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闇の日になった。今日はフルールの御使者の顔合わせの日だ。
大和さんは今日は西地区の巡回兼、西から南の街門及び門外の見廻り。そう。王宮騎士団には、王都内だけでなく門外の見廻りも先月から加わったらしい。その際には騎馬しての巡回らしく、エタンセルも一緒らしい。エタンセルが居ない時、あの魔犬、シャムスはどうしてるんだろう?他の馬達と仲良くしてると良いな。
今日は私も大和さんと一緒に王宮に行く。正直に言って、闇の日も大和さんと一緒に居られるのは、とっても嬉しい。昨日、ローズさんとルビーさんが『一緒に行きましょうね』って言ってくれた。王宮への分かれ道で待ち合わせして、そこから一緒に行く。
今朝は良い天気だ。最近は雪が積もることも少なくなってきた。少なくなってきただけで、降る事は降るんだけど。
起きて着替えて、ダイニングに降りる。ディアオズの水量を確認して、暖炉に火を入れる。大和さんが帰ってくるまでに食料庫から食材を取り出す。別に急いでないんだけど、なんだか特別な気がする。毎週続くんだけどね。
「ただいま、咲楽ちゃん」
「お帰りなさい、大和さん」
「地下に行くけど、少ししたら伝声管を開けて。笛を聞かせるから」
「御鎮魂ですか?」
「今日は違う曲。楽しみにしてて」
違う曲?どんなのだろう。10分位の時間をおいて、伝声管を開けてみる。少しして聞こえてきたのは、鳥の啼き声?これって笛だよね?曲の合間に鶯のような鳥の啼き声が聞こえる。
「咲楽ちゃん、上がるよ」
「はい」
しばらくして上がってきた大和さんに聞いてみた。
「さっきの鳥の啼き声って?」
「あれも笛だよ。さっきの曲は春告げ、別名鶯。『春まだ遠き心地にて、草木未だ眠る時、春を呼ぶ声聞こえけり、花の蕾はその声に、目覚めの時を悟るなり』って歌詞が付いてる」
「へぇ。今にぴったりですね」
「そうだね。シャワー、行ってくる」
大和さんはシャワーに行って、私は朝食と昼食の準備。今日って何時までなんだろう?顔合わせと採寸って言ってたよね。
顔合わせは15人?名前と何番馬車かって言うのと、位かな。採寸はどうなんだろう?私のサイズはジェイド商会服飾部にあるんだけど。神殿衣装部にもあるんだけど。
またヒールは履かされるんだろうか。普段履いてないから、履きたくないんだけど。今日は顔合わせと採寸って事だから、大丈夫かな。
そういえば服の指定は無かったよね?
朝食プレートを仕上げて、パンを温める。
「咲楽ちゃん、コーヒー、淹れて良い?」
「どうぞ。お湯は沸かしてあります」
「咲楽ちゃんは、良い奥さんだね」
「なにも出ませんよ?」
「出ないか」
「仕方がないから、ウィンナー、一本あげます」
「わー、嬉しいなー」
「棒読みですね」
朝食を食べながら今日の話をする。
「今日は顔合わせと採寸だっけ?」
「はい。そう聞いてます」
「俺達が必要になるのはもうちょっと先かな?」
「エスコートの練習ですね?」
「どうなるかな?」
「楽しそうですね」
「エスコートの練習に付き合うなんて初めてだからね。たぶん俺等もエスコートの練習をするんじゃないかな?」
「俺等って事は、大和さんは護衛騎士に選ばれてるんですか?」
「さぁね」
「教えてくださいよ」
「まだ業務機密だね」
「業務機密って言葉、有ったんですか?」
「さぁ?」
「造語ですか?」
「業務上の機密だから、業務機密で良いんじゃない?」
「そうですけどね」
「直接の護衛騎士が15人と、周りでの騎乗しての護衛が5人ずつだから全部で40人かな?」
「そんなに……要りますね。周りの護衛は5人ですか?」
「そう聞いてる。前に1人、両脇に1人ずつ、その外に1人ずつだから1台5人だね」
「それは機密に当たらないんですか?」
「人数は良いでしょ」
「騎乗してですか。乗馬技術も要りますね」
「オープン馬車を見せてもらったけど、かなり大型だったよ」
