164
「ジェイド嬢と……誰だ?」
呟きながら玄関を開ける大和さん。
「サクラちゃん、急にごめんね」
「ローズさん、いらっしゃいませ。どうかされたんですか?」
「この子がね、サクラちゃんに会いたかったんですって」
ローズさんの後ろに居たのは、14~15歳位の身なりの良い女の子。
大和さんが何かを言いかけて、そのまま奥に行った。たぶんシャワーだと思う。
「はじめまして、天使様。リディアーヌ・マソンと申します」
「はじめまして。サクラ・シロヤマです」
「あの、一番馬車に選ばれたんですよね」
「はい。マソン……」
「どうぞリディーとお呼びください」
キラキラの笑顔で言われた。
「リディー様も一番馬車ですよね」
「はい。天使様とご一緒できて光栄です」
「ねぇ、サクラちゃん、トキワ様はどうなさったの?」
「たぶんシャワーです。さっきまで運動をしてたので」
「運動ってどんな?」
「鍛えてた、って言う方が正しいですね。腹筋とか懸垂とかしてました」
「天使様、これ、読んでください」
手紙を渡された。
「リディアーヌ様、直接言ったら?」
「恥ずかしいです」
「リディー様は普段学園ですか?」
「はい。フルールの御使者に選ばれたので、しばらくはこちらに居ますが」
「そっか。毎週末こちらにって言うのは大変ですものね」
「これから一番馬車の淑女の部に選ばれたであろう方にお会いしたいと思うんですけど、一緒に行きませんか?」
「どなたでしょう?」
「天使様、御存じないんですか?」
「サクラちゃんは最近まで『選ばれない事』を目標にしてたから」
「選ばれない事?」
「目立ちたくないんですって」
「えっと……」
「あまり前に出るって事をしなかったので、恥ずかしいんです」
「そうなんですね。天使様は奥ゆかしい方です。憧れちゃいます」
「それで、一番馬車の淑女の部の方って?」
「西地区のファティマって方ね。家が分からないけど、ルビーにでも聞いてみる?」
「今からだと3の鐘になってしまうんじゃないですか?主婦だと忙しい時間だと思います」
「そうね。どうする?」
「お昼からにしませんか?」
「サクラちゃん、お昼はどうするの?」
「考えてなかったんですよね。ちょっと大和さんと相談して良いですか?」
「良いわよ」
了解を貰って、まずは2人に紅茶を淹れる。クッキーと共にお出ししておいて、小部屋に居た大和さんに相談。
「お昼はどうしましょう?」
「市場で買って食べたら?もしかして3人でお出かけ?」
「一番馬車の淑女の部に選ばれたであろう方に、会いに行こうって誘われてしまって」
「誰?」
「西地区のファティマって方ですって」
「西地区のファティマ?どうやって探すの?」
「ルビーさんに聞いてみようってローズさんが言ってるんですけど」
大和さんと一緒にリビングに戻ると、ローズさんとリディー様がクッキーをかじってうっとりしていた。
「ローズさん」
「サクラちゃん、このクッキー、どうしてこんな模様が入ってるの?」
「ピンクの方にはベリーが練り込んであるんです。それとプレーン生地を重ねただけですよ」
「美味しいですぅ」
リディー様がクッキーを頬張ってるのが可愛い。
「天使様、このクッキー、どこのお店で買ったのですか?」
「これは私が作ったんです」
「作られたのですか?」
「はい」
「サクラちゃん、トキワ様がいらしていると言うことは市場でお昼って事で良いの?」
「はい」
「じゃあ、行きましょうか。リディアーヌ様、クッキーを包まないのっ」
「えぇぇ……」
「お包みしますよ。少しお待ちください」
リディー様用とローズさん用に包みを作る。ルビーさんの所に寄るってことだからルビーさんの分も包んでリビングに戻る。大和さんにリディー様が一生懸命話をしていた。
