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手伝っていた神官様達に声をかけて、南の街門を出る。
「感染症だったっけ?右腕が赤くなって腫れてる。最近来た人みたいなんだけどね」
「浄化ですか?」
「後は背中に切り傷がある」
「切り傷の大きさは?」
「僕の手の平くらい」
「ライル様の手の平ですか?18cm位でしょうか」
「そう。切り傷はなんとかなるんだけど、痛みが酷いらしくて動けないって言ってる」
「所長は他の方の所ですか?」
「そうなんだ。本当は連れてきたくなかったんだけどね。トキワ殿もしぶしぶ許可をくれたよ」
「分かりました。その方だけですか?」
「酷いのは後2人居るけど、そこには連れていけない」
「危険なんですか?」
「女性はというより、シロヤマさんを連れていきたくない。僕も騎士も守るけど」
「分かりました」
ライルさんがここまで言うってことは、よほど危険なんだと思う。ゴットハルトさんも頷いてるし。
「シロヤマ嬢、呼ばれたからって付いていかないでくださいね?」
全員にうんうんと頷かれた。
「私は信用がないですね」
「施術師の腕は信頼してるけどね」
また頷かれた。
連れていかれたのは南の街門からさほど離れていない小屋。そこには3人が居た。内1人は顔色が悪い。ここは寒すぎる。それに不衛生だ。
「ゴットハルトさん、魔力は大丈夫ですか?」
「まだ余裕はありますが」
「氷魔法を使える方、小屋の外を固めてください」
「おい、何するんだ!!」
「ゴットハルトさん、温風をお願いします」
「話を聞け!!」
「内部に浄化をかけます。その後、怪我人の方をうつ伏せに寝かせてください」
「おい!!」
「怪我人の居る現場で騒がないでください!!」
「これは天使様になっちゃってるね」
「でしょうね」
後ろでライルさんとゴットハルトさんがこそこそ話してたけど、今はどうでも良い。
「天使様、固めました」
その声と同時にゴットハルトさんが温風を使う。私は室内の浄化をした。
「暖かい……」
「怪我をして居る方は?」
2人が黙って右の人を指差した。
「お2人はこれを飲んでいてください」
身体を温める薬草茶を渡す。
「一口ずつ、ゆっくりとですよ」
2人に指示をしておいて、怪我をしている方に向き直る。
「貴方は治療をしてからです。動けないならそのままで良いです」
「はい」
素直に頷かれた。
ライルさんが背中の傷を治療している間に、血液の浄化をする。同時に痛みをブロックして、右腕の治療を始める。
「あんたが天使様?」
「そう呼ばれちゃってますね」
「何をした?」
「何をですか?」
「さっきワシの身体に何をした?」
「血液の細菌をやっつけました。これ以上悪さをしないように」
「話をしながら治せるのか?」
「はい。変ですか?」
「変と言うかそんな施術師は見たことがない。後ろの施術師を見てみろ。一言も喋んねぇだろうが」
ライルさんはたしかに無言で治療している。
「たまたまじゃないですか?」
「そんなこたぁねぇよ。何人か施術師は知っているが、話をしながら治療する施術師はいなかった」
「そうなんですか?」
ライルさんに視線を向けると、頷かれた。
「本当に?」
騎士様達にも確認したら、こちらも頷かれた。
「えぇぇ……」
「ついでに言うなら、いくつ重ね掛けしてるんだ?」
「光の浄化と、傷の修復と、炎症をとる為の水と……」
「普通はそんなに重ね掛け出来ねぇからな?」
「でも同時にしないと、ダメな場合があるんです」
「それは分かる気もするが、普通は出来ねえんだよ」
「それは分かりましたって」
「いいや。分かってねぇ。痛みもねぇが、あんたが何かしてるだろ?」
「闇属性で痛みを抑えてます」
