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氷の月に入った。


フルールの御使者(みつかい)の正式通達を受けたと言っても、世間に公表されるのは芽生えの月に入ってからだ。それまでは知られる事はない。という建前らしい。もちろん大抵の人は誰が選ばれたのか知っている。何番馬車かまでは知らないけれど。


なのでそこかしこで予想合戦が繰り広げられる。当然のように情報紙上では予想コーナーで『一番馬車の御使者(みつかい)は誰だ!!』っていう文字が踊ってた。施療院の3人が選ばれた事は公然の秘密状態で、待合室に明らかに患者さんでない人の姿が現れだした。


今日は緑の日。大和さんはお休みだ。天気は曇り空だけど、降ってはいない。着替えてダイニングに降りる。ディアオズの水量を確認して暖炉に火を入れる。しばらく炎を眺めていると、大和さんが帰ってきた。


「お帰りなさい、大和さん」


「ただいま、咲楽ちゃん。アッシュ達が一緒だけど良いかな?」


「はい」


ほどなくしてアッシュさん達が入ってきた。


「おはようございます。サクラ様」


「おはようございます。今日はどうされたんですか?」


「今日は久しぶりに休みなので、トキワ様に稽古を付けて貰おうと思って。後、サクラ様、フルールの御使者(みつかい)、おめでとうございます」


「ありがとうございます。ちょっと憂鬱ですけど」


「憂鬱って何故ですか?」


「ドレスは着たいんですよ?でもパレードが憂鬱です」


「あぁ。目立ちたくないと言っておられましたね」


「アッシュ、そろそろ……」


「一旦失礼します。トキワ様、2の鐘位にまた来ますね」


「本当に咲楽ちゃんに祝いの言葉を言うだけだったな。一緒に朝食を食ってっても良いんだぞ」


「それはまたの機会に。では失礼します」


アッシュさん達は帰っていった。


「大和さん、ダニエルさんが居ませんでしたけど」


「風邪をひいたんだそうだ。熱っぽいから薬師の所に行って治してから、また来るってさ」


「あら」


「さて、地下に行ってくる」


「あ、はい」


大和さんが地下に降りていって、私は朝食とお昼の準備。あ、大和さんはお昼はどうするんだろう。


伝声管を開けて、聞いてみた。


「大和さん、お昼はどうします?」


「お昼?お昼ね。どうしようかな?一応作っておいてくれる?いつものより軽めに」


「分かりました」


サンドを私の分と大和さんの分を作って、それぞれ包んでおく。朝食の準備が出来たら、時計を見て大和さんを呼ぶ。


「大和さん、朝食が出来ました」


「分かった。上がるね」


大和さんが上がってきて、そのままシャワーへ。


カークさんが居ないから静かだ。いつ頃帰ってくるのかな?


