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中庭では今日もたくさんの子ども達が遊んでくれている。なんと貴族様のお子様までみえているから驚きだ。連れているのは当然メイドさんや使用人の方なんだけど、この方達も下級の貴族様だったりすると、ライルさんが教えてくれた。


人数が多くなってくると、当然のようにケンカなんかも起きる。特に学門所に通っている男の子達同士のケンカが多い。その辺りは酷くない場合はこちらからは口を出さない。子どものケンカに大人が口を出すのもどうかと思うし、酷くなったら何故か居る王宮騎士様が止めてくれる。この騎士様達は3の鐘が鳴るといつの間にか居て、たまに一緒に遊んでいたりする。


「天使様、もう大丈夫?」


「はい。ご心配をお掛けしました」


アウエイン夫人、クロエ様が声をかけてきた。


「なら良いのだけど」


クロエ様にも心配をかけてしまった。先週の火の日にお孫さんを連れていらして、私のあまりの落ち込みようにライルさんを問い詰めていた。


「クロエ様のお知り合いの方は無事でしたか?」


「そうね。無事だったわ。家は壊れちゃったけど、すぐに助け出してもらえたんですって。雪の家で飲んだスープが美味しかったって感激してたわね」


「良かったです」


「ねぇ天使様。ちゃんと泣いてる?」


「はい」


「なら良いんだけど」


お昼からの診察が始まる前に、自分の診察室で少しぼぅっとしていた。


「天使様」


「ヴァネッサさん」


「どうかなさったんですか?」


「それはこちらの言葉ですよ?どうされたんですか?」


「どうもしませんよ。まだ診察前ですよね?」


「あ……」


「本当にどうしたんですか?泣いてらしたようですし」


「泣いて?」


慌てて顔を手で拭うと、自分が泣いているのが分かった。


「あれ?おかしいな」


「気が付いてなかったんですか?天使様、何があったんです?」


「なにも無いですよ。もう平気なんです……けど」


「少し前から気にはなってたんですよ。夕刻にお店に来てくれても、元気が無かったですし」


「もう少し気持ちの整理が付いたら、聞いてください」


「そうですか?あ、そうそう。これ。新しい情報紙です」


「これもあったんですよね」


「もう、受け入れちゃった方がいいですよ。3回連続で人気一位なんてあまり無いんですから」


「受け入れたくないです」


「フルールの御使者(みつかい)の日にはレティシアも来ますから、一緒に見ますね」


「確定ですか?」


「9割確定でしょうね」


ヴァネッサさんは本当にそれだけで帰っていった。


お昼からの診察は久しぶりに冒険者さんが多かった。


「サクラ様、お久しぶりです」


「アッシュさん、ラズさん、お久しぶりです。どうしたんですか?」


「いや、街壁の所の岩を取り除いてたんですよ。そうしたらアッシュがこう、ズルッと滑っちゃって」


そう説明したのは、連れてきたラズさん。裾を捲ったアッシュさんの脛には、かなり大きな擦過傷。


「気を付けてくださいね」


「洗っておいたらって訳にいきませんか?」


「いきません。診察台にどうぞ」


診察台に上がったアッシュさんの処置をする。


「最近お会いしませんでしたね」


「えぇ」


「実は大雪の日にお見かけしたんですよ」


「え?」


「サクラ様は1人で治療していらっしゃいました。お邪魔をしてはいけないとお声は掛けなかったのですが」


「あの時のサクラ様は本当にお忙しそうでしたので」


「そうですか。あの日に……」


「あの日の雪は異常でしたね」


「サクラ様の雪の家は、思ったより暖かかったです」


「サクラ様?」


「……はい」


「大丈夫ですか?」


「はい」


そう言って笑顔を作る。


「それなら良いのですが」


アッシュさんは少し気遣わしげに帰っていった。


もう大丈夫なのに。まだ引っ掛かってるの?こんな弱い自分が嫌だ。みんなに心配しかかけない自分は嫌いだ。笑っていなきゃ。心配をかけないように。口角をあげて、笑顔を作る。大丈夫。


