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大雪の日② ~大和視点~

鉱物図鑑を持って来ると、咲楽ちゃんはせっかく出した刺繍道具を仕舞って、一緒に覗き込んで来た。


「宝石の名前はほとんど変わらないね」


「本当ですね。オーガ族の方は違う名前を使うみたいですね」


「サファイアがサフィールとも書いてあるね。ほぼすべてに、オーガ族の呼び名と通称が書いてある。俺達が知っているのは通称って事だね」


「オーガ族の方の呼び名が、学名みたいなものでしょうか」


「そんな感じだね」


ページをめくる。


「咲楽ちゃんは10月だからオパールだね」


「誕生石ですか?そうですね」


「オパールはオパールだね。ん?ファイアーオパールはルージュオパール?」


「ブラックオパールはノアールオパールですって」


「ノーマルと言うか、色をそのままフランス語で冠したと言うか……」


「ルージュもノアールもフランス語ですか?」


「ルージュが赤で、ノアールが黒だね」


「口紅もルージュですよね」


「口紅の「ルージュ」は、rouge(ルージュ) a() levres(レーブル)を略した言葉だよ。「rouge(ルージュ)」は「赤」、「levres(レーブル)」は「唇」という意味で、「唇に付ける赤い色の化粧品」、つまり「口紅」と同じ意味だね。ルージュを口紅っていうのは、和製仏語だし」


「そうなんですか?」


「そうなんだよ」


「和製仏語ってはじめて聞きました」


「和製英語ってあるでしょ?それのフランス語バージョンだね。あちらでは通じない言葉だよ」


「お化粧品にも詳しいんですか?」


「化粧の仕方は分からないよ」


「頬紅はチークですか?」


「それは和製英語。頬がcheek(チ-ク)。フランス語ではfard(ファー) à() joues(ジュー)


