162
中庭では今日もたくさんの子ども達が遊んでくれている。なんと貴族様のお子様までみえているから驚きだ。連れているのは当然メイドさんや使用人の方なんだけど、この方達も下級の貴族様だったりすると、ライルさんが教えてくれた。
人数が多くなってくると、当然のようにケンカなんかも起きる。特に学門所に通っている男の子達同士のケンカが多い。その辺りは酷くない場合はこちらからは口を出さない。子どものケンカに大人が口を出すのもどうかと思うし、酷くなったら何故か居る王宮騎士様が止めてくれる。この騎士様達は3の鐘が鳴るといつの間にか居て、たまに一緒に遊んでいたりする。
「天使様、もう大丈夫?」
「はい。ご心配をお掛けしました」
アウエイン夫人、クロエ様が声をかけてきた。
「なら良いのだけど」
クロエ様にも心配をかけてしまった。先週の火の日にお孫さんを連れていらして、私のあまりの落ち込みようにライルさんを問い詰めていた。
「クロエ様のお知り合いの方は無事でしたか?」
「そうね。無事だったわ。家は壊れちゃったけど、すぐに助け出してもらえたんですって。雪の家で飲んだスープが美味しかったって感激してたわね」
「良かったです」
「ねぇ天使様。ちゃんと泣いてる?」
「はい」
「なら良いんだけど」
お昼からの診察が始まる前に、自分の診察室で少しぼぅっとしていた。
「天使様」
「ヴァネッサさん」
「どうかなさったんですか?」
「それはこちらの言葉ですよ?どうされたんですか?」
「どうもしませんよ。まだ診察前ですよね?」
「あ……」
「本当にどうしたんですか?泣いてらしたようですし」
「泣いて?」
慌てて顔を手で拭うと、自分が泣いているのが分かった。
「あれ?おかしいな」
「気が付いてなかったんですか?天使様、何があったんです?」
「なにも無いですよ。もう平気なんです……けど」
「少し前から気にはなってたんですよ。夕刻にお店に来てくれても、元気が無かったですし」
「もう少し気持ちの整理が付いたら、聞いてください」
「そうですか?あ、そうそう。これ。新しい情報紙です」
「これもあったんですよね」
「もう、受け入れちゃった方がいいですよ。3回連続で人気一位なんてあまり無いんですから」
「受け入れたくないです」
「フルールの御使者の日にはレティシアも来ますから、一緒に見ますね」
「確定ですか?」
「9割確定でしょうね」
ヴァネッサさんは本当にそれだけで帰っていった。
お昼からの診察は久しぶりに冒険者さんが多かった。
「サクラ様、お久しぶりです」
「アッシュさん、ラズさん、お久しぶりです。どうしたんですか?」
「いや、街壁の所の岩を取り除いてたんですよ。そうしたらアッシュがこう、ズルッと滑っちゃって」
そう説明したのは、連れてきたラズさん。裾を捲ったアッシュさんの脛には、かなり大きな擦過傷。
「気を付けてくださいね」
「洗っておいたらって訳にいきませんか?」
「いきません。診察台にどうぞ」
診察台に上がったアッシュさんの処置をする。
「最近お会いしませんでしたね」
「えぇ」
「実は大雪の日にお見かけしたんですよ」
「え?」
「サクラ様は1人で治療していらっしゃいました。お邪魔をしてはいけないとお声は掛けなかったのですが」
「あの時のサクラ様は本当にお忙しそうでしたので」
「そうですか。あの日に……」
「あの日の雪は異常でしたね」
「サクラ様の雪の家は、思ったより暖かかったです」
「サクラ様?」
「……はい」
「大丈夫ですか?」
「はい」
そう言って笑顔を作る。
「それなら良いのですが」
アッシュさんは少し気遣わしげに帰っていった。
もう大丈夫なのに。まだ引っ掛かってるの?こんな弱い自分が嫌だ。みんなに心配しかかけない自分は嫌いだ。笑っていなきゃ。心配をかけないように。口角をあげて、笑顔を作る。大丈夫。
5の鐘が鳴って、施療院を出る。大和さんが待っていてくれた。
「お疲れさま、咲楽ちゃん」
「お待たせしました」
「帰ろうか」
「はい。あ、今日はジェイド商会に寄っていく日ですよね」
ローズさん達と一緒に歩き出す。
