14
翌朝、起きて階下に降りるとコーヒーの香りがした。大和さん、コーヒー飲んだのかな?キッチンにはコーヒーミルとネルドリッパー、コーヒー用のカップが出してある。使った形跡はない。もしかして鍛練の後に飲もうとしてる?
庭に出てみると大和さんが身体を動かしていた。太極拳のようなゆっくりした動きの中に時折素早い動きが入る。それは前に見た『秋の舞』を彷彿とさせた。
「おはよう。ずっと見てたね」
「おはようございます。太極拳みたいな動きでしたけど、やっていたんですか?」
「いや、自己流。筋肉の動きの確認に良いんだ。本格的にやってる人が聞いたら怒り出しそうだけどな」
「それって舞のためですか?」
「基本的にはそうかな。それだけでもないけど」
会話をしながら家の中に戻る。
「出てきたらコーヒーを入れるから。ごめん。邪魔なところに広げて」
大和さんはシャワーを浴びにいった。
うん。邪魔って訳じゃない。十分にスペースはあるし。
卵とか炒めるときの油は気になったから、コーヒーの道具類には布を被せておく。
パンと卵とハムと野菜のいつもの朝食。飲み物はどうするんだろう?
大和さんがキッチンに入ってきた。
「コーヒー、淹れるんですか?」
「良いかな?」
朝食の準備はもうできてる。
大和さんがケトルにお湯を沸かす。コーヒー店とかでよく見る首の長いケトル。その間にドリッパーに挽いた豆を入れ、準備する。やがてお湯が沸いたらゆっくりとお湯を注いでいった。カッコいい。大和さんってギャルソンの格好とか似合いそう。
「ん?どうした?」
ずっと見てたら、大和さんがこっちを見た。
「なんか妙にはまってますね。ギャルソンの格好とか似合いそう」
「ギャルソン……。格好はともかく、淹れ方は教わった通りにやってるだけだよ」
「大和さん」
「ん?」
「大和さんって何でもできるんですね」
「何でも……ねぇ。そんなこと無いけど。出来ない事は一杯あるよ。まず、料理はできない。裁縫は……ちょっと繕う位なら出来るけど、咲楽ちゃんの、みたいな刺繍は出来ない。こういうのを出来る咲楽ちゃんを尊敬するよ」
「でも……」
「なにか不安なの?」
大和さんは朝食のお皿を運びながら聞く。戻ってきた大和さんに顔を覗きこまれた。
「不安って言うか、私は大和さんといると安心できるんです。けど、大和さんはどうなのかな?って考えちゃって。『自分に出来ることをすれば良い』って言ってくれたけど出来てるのかなって。私の価値って何なのかなって考えちゃって……」
話している内に、情けなくなってきた。不安で押し潰されそうな私と、何でも出来る大和さん。いきなり異世界転移なんてしちゃったのは二人とも一緒なのに、私は必要なのかな?
ため息が聞こえた。
「その件は後にして、先に食べちゃおう。冷めちゃうから」
手を引かれて椅子に座る。二人とも無言で食べ終えた。大和さんがお皿を片付けてくれる。
大和さんはソファーに座って私を呼んだ。
「咲楽ちゃん」
その声は優しくて泣きそうになった。
ソファーに私が座ると大和さんに抱き締められる。
「不安になった?多分それが正常なんだ。いきなり異世界転移なんて異常事態で、最初は無我夢中でやってきたけど、少し落ち着いたら人の事が良く見えてきて、自分がなにも出来ないって思いだして、ってね。
あのね、俺はそれなりに異常事態に慣れてる。まず何をすべきか、どう行動すべきか。それはあの10年で叩き込まれたからね。でも咲楽ちゃんは違う。学生さんだったんでしょ?異常事態に巻き込まれて落ち着いて行動できる学生さんなんていないよ。
あの部屋で咲楽ちゃんと会って、守りたいって思ってやってきたけど、それはフィジカルもだけど、メンタルもだからね。不安になったらちゃんと言って。それで不安が無くなる事はないかもしれないけど、少しでも咲楽ちゃんの心が軽くなるんだったら話してほしい」
抱き締められたまま私は泣いていた。大和さんの言葉は優しい。このまま何もかもを委ねてしまいたくなる。でもそれじゃ大和さんに依存してしまう。
「大和さん」
「ん?」
顔をあげると大和さんが心配そうに見てた。
「大和さんは不安になることはなかったんですか?こっちに来て」
「何度もあったよ。でも咲楽ちゃんが居てくれたから」
え?