「そんなに?」
「特注らしい。御使者3人と、護衛騎士が3人、魔術師2人、お世話役の女性が階下に2人って言ったかな?」
「階下?2階建てですか?」
「ダブルデッカーだね」
「階段で上がるんですよね?」
「その辺は護衛騎士を信じてね」
「はい」
朝食後は大和さんが洗うと言って聞いてくれず、先に自室に上がって決めておいたワンピースに着替える。
髪は纏めていって良いよね。練り香水はやめて、蜜蝋で纏めたら、ダイニングに降りる。
「もう着替えたんですか?」
「うん。行こうか」
騎士服の大和さんと歩くのはいつもの事なんだけど、出勤じゃないって言うのが落ち着かない。
「落ち着かなそうだね」
「出勤じゃないのに騎士服の大和さんと歩くのが、そわそわします」
「そわそわ?違和感じゃなくて良かった」
「違和感はないんです。今日はお休みだよね?って落ち着かないのと、騎士服の大和さんと歩いてるっていうそわそわがあるんです」
「闇の日のこの時間に騎士服で一緒に歩くっていうのは、初めてかな?」
「そうですね」
闇の日に騎士服の大和さんの隣に居る。闇の日じゃ無かったらいつもの事だ。なのに『闇の日』ってだけで特別な気になる。
「サクラちゃん」
「ルビーさん。おはようございます。その方は?」
「驚いたね。天使様?それと、黒き狼かい」
「ファティマさんよ。知ってる?」
「淑女世代の?」
「淑女ってガラじゃないけどね」
「行きませんか?」
大和さんが声をかけて、再び歩き始める。
「この後、ローズも合流よね」
「はい。昨日言ってましたね」
「女性ばかりの中に男が1人。どうだい?黒き狼様」
「離れたいのが半分、咲楽ちゃんの側に居たいのが半分ですね」
「この先、増えるけどね」
「私の事は護衛とでも思ってもらえれば」
「無理だろうね」
「バッサリ言いましたね」
「気になるかい?」
「いいえ。私のように取り繕うよりは、自然ではないかと」
「ん?普段と話し方を変えてるのかい?」
「礼儀ですから」
「へぇ。貴族様かと思ったら違うんだね」
「違いますね」
ん?大和さんがちょっとイライラしてきてる?自分の事、探られるのは嫌だって言ってたし。
「大和さん、先に行ってます?」
「どうせ一緒の方向だし、副団長も待ってるし。このままで良いよ」
「副団長さん、待ってみえるんですか?」
「王宮まで不慣れな人も居るだろうからって、何人か分かれ道で待ってるよ」
「あぁ、そういえば、貴族様って全部で5人でしたね」
「黒き狼様は私に対する時と、天使様に対する時と、全く態度が違うんだね。良いねぇ。こういう人は信頼できる。天使様、良い男を捕まえたね」
「ファティマさん、違うのよ。天使様が黒き狼様に捕まっちゃったの」
「そうなのかい?良い男に捕まったね」
「ごめん。ファティマさん。捕まったとか捕まえたとか、適切な表現じゃなかったわ。この2人は寄り添い合ったのよ」
「ルビーさんは詩人だね。寄り添い合ったか。そういえば、ルビーさんも結婚するんだろ?」
「えぇ。アウトゥにね」
「楽しみだねぇ」
「ん?ゴットハルト?」
大和さんが呟いた。
「どうしたんですか?ゴットハルトさんがいらっしゃるんですか?」
「ゴットハルトだけじゃない。団長まで居る」
「案内役でしょうか?」
「聞いてない。王宮になったから、聞かされなかったかな?」
こそこそと話してる後ろから、「仲が良いねぇ」「あれがいつもの事ね」「そうなのかい?」って会話が聞こえてきた。
「大和さん……」
「後ろの会話が気になる?」
「はい」
「気にしなくて良いよ。さっき先に行ってるか聞いたのって、気遣ってくれたんでしょ?」
「少しイライラしてる気がしたので」
「ありがとう」
「いいえ」
頭をくしゃくしゃってされた。
「髪が乱れます」
「ごめんごめん」
手櫛でさっと直して、大和さんを見ると、スゴく優しい顔で私を見ていた。
「今日は練り香水って付けてないね?」
「はい。今日は止めておきました」