「サクラちゃん、今日はリサがいないの。明日でも良い?」
「はい。リサさん、お休みですか?」
「貴女の憂鬱の種の打ち合わせよ」
「憂鬱の種……あぁ、あれですか」
「そういう訳なのよ。ごめんね」
「いいえ。分かりました」
「憂鬱の種?」
「フルールの御使者です」
「咲楽ちゃん、一位だもんね」
「どうして知ってるんですか?」
「情報紙を貰ったから」
「嬉しくないです」
「もう、覚悟を決めたら?」
「足掻きたいです」
「俺は見たいんだよ?咲楽ちゃんの白いドレス姿」
「大和さん……」
「ん?」
「今朝、門外の顔役の人にお会いしました」
「え?」
「本当はトキワ殿と一緒に、と思ったんだけどね。抑えが効かないって言うか行動力があると言うか。そんな人でね」
「ゲオルグが強引に通したんでしょう。あの人はそういう所がありそうです」
「知ってたんですか?」
「顔役がゲオルグだって事?あの日に話をしたからね。知ってるし今日も会った」
「会った?門外に行ったんですか?」
「門外には出てないよ。欲しいものがあって市場に行ったら、オスカーに会って、スラム街に連れてかれた。そしたらゲオルグがゲイブリエルを連れて待ってた」
「待ってた?」
「ゲイブリエルがあの時治療してくれた施術師達に、お礼が言いたいって言ってた。ゲオルグはその話の付き添いだって。でもその時、ゲオルグは咲楽ちゃんに会ったとも、ライル殿に会ったとも言ってなかったけど」
「トキワ殿は顔が広いね。顔役の男とも知り合いだったなんて」
「職務上、知ることが多いですね。ゲオルグはあの雪の日に色々話をしましたから」
ライルさん達と別れて、大和さんと2人で家に帰る。
「咲楽ちゃん、また何かあった?」
「何も……」
「その作った笑顔。やめようか」
「作ってないですよ」
「全く。またそうやって隠そうとする。俺には我慢しなくて良いから、話せって言ったでしょ?」
「大和さん……」
「ん?」
「本当に落ち着いてきてたんです。でも色々重なっちゃって、上手く笑えないんです」
「俺の前では無理しなくて良い。どんな咲楽ちゃんでも嫌いになったりしないから」
「まだ上手く纏まらないんです」
「纏めなくても良いよ。思ったように話して」
「はい」
繋いだ手が暖かかった。
家に着いて、夕食の準備。今日はジェイド商会に寄る予定だったけど、そのまま帰ってきちゃったから、明日作ろうと思っていたミルフィーユピカタと温野菜サラダにする。
食事の間、会話はほとんど無かった。大和さんは私が話すのを待っていてくれてたし、私は何から話そうか迷っていた。
食後に小部屋に移動してクッションを抱えてソファーに蹲る。
「咲楽ちゃん、そうやってるのも可愛いけど、俺の膝も腕も空いてるよ」
「空いてるって膝枕ですか?」
「そのままコロンってしたら、ちょうど頭が俺の足に乗るよね」
「今はしません」
「ベッドでするって事?」
「そんな事、言ってません」
「甘えてくれて良いのに」
「甘えてますよ」
「寝室で話そうか?」
「寝室で?」
「咲楽ちゃんが素直になるのは、寝室が一番多いから」
「そうですか?」
「笑ったり泣いたり、自分の心に素直になった方がいい」
「甘えてる事になりませんか?」
「ならない。俺にはそんな気を使わなくていい」
「はい」
そのまま大和さんも私も黙っていた。その内大和さんは鉱物図鑑を見だして、私は横でクッションを抱えていた。
「整理できたって思ったんです」
「ん?」
「もう大丈夫だって思ったんです」
「そう」
「今日、アッシュさんとラズさんが来て、あの雪の日の事を話したんです。あの日、私を見たって」
「冒険者として、救出に当たってたんだね」
「それを聞いたら、哀しかった想いとか、込み上げてきて、笑えなくなって……」
「そうなんだね」
「思い出さない方がいいんでしょうか?」
「何故?思い出すって言うことは、心を整理することに繋がる。その事で泣いてもいい。でもね、泣いて泣いて泣き止んだら、笑って見せて?」
「変な笑顔になっちゃいます」
「笑顔が変って作ろうとしているからでしょ?作らなくていい。咲楽ちゃんの笑顔はみんなが安心するんだよ」
