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結局何を言っても聞いてもらえずに、大和さんは準備運動を始めた。カークさんも準備運動だけ付き合うって言って、一緒にストレッチとかをやっている。


私はやることがない。種はカークさんが持ってるし、フラワーポットもカークさんが作るって張り切っていた。さっき買った指南書(テキスト)を魔空間から取り出した。表は汚れてるけど中は綺麗だ。この汚れって取れないのかな。って思ったら指南書(テキスト)の汚れが落ちていた。


「咲楽ちゃん?どうしたの?」


固まってたら大和さんに聞かれた。


指南書(テキスト)の汚れが落ちないかなって思ったら、浄化しちゃったみたいです」


「また無意識にやっちゃったの?」


「そうみたいです」


2人に盛大なため息を吐かれた。


「無意識でって、無意識でって……」


「カーク、慣れるしかないんだ」


「サクラ様ですしね」


「こういう()なんだよ」


「そう思うしかないですね」


「樹魔法も無意識だったらしいしな」


「氷魔法はどうだったのでしょう?」


「取得するのに一月(ひとつき)だったか?」


「十分驚きの早さですが」


「ライル殿も同じだったらしい」


「サクラ様に引っ張られましたか」


「そうらしいな」


「もうやめてください」


2人が仲良く弄ってくるから、涙目になってきた。


「サクラ様大丈夫ですか?」


「2人の所為(せい)ですからね?」


「仕方がない。咲楽ちゃんだし」


「私だしって言わないでください」


「はいはい。悪かったって」


大和さんに頭をポンポンされた。それで機嫌が直っちゃう私も、甘いよね。


大和さんとカークさんは運動に戻る。私は指南書(テキスト)を読み出した。読んでいくうちに思った。これって薬師さん用じゃないのかな。薬草茶とかドリンクの指南書(テキスト)って薦められたけど、水属性を使うとか、魔法を使うみたいだし。ただ、薬草のみのレシピだから私でも作ろうと思えば作れる。


カークさんが隣に来ていた。


「始まりますよ」


大和さんがロープをしっかり握って、肩幅に足を開いて腰を落とす。持ったロープを左右交互に上下に動かし始める。ロープを床に叩きつける音が響く。見た目には簡単そうに見える。でも大和さんの表情に余裕はない。20秒位したら20秒位休んで次の動きへ。次はさっきよりも動きが大きい。これも20秒位したら20秒位休む。そうしてまた違う動きをって何度か繰り返して10分位。大和さんが動きを止めた。


