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闇の日になった。昨日所長の奥さまが施療院に来て、「明日は2の鐘辺りには家に居てね」って言っていった。ローズさんやルビーさんは「正式通達ね」って喜んでたけど、正直な所、気が重い。ちなみにローズさんとルビーさんも同じように言われてた。


今日は大和さんも休みだから一緒にいるって言ってくれた。カークさんは調査の仕事が入ったらしくて、一昨日から門外、というか、他の領に行っている。お仲間5人が一緒で、みんなで出る前に挨拶をしに来てくれた。


ヴァネッサさんには土の日に話を聞いてもらった。『よく頑張ったね。でもいつまでも悲しんでたら、亡くなった人達が戻ってきてしまうよ』って抱き締められて、お母さんってこんな感じなのかなって思った。私は母親ってよく分からないけどこんな母親になれるかな。


朝起きて、着替えてダイニングに降りる。今日は大和さんと朝は市場(バザール)に行こうって決めてたから、何も用意していない。暖炉に火を入れて、薬草図鑑を眺めていた。


「ただいま、咲楽ちゃん」


「お帰りなさい、大和さん」


市場(バザール)に行こうか」


「運動とかシャワーは良いんですか?」


「シャワーだけ行ってくる。運動は帰ってきてからかな」


「帰ってきてから?」


「うん。シャワー、行ってくるね」


大和さんがシャワーに行っちゃって、私は再び薬草図鑑を眺めていた。こうしてみると、知ってるハーブも結構あるけど、これは何?って薬草もたくさんある。どう見てもパセリだけど、大きさが桁違いの木とかもあるみたい。高さが30mってどうやって計ったの?見た目はよくお料理に添えてあるパセリ、そのままなのよ。名前もパセリ。