「光と闇を同時ってあんた位のもんだからな?」
「そんな事ないですよ。はい。腕は終わりました。ライルさん、背中はどうですか?」
「もう少しだね」
「分かりました。貴方もこれを飲んでおいてください」
怪我をしていた人にも、身体を温める薬草茶を渡す。
「なんだこれ?」
「薬師さんが作った身体を温める薬草茶です」
「あんたが作ったんじゃないんだな」
「作れますけど、薬師さんの作ったのの方が効きそうじゃないですか」
「シロヤマさん、終わったよ」
ライルさんの言葉に闇属性を解除する。外はすっかり暗くなっていた。
「それで?どうするの?」
「このままって訳にいきませんしね」
怪我をしていた人は今にも眠ってしまいそうだ。このまま寝ちゃうと凍死しちゃう。
「中には入れないんですよね?」
「入門料がないからな」
「有ったらここには居ねぇよ」
「ですよね」
「動けるものは居るか?居るなら中央で火を焚いている。風避けも作ってあるから来ると良い」
騎士様と一緒にオスカーさんが来た。
「何故嬢ちゃんが居るんで?もう暗いから帰った方が良い」
「この人達を置いて?」
「そうだ。騎士様、嬢ちゃんを連れていってやっておくんな。嬢ちゃん、後は任せなせぇ。暗くなると嬢ちゃんが危険だ」
「でも……」
「シロヤマさん、中まで送るよ」
ほとんど無理矢理のように、門の中に入れられた。
「外の様子はどうでした?」
街門の兵士さんに聞かれた。騎士様が対応してくれている。
「咲楽ちゃん」
「大和さん」
「帰る時間だよ」
「まだ余裕はあります。もう少し居させてください」
「駄目。これ以上は危険だ。女性は帰って貰うことにしたから、一緒に帰りなさい」
「はい……」
「納得できないだろうけど、聞き分けて、ね?」
「……分かりました」
お手伝いの女性神官様やリリアさん達と一緒に帰る。
「シロヤマさん、不服そうね」
「女性だからって帰されるのが、納得できてないだけです」
「暗い時間に女が居ると本当に危険なのよ?」
「それは分かっているんです。でも皆さんまだ続けるんでしょう?」
「そうね。後は任せましょ。遅くまで動いた男性を休ませるのは、十分休養をとった女の役目よ」
「はい」
正直に言って、納得はしきれていない。でも暗くなると危険だと言うことは分かる。モヤモヤしながらも送ってもらって、家に着いた。暖炉に火を入れて、ディアオズの水量を確認する。しばらく炎を眺めていた。
大和さんはどれくらいで帰ってくるんだろう?明日にはこの雪は止むだろうか。
気を取り直して夕食の準備をする。今日は温まるように、チーズたっぷりのクリームシチューだ。少し大きめに野菜を切って、鳥肉と一緒に火を通す。野菜を煮込んでる間に、ホワイトソース作り。ホワイトソースにたっぷりのチーズを入れる。野菜が柔らかくなったら、ホワイトソースを入れる。ついでに明日のスープも作っておく。暖炉の方に鍋を持っていって、調理しながら、鉱物図鑑を見ていた。特に目的もなく。パラパラとページを捲っていくと見た事のない宝石に目を奪われた。外は透明で中心部だけがヘーゼルだ。ちょうど私の眼のような色。名前は『プリュネルノワゼット』。どういう意味?
ふと、時計を見たら6の鐘前だった。20時頃って感じかな?
その時、玄関で音が聞こえた。結界具の設定は私と大和さんだけが入れるようにしてある。と、言うことは、大和さん?
「ただいま、咲楽ちゃん。ゴットハルトも一緒だけど良いかな?」
「はい。どうぞ。ゴットハルトさん、いらっしゃいませ。お疲れさまでした」
「何してたの?」
「お夕食を作って、図鑑を見てました」
「夕食?メニューは?」
「ホワイトシチューです」
「量は?」
もしかしてゴットハルトさんも誘う?