「そんな事、無いですよ」
「そんな事、あるんだよ」
「無いですよ」
「ほら。また笑顔を作ろうとしてる。俺の前では作らなくていい」
そう言われたら、笑顔が作れなくなった。大和さんが私の肩を引き寄せる。
「思った通りコロンってしたら、ちょうどいい位置に来たね」
膝枕の状態になったら、大和さんが嬉しそうに笑う。
「大和さんは落ち込む事って無いんですか?」
「あるよ。そういう時はどこが悪かったか、どうすれば良かったかをシミュレーションしてみる。こうすれば?こう行動してれば?って。そうすれば反省点も見えてくるし、同じ事を繰り返さずにすむでしょ?」
「難しいです」
「一朝一夕に出来ることじゃないよ。だから何度も考えて行動する。シミュレーションはそれまでの経験がないと出来ないんだよ」
「今回の事は?」
起き上がって聞いてみた。大和さんがちょっと残念そうな顔になる。
「咲楽ちゃんはどこが出発点だと思う?」
「大雪に気付けなかった事ですか?」
「そこまで遡ると、人智を越えてくる。この世界には気象レーダーも予報士も居ない。それよりもうちょっと後」
「南の街門に行った辺り?」
「そう。そこで何をした?」
「雪の家を作って、スープを配って、怪我人を治療しました」
「そのどこかにしないほうが良かったって事はあった?」
「無い……です」
「咲楽ちゃんがあの場に行ってなかったら、もっと多くの人が助からなかった。そうでしょ?」
「私は役に立てたのでしょうか」
「充分以上に。むしろ咲楽ちゃんが居たからこそ、助かった命が多いんだよ」
「はい」
「咲楽ちゃんがいつまでも悲しんでたら、亡くなった方が咲楽ちゃんが気になって、励まそうと周りに集まってるかもよ?」
「いらっしゃるでしょうか?」
「居るだろうね。魂の休息場にも行かずに周りでオロオロしてるよ」
「オロオロ?」
「そう。咲楽ちゃんが落ち込む度に、『違うから』『泣かなくて良いから』って何も出来なくてオロオロしてる。そんな感じがする」
想像したら笑えてきた。魂がオロオロしてる、そんな場面。
「ふふっ」
「笑えたね」
「はい」
「やっぱり笑顔の方がいいね。いい言葉を教えてあげようか?」
「どんな言葉ですか?」
「Time heals all wounds.時は全ての傷を癒すって意味だね」
「全てのですか?」
「そう。身体の傷も心の傷も、いつかは癒されるって意味」
「いい言葉ですね」
「今の咲楽ちゃんにぴったりだね」
「はい。ありがとうございます」
「あれ?また泣いちゃった?」
大和さんの言葉が優しくて、暖かくて、涙が止まらなくなった。大和さんが抱き締めてくれた。
涙が止まった時、大和さんがクスッと笑って言った。
「涙は止まった?」
「はい」
「1人になっても大丈夫?風呂に行ってこようと思うんだけど」
「行ってきてください。大丈夫です」
くしゃっと私の頭を撫でて、大和さんはお風呂に行った。
明日のスープだけ作っておこう。そう思ってキッチンに行く。久しぶりに魚醤のスープにしよう。鳥肉を叩いてミンチを作って鳥肉だんごを作っていく。
「咲楽ちゃん、ストレス発散?」
「違います。あ、でも、ちょっとスッキリしたかも」
「それは良かったね」
「良かったんでしょうか?」
「良いんじゃない?スッキリしたんでしょ」
「食品にあたっちゃダメです」
「無駄にならないんでしょ?良いんじゃない?」
「無駄にはなりませんけど」
「なら良いんじゃない?」
「大和さん、さっきから『良いんじゃない?』ばっかりです」
「咲楽ちゃんは俺が肯定してあげないと、自分では肯定しないから」
「そ、う、ですか?」
「そうだよ。風呂、行っておいで」
「はい」
お風呂に向かう。シャワーを浴びながら、大雪で亡くなった方達の事を思ってみる。泣いてないからオロオロしていないかな。安心して魂の休息場に行って休んで欲しい。
気分の落ち込みは無い。ここ最近の事が嘘のようだ。
『咲楽ちゃんは俺が肯定してあげないと、自分では肯定しないから』
大和さんの言葉が聞こえた気がした。そうなのかな?自分を認めることが出来てない?