「咲楽ちゃんは、暖かいんだ。心を暖めてくれる。太陽みたいって言うよりも、日溜まりのようなふんわりした暖かさ。側に居て欲しくて自分のものにしたくて、年が10も離れてるのに告白してこうやって抱き締めてる。その暖かさを独り占めしたくて、大人げなくアルフォンスなんかも威嚇した。情けない、と思わない?こんなのって」
首を振る。情けなくない。そこまで思われていることが嬉しかった。
私でも役に立てた?少しでも大和さんの役に立てた?
それが嬉しくて大和さんの胸に頭を預ける。大和さんはそのままでいてくれた。
どのくらいそうしていただろう。2の鐘が鳴った。
「咲楽ちゃん、いつまでもこうしていたいけど、また神殿に行って返事を伝えないと」
「もう少しこのままで居てください」
「……もう少し、ね。OK」
それから30分位そうしていた。でもいつまでもそのままでいるわけにいかない。頭を上げると大和さんがこっちを見ていた。
「安心できた?」
「はい。ありがとうございました」
なんだか気恥ずかしくて、変な言葉になっちゃった。
それから神殿に行くために準備をして、家を出る。そう言えば……
「大和さん、神殿に行ったらまた団長さんに捕まっちゃうんじゃないですか?」
「あぁ、どうしようかな。逃げるわけにいかないし。まぁ、神殿入口に団長が居なかったらいいだけ、なんだけど」
「あ、でも、エリアリール様が『今度は一緒に』って言っていましたよ」
「言い訳にさせてもらうか」
神殿に近づいていくと、大和さんが怪訝な顔をした。
「どうかしました?」
「んー?何か変な気配?気配って言うか、迷惑事の予感?」
「大和さん、気配とか分かるんですか?」
「ドアの向こうとかに誰かいるな、って程度だった筈なんだけど、こっち来てから強くなった気はするな。流石に離れてる所の気配は分からないよ」
角を曲がると神殿が見えて、納得した。そこには立派な馬車が停まっていたから。
「あれは王家の馬車か?」
「ですよね。食器とかに付いてた紋章と一緒です」
「厄介事かな」
大和さんが笑って言う。王家を厄介事って……
向こうからプロクスさんが走ってきた。
「おはようございます。トキワ殿、王族の方が貴方を訪ねてきていますよ」
「王族って、陛下と妃殿下と王太子殿下しか面識無いけど?どなただ?」
「王太子殿下と第二王子殿下です」
「は?王太子殿下と第二王子殿下?なんでだ?いや、もしかして急いだ方がいいのか?」
「いえ、今、エリアリール様が応対しておられます。私は一応トキワ殿をお迎えに、という名目で説明してこい、と団長に言われましてね」
三人で神殿に向かう。と、言っても、もう見えていたんだけど。
「第二王子殿下は武の才能を持っておられます。『将来は兄上を守るのだ』と近衛入りを公言されておられる方です。恐らくトキワ殿を見にきたのだと……」
「どうしてだよ?!」
「王宮であちらの副団長に勝たれましたよね。それで興味を持たれたのだと思いますが」
「もしかしてあの時から仕組まれていたか?」
やがて神殿に着いた。団長さんが待っていた。
「大変なお方に目をつけられたな、トキワ殿。これでトキワ殿争奪戦に近衛も加わった訳だ。人気者だな」
「勘弁してほしいですよ」
大和さんが困った顔をしている。そこに声がかけられた。
「トキワ殿、お久しぶりですね。あのときは名乗らず失礼しました。王宮騎士団副団長を勤めておりますカイル・アインスタイと申します。以後お見知りおきを」
あ、あの時の副団長さん。
「こちらこそ、すでにご存じのようですが、ヤマト・トキワです」
「そしてあのときにお見かけしましたが、お話しさせていただくのは初めてですね。カイル・アインスタイと申します。お見知りおきを、かわいいお嬢さん」
「サクラ・シロヤマです。よろしくお願いします」
ちょっと警戒してしまって、大和さんの影に隠れる。
「警戒されてしまいましたね」
副団長さんが苦笑いしてる。でも、ああいう挨拶をする人は苦手だ。
「今日は?王族の方の護衛ですか?」
「いや、護衛は近衛がやってる。私は今日は休みですよ。トキワ殿が欲しくて口説きに来た」
ギョっとした。大和さんも戸惑ったような顔をしている。
唯一団長さんだけがニヤニヤしてるけど。