「たくさんあります」
「ごめんね」
「何がです?席に着いてください。ゴットハルトさんも」
「いや、私は……」
「良いから食べていけ。ここまで来たんだ。遠慮するな」
「よろしいですか?」
「もちろんです」
パンを温めて、シチューの鍋をテーブルに置く。お皿を用意して、3人でいただきます。
「旨い。生き返る」
「あれからどうなったんですか?」
「街門の中と外で大きな焚き火をして、それぞれ夜を明かすことになった。騎士も何人か残っているから、大丈夫でしょ」
「良かったです」
「シロヤマ嬢は怪我人を見ると、一気に仕事の顔になりますね」
「そうですか?」
「あの男達を叱り付けたでしょう?普段の穏やかな儚げな感じが一変しましたね」
「叱りつけたって、咲楽ちゃん、そんな事したの?」
「あそこは不衛生すぎました。あのままだと治療してもすぐに悪くなります。だからごちゃごちゃ言ってる暇があったら、やることをやらないと、って思って」
「一番文句をいってた奴が、シロヤマ嬢の言葉に素直に従ってましたからね。騎士達と笑いをこらえるのに必死でした」
「咲楽ちゃんはその辺は厳しいから」
「間違ったことはしていません」
「誰も間違っているなんて言いませんよ」
ゴットハルトさんはシチューを食べて帰っていった。少しして6の鐘が鳴った。
「もうこんな時間なんだ。風呂に行ってくるね」
「はい」
大和さんがお風呂に行ったから、再び図鑑を見ていた。『プリュネルノワゼット』が印象に残ってしまって、他の鉱石達をあまり覚えていない。
「熱心だね」
「この宝石が印象に残ってしまって」
「どれ?プリュネルノワゼット?咲楽ちゃんの瞳のようだね」
「どういう意味かわかりますか?」
「知ってる通りの意味ならヘーゼルの瞳。見た目も名前も咲楽ちゃんの瞳だね」
「こういう宝石って無かったですよね?」
「無かったね。俺は見た事がない」
外側が透明で中心部だけがヘーゼルってどうなってるんだろう?図鑑で本物を見てないから分からないけど、中心部の色って違うのも有るんだろうか?
「咲楽ちゃん、風呂に行っておいで。まだだよね?」
「はい。行ってきます」
プリュネルノワゼット。ヘーゼルの瞳かぁ。鏡がないからこのところはっきりと自分の顔を見ていない。だからあちらで嫌悪していた自分の眼を見ることはない。大和さんが誉めてくれたから好きな気になってきた自分の眼。
シャワーを浴びていると、あの南地区の人達の事を思い出す。あの人達は今日は焚き火で暖を取ることになる。こうやってシャワーを浴びたり、暖かな部屋で眠ったりは出来ない。今日だけじゃなく、ずっと出来ていない人もいる。毎日お風呂に入れて暖かいベッドで眠れるって、すごく贅沢なことなんだよね。
髪を乾かして、寝室に行く。ベッドで大和さんが待っていてくれた。
「おかえり、咲楽ちゃん」
「戻りました」
手招きされて、大和さんの側に行く。
「お疲れ様」
「大和さんこそお疲れ様でした」
「街門の外で、治療したんでしょ?どうだった?」
「騎士様やライルさんが守ってくれましたから。不衛生さが気になりました」
「それは仕方がないね」
「はい。分かってはいるんです」
「俺も守りたかった。けど、情報収集しててね。ゴットハルトに頼んだんだよ」
「情報収集?」
「不法滞在者が増えた理由。王宮騎士と一緒に聞き取りしてた」
「何だったんですか?」
「天候不良による不作と不漁が主な理由だった。後は王宮で精査してからだね」
「不作と不漁ですか」
「深刻って感じより、見切りをつけたって感じかな?」
「どこから来ていらっしゃるんでしょう?」
「聞き取りをした感じだと西からが一番多かったね」
「西からですか。王都以外の地理が分かってません」
「それは俺も同じだよ」
「というか、王都の地理も分かってません」
「そっちは俺が分かってる。行きたい所には連れていくからね」
「お願いします」
「任せといて」
「今日は疲れました」
「予想外の事ばかりだったね。もう寝ちゃいなさい」
「はい。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽ちゃん」