷いて、お掃除終了。
今日のお夕食は薄切り肉と野菜の重ね蒸し。後はアフルパイ。
まだ時間があるから、少しの間、ベールの刺繍をする。ずいぶん出来上がってきたから、少しペースを落としても良いかもしれない。
時間を見てお夕飯と明日のスープを作ったら、もうすぐ5の鐘だった。
5の鐘少し過ぎに、大和さんが帰ってきた。
「ただいま、咲楽ちゃん」
「お帰りなさい、大和さん」
着替えて降りてきた大和さんに今日の採寸の話をしながら、夕食にする。
「女性でも前から掴まれるのは駄目だったの?」
「恐怖と言うよりは、緊張と言う感じでしたけど」
「たぶん、男性が同じことをしたら、恐怖なんだろうね。腕を掴まれると言うこと自体が苦手になっちゃったかな?」
「分からないです」
「滅多にない事ではあるけどね」
「しょっちゅうあったら、そっちの方が怖いです」
「そりゃそうだね」
「採寸の担当がブランさんの勤め先の奥様で、ビックリしました」
「咲楽ちゃんの衣装を作るのが、あの人達になるの?」
「そう言ってました」
「結構大きな店だし、評判は良いらしいよ」
「お店の場所も知ってるんですか?」
「一応はね」
「え?何故?」
「大まかに王都内は覚えたからね。ランドマークは押さえてあるよ」
「スゴいです」
「スゴくないよ」
「私基準じゃ、スゴいんです」
「あぁ……」
深く納得された。
食後にアフルパイを出したら、すごく喜んでくれた。
「大和さん、アフルパイ、好きですね」
「なんだろうね。咲楽ちゃんの作るのが旨いんだよ」
「他のって食べてましたっけ?」
「咲楽ちゃんのだけだね」
「試してみます?」
「ケーキ屋はいくつかあったね」
「あるんですか?あ、そう言えばリディー様がどこで買ったのか?って聞いてましたね」
「後は喫茶店らしき店とか」
「あったんですね」
「また行こうね」
食後に食器を洗っていると、隣でその食器を片付けてくれながら大和さんが言う。
「はい」
「まぁ、フルールの御使者が終わってからだね」
小部屋に移動して、ソファーで寛ぐ。
「巡回の時って、みんな騎乗するんですか?」
「そうだね」
「みんなが一斉に騎乗して、格好良かったです」
「いつもはしないからね?」
「ん?じゃあ今日は何故一斉騎乗を?」
「御使者が2人居たから」
「はい?」
「2人が居るって知って、みんなが張り切っちゃったんだよ」
「私達の為ですか?」
「みんなで一斉に駆け出したでしょ?離れてしばらくして『どうだったかな?喜んでもらえたかな?』って話し合ってた」
「迫力があって凄かったです」
「伝えておくね」
「あの後、シャムスが待っててくれたんですけど、舐められるのを警戒しちゃって、近付けませんでした」
「帰ってきたら、シャムスがしょんぼりしてたのは、だからか」
「しょんぼりしてたんですか?」
「すぐにエタンセル達と遊んでいたけど」
そう言って大和さんがリバーシを出す。
「しようか」
「するんですね」
向かい合って座る。
「お先にどうぞ」
「これ、どっちが有利とかってあります?」
「初心者同士だと、後攻有利らしいね」
「えぇ?じゃあ、後攻が良いです」
「了解」
最初は私の方が駒数的に勝ってたんだけど、ある時点を越えたら一気に返された。
「うぅ~」
「もう一局、やる?」
余裕の大和さんが笑いながら言う。
「やります」
「角の駒置きは、1つで良い?」
「はい」
もう一回挑戦しながら聞いてみた。
「大和さん、さっきの初心者同士だと後攻が有利って、根拠はあるんですか?」
「ある人がね、調べたんだよ。AIを使ってね。その結果全くの初心者同士なら勝率は後攻である白が44.9%、黒が55.1%だったんだよ」
「わずかでも後攻有利って訳ですか」
「そう。20000戦とかやったって言ったかな」
「AIだからこそ出来たんですね」
今回もやっぱり最初は私の方が駒数的に勝ってたんだけど、終盤にひっくり返された。
「本当に弱いね」
「うぅ~」
「もう一局、やる?」
「大和さん、余裕ですね」
「このくらいならね」
「今日はやめておきます」
「今日は?」
「はい。今日"は"やめておきます」
「分かった。風呂行ってくるね」
笑いながら、大和さんはお風呂に行った。
明日のスープは作ってあるから、刺繍をしよう。刺しているのはエリカ。花は小さいからフレンチノットステッチをひたすら刺していく。色は鮮やかな黄色。エリカって聞いたことはあるんだけど、どんな花かは知らなかった。
「細かいけど、何の花?」
「エリカですって」
「エリカ?まぁ、低木?かな?」
「植物図鑑に載ってましたけど、1.5m位になるそうですよ」
「載ってた?見てみよう」
「その間にお風呂に行ってきますね」
「見たら上がるから、寝室に来てね」
「はい」
シャワーを浴びて、考える。何かあったっけ?何もない気がする。こんなのって久しぶりな気がする。特に何もなかったよね。
大和さんに髪を乾かしてもらいたいって、唐突に浮かんだ。私は時々やってもらってるけど、気持ちいいんだよね。大和さんはどうなのかな?最近、大和さんのを乾かしてない。言わなきゃなのかな?「乾かしたい」って。大和さんは何でも1人でやっちゃうから。
髪をざっと乾かして、寝室に行く。
「お帰り、って乾かすから、こっちにおいで」
「大和さん、この頃大和さんのを乾かしてないです」
大和さんの前に座って、ちょっと拗ねた口調で言う。
「乾かしたいの?」
「はい」
「どうして?」
「人に乾かしてもらうのって、気持ち良くないですか?」
「そりゃ、まぁ」
「だからです」
「咲楽ちゃんの髪を乾かすのって、俺だけの密かな楽しみなんだけど、咲楽ちゃんもそんな感じ?」
「大和さんに気持ち良くなって貰いたいんです」
「分かった。ちゃんとやってもらうから」
「明日とか?」
「明日?咲楽ちゃんが覚えてたらね」
「はい」
優しく髪に触れる手が気持ちいい。
「咲楽ちゃん、疲れた?」
「そうなんでしょうか?」
「1日っていうか、半日、慣れない事だったでしょ?」
「はい」
「もう休む?」
「そうします」
「あ、そうだ。ルビー嬢に言っておいてくれる?今日、先に来ていたアンリさんとノラさん、来週からご一緒にって」
「分かりました」
「ゴットハルトも来週から一緒だから」
「ゴットハルトさんも護衛騎士ですか?」
「昨日突然言われたんだって。せめて3日前には言ってくれって言ってた」
「あまり変わらない気がします」
「そうだね。よし。乾いた」
「ありがとうございます」
「寝ようか」
「大和さん」
「ん?」
「大和さんも護衛騎士ですか?」
大和さんの方を向いて聞く。
「隠しても仕方がないね。そうだよ」
「嬉しいです」
「俺も嬉しい」
顎を持ち上げられて、キスされた。
「もう寝るよ。おやすみ、咲楽ちゃん」
「おやすみなさい、大和さん」