よく思い返してみると、そうかもしれない。『私なんか』って卑下しちゃうことは珍しくないし、『私でいいの?』って思うことはしょっちゅうだ。でもこの性格は変えられない気がする。
大和さんはこんな後ろ向きな私を認めてくれる。私は私でいいって言ってくれる。自信をくれる。
大和さんは本当に凄いと思う。強くてカッコ良くて綺麗で素敵なそんな人が、私の恋人?私は大和さんに相応しいんだろうか?これを言っちゃったら、また大和さんはため息を吐いて、呆れ顔をするんだろうな。こんな自分に自信を付けるには、どうしたらいいんだろう。
考えながら寝室に行く。寝室に入ったら大和さんに笑われた。
「今度は何を考えてるの?」
「私は自分に自信がないんです。こんな自分に自信を付けるには、どうしたらいいのかなって考えてました」
「まずはフルールの御使者を受け入れたら?」
「まだ選ばれるって決まってないんですけど」
「確実だって情報紙には書いてあったけどね」
ぴらっと情報紙を見せてくれる大和さん。
「あれ?この情報紙ってどこのですか?」
「西の市場」
「市場によって内容が違うんですね」
「それはそうでしょ」
「大和さんは私の白いドレス姿を見たいって言ってくれましたけど、私もどっちかと言うと、着たいというよりは見たいんですよね」
「咲楽ちゃんはクリエイター目線になっちゃうんだね」
「あちらでもコスプレさせられそうになった時は、必死に回避してました」
「どんなコスプレをさせられそうになったの?」
「アニメのキャラクターが1番多かったです。後はケモミミを着けさせられそうになったとか、尻尾とかも……あ、大和さん、何を想像してるんですか?」
「咲楽ちゃんのケモミミ。絶対に可愛い。何のケモミミだったの?」
「ネコミミとかウサミミとかハムスターとか」
あ、大和さんが吹き出した。
「見たかった」
「笑いながら言わないでください」
「だって絶対に可愛いじゃない。アレクサンドラさんに提案してみようか」
「止めてください」
「冗談だよ」
そう言った後にニヤッと笑われた。
「見るなら俺だけの時にする」
「真剣に止めてください」
「恥ずかしがりやさんだねぇ」
「もし私にさせるなら、大和さんは狼さんのケモミミを着けてくださいね。尻尾付きで」
「それは嫌だねぇ。諦めるか」
「諦めてください」
「咲楽ちゃんもフルールの御使者を受け入れようね」
「受け入れたくないです」
「奉納舞の衣装も軽いコスプレだよね」
「似合ってたんだからいいじゃないですか」
「咲楽ちゃんの白いドレス姿も絶対に似合うと思うよ」
「ドレスは着てみたいですよ。パレードが嫌なんです」
「それは諦めよう」
「大和さんが一緒なら我慢します」
「上層部次第だね」
ふぅ、っと息を吐いて横になる。
「もう寝るの?」
「寝ます。おやすみなさい」
「ふて寝?おやすみ、咲楽ちゃん」