「代わりにちょっと甘い香りがするって事は、蜜蝋?」
「はい。ハンドクリーム代わりに付けてきました。香り、します?」
「髪の毛からハチミツっぽい甘い香りがした。他の人は分からないと思うよ」
王宮への分かれ道には、副団長さんと団長さんとゴットハルトさんと、後、数人の騎士様が待っていた。
「おぅ、ヤマト、美人に囲まれてるな」
団長さんがニヤニヤしながら言う。
「ジェイド嬢はみえてませんか?」
「来ていないが」
「ここで待ち合わせだったんだよね?」
「あー、トキワ様、ローズの家まで行ってみます。寝坊は無いでしょうけど、何かで遅れて……あら?」
「ルビー、サクラちゃん、おはよう。なんだか大人数ね」
「おはよう、ローズ。紹介するわ。こちらがファティマさんよ」
「この方が……。はじめまして。ローズ・ジェイドと申します。施術師をしております」
「これはご丁寧に。ファティマです。ルビーさん、ジェイド商会の令嬢かい?どう話せば良いんだい?」
「どうぞ、お気軽に話して下さい。ルビーと同じで構いません」
「そうかい?それなら、気は楽になったけどね」
「ここでの合流は以上でよろしいですか?」
大和さんとゴットハルトさんが近寄ってきた。
「おはようございます、シロヤマ嬢、ルビー嬢、ジェイド嬢。はじめまして、ファティマ様、おはようございます。ゴットハルト・ヘリオドールと申します。ここから騎士トキワと共に王宮までご案内させていただきます」
「ゴットハルトさん、おはようございます」
「ヘリオドール様、もう1人、一緒に行きたい方がいらっしゃるの。お家に寄って頂いてもよろしいかしら?」
「はい。どちらのご令嬢でいらっしゃいますか?」
「リディアーヌ・マソン様ですわ」
「ヤマト、家は?」
「把握している」
「分かりました。寄って参りましょう」
なんだか余所行きな、ローズさんとゴットハルトさんの会話を聞いていた。
「ゴットハルト、ファティマさんが緊張してるぞ。言葉遣いをもう少し砕いた方がいい」
「それは難しいんだ」
王宮に向かいながら、大和さんとゴットハルトさんが話している。
「貴族様の会話は慣れないね」
ポツリとファティマさんが呟いた。
「ゴットハルトさんは貴族様って言っても、気さくな方ですから、普段通りで大丈夫だと思いますよ」
「黒き狼様のように、口調は変えた方が良いんじゃないかね?」
「貴族様用の口調っていうより、敬語を使えばいいと思いますけど」
「敬語ねぇ。普段から使ってないんだよ」
「そうなんですか?」
「私はこんな口調が普通だからね。ガサツな人間なんだ。天使様達みたいにお上品に出来てないんだよ」
「お上品ですか」
「気を悪くしたかい?下町の生まれだし、洗練されてないって言いたかったんだよ」
「私のは単に自衛のためって感じですけどね」
「自衛?」
「なんでもありません」
少し行くと、待ってる人が居た。待ってるっていうか、集団になってこっちを見ている。
「きゃあ~。あの方達ね」
「リディー、貴女も行くんでしょ?」
「天使様はどこ?」
「あの方が淑女世代の方かしら?」
「施療院のお姉様方も居るわ」
「素敵」
きゃあきゃあと騒いでいる。大和さんがリディー様の前で礼をした。
「リディアーヌ・マソン様。参りましょうか」
「はい。では皆様、ごきげんよう」
リディー様はこっちに来ると、笑顔で駆け寄ってきた。
「天使様、ごきげんよう」
思わず苦笑して答える。
「おはようございます。リディー様」
「そちらの方がよろしいですか?」
「そうですね。おはようございますの方が、一般的ではないでしょうか」
「頑張ります」
「リディー様、ご紹介しますね。こちらの方が、ファティマさん。淑女世代の方ですよ」
「まぁ。はじめまして、リディアーヌ・マソンと申します。ファティマ様でいらっしゃいますか?」
「ファティマです。様なんて付けられると、困っちまうよ」
「困っちまう?ですの?」
「えっと、どうすりゃ良いんだい」
「困ってしまう、と言ってらっしゃるんですよ」