「おかえり、咲楽ちゃん」
「何の話をされていたんですか?」
「咲楽ちゃんのどこに憧れたかとか、そういった話だね」
「黒き狼様、言わないで下さい!!」
「後、学園の話も聞いてた」
「それ、私も聞きたかったです」
包みを渡しながら、リディー様に言う。
「サクラちゃん、西の市場に行って、お昼にすることにしたわ。それで良い?」
「はい」
4人で家を出る。
「天使様、光属性の治癒術ってどうやって発現されたんですか?」
「大きな怪我をされた方を治したいって思ったら、発現してました」
「私も光属性なんですけど、治癒術が発現しなくて。ローズ様も怪我を治したいって発現したって聞きました。どうしたら良いか分からなくて」
リディー様は悩んでいるようでポツポツと話し出した。学園では怪我なんかは常駐の施術師が治してしまうから、自分は役に立たない事。スキャンが上手く出来なくて、どうしたら良いか分からない事。
私の治癒術は人体の仕組みや構造を覚えて、それを再現しているから、たぶん参考にならない。ローズさんを見ると苦笑された。
「リディアーヌ様、所長に相談してみます?明日、施療院に来ていただければ、ご紹介しますわよ」
「良いんですか?」
「えぇ、もちろん」
「ローズ様もリディーとお呼びくださいと言ってますのに」
「あら、駄目よ。今はちゃんと呼ばないと」
「私もリディアーヌ様と、呼んだ方がいいですか?」
「サクラちゃんは良いのよ。身分は貴族じゃないし、好きなように呼んで。私はほら、ライル様がね」
そんな事を話しながら、西地区の市場に着いて、屋台広場に行く。広場には簡易的な囲いと屋根が出来ていた。
「こんな風になってますのね」
リディー様が感動したように言う。
「リディー様はこういう場所は初めてですか?」
「はい。小さい頃は来たことがなかったですし、今は学園ですもの」
「そうなんですね」
「天使様は、何かおすすめはございますか?」
「おすすめですか?私は食べる量が少ないので、種類が食べられないんですよ」
「サクラちゃんは本当に少ないのよね。私達の半分位だもの」
「黒き狼様は、何かおすすめはございますか?」
「私ですか?マソン嬢はお好みはございますか?」
「好みですの?」
「味の好みです。甘い方が好きとか、辛い物が好きとかですね」
「甘いものは好きですけど、最後に食べる位で。特にこれと言って無いです。ダメでしょうか」
「それは、食の好き嫌いがないと言うことですから、とても良いことですよ」
「そうなのですか?」
「えぇ。こういうことは、咲楽ちゃんの方が詳しいですね」
「栄養学と言うことですか?そうですね。何でも食べて、必要な栄養を取り入れるのは大切です」
話をしながら私が選んだのは、野菜たっぷりのスープとパストラミを挟んだサンドイッチ。後、アフルティー。
「天使様、それだけですか?」
「はい。少ないでしょ?」
「私も減らした方が良いんでしょうか?」
「何故ですか?」
「私って太ってませんか?」
「全く太ってませんけど」
「コルセットで絞めてるんですよ。だから大丈夫に見えるんです」
「必要以上に絞めちゃ駄目ですよ。手足が冷えてたりしませんか?」
「いつも冷たいです」
「血行障害になっちゃいますよ。少しなら良いんです。でも、長時間絞めすぎると心臓にも負担がかかっちゃったりするんです。自律神経系に悪影響を及ぼす場合があって、ストレスを受けやすくなったりします。また、腸が圧迫されてしまう恐れがあります。お肌が荒れちゃう事もあるんですよ」
「スッゴい……天使様、お詳しいんですね」
「大切な事ですよ?」
「そういう事って勉強した方がいいんでしょうか?」
「徐々に知っていったら良いんですよ。食事もね。食べ過ぎはダメですけど、必要な分は食べなきゃ駄目です」