「咲楽ちゃん、何を考えてるの?」


「カークさんっていつ帰ってくるのかな?って思ってました」


朝食を運びながら答える。


「俺が聞いたのは、目的地に着くまで2日。調査に早ければ2日。って事だったから早かったらそろそろ戻ってくるね」


「何の調査なんでしょうね?」


「そこまでは聞かなかった」


「そういえば、狼の上位種っていうか、フェンリルって居ないんでしょうか?」


「聞かないね。見たいの?」


「見たいですけど、遭遇はしたくないです」


トレープール()は討伐したけど。今まで遭遇した魔物って蛇とウサギと狼と熊と犬と猫だけだね」


「あ、ほんとだ」


「そう言えば定番と思われる昆虫系も聞かないね」


「昆虫系?」


「でっかいアリとか」


「あぁ。定番ですね」


「でっかい蝶とか」


「蝶ですか?」


「でっかいGとか」


「台所の悪魔ですね。定番の昆虫系って大きいのばかりでしたっけ?」


「俺の読んだのは、でっかいのが出てきた」


「アリは大きかった記憶がありますけど」


「咲楽ちゃんの読んでたのってどんなの?」


「そうですね。錬金術で、とか聖女系、でも恋愛なしとか……」


「恋愛なしって。そんなのあった?」


「後はゲーム世界とか」


「あぁ、そういうのね」


「大和さんは?」


「大抵は剣と魔法の世界のファンタジー。巨大ロボットが出てくるのもあったかな?」


「剣と魔法の世界に巨大ロボット?」


「面白かったよ。巨大ロボットが魔法を使ったりとか」


「戦隊物?」


「咲楽ちゃんって意外な物を知ってるよね」


「見たことはありませんよ?友人が『イケメンが出てるから』って騒いでたんです」


「そういうニーズもあったのか」


「あったみたいですね」


朝食を終えて、大和さんが食器を洗ってくれている間に私は出勤の用意。


「久しぶりに洗った」


着替えて降りていくと、大和さんが満足そうに言った。


「夕食後とか洗ってくれてるし、1週間くらいやってくれてるじゃないですか」


「そう?」


「このやりとり、飽きてきました」


そう。このやりとりは4回目になる。今週頭から毎日だから。


「他のを考えようか」


家を出ながら、大和さんが楽しそうに言う。


「いつまで続けるんですか?」


「カークが戻ってくるまで」


「大和さんもカークさんを待ってるんですね」


「どこをどう気に入られたか分からないけど、従者にって言ってくる位だからね。正直に言うと従者なんて要らないけど」


「でも側近の人が居たんですよね?」


「側仕えね。同じような意味だけど。従者も同じような意味だね」


「あまりよく分かっていません」


「その立場にならないと分からないよね」


「はい」


「貴族なら分かると思うから、ライル殿にでも聞いてみれば?」


「別に知らなくてもいいですけど」


「咲楽ちゃんはそういう人だね」


「そういうって?」


「自分が仕えられる側の人間って思わないって事」


「それはそうでしょう。平凡な人間ですよ?私は」


「天使様なのに?」


「呼び名だけです」


「そんな事無いよ。咲楽ちゃんに救われてる人はたくさん居る。俺もその1人だけどね」


「そんな事ありますって。でも大和さんに救ってもらってるのは、私ですよ」


「救いあってるって事かな」


黙って歩いてると、チコさん達が急いで来るのが見えた。


「あいつ等……」


「遅刻ですか?」


「ギリギリかな」


「あ、教官。おはようございます」


「おはよう。ギリギリじゃないのか?」


「はい。すみません。失礼します。あ、シロヤマさん。フルールの御使者(みつかい)、おめでとうございます」


「ありがとうございます。時間は良いんですか?」


「やべっ!!失礼します」


チコさん達は走っていった。


「大丈夫かな?」


「心配ですか?教官さん」


ちゃかしてそう言うと、大和さんが笑った。


「キツい訓練にも喰らい付いてくるしね。面倒見てるとこうなるよ」


「大和さんっていい先生ですよね」


「どうなんだろうね」


「王宮の方の見習いさん達も見てるんですよね?」


「あっちは貴族子弟が多いね」


「王宮だからですか?」


「たぶんね」


「貴族様って事は言う事を聞かないとか、無いんですか?」


「騎士になりたいって来てるんだよ?この国では貴族子弟だから騎士になれるって程簡単じゃない。ちゃんと実力は見るし、従わなければならない決まりもたくさんある」


「よくありませんでしたっけ?貴族だからって威張ってる系の騎士が居てって話」


「あったね。けど、そういう奴は居なかったな。最初に見習い達の前で模擬戦をしたけど、食い入るように見てたし、選民意識のある貴族は少ないんじゃない?」


「それって珍しいですよね?」