「咲楽ちゃん、水もらえる?」


汗だくの大和さんがこっちに来た。『ウォーター』で水を出して大和さんに手渡す。


「汗だくですね」


「これをやるとどうしてもね」


「ここって換気とかどうなってるんですか?」


肋木(ろくぼく)の上に細いスリットが入ってるんだよ。階段の灯りと連動してる」


「不思議です」


「それより、なにか作れるもの、あった?」


「作れるとは思うんですが、これって薬師さん用の指南書(テキスト)じゃないんですか?」


「薬師用でしたら魔物素材を使ったりします。薬草だけって事はないですよ」


「じゃあ良いのかな」


「咲楽ちゃんの危惧してるのは、情報の漏洩とか、そういう事?」


「はい」


「それでしたら問題ありませんよ。こういった物は冒険者も持ってたりしますから。主にキニゴスが参考に使ってますよ。さすがに調合することはないとの事ですが」


「キニゴス?」


「薬草を専門に集める冒険者です。幅広い知識が必要ですし、信用も要りますから、王都でも20人前後でしょうか?」


「そんな職業の方がいるんですね」


「私のような調査員もいますし、他にもギルド便を届ける専任の、通称『運び屋』とかもいますよ」


「へぇ」


「咲楽ちゃん、もう少しするけど、良いかな?」


大和さんがカークさんから渡されたタオルで汗を拭いながら言った。


「はい。お気の済むまでどうぞ」


またバトルロープをするのかと思ったら、今度はももあげ?あれはあれでキツいんだよね。その後スクワット。その後はバトルロープ。


どれだけやるんだろう。大和さんは汗だくで、すでに2回シャツを変えてる。その際カークさんが毛布を広げて目隠ししてくれた。


カークさんは大和さんの傷痕の事を知ってるのかな?大和さんは私が気にするからって、傷痕を見せないようにしてくれてる。


「咲楽ちゃん、そろそろ終わるよ」


「満足できましたか?」


「満足した」


リビングに上がって、大和さんはシャワーに行った。


「カークさんは大和さんの傷痕の事を知ってたんですか?」


「最初見たときは驚きました」


「さっきは私が居るから隠してくれたんですよね?」


「トキワ様にサクラ様が気にするから隠してくれ、と頼まれました」


「やっぱりそうなんですね。ありがとうございます」


「気になりますか?」


「痛そうだなって思っちゃったんです。今は大丈夫だと思うんですけど、1度見て痛そうって思っちゃってから、見せてくれないんです」


「おねだり……頼んでみたらいかがですか?」


「大和さんに直接ですか?」


「はい」


「頑張ってみます」


「頑張ってください」


「樹魔法、やっちゃいます?」


「トキワ様は待たなくていいですか?」


「……待ちましょうか」


大和さんがシャワーから出てくるまで待って、庭に出る。カークさんがフラワーポットを作ってくれている間に、まずはバラから芽吹かせる。バラが5本、ベリーが3本。カークさんのフラワーポット作りは、3個目で魔力が危険水準になってきたらしく大和さんが代わっていた。その大和さんも後2つが無理だったらしい。


「咲楽ちゃん、HELP」


「はい」


フラワーポット作りはガーデンオーナメントで慣れてる。色とか模様とか付けてみようかな。って思って思い出した。練り上げってやってない。ここで色の付いた土は黒っぽいのと赤っぽいのと黄土色。3色だと何にしよう?


色々考えてたら3色の山形のジグザグ模様になった。


「シェブロン模様だね」


「狙った訳じゃないんです。こうなっちゃったんです」


「模様つきですか?サクラ様は器用ですね」


作ったフラワーポットに硬化をかけて、苗を植えていく。


「この子達、家に入れていいですか?」


「良いよ」


リビングに置いていたら、大和さんに言われた。


「お祈りはしないの?」


「した方がいいでしょうか?」


真面目に聞いたのに、笑われた。しておいたけど。


4の鐘が鳴って、カークさんは帰っていった。


夕食の準備の為に食料庫から食材を出す。今日はトマトソースを使ったトマト鍋。〆用にパスタを茹でて、私の異空間に仕舞っておく。


「キャベツとかニンジンとかが合う鍋ですね」


「魚が欲しいね」


「私も思いました」


「白身魚とか、いいよね」


「距離的な問題ですよね、魚が無いのって」


「海沿いとか行かないと難しいかな?距離的な問題と言うより、保存方法の問題だと思うし」


「冷凍技術とかですか?」


「魔法があるからこそ遅れた分野だろうね」


「氷魔法ですか?」


「それと異空間」


「氷魔法が冷凍技術で、異空間が移送方法ですか?」


「移送って。せめて運搬方法にして。移送って言うと『身柄を移送する』とかが出てくる」


「そうですか?」


「物を運ぶなら、運搬でしょ?」


「そうなんですね」


「知らなかったの?」


「はい」


「いいけどね」


呆れられたかな?


「トマト鍋なら鳥肉は正解だね」


「はい」


「咲楽ちゃんは牛、豚、鳥、どれが好き?」


「どれも好きです。でも鳥でしょうか。大和さんは?」


「牛かな」


「分かりました。考えておきます」


「楽しみにしてる」


〆用のパスタを出して、チーズを削って入れる。チーズがとろけるのを待って、それぞれ食べてみた。


「うん。旨いね」


「美味しいですね」


「スープにしてもいいかもね」


「これをですか?」


「これをそのままじゃないよ。トマトスープパスタとか」


「スープパスタですか?作ったことないんですよね」


「意外だね。何でも知ってるのかと」


「知りませんよ。大和さんがいつも言ってますけど、知ってる物しか知りません」


「自分の言葉がブーメランになって帰ってきた」


食器を洗いながら、大和さんが言う。私は隣で大和さんが洗った食器を拭いて、片付けていく。


「2人でやると早いね」


「ですよね。闇の日は一緒にしたいです」


「咲楽ちゃんにそう言われたら、断れないね」


「じゃあ……」


「闇の日だけね」


「はい」


小部屋に移動して、私は刺繍、大和さんは『種族別特徴と言語』を読んでいた。無言の時間が過ぎる。聞こえるのは薪のはぜる音と、大和さんがページをめくる音。こういう時間も好きだ。