「大和さんのフランス語講座ですね」


「聞いたのは咲楽ちゃんでしょ?」


「そもそも何の話でしたっけ?」


「鉱物図鑑を見てたはずなんだけどね」


「ですよね」


「ルージュが赤って所からだね」


「大和さんは5月でしたよね」


「そう。エメラルドと翡翠だね」


「エメラルドはエメロード、翡翠はジャッドですか」


エメラルドがエメロードか。フランス語だとエムロードだったな。翡翠はジャッドで同じなのにな。


「フランス語かと思ったら、微妙に違うのが出てくる」


「オーガ族の方の呼び名で、フランス語じゃないから良いんじゃないですか?」


「そうだね」


あちらに引っ張られているのは、俺の方だな。


「あれ?このピンクっぽい石って……」


「咲楽ちゃんのネックレスの石かな」


「ピンクサファイア?」


「そうだね」


「サファイアって青だけじゃないんですか?」


「コランダムの中でクロムの入った赤いものがルビー。その他はみんなサファイアだね」


「このネックレスもサファイア?」


「オレンジ色が強いから、ピンクサファイアになりきれなかったんだって」


「それでも綺麗です。ありがとうございます」


「どういたしまして」


「大和さんの誕生日のプレゼントって迷っちゃいます」


「咲楽ちゃんからのキスで良いよ」


「私からのですか……」


分かりやすく顔が赤くなった。


「無理しなくて良いよ。本当は何でも良い。咲楽ちゃんから貰えるならね」


「はい」


そう言って咲楽ちゃんが時計を見て、言う。


「大和さん、4の鐘ってまだですよね」


4の鐘?聞いていないが。


「まだだね。ずいぶん外が暗いな。ちょっと2階に行ってくる」


「私も行きます」


2階の窓から外を見て驚いた。視界はホワイトアウトしてる。これは……。


「まずいな。咲楽ちゃん、神殿に行ってくる」


「私は……」


「たぶん呼びに来るよ。咲楽ちゃんでないと出来ないことがあるから」


素早く身支度を整えて、神殿に行く。


「気を付けてくださいね」


そんな咲楽ちゃんの声を背に歩き出す。方向はなんとか分かる。ただし地属性を使っていないと、俺でも方向が分からなくなりそうだ。


神殿に着くとざわざわとした雰囲気に身が引き締まる。


「ヤマト、来てくれたのか」


団長に声を掛けられた。


「この雪でスラム街や門外に被害が出ているらしい。救出に向かうが、来てくれるか?」


「元よりそのつもりで来ました。ゴットハルトに連絡は付いていますか?」


「いや、今からだな。それと非常に頼み難いんだが……」


珍しく団長の歯切れが悪い。


「咲楽ちゃんですか?」


「多属性持ちは貴重だ。シロヤマ嬢は氷魔法は使えるか?」


「えぇ。氷魔法、時空間魔法も使えます」


「施療院にも要請は出したが、到着するまではシロヤマ嬢1人に頼らざるをえない。負担をかけるかもしれんが……」


「連れていかなければそれはそれで気にしそうです。ゴットハルトを呼んでくるついでに連れてきます」


「悪いな」


「いえ。では行って参ります」


4の鐘が聞こえた。


この時の判断、咲楽ちゃんを連れていくという判断が間違っていたとは思っていない。ただ後から考えると、間違いなく彼女に心理的負担をかけたのだろう。


雪はまだ降り続いている。積雪はすでに50cmを越えている。


家に寄ると、咲楽ちゃんが待っていた。


「咲楽ちゃん、出れる?」


「はい」


「防寒をしっかりしてきてね」


一緒に外に出て、咲楽ちゃんを掴まらせて歩く。


「先にゴットハルトを呼びに行くから」


「はい」


火属性で雪を溶かしてゴットハルトの家に着いて、呼び鈴を押した。休んでいたのだろう。ゴットハルトがのんびりと出てきた。これは外の様子も見ていないな。


「ヤマト?どうした?」


「緊急要請だ。南地区民の救出。神殿に集まってくれ」


外の様子を見せながら言うと、目を丸くしながらも緊張感のある顔になる。同時に咲楽ちゃんを見て、気遣わし気に言う。


「分かった。シロヤマ嬢も連れていくのか?」


「炊き出しの手と、氷魔法での除雪をしてもらう」


「大丈夫か?多属性がバレたら……」


神殿に向かう道すがら、ゴットハルトが心配していた。


「そんなことより命を救う方が大切です」


「……貴女はそういう人でしたね。分かりました」


「心配してくださって、ありがとうございます」


神殿に着くと、他の騎士も集まってきていた。急遽作った温石(おんじゃく)を2個、咲楽ちゃんに渡す。


「咲楽ちゃん、これ渡しておくね。2刻位は()つから」


咲楽ちゃんは1つづつポケットに入れていた。


「魔力譲渡だけしておきます」


手を握って、魔力を譲渡された。


「ありがとう。行ってくる」


咲楽ちゃんは神殿の奥に、俺はゴットハルトと団長の元に向かう。


「ヤマトもゴットハルトも火属性だったな。悪いが他の火属性持ちと南門まで手伝いの神官達を連れていってくれ。視界が悪いから単独行動は避けてくれ。この辺はヤマトの方が詳しいか?」


「そんな事はないでしょう。指示に従いますよ」


参集所に行くと咲楽ちゃんが居た。やはりか。ゴットハルトと密かに合図する。俺が動けないときにはゴットハルトに咲楽ちゃんを頼んであった。


「咲楽ちゃんも南地区?」


「はい」


「そう。火属性持ちが除雪しながら先行するから、固まって着いてきて下さい。視界が悪いから、絶対に単独行動はしない事。お願いします」


咲楽ちゃんと共に居た神官達に注意事項を伝える。


「はい」


先行して火属性で雪を溶かしていく。俺の役目は方向の指示。地属性を使えて、地形を把握できるのが他に居なかった為だ。着いたのはスラム街のちょうど中央くらいの場所。


雪洞(かまくら)を作って、手伝いの神官達に中に入ってもらう。後は頼むしかない。


騎士達と雪で潰れた家の中から住民を救出していく。さすがに嘗ての崩壊時のように足などが潰れた者は居ないが、骨折など大なり小なり怪我をしている。その怪我を治せるのは今は咲楽ちゃん、ただ1人。骨折者を咲楽ちゃんの元に連れていって驚いた。いくつもの雪の家が建っている。近くの神官に聞くと最初の発案は咲楽ちゃんだが、後はそれを見ていた神官達や、駆け付けた冒険者たちが勝手に作ったという。