5の鐘が鳴って、施療院を出る。大和さんが待っていてくれた。


「お疲れさま、咲楽ちゃん」


「お待たせしました」


「帰ろうか」


「はい。あ、今日はジェイド商会に寄っていく日ですよね」


ローズさん達と一緒に歩き出す。


「サクラちゃん、今日はリサがいないの。明日でも良い?」


「はい。リサさん、お休みですか?」


「貴女の憂鬱の種の打ち合わせよ」


「憂鬱の種……あぁ、あれですか」


「そういう訳なのよ。ごめんね」


「いいえ。分かりました」


「憂鬱の種?」


「フルールの御使者(みつかい)です」


「咲楽ちゃん、一位だもんね」


「どうして知ってるんですか?」


「情報紙を貰ったから」


「嬉しくないです」


「もう、覚悟を決めたら?」


「足掻きたいです」


「俺は見たいんだよ?咲楽ちゃんの白いドレス姿」


「大和さん……」


「ん?」


「今朝、門外の顔役の人にお会いしました」


「え?」


「本当はトキワ殿と一緒に、と思ったんだけどね。抑えが効かないって言うか行動力があると言うか。そんな人でね」


「ゲオルグが強引に通したんでしょう。あの人はそういう所がありそうです」


「知ってたんですか?」


「顔役がゲオルグだって事?あの日に話をしたからね。知ってるし今日も会った」


「会った?門外に行ったんですか?」


「門外には出てないよ。欲しいものがあって市場(バザール)に行ったら、オスカーに会って、スラム街に連れてかれた。そしたらゲオルグがゲイブリエルを連れて待ってた」


「待ってた?」


「ゲイブリエルがあの時治療してくれた施術師達に、お礼が言いたいって言ってた。ゲオルグはその話の付き添いだって。でもその時、ゲオルグは咲楽ちゃんに会ったとも、ライル殿に会ったとも言ってなかったけど」