他にも直径15cmのバラの化石も載ってた。ん?これ、薬()図鑑だよね?化石も薬()?しかも毎年木から落ちてくるって、化石じゃないじゃん。


見返してたら、大和さんがシャワーから出てきた。


「何やってんの?」


「薬草図鑑にバラの化石が載ってたんです」


「バラの化石?デザートローズじゃなくて?」


「はい。しかも毎年木から落ちてくるらしいです」


「それってシダーローズ?」


「シダーローズ?」


「ヒマラヤ杉の松ぼっくりの先を、シダーローズって言うんだよ」


「先だけなんですか?」


「先だけなの」


そう言って、薬草図鑑を覗き込む。


「見た目はシダーローズだね。これも薬()?」


「らしいですね。煮出して周辺を浄める?え?何これ?」


「確かに松にはいろんな薬効はあるけど。シダーローズにもあるのかな?」


「あれ?シダーローズってヒマラヤ()って言いましたよね?」


「名前で引っ掛かった感じ?ヒマラヤ杉は日本では杉って付いてたけど、実際はパイン、つまりマツ科だからね」


「ややこしいです」


市場(バザール)に行く為に家を出て、歩き出す。


「2の鐘辺りに家に居たら良いんだっけ?」


「所長の奥様はそう言ってました」


「誰が来るのかな?」


「さぁ?」


「フリカーナ伯爵が来そうな気がする」


「止めてください。大和さんの勘って当たるんですから」


神殿地区の市場(バザール)に着いて、屋台広場で朝食セットを、ヴァネッサさんのパン屋さんでパンを買う。


「天使様、いらっしゃい」


「ヴァネッサさん、おはようございます」


「今日じゃないんですか?正式通達」


「そうなんです」


「選ばれて落ち込むって、天使様位でしょうね」


「ドレスは着たいって思うんです。でも選ばれたらパレードがありますよね。それが憂鬱です」


「恥ずかしいんじゃなく?」


「恥ずかしいから憂鬱なんです」


「あぁ、なるほど」


店内に居た冒険者さん達にも納得されてしまった。


パンを買って市場(バザール)を出る前に紅茶葉とコーヒー豆を買いに行く。


「大和さんが居ないと市場(バザール)内を歩けないって、どうなんでしょう?」


「俺は嬉しいけど?」


「一緒に居られるのは、嬉しいですよ?でも私の場合、道を覚えられないじゃないですか。路地とか入っちゃうと、分かんなくなります」


「これだけ来てても覚えられない?」


「どんなお店が有るのかは、覚えてますよ。そこにたどり着けないんです」


「咲楽ちゃん、方向音痴が酷くなってない?」


「やっぱりそう思いますよね。私も思ってました」


「何故だろうね?」


「施療院までは迷わず行けるから、良いんです」


「王都内巡回馬車もあるしね」


「有るんですか?」


「知らなかったの?」


「知らなかったです」


「咲楽ちゃん……」


「日中、出ませんもん」


「咲楽ちゃんって、しっかりしてると思ったら、抜けてるよね」


「大和さんが虐めてきます」


「虐めてない、虐めてない」


「傷付いたから、笛を聞かせてください」


「はいはい、お嬢様。仰せのままに」


紅茶葉とコーヒー豆を買って、家に帰る。


「何の曲が聞きたいの?」


「何でもいいです」


「それが1番困る」


「だってどんな曲があるか、知りません」


「それもそうか」


「剣舞の曲って聞いてないですよね」


「そうだね。『春』にしようか」


「はい」


「お客様が帰ってからね」


「楽しみです」


「後は何にしようか?」


「2曲も聞かせてもらえるんですか?」


「3曲かな。1曲は御鎮魂(みたましずめ)だから」


「ありがとうございます」


御鎮魂(みたましずめ)は、あれからほぼ毎日大和さんは吹いている。カークさんがこっそり『咲楽ちゃんの為にもフルールの御使者(みつかい)までは、週に1回は吹こうと思ってる』と言ってたと教えてくれた。