王宮からの応援が駆け付けた。スラム街の方は任せ、門外に出る。この天気では元気に喧嘩している者も居ない。この近辺の顔役の男に声をかけ、協力を要請する。


「普段なら協力して何になるって言うところだが、わざわざ助けに来てくれたんだ。協力してやるよ」


上から目線ではあるが、協力は得られた。普段集まる場所として使っている場所に、焚き火を作っている間に、顔役の男が(あいだ)を開けて風避けを作るよう指示していた。


やがて施療院のナザル所長とライル殿が到着した、と連絡が入った。良かった。咲楽ちゃんの負担が少しは減るだろう。その後も救出作業は続く。ライル殿とゴットハルトがこちらに来たときには、王宮騎士と一緒に門外民の出身地、どの方面から来たのか、何故来たのかを聞いていた。


「トキワ殿」


「はい」


ライル殿の表情が固い。


「シロヤマさんに門外に出てもらっていいだろうか」


「何か手に負えない事態でも?」


「僕だけでは治せないんだ。頼む。シロヤマさんの力を貸してもらいたい」


本来であれば許可はしたくない。門外に咲楽ちゃんを出したら、どうなるか。


「本来であれば許可はしたくないんですが」


「ありがとう。シロヤマさんは必ず無傷で帰すから」


「お願いします。ゴットハルト、頼んだ」


「必ず守るよ」


そのやり取りを聞いていた顔役の男に、不思議そうに言われた。


「行ってやりたいんじゃないのか?」


「行ってやりたいがな。ここを離れる訳にはいかないんだ。任務中だしな」


「さっきのは貴族だろう?貴族で施術師というのは聞いたことがあるが、あんな男だったのか」


「そうだな。信頼出来る人だ」


「呼ばれていたのは女性か?」


「そうだな」


「良いのか?オレが言うのもなんだが、女性には危険だろう」


「それでも彼女でないと、と判断した。ここ最近で怪我が酷い者は?」


「ここ最近だと3人だな。内2人はさっき年配の施術師が向かっていた。残りの1人は門の側に居る。こいつは見た時、腕が腫れ上がっていた。後は背中の切り傷」


「そいつだ。明日驚け。何事もなく歩いているから」


「そんな事が出来るなら、それは神の御業だな」


「それをしてしまうんだよ」


「信じられんな」


顔役の男と別れて情報収集に戻る。5の鐘が鳴ったのが聞こえた。辺りが闇に包まれ始める。ただでさえ雪で酷く視界が悪い。


「女性はもう帰した方がいいな」


「そうだな」


咲楽ちゃんはたぶん帰りたがらないだろうな。リリア嬢が一緒だったから大丈夫と思うが。一応のつもりで女性のいる所に行くと、意に違わず不満気な咲楽ちゃんが居た。


「咲楽ちゃん」


「大和さん」


「帰る時間だよ」


「まだ余裕はあります。もう少し居させてください」


「駄目。これ以上は危険だ。女性は帰って貰うことにしたから、一緒に帰りなさい」


「はい……」


「納得できないだろうけど、聞き分けて、ね?」


「……分かりました」


まだ完全に納得していないな。これは。リリア嬢が任せて、という風に頷いた。会釈して任せることにする。


その後も情報収集だ。顔役の男がかなり気を許してくれたので、楽に聞き込みが出来るようになった。交代の騎士が来てくれたので、1度神殿に戻る。


戻ると団長に加えてスティーリア様まで色々聞きたがった。報告はしておいたが、情報収集の件は団長以外にするわけにいかない。団長室に移動し、集めた情報を開示する。


「門外の滞在者が増えたのは、不漁と不作の為か」


「彼らの証言が本当なら、と言う条件付きですが」


「後は王宮の仕事か」


「そうですね」


「シロヤマ嬢は?」


「5の鐘過ぎに帰しました。かなり不満そうでしたね」


「不満?」


「まだ余裕があるから、もう少し居させてくれと言われました」


「あのお嬢さんは……」


「仕事状態の頭になっていたのでしょうね」