食事を終わって、ルビーさんのお家に行く。
「ルビーさん、いらっしゃるでしょうか」
「いるんじゃないかしら」
「ローズさんも選ばれたんですよね」
「そうよ。私は三番馬車。ルビーはどうかしらね」
「ルビー様も施術師の方ですよね」
「そうね」
「私も施術師になれるでしょうか」
「治癒術の発現次第だけど、なれると思いますよ。お家の方はよろしいの?」
「兄と姉がいますから。家は男爵家ですし、好きにしなさいって言われました」
「それで私を訪ねてきたのが2年前でしたわね」
「ローズ様にはそれから教えていただいてますのに、出来なくって」
ルビーさんの家に着いたんだけど、ルビーさんはお出かけしてた。マルクスさんとのデートらしい。
「一旦戻りましょう」
ローズさんがそう言って、家に戻った。
「サクラちゃん、トキワ様、ごめんなさいね。お邪魔したのではなくて?」
「大丈夫です。元々予定はなかったですし」
「マソン嬢、スキャンの時何かを考えてませんか?」
不意に大和さんがリディー様に聞いた。
「えっと、どこが悪いのかって考えてますけど」
「それで分からなくて焦ってくる感じですか?」
「何故分かるのですか?」
「おそらくその焦りがいけないのではないでしょうか?」
「あぁ、そうね。そうだわ。サクラちゃん、協力してくれる?」
「はい。見たら良いんですか?」
「えぇ」
家に入って、リディー様にスキャンを使ってもらう。指に魔力は纏っているんだけど、手のひらの魔力は斑になっている。魔力を纏えてるところと、纏えてないところがある。ローズさんにそう言ったら「それね」と頷いていた。
「どうすれば良いんでしょう?」
「均等に薄く魔力を纏えるのが良いんだけど、どうすれば良いかしらね。サクラちゃんはどうだった?」
「私ですか?私は最初、手袋みたいなイメージでやってみましたけど」
「手袋ですか?」
リディー様がもう一度スキャンを使う。今度は上手く纏えてる。
「天使様は魔力が見えるのですね?」
「はい」
「珍しいけど、居ない訳じゃないでしょ?」
「はい。学園にも何人かいらっしゃるようです」
「後は実際にスキャンをしてみないとなんとも言えませんわね」
「ローズさん、私達の腕を診て貰ってはいかがですか?」
「リディアーヌ様、やってみます?」
「はい」
リディー様がローズさんの腕にスキャンを使った。
「ローズ様、腕の真ん中に太い硬い物がありますが」
「感じ取れてるようですね。それが骨です」
「骨って皆ありますの?」
え?そこから?
「えぇ。生きてる物には全てありますよ。馬にもありますでしょ?」
「そうなんですか?」
大丈夫なんだろうか。究極の箱入り娘っていうか、私以上の世間知らずっていうか。
「スゴいです」
リディー様はキャッキャしながら、私達の腕をスキャンしていった。
4の鐘が鳴る前に、ローズさんとリディー様は帰っていった。
「リディー様、施術師になるって、大丈夫なんでしょうか?」
「まだ時間はあるから、大丈夫でしょ」
「そうですよね」
小部屋でくつろぎながら話をする。
「それより、一番馬車、おめでとう」
「……どんな衣装なんでしょう」
「誤魔化したね。白い衣装だってさんざん聞いてるのに」
「白い衣装にも色々あるじゃないですか」
「ウェディングドレスみたいだっていうのも言ってたよ」
「大和さんが一緒ならって思っちゃうんですよね」
「上層部次第だからね。こればかりはなんとも言えない」
「ですよね」
「それより、次の闇の日は王宮って言ってたけど、その後は何か聞いてるの?」
「ローズさんが教えてくれたのは、次の週の闇の日に王宮で顔合わせ。同時に採寸。それから闇の日毎に王宮で所作の練習だそうです」