「トキワ殿は顔が広いね。顔役の男とも知り合いだったなんて」


「職務上、知ることが多いですね。ゲオルグはあの雪の日に色々話をしましたから」


ライルさん達と別れて、大和さんと2人で家に帰る。


「咲楽ちゃん、また何かあった?」


「何も……」


「その作った笑顔。やめようか」


「作ってないですよ」


「全く。またそうやって隠そうとする。俺には我慢しなくて良いから、話せって言ったでしょ?」


「大和さん……」


「ん?」


「本当に落ち着いてきてたんです。でも色々重なっちゃって、上手く笑えないんです」


「俺の前では無理しなくて良い。どんな咲楽ちゃんでも嫌いになったりしないから」


「まだ上手く纏まらないんです」


「纏めなくても良いよ。思ったように話して」


「はい」


繋いだ手が暖かかった。


家に着いて、夕食の準備。今日はジェイド商会に寄る予定だったけど、そのまま帰ってきちゃったから、明日作ろうと思っていたミルフィーユピカタと温野菜サラダにする。


食事の間、会話はほとんど無かった。大和さんは私が話すのを待っていてくれてたし、私は何から話そうか迷っていた。


食後に小部屋に移動してクッションを抱えてソファーに(うずくま)る。


「咲楽ちゃん、そうやってるのも可愛いけど、俺の膝も腕も空いてるよ」


「空いてるって膝枕ですか?」


「そのままコロンってしたら、ちょうど頭が俺の足に乗るよね」


「今はしません」


「ベッドでするって事?」


「そんな事、言ってません」


「甘えてくれて良いのに」


「甘えてますよ」


「寝室で話そうか?」


「寝室で?」


「咲楽ちゃんが素直になるのは、寝室が一番多いから」


「そうですか?」


「笑ったり泣いたり、自分の心に素直になった方がいい」


「甘えてる事になりませんか?」


「ならない。俺にはそんな気を使わなくていい」


「はい」


そのまま大和さんも私も黙っていた。その内大和さんは鉱物図鑑を見だして、私は横でクッションを抱えていた。


「整理できたって思ったんです」


「ん?」


「もう大丈夫だって思ったんです」


「そう」


「今日、アッシュさんとラズさんが来て、あの雪の日の事を話したんです。あの日、私を見たって」


「冒険者として、救出に当たってたんだね」


「それを聞いたら、哀しかった想いとか、込み上げてきて、笑えなくなって……」


「そうなんだね」


「思い出さない方がいいんでしょうか?」


「何故?思い出すって言うことは、心を整理することに繋がる。その事で泣いてもいい。でもね、泣いて泣いて泣き止んだら、笑って見せて?」


「変な笑顔になっちゃいます」


「笑顔が変って作ろうとしているからでしょ?作らなくていい。咲楽ちゃんの笑顔はみんなが安心するんだよ」


「そんな事、無いですよ」


「そんな事、あるんだよ」


「無いですよ」


「ほら。また笑顔を作ろうとしてる。俺の前では作らなくていい」


そう言われたら、笑顔が作れなくなった。大和さんが私の肩を引き寄せる。


「思った通りコロンってしたら、ちょうどいい位置に来たね」


膝枕の状態になったら、大和さんが嬉しそうに笑う。


「大和さんは落ち込む事って無いんですか?」


「あるよ。そういう時はどこが悪かったか、どうすれば良かったかをシミュレーションしてみる。こうすれば?こう行動してれば?って。そうすれば反省点も見えてくるし、同じ事を繰り返さずにすむでしょ?」


「難しいです」


「一朝一夕に出来ることじゃないよ。だから何度も考えて行動する。シミュレーションはそれまでの経験がないと出来ないんだよ」


「今回の事は?」


起き上がって聞いてみた。大和さんがちょっと残念そうな顔になる。


「咲楽ちゃんはどこが出発点だと思う?」


「大雪に気付けなかった事ですか?」


「そこまで遡ると、人智を越えてくる。この世界には気象レーダーも予報士も居ない。それよりもうちょっと後」


「南の街門に行った辺り?」


「そう。そこで何をした?」


「雪の家を作って、スープを配って、怪我人を治療しました」


「そのどこかにしないほうが良かったって事はあった?」


「無い……です」


「咲楽ちゃんがあの場に行ってなかったら、もっと多くの人が助からなかった。そうでしょ?」


「私は役に立てたのでしょうか」


「充分以上に。むしろ咲楽ちゃんが居たからこそ、助かった命が多いんだよ」


「はい」


「咲楽ちゃんがいつまでも悲しんでたら、亡くなった方が咲楽ちゃんが気になって、励まそうと周りに集まってるかもよ?」


「いらっしゃるでしょうか?」


「居るだろうね。魂の休息場にも行かずに周りでオロオロしてるよ」


「オロオロ?」


「そう。咲楽ちゃんが落ち込む度に、『違うから』『泣かなくて良いから』って何も出来なくてオロオロしてる。そんな感じがする」


想像したら笑えてきた。魂がオロオロしてる、そんな場面。


「ふふっ」


「笑えたね」


「はい」


「やっぱり笑顔の方がいいね。いい言葉を教えてあげようか?」


「どんな言葉ですか?」


「Time heals all wounds.時は全ての傷を癒すって意味だね」


「全てのですか?」


「そう。身体の傷も心の傷も、いつかは癒されるって意味」


「いい言葉ですね」


「今の咲楽ちゃんにぴったりだね」


「はい。ありがとうございます」


「あれ?また泣いちゃった?」


大和さんの言葉が優しくて、暖かくて、涙が止まらなくなった。大和さんが抱き締めてくれた。


涙が止まった時、大和さんがクスッと笑って言った。


「涙は止まった?」


「はい」


「1人になっても大丈夫?風呂に行ってこようと思うんだけど」


「行ってきてください。大丈夫です」


くしゃっと私の頭を撫でて、大和さんはお風呂に行った。


明日のスープだけ作っておこう。そう思ってキッチンに行く。久しぶりに魚醤のスープにしよう。鳥肉を叩いてミンチを作って鳥肉だんごを作っていく。


「咲楽ちゃん、ストレス発散?」


「違います。あ、でも、ちょっとスッキリしたかも」


「それは良かったね」


「良かったんでしょうか?」


「良いんじゃない?スッキリしたんでしょ」


「食品にあたっちゃダメです」


「無駄にならないんでしょ?良いんじゃない?」


「無駄にはなりませんけど」


「なら良いんじゃない?」


「大和さん、さっきから『良いんじゃない?』ばっかりです」


「咲楽ちゃんは俺が肯定してあげないと、自分では肯定しないから」


「そ、う、ですか?」


「そうだよ。風呂、行っておいで」


「はい」


お風呂に向かう。シャワーを浴びながら、大雪で亡くなった方達の事を思ってみる。泣いてないからオロオロしていないかな。安心して魂の休息場に行って休んで欲しい。


気分の落ち込みは無い。ここ最近の事が嘘のようだ。


『咲楽ちゃんは俺が肯定してあげないと、自分では肯定しないから』


大和さんの言葉が聞こえた気がした。そうなのかな?自分を認めることが出来てない?


よく思い返してみると、そうかもしれない。『私なんか』って卑下しちゃうことは珍しくないし、『私でいいの?』って思うことはしょっちゅうだ。でもこの性格は変えられない気がする。


大和さんはこんな後ろ向きな私を認めてくれる。私は私でいいって言ってくれる。自信をくれる。


大和さんは本当に凄いと思う。強くてカッコ良くて綺麗で素敵なそんな人が、私の恋人?私は大和さんに相応しいんだろうか?これを言っちゃったら、また大和さんはため息を吐いて、呆れ顔をするんだろうな。こんな自分に自信を付けるには、どうしたらいいんだろう。


考えながら寝室に行く。寝室に入ったら大和さんに笑われた。


「今度は何を考えてるの?」


「私は自分に自信がないんです。こんな自分に自信を付けるには、どうしたらいいのかなって考えてました」


「まずはフルールの御使者(みつかい)を受け入れたら?」


「まだ選ばれるって決まってないんですけど」


「確実だって情報紙には書いてあったけどね」


ぴらっと情報紙を見せてくれる大和さん。


「あれ?この情報紙ってどこのですか?」


「西の市場(バザール)


市場(バザール)によって内容が違うんですね」


「それはそうでしょ」


「大和さんは私の白いドレス姿を見たいって言ってくれましたけど、私もどっちかと言うと、着たいというよりは見たいんですよね」


「咲楽ちゃんはクリエイター目線になっちゃうんだね」


「あちらでもコスプレさせられそうになった時は、必死に回避してました」


「どんなコスプレをさせられそうになったの?」


「アニメのキャラクターが1番多かったです。後はケモミミを着けさせられそうになったとか、尻尾とかも……あ、大和さん、何を想像してるんですか?」


「咲楽ちゃんのケモミミ。絶対に可愛い。何のケモミミだったの?」


「ネコミミとかウサミミとかハムスターとか」


あ、大和さんが吹き出した。


「見たかった」


「笑いながら言わないでください」


「だって絶対に可愛いじゃない。アレクサンドラさんに提案してみようか」


「止めてください」


「冗談だよ」


そう言った後にニヤッと笑われた。


「見るなら俺だけの時にする」


「真剣に止めてください」


「恥ずかしがりやさんだねぇ」


「もし私にさせるなら、大和さんは狼さんのケモミミを着けてくださいね。尻尾付きで」


「それは嫌だねぇ。諦めるか」


「諦めてください」


「咲楽ちゃんもフルールの御使者(みつかい)を受け入れようね」


「受け入れたくないです」


「奉納舞の衣装も軽いコスプレだよね」


「似合ってたんだからいいじゃないですか」


「咲楽ちゃんの白いドレス姿も絶対に似合うと思うよ」


「ドレスは着てみたいですよ。パレードが嫌なんです」


「それは諦めよう」


「大和さんが一緒なら我慢します」


「上層部次第だね」


ふぅ、っと息を吐いて横になる。


「もう寝るの?」


「寝ます。おやすみなさい」


「ふて寝?おやすみ、咲楽ちゃん」

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― 新着の感想 ―
[一言] 自己嫌悪、卑下、悩むとかは人としては当たり前だけど、何で上に掛け合わないのか、何で次に活かそうとしないのか謎なんだよね。
2021/09/15 18:19 退会済み
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