「分かった。悪かったな。帰って貰って良い」


「失礼します」


団長室を出ると、ゴットハルトが待っていた。


「待っていたのか?」


「あぁ」


「寄っていくか?」


「構わないか?」


神殿を出て歩き出す。雪の降り方は衰えない。


「何か聞きたい事でもあるのか?」


「ヤマトは慣れているのか?」


「何に?」


「門外のような場所だよ」


「慣れている訳じゃない。何ヵ所か知ってるだけだ」


「そうか。私は慣れない」


「慣れなくて良い。慣れていると言うことは、ゴットハルトの領内にスラムのような所が少なくなかったと言う左証になる」


「私は何も出来ないな」


「そりゃあ、俺も同じだ。助け出しても施術師がいなければ、消えた命も多い。あっちでも抱いていた感情だがな」


「どういう事だ?」


「その環境から助け出せても、怪我は治せない。その命を最後まで見ている時間もない。そんな余裕があれば1人でも多くその状態から助け出さなければ。そう言われてきた。最終的に彼らを救うのは施術師だ。俺はその手段を持たない」


「私達は無力だな」


「ところがな、そうでもないんだ。俺達が動かなければ、施術師は術を使えない。だからどちらの力も必要なんだ」


「誰の言葉だ?」


「あちらの団長」


「なるほど」


「所が変わっても、俺のやることは変わっていないって事だな」


「元の世界でも同じか」


「あぁ」


家に着くと咲楽ちゃんが待っていた。思ったより元気か?


「ただいま、咲楽ちゃん。ゴットハルトも一緒だけど良いかな?」


「はい。どうぞ。ゴットハルトさん、いらっしゃいませ。お疲れさまでした」


「何してたの?」


「お夕食を作って、図鑑を見てました」


「夕食?メニューは?」


「ホワイトシチューです」


「量は?」


「たくさんあります」


「ごめんね」


「何がです?席に着いてください。ゴットハルトさんも」


「いや、私は……」


「良いから食べていけ。ここまで来たんだ。遠慮するな」


「よろしいですか?」


「もちろんです」


咲楽ちゃんがパンを温めて、シチューの鍋をテーブルに置く。皿を用意して、3人で頂く。シチューの温かさが身体に染み渡っていった。


「旨い。生き返る」


ゴットハルトが思わずといった風に言葉を漏らす。


「あれからどうなったんですか?」


「街門の中と外で大きな焚き火をして、それぞれ夜を明かすことになった。騎士も何人か残っているから、大丈夫でしょ」


「良かったです」


「シロヤマ嬢は怪我人を見ると、一気に仕事の顔になりますね」


「そうですか?」


「あの男達を叱り付けたでしょう?普段の穏やかな儚げな感じが一変しましたね」


「叱りつけたって、咲楽ちゃん、そんな事したの?」


「あそこは不衛生すぎました。あのままだと治療してもすぐに悪くなります。だからごちゃごちゃ言ってる暇があったら、やることをやらないと、って思って」


「一番文句をいってた奴が、シロヤマ嬢の言葉に素直に従ってましたからね。騎士達と笑いをこらえるのに必死でした」


「咲楽ちゃんはその辺は厳しいから」


「間違ったことはしていません」


「誰も間違っているなんて言いませんよ」


ゴットハルトはシチューを食べて帰っていった。少しして6の鐘が鳴った。


大丈夫か?咲楽ちゃんはスラムや門外の様な所に慣れていない。慣れていないというよりは見たこともないだろう。案外適応力があるんだな。


その安心が一変したのは光の日の事だった。帰ってきた咲楽ちゃんの元気がない。凍死者の数を聞いて、一気に落ち込んだらしい。あれだけの命を救っても、自覚がないとは。割り切り方も甘え方も不器用な愛する彼女(ひと)に、どうしてやろうかと頭を悩ませた。

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