「大和さん」


「何?」


「フルールの御使者(みつかい)、頑張ってみようと思います」


「やる気になったの?」


「やる気っていうか、亡くなった方々にも見ていただきたいです。門外の方は見れないんでしょうか」


「見れないだろうね」


「ですよね」


「誰か、見せたい人でも居るの?」


「特に誰って訳じゃないんですけど」


「門外の現実を知ったからかな?」


「はい」


門外の事を思うと、少し心がチクンとする。それが顔に出てたのか、大和さんに肩を引き寄せられた。


「頑張るって決めても、気は重いんですよね」


「咲楽ちゃんは目立つのは嫌いだから」


「せめて一番馬車にならない事を目指します」


「無理じゃない?」


「これも駄目ですか?」


「たぶんね」


気落ちしつつ、家に入って朝食を食べる。


「あ、これ美味しい」


「何が入ってるの?」


私が買ったのは、中華まんみたいな物。少し甘めのパン生地で色んな中身が包まれている。1つ目に食べたのは、クルミとアーモンドの蜜絡め。でもそこまで甘くない。


「味的にはホットク?そんな感じです。でもそこまで甘くないです」


「ホットクって焼いてるけど、それは蒸してるよね」


「そうですね。一口要ります?」


「貰って良い?」


大和さんがあーんをしたから、一口あげた。お返しに大和さんのを一口貰う。大和さんのはピリ辛の肉炒めを挟んだホットドック風の物。


「ピリ辛のを食べてたから、甘く感じる」


「私は辛く感じます」


「でも、ちょうど良いかもね」


食べ終わって、小部屋で刺繍を進める。


「結構進んだね」


「後1/4位ですね。最近出来てない時がありましたし」


「でもアレクサンドラさんもリサさんも、誉めてたって聞いたけど?」


「誰からですか?」


「ネリウム殿」


「どういう風に聞いたんですか?」


「聞きたい?」


「そう言われたら怖いから、聞きたくなくなります」


「丁寧で手が早いって言ってた。『リサがあそこまで誉めるのは珍しい』ってさ」


「良かったです」


2の鐘少し前に結界具に反応があった。大和さんが苦笑して立ち上がる。


「どなたですか?」


「ライル殿」


「ライルさんが?どうしたんでしょう」


「予想はつくけどね」


大和さんが立っていって、玄関を開ける。


「悪いね。トキワ殿」


「いいえ。どうされました?予想は付きますが」


「やはりですか」


ライルさんと大和さんが部屋に入ってきた。


「いらっしゃいませ、ライルさん」


「突然ごめんね」


「いいえ。どうされたんですか?」


「あれ?シロヤマさんは分かってないの?」


「はい。え?」


大和さんは相変わらず苦笑している。


「父が来ると思うんだよ。公式行事担当部の反対を押し切ってね」


「伯爵様がですか?どうして?毎年って訳じゃ無いんですよね」


「そんなの、天使様と黒き狼に会いたいからに決まってるじゃない。2人揃っているのを見るのって、そんなに無いしね」


「見る事が無い?」


「貴族は見ないよ。出歩かないしね」


「そうなんですか?」


「そうなんだよ」


2の鐘が鳴ってしばらくして、1台の馬車が家の前に停まった。降りてきたのはゾーイさんとポールさんと変装したらしい伯爵様。


「やはり来ましたね」


「何故ライルがここに居るんだ」


「暴走する上司を止める手伝いに」


「暴走する上司って誰だ?」


「何を(とぼ)けてるんですか。父上以外に誰が居るんです?」


「私は暴走などしていないぞ」


「現に、ここに居るではないですか。いつも父上は動かないでしょう」


「何を言う。一番馬車の成人女性の部という、大切な事は私が伝えねばならん!!」


「お2人を見たかっただけでしょう」


玄関前で始まる親子ゲンカ。


「申し訳ありません。あちらは放っておいてください」


「良いのですか?」


「良いのです。改めまして、サクラ・シロヤマ様。一番馬車の成人女性の部に選ばれました。おめでとうございます」


「選ばれちゃいましたか」


「嬉しくないんですか?」


「ずっと選ばれないことを目標にして来たんです。目立ちたくないので」


「天使様、貴女が目立たないのは無理でしょう」


ポールさんに言われてしまった。


「分かりました。お受けします」


「では次の闇の日、2の鐘に王宮にお越しください」


「はい。ありがとうございます」


「それでは私共はこれで。失礼いたします」


ゾーイさんが伯爵様を引っ張って、無理やり馬車に押し込めて、帰っていった。


「良いんでしょうか?」


「良いんだよ。お邪魔したね。僕も帰るよ」


「わざわざありがとうございました」


「じゃあ、また明日」


ライルさんも帰っていった。


「さぁ、地下に行こうか」


「はい」


「次の闇の日に王宮か。俺と一緒に出勤する?」


地下に降りながら大和さんが言う。


「あ、そっか。明日から王宮でしたね」


「やっぱり一番馬車だったね」


「他の方が分からないから、少し不安です」


「施療院組は確定じゃないの?」


「昨日、所長の奥様から『2の鐘に家に居てね』って言われてましたけど」


「じゃあ、確定でしょ」


「一番馬車の未成年の部って、この情報紙の『リディアーヌ・マソン』様って貴族様?」


「マソン男爵の令嬢かな?もしそうなら、今ごろ大喜びだと思うよ。咲楽ちゃんのファンだから」


地下に着いて、床に薄い敷物を敷きながら、大和さんがそんなことを言う。


「お知り合いですか?」


「咲楽ちゃんは覚えてないかな?咲楽ちゃん宛のファンレターを、俺に預けに来たって子」


「確か5人位でしたっけ」


「そう。あれから月に1度位何人かで練兵場に来てる。たぶんファンレターだと思うんだけど、手紙を握りしめて結局何もせずに帰っていくね」


「大和さんを見に来てるんじゃないんですか?」


「そんな類いじゃなかったけどね」


椅子に私を座らせて、大和さんは敷物に正座をする。


「良いかな?」


「はい」


「じゃあ、最初は御鎮魂(みたましずめ)


2、3拍置いて紡がれる優しくて物悲しい音色。聞いていると穏やかな気持ちになる。不思議と前向きになれる気がしてきた。


「次は『春の舞』」


久しぶりに見た枝垂桜。さぁっと風が吹いて、花吹雪が舞う。足元には色とりどりの花が咲き乱れている。私が見たことの無い幻想的な春の風景。


「次は咲楽ちゃんの知らない曲を」


そう言って大和さんが吹き始めたのは華やかで、心が浮き立つような曲。お花見でもしている気分だ。たまに静かになる時間もあるけど。


「今のは桜宴(はなのうたげ)、お花見用の曲だね」


「お花見用の曲ってそんなの有るんですか?」


「花見用って言うのは勝手に俺が言ってるだけ。実際にそんな感じでしょ?」


「ウキウキしてる感じでした」


「咲楽ちゃんに聞かせたいって思ったんだ」


真剣な目で見つめられる。


「大和さん……」


「トレーニングするけど、見ていく?」


照れてしまって横を向くと、ちょっと笑った大和さんに聞かれた。


「見ます」


「即答だね」


スクワットや懸垂なんかをした後にバトルロープを使う、大和さんを見ていた。


3の鐘、少し前にリビングに上がって、汗だくの大和さんがシャワーに行こうとした時、結界具に反応があった。





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