大和さんが本を閉じた。


「読み終わったんですか?」


「うん。風呂に行ってくるね」


「はい」


スープは夕食の時に作ってある。大和さんのリクエストのミルクスープ。明日は大和さんが早番だから、ミルクも加えてある。


刺繍は全体の1/3を残すくらいになっている。風の月に渡せるように仕上げる予定だったけど、もう少し早く出来上がりそうだ。


「咲楽ちゃん、風呂、行く?」


「温まるだけ、行ってきます」


髪の毛は昼に洗ったから、そんなに時間をかけずに寝室に上がった。


「大和さん、お願いがあるんです」


「お願い?」


「はい」


「改まって、何かな?」


「……傷痕を見せて欲しいんです」


「急にどうしたの?痛そうって思っちゃうんじゃないの?」


「傷を見るのも慣れてきたって言うか、そんなに痛そうって思わなくなったって言うか……」


「昼の着替えを見て何か思った?」


「大和さんが気を使ってくれたって言うのは、分かってるんです。カークさんからも聞き出しましたし。でもこのままじゃいけないって思ったんです」


「何らかの心境の変化があったみたいだね」


「心境の変化っていうか、ちゃんと向き合ってみたいと思ったんです」


「俺の傷痕と?」


「はい」


「真剣だね。分かった」


大和さんはそう言って上のパジャマを脱いだ。側腹部の大きな縫合痕が見えた。


「大和さんって筋肉がすごいですね」


「そこを見ちゃう?」


「思っただけです」


「口に出してたし。もう良いかな?」


「はい。ありがとうございました」


「どういたしまして」


「この傷痕って治せないんでしょうか?」


「そこは咲楽ちゃんの専門分野でしょ?」


大和さんがパジャマを着直しながら、言った。


「私の知識ってあちらで習ったものだけですから。傷痕を消したりって言うのは美容成形?」


「そうなのかな?」


「美容成形は分かんないんですよね」


「咲楽ちゃん、別に治せって言ってる訳じゃないからね?」


「分かってます。分かってるんですけど、治したいって思っちゃったんです」


「治したいって思っちゃったのか。それってもう、職業病だね」


「迷惑ですか?」


「傷が消えるのはもちろん嬉しいけど、咲楽ちゃんが考えすぎちゃうのが心配」


「傷痕を消すなら、細胞の活性化?それとも皮膚細胞の正常化?」


「咲楽ちゃん、今考えたら眠れなくなるよ」


「ごめんなさい。大和さんは明日、早番ですもんね」


「そうだね。咲楽ちゃんの膝枕で寝たいんだけど。ダメかな?」


「そんな風に言われたら断れません」


「じゃあ遠慮なく」


私が座ると、大和さんが私の方を向いて横になった。それから私の腰に手を回す。


「おやすみ、咲楽ちゃん」


「おやすみなさい、大和さん」


私の声に戸惑いを感じたのか、大和さんが低く笑いだした。


「こういう風にしてみたかったんだよね」


「やる前に言ってください」


「言ったら拒否られそうだったから。でもこの体勢は落ち着く……」


「私は落ち着きません」


室内の灯りを消して、光球を出して本が読めるようにする。まだ6の鐘は鳴っていない。古語の辞典を読むことにした。


辞典を読んでいくと、ローズがバラの古語だったり、カメリアの古語がサンジャカというと書いてあった。サンジャカって山茶花と響きが似てるけど……。


他にも無いかなってペラペラめくっていくと、タチバナという文字が見えた。現在ではオランジュと呼ぶらしいけど、オランジュってオレンジじゃないの?タチバナって白い花だったと思ったんだけど、柑橘類だった?私はタチバナは花としか覚えていない。大和さんに聞いたら分かるかな?


その大和さんは、私の腰に手を回したまま眠ってしまったみたい。これって私に外せるんだろうか。外さないと眠れないよね。でも起こしちゃいそうな気がする。


古語辞典は読んでると訳が分からなくって眠れなくなるといけないから、指南書(テキスト)を出して読むことにした。こっちはハーブ中心。ミントとか、ラベンダーとか、レモングラスとか、私でも分かるハーブに混じって、たまに聞いたことがないものが出てくる。『ジューヤク』って何?『カンゾ』って何?『シュガールの樹液』って、どの木の樹液?


疲労回復ドリンクに混じって魔力回復を助けるドリンクとかもあった。でもこれは特殊な薬草がいるみたい。こういう所は異世界だよね。


6の鐘が聞こえた。そろそろ寝よう。頑張って大和さんの手を外す。何とか起こさずに手を外して、横になったら抱きつかれた。起きてる?


「おやすみなさい、大和さん」


大和さんにくっついて、眠りに落ちた。

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