「人として必要とされているってことなら嬉しいですが、どう言うことでしょう」
「真面目ですね。そう言うところも好ましい」
そこで団長さんが口を挟んだ。
「その辺にしておけ、カイル。トキワ殿はその気はなさそうだ。かわいい婚約者殿もいるしな」
「何を言うんです、アラクス。純粋にトキワ殿が欲しいと言っているんですよ。他意はありません」
「お前の物言いに慣れている人じゃなければ誤解されているぞ。トキワ殿、すまないな。カイルはこう言って人をからかうのが好きなんだ。普段は真面目なんだがな」
「まぁその手の事で既成事実を、と迫られても、叩き潰すだけですけどね」
大和さんの言葉に、団長さんと副団長さんがギョっとしてる。
「その、対処法に慣れていそうだな」
「その手の輩の相手は慣れています。あちらでも何回かあったので」
固い表情のまま、大和さんが答える。えぇっと、私、ここにいて良いの?でも大和さんと離れるのは……
「シロヤマ嬢、こちらへ」
プロクスさんが助け出してくれました。
「プロクス、悪い。咲楽ちゃんを頼む」
大和さんがこちらを見ないで言う。その場の緊張感が増す。
「アインスタイ副団長、何をしている?」
そんな中聞こえた声。思わずそちらを見る。王太子様がいらっしゃった。その場に居た全員が膝を付いた。
王太子様はこちらに歩いてくると大和さんに話しかけた。
「トキワ殿、久しぶり、というにはまだ早いが。なにやらややこしいことになっているな」
「発言をお許しいただけますか」
大和さんが言うと王太子様は少し寂しそうに言った。
「自由に申せ」
「ありがとうございます。本日はエリアリール様に面会を、と足を運んだのですが、王族の方がお見えになられているとの事でお待ちしておりました。その間、そこにいらっしゃるアインスタイ副団長様に絡まれていた次第です」
「なんと言うか、お気の毒だな。アインスタイ副団長は良い奴なのだが、気に入った人物にかける言葉がな。少々誤解を招くようなのだ。許してやってはくれないか?」
「そういった目的でなければ何もいたしませんよ。ただ、私のアインスタイ副団長様に対する警戒度が増しただけですので」
「そうか、それは王宮騎士団への所属はなくなった、ということで良いのかな?」
「どうでしょう。あとはあちらの対応次第です」
大和さんがにやっと笑った。あ、副団長さんがなにやら慌ててる。
「トキワ殿。はじめてお会いする。私は第二王子のアラン・ドゥ・コラダーム。貴方の噂を聞いて会いたいと思っていた。いつか模擬戦を受けてもらえないだろうか」
「お時間が合いましたら、是非」
「そろそろ王宮に戻ろう。ではトキワ殿、シロヤマ嬢、またな」
そう言葉を残して王太子様方は帰っていった。
「トキワ殿、私には衆道の気はない。信じてくれ」
「今さら信じろ、と言われましても」
大和さんが言う。こういう交渉事って、大和さん、上手いんですけど。
「ほら見ろ。カイル、お前が変なことを言うから。しかしこれでトキワ殿の王宮騎士団入りはなくなったと言うことで良いのか?」
「その事でエリアリール様にお話を、とお伺いしたのですが。エリアリール様に面会はできますか?」
「お聞きしてくる」
団長さんが行ってしまった。プロクスさんが私に耳打ちをして来た。
「シロヤマ嬢、トキワ殿、怒ってます?」
「たぶん。完全に手玉にとるつもりですよ」
「あの市場の再現ですか」
そう、市場でも足元を見て吹っ掛けてきた商人さんに正論で論破してオマケまでさせたんだった。あのときの大和さんを見て、敵に回しちゃいけない人って居るんだなって思ったもん。商人さんが少し気の毒になったよ。
「そこまでにはならないと思いますけどね。やられっぱなしの人じゃないと思います」
「貴女でも分かりませんか」
「まだ出会って2週間くらいです。私にとっては、とても頼りになる人で、優しい人ですが、全てを知っているわけでもありませんし。でも常にいろんなことを想定して動いている、そんな気がします」
「私としてはトキワ殿がどんな事を言うのか、アインスタイ副団長がお気の毒になってくるのですが」
「同感です」
「二人とも全部聞こえてる」
顔を上げると笑顔の大和さんが居た。
「さて、プロクス、体術はやってるよな。あとで付き合ってくれ。咲楽ちゃんは今夜お話ししようか」
静かに笑ってる大和さんが怖いです。
そこに団長さんが戻ってきた。
「トキワ殿、待たせた。エリアリール様がお待ちだ。シロヤマ嬢も一緒に」
私たちが移動すると団長さんと副団長さんとプロクスさんも着いてきた。
え?皆で行くの?エリアリール様の部屋に到着するとプロクスさんは前室に控えた。
大和さんがノックをする。
「エリアリール様、トキワとシロヤマです。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。お入りになって」
エリアリール様の声が聞こえた。
私達が部屋にはいるとエリアリール様は私達の後ろを見て、
「あらまぁ、二人だけ、と聞いていたのだけれど。大勢ですこと」
と笑われた。
「まずはお礼を。色々お世話になった上にあのような住処まで用意してくださり、ありがとうございました」
大和さんが頭を下げる。私も一緒に頭を下げた。
「よろしいのですよ。私がしたことと言えば王宮との交渉だけですもの。あとはあなた方の努力でしょう。時にトキワ殿、うかがってもよろしいかしら?そちらのペリトード団長から舞を奉納してくださると聞いたのですけれど、本当ですか?」
「そうですね。すぐには無理ですが」
「何故?」
「少し事情がありまして舞から離れていましたので。鍛え直しているところです」
「そう、残念ね」
「そう長くお待たせしないと思います。彼女がいますので」
え?私?
「そうですか。良かった。それで?今日はその事だけかしら?」
「いえ、彼女、白山さんの仕事についてと私の仕事についてだったのですが、私のことに関してはこのペリトード団長、アインスタイ副団長にお話しした方がよろしいでしょうね」
「まぁ、ではシロヤマ様は?」
「はい。私は施療院で働きたいと思っています。でも施療院の場所も分からなくて……」
「まぁまぁ、そうですわね。あら?ご近所は大丈夫ですの?案内とか……」
「プロクスさんが案内してくれました。市場とか、楽しかったです」
「そうですか。それは良かったです。私ではそう言ったことに気が付かないですから」
エリアリール様はそう言って悲しげに微笑まれた。
「それでは私の方からジェイド様にご連絡しておきますわね」
スティーリアさんがそう言ってくれる。
「よろしくお願いします」
私はそう言って頭を下げた。あ、でも施療院の場所とかどうしよう。
「トキワ様、少しお話が……」
スティーリアさんがそう言って大和さんと一緒に部屋を出ていった。何だろう?
しばらくして、スティーリアさんだけ戻ってくる。
「中座致しまして申し訳ございません。トキワ様は別室でお待ちになっておられます。ペリトード団長様、アインスタイ副団長様、お話し合いをなさってくださいませ。シロヤマ様。お話でもして待ちましょうか」
団長さんと副団長さんが出ていく。
残された私はエリアリール様とスティーリアさんと三人で、今の暮らしのこととか、神殿のその後とか色々お話させてもらった。
やがて大和さんと団長さんと副団長さんが戻ってきた。副団長さんが何故かげっそりしているけど。何があったのかな?
エリアリール様のところをお暇した。大和さんはなんだか上機嫌だった。
その後、練兵場に行く。プロクスさんがなんだか覚悟を決めた顔で待っていた。
「プロクス、そんなに緊張しなくても」
大和さんが笑いながら言う。
「ちょっと確かめたいだけだから。咲楽ちゃん、待っててくれる?それとも一緒に見る?」
「見てて良いですか?」
団長さんに許可をとって個人用の練習場を貸してもらう。大和さんの上着を預かって、置いてある椅子に座った。
大和さんとプロクスさんが向かい合って立つ。プロクスさんの手には剣?
そこに団長さんと副団長さんが入ってきた。
「トキワ殿、何をするんだ?」
「あぁ、お二人も手伝ってください。ちょっと確かめたいのです」
大和さんを囲んで三人が立つ。三人の手にはそれぞれの武器。何をする気?
「お願いします」
大和さんの言葉と同時に動き出す三人。それぞれが大和さんに襲いかかった。刃を潰してあるんだよね。でも当たったら絶対怪我するっ!!
大和さんはそれぞれの攻撃をしゃがんで、半身になって、背を反らして避けていく。
ハラハラする時間が過ぎた。どのくらい経ったのか。長かった気もするけど短かった気もする。気が付いたら三人は武器を下ろしていた。大和さんは汗だらけだったけど怪我はないみたい。良かった。
「確かめたいって何だったんだ?」
団長さんが聞く。
「なんだか感覚が広がっているようでしたのでね。殺気や威圧などがない状態でどこまで察知できるか、確かめたかったのですよ」
「感覚が広がってる?」
それって気配が~って言ってたけど、それ?
「そうですね。例えばこの練習場の外に覗いてるのが5人いるな、とか咲楽ちゃんが泣きそうになってるな、とかですね」
と、こっちを見る大和さん。
団長さんはつかつかと歩いて行くとドアを開けた。
「お前等、何人が見てた?」
「最終的には5人です」
そんな声が聞こえる。人数、合ってる。
大和さんはこっちに歩いてきた。
「刺激が強かったか?大丈夫?」
「あの、日本にいるときあんな訓練してたんですか?」
私が小声で尋ねると大和さんは笑って言った。
「海外に居たときにやってただけ。帰ってきてからはやってないよ」
副団長さんとプロクスさんが何か話してる。あ、団長さんが加わった。
大和さんがそちらへ歩いていく。
「さて、プロクス、ありがとう。お二人もありがとうございました。施療院には案内をお願いしたい。どなたにお願いすれば?」
副団長さんが手をあげてくれる。
「私が行こう。少し歩くが大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。お願いします」
私が答える。
「ではまずはお昼ですね。旨いところを知っているんです。奢らせてくださいね」
副団長さんがそう言ってドアに向かった。私達は後を付いていく。
「あぁ、副団長、先にシャワーだけいいですか。団長、シャワーをお借りしても?」
「そうだな。汗は流した方がいい。戻ってくるまでシロヤマ嬢は丁重にお預かりしておく。心配せずに行ってこい」
「私も行きますよ」
大和さんは副団長さんとシャワーを浴びに行った。
「とんでもない身体能力だな。シロヤマ嬢達が居た世界と言うのは、あんなのがたくさん居たわけか?」
「いいえ。私はあんな人は知りません。私は気楽な学生でしたし、私達の国も戦争なんかしていなかった。他国で紛争地帯はありましたけど、大半の日本人は他人事でしたし」
「そういや以前軍がどうの、と言ってたな。そうか。トキワ殿が特殊か」
小声で話す。
「団長さん、大和さんは結局どうするんですか?さっきその話をしてたんですよね?」
「またトキワ殿からシロヤマ嬢に話すと思うぞ。にしても……」
団長さんが私を見る。
「何ですか」
ちょっと身構えた。
「そんなに警戒……した方がいいのかもな。まぁ、トキワ殿が一緒なら滅多なことはないだろうし、ここにはシロヤマ嬢を害そうなんてバカはいないが」
害そうって……あの時の事を思い出して血の気が引いた。
「神殿を出てからそんなに経っていないのに『ヤマトさん』なんて親しく呼ぶようになったな、と思って……おいおい、大丈夫か?顔色が悪いぞ」
団長さんが慌てて椅子に座らせてくれたけど、その触られた事に恐怖感が増す。
そこに大和さんが戻ってきた。大和さんは顔色を悪くした私を見て、団長さんに疑いの目を向ける。
「俺はなにもしていないぞ。話をしていたら急に……」
「咲楽ちゃん、どうした?」
優しい声で聞かれて、思わず大和さんに縋り付いた。
怖かった。大和さんが来てくれて「この人は守ってくれる」と思ったら自然と身体が動いていた。
「少し休ませても良いですか?どこか部屋をお借りできればありがたいのですが」
大和さんは私を抱き締めたまま、団長さんに聞く。
「それならこっちに」
案内された部屋は簡易的な椅子と机、それにベッドがおいてあった。
「仮眠室だ。使うやつはほぼ居ないが、掃除だけはちゃんとしている」
「お借りします」
団長さんが出ていって、二人だけになった。ベッドに座らされる。
「何があった?」
大和さんが跪いて目線を会わせて聞いてくれる。でも答えられない。さっきは何もなかったのだから。
「以前のこと?」
小さく頷く。
「聞いても?」
首を横に振る。今は知られたくない。
「そっか。良いよ、ゆっくりで。俺はここにいるし、咲楽ちゃんの事は護る。絶対に」
私は弱い。大和さんに頼りきって何もできない。大和さんは強い。こんな私を見放さずいてくれる。
何ができる?この人の為に。今は何もできない。なら、せめて笑え。心配をかけないように。
精一杯笑顔を作ってみたけど。大和さんの心配そうな顔はそのままだった。
「咲楽ちゃん、施療院の見学、どうする?副団長が連れていってくれるらしいけど。無理なら今日は辞めとく?」
大和さんが聞いてくれた。
少し考えて頷く。
「行きます。お願いしても良いですか?」
「分かった。と言うことです。副団長」
え?