「だろうね。と言っても、俺達のこういった知識は本の中からだけだし、実際は分からないけどね」


「そうですね」


「色々違うね」


「なんでしたっけ。こういう状況を表す言葉ってありましたよね?」


「Seeing is believing.百聞は一見に如かずって意味だね」


「大和さんっていちいち英語で言いますね」


「ごめん」


「いいんですけど。そういう大和さんも好きですし」


「咲楽ちゃんは……。なんでもない」


「何ですか?」


「なんでもないって」


「気になります」


「気にしなくていいよ」


「気になっちゃいます……」


「じゃあ、また夜に教えよう」


黙って歩く。大和さんに握られた手が暖かい。


「アラクネさんは居るみたいですよ?」


「何の事?」


「昆虫系は聞かないって言ったじゃないですか。シュシュのゴムを探していたときに、アラクネ種の糸の方が質が良いって言ってた気がします」


「アラクネって下半身蜘蛛で、上半身女性だったっけ」


「私の知ってるのだとそうですね」


「居るのか」


「見たいですか?」


「どうだろう?積極的に見たいと思わないかも」


「アラクネさんって、大抵美人さんで胸が大きい描写でしたね」


「胸ねぇ」


「私はコンプレックスです」


「咲楽ちゃんのは栄養状態によるものも大きいんじゃない?」


「大きい方がいいですか?」


「大きさよりは形かな?……って、朝から何を言わせてるのかな?この()は」


「コンプレックスだって言ったじゃないですか」


「これで俺が大きい方が良いって言ったら、どうするつもりだったの?」


「頑張ります?」


「いやいや、何をどうやって。……やめとこうか」


「朝からの会話じゃないですよね」


施療院に着いた。


「行ってきます」


「いってらっしゃい」


着替えに行くと、ローズさんが居た。


「おはよう、サクラちゃん。今日は家に来るのよね?」


「はい。お邪魔します」


「ベールの事になると、ルビーよりマルクス様の方が気にしてるように感じるわ」


「ローズさんも?私もです」


「サクラちゃんは今日はお祈りはどうするの?」


「年迎えの神事までは続けようかと思ってます。この前大和さんと話してて、亡くなった方の魂が私の周りにいてくれてるかもって思ったら、何となくそうしたくなりました」


「そう」


「前向きなお祈りですよ。前みたいに自分の精神安定の為も兼ねてたりするんじゃなくて、純粋にご冥福を祈りたいんです」


「それは分かってるわ。前とは雰囲気が違うし。冥福を祈るって元の世界にもあったの?」


「ありましたよ。宗派によって違いましたけど」


「いくつもあったって言ったっけ。何て言うか、面白いわね」


「特に仏の教えとなると死した魂は49日かけて裁きの場所に着いたりとか、途中にある川の渡し賃を持っていったりとか」


一月(ひとつき)以上かかるの?」


「そうなんです」


「それで皆、魂の休息場に行けるの?」


「えぇっとあまり詳しくないんですよね。みんなではないです。悪いことをした人はそれなりの罰があったはずですし」


「どんな?」


「ごめんなさい。覚えてないです」


「トキワ様なら知ってるかしら?」


「あまりその辺は聞きたくないです」


「そうなの?」


「はい。すみません」


「いいのよ。騎士様だったら事情があって当たり前だもの。この国では無いけど、戦争をしてるって所もあるしね」


「魔人族の方とでしたっけ?」


「友好的な魔人族も居るんだけどね。難しいわね」


「おはよう2人とも……どうしたの?」


「戦争って悲しいし難しいわねって話してたのよ」


「どういう話題からそっちに行ったの?」


「確かお祈りの話題からよね」


「私がお祈りは年迎えの神事までは続けようかと思ってるって、言ったところからですね」


「続けるの?」


「せめて年が変わるまでって思っちゃって」


「そう。サクラちゃん、何か落ち込んでない?」


「落ち……込んでるって言うか、コンプレックスを刺激されたって言うか、勝手に落ち込みの原因を作ったって言うか」


「何それ?」


「えっと、アラクネさんって居ますよね?」


「居るわよ。アラクネ種にさんは付けないけど」


「アラクネさんって下半身蜘蛛で、上半身女性で合ってます?」





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― 新着の感想 ―
[一言] 大型の虫の魔物ってアラクネくらいしか名前無いですよね……アレも人虫一体なんで昆虫なのかわかりませんが。 読んでいる本はなろうだったら相当な量がありそうです。是非お2人にも閲覧してもらいたい…
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