ドアが開いて副団長さんが入ってくる。
「何故分かった?気配は完全に消していたのに」
「後をついてきて、立ち去らなかったでしょう。団長だけ立ち去った。その後ずっと扉の前にいれば分かりますよ」
「トキワ殿はバケモノか?まぁ良い。シロヤマ嬢は大丈夫なのですか?施療院の見学はいつでもできますよ?」
「大丈夫です。お願いします」
気遣わしそうな大和さん達に笑顔をつくって見せて、お願いする。
「分かりました。けど、施療院の前に昼食ですね。自分の知ってる店にお連れしますが、良かったですか?」
「はい」
ベッドから立ったらちょっとふらついた。大和さんが支えてくれる。
団長さんに挨拶をして、神殿を出る。団長さんは最後まで「悪かった」と謝ってくれていたけど、「団長さんのせいじゃないですから」と言っておいた。
神殿を出てしばらく歩く。王宮の方に向かった。
「そう言えばトキワ殿は馬には乗れますか?」
「まぁそれなりには。騎乗戦はあまり得意ではありませんが」
「ますますバケモノだな。騎士団に入ったら乗馬は必須ですからね。相棒も与えられますよ」
「騎馬民族の乗り方ですから、洗練されていませんよ」
大和さんの乗馬姿かぁ。見たいな。きっとカッコいい。
「また今度ね」
バレてる?しばらく歩いてちょっとした路地に入る。
「分かりにくい所にあるんですが。味は保証します」
こじんまりとしたレストランに入る。店名は『トラットリア・アペティート』カントリー調って言うのかな?ログハウス?落ち着いたブラウンの木材と白い壁のコントラスト。テーブルも椅子も暖かな色合いで、落ち着く。
「いらっしゃいませ」
奥から女の人が出てきた。金髪と言うか白金髪?薄い金髪にアイスブルーの瞳の美人さん。
「あら、珍しい。今日はお連れ様と一緒ですか?」
「あぁ。奥の部屋を借りても?」
「どうぞお使いください」
奥まった個室に案内された。
「落ち着くトラットリアですね。それにあの美人さんは副団長の……?」
「そこまで分かりますか。恋人です。結婚は反対されていますがね」
「身分の差、とかですか?」
「そうです。トキワ殿に隠し事はできませんね。私は一応貴族籍です。彼女は一般市民。そう言ったことに父が煩いのですよ」
さっきの女の人がメニューを持ってきた。パスタや洋食ぽい料理名が並んでいる。
「ここのおすすめは?」
大和さんが聞いた。
「そうですね。今日はホホ肉の煮込み、白身魚の香草焼き、貝のクリームパスタでしょうか」
しばらく考えて私は白身魚の香草焼きを、大和さんはホホ肉の煮込みを、副団長さんはクリームパスタを頼んだ。
パンが運ばれてきた。焼きたての香りがする。
「こちらのパンはおかわりもできますのでお申し付けくださいね」
それぞれの前に注文したものが運ばれてきた。
「では食べましょう」
「「いただきます」」
「何ですか?その言葉は」
「食材に感謝し、食材を作ってくれた人に感謝し、調理してくれた人に感謝をしますと言う食事前の言葉ですよ」
大和さんが言う。そうなんだ。ただの挨拶だと思ってた。
「食前の聖句みたいなものですか?」
「意味的にはそうですが、そんなに大袈裟な意味はありませんよ。昔は『全ての食材の命に感謝して』と言う意味もあったようですが」
「なるほど」
そんな会話をしながら食べる。久しぶりのお魚は美味しかった。
食事が終わって店を出る。施療院へ向かって歩きだした。王宮への道を過ぎて少し行くと、白っぽい建物が見えてきた。
「あれが施療院です。中も見られますか?」
「はい。お願いします」
副団長さんが窓口で声をかける。