13
翌朝。起きたら、常磐さんが居なかった。いつもの鍛練かな。身支度を整え階下に降りる。
とりあえずお茶でも入れようか。あ、でも、庭にいるのかも?
庭に出ると、常磐さんがプロクスさんと剣を構えて向き合っていた。
しばらくすると、二人は打ち合いをせずそのまま剣を下ろした。
「おはよう、咲楽ちゃん」
「おはようございます、シロヤマ嬢」
「おはようございます。プロクスさんはどうしてここに?」
「朝、この辺りをランニングしてたら居たから、連れてきた」
連れてきたって……
「なんか、すみません」
「なんで咲楽ちゃんが謝るの」
「なんとなく……?」
私たちの会話を聞いてプロクスさんが笑ってた。
「そうそう、私は今日、非番なんですが、よろしければこの辺りをご案内しましょうか?」
「頼んで良いか?」
常磐さんの言葉にプロクスさんが頷く。
「ではそういたしましょう。その際、神殿に寄っていきたいのですが」
「そうだな。神殿には行かないとな」
「あ、プロクスさん、朝食はどうなさいます?」
「家で食べます。お二人の邪魔をするとトキワ殿が怒りそうだ。では2の鐘辺りにお迎えに上がります」
プロクスさんは笑いながら帰っていった。
常磐さんが汗を流してる間に私は朝食の支度。
と、言っても、パンを軽く温めて、ハムを焼いて、卵をスクランブルにして、フルーツを切っただけ。
気が付くと、キッチンの入口で常磐さんがこっちを見てた。
「髪の毛、乾かします?」
「お願いできる?」
『ドライ』で髪を乾かしていると常磐さんが言った。
「さっきな、キッチンの入口で咲楽ちゃんが料理してるの見てたら、新婚みたいだな、って思った」
……そういうのってはっきり言われると恥ずかしい。
「出来ましたよ。朝御飯、食べちゃいましょう」
お皿を持ってきて並べる。常磐さんの分は私の2倍盛りにしたんだけど、足りるかな?
「美味しかったよ。ごちそうさま」
そう言って常磐さんはお皿を下げ始めた。
「常磐さん、私がやります」
「良いから。そのくらいさせて」
「はい。ありがとうございます」
洗った食器を拭いて片付けると常磐さんがソファーで呼ぶ。
「咲楽ちゃん、おいで」
私はこの声に弱い。常磐さんに「おいで」って言われると、安心しちゃう。常磐さんの横に座ると抱き締められた。常磐さん、この家に来てからスキンシップが激しい。
しばらくそうしていたけど、常磐さんが腕を解いた。
「そう言えば常磐さん、出掛けるってことですけど、何か持っていくものとかって……」
「まぁ、服を着替えて、あのいつの間にか両替されてたお金を持ってたら良いんじゃない?」
そんな会話をしながら階段を上ってそれぞれの部屋に入る。
お出掛けかぁ。どんな服にしよう。
クローゼットを開けて、服を選ぶ。んー。淡いレモン色のワンピースに、若草色のカーディガン。これで良いかな。
階下に降りていくと、常磐さんはもう待っていた。
薄いクリーム色のTシャツに黒のボトムス、紺の薄手のジャケットを羽織っている。
2の鐘が鳴った頃にプロクスさんが来てくれた。
「まずは神殿に向かってもよろしいでしょうか?」
プロクスさんが言う。
「実は、神殿では皆さんお待ちかねなのですよ。主に女性陣がシロヤマ嬢を、団長始め騎士団の連中はトキワ殿を。唯一衣装部のみトキワ殿も待ってみえますけどね」
「行きたくなくなってきた……」
常磐さんが呟く。着せ替えがなければねぇ。
神殿の入口に団長さんとアルフォンスさんが待っていた。
「トキワ殿、良く来た。さぁ、行くぞ」
団長さんが常磐さんを連れていく。私達はそれをポカンと見送った。
「シロヤマ嬢、あの時はありがとうございました」
アルフォンスさんが頭を下げる。
「いえ、痛みとか、大丈夫ですか?」
「はい。もうすっかり良くなりました。その事でジェイド嬢が話があるそうです。それとスティーリア様がお待ちになっておられます」
「スティーリア様はどちらに?」
「エリアリール教主様のお部屋におられます」
プロクスさんに案内してもらって教主様のお部屋に着くと、前室のような所でプロクスさんは控えた。
私はドアをノックして声をかける。
「エリアリール様、シロヤマです。スティーリア様はいらっしゃいますか?」
「シロヤマ様?まぁ、入ってらして」
エリアリール様の声がした。ドアを開けると、エリアリール様とスティーリアさんがいた。
「お久し振りって程じゃないけれど、懐かしくなりますね。あら?トキワ様は?」
「こちらの神殿の入口でペリトード騎士団長様に連れていかれました」
「あらまぁ」
エリアリール様が穏やかに笑われる。
「あの、お家、ありがとうございました。本とか、裁縫の道具とかも一杯で、お洋服もたくさん……本当にありがとうございました。本当は常磐さんも一緒にお礼を言いたかったと思うんですけど……」
「あら、良いのですよ。お手紙にも書きましたでしょう。あれは授業終了のお祝い。住み心地はいかがかしら?」
「とても快適です。お道具とか、家具とかも嬉しかったです」
「そう?そう言えばスティーリア、お話があったんじゃ無いの?」
「あ、そうです。シロヤマ様。実はジェイド様から施療院で働いてほしいと要望がありましてね。いかがかしら?」
「私は働きたいと思うんですけど、常磐さんと相談してもいいですか?」
「えぇ、勿論。彼は優しい?」
「はい」
そう答えるとエリアリール様とスティーリアさんはにっこりと微笑まれた。
「そうそう。衣装部の娘達も待っているわよ」
それって着せ替え人形ですよね。
「施療院の事はまた私に言ってらしてね。ジェイド様にお伝えしますから。私はいつでも神殿に居ますからね。今度はトキワ様といらしてくださいね」
「はい。それでは失礼いたします」
エリアリール様とスティーリアさんにお暇を告げて部屋を退出する。プロクスさんが待っていてくれた。
「それでは衣装部に、と言いたいところですが、先に団長の所に行きましょうか」
練兵場ではなく?
「今頃は練兵場にいるかもしれませんが」
プロクスさんと騎士団の詰所に向かう。向かった先に団長さんも常磐さんも居なかった。
「やっぱり練兵場でしたね。遠回りをさせてすみません」
プロクスさんが謝ってくれる。気にしないで下さい。
練兵場で、常磐さんは2人を相手にしていた。ジャケットは脱いでTシャツだけになっているけど、汗で濡れている。
やがて相手の二人が同時に剣を突きつけられた。常磐さんの勝ち?
「じゃあ、次は……」
「団長、シロヤマ嬢をお連れしました。そろそろトキワ殿を解放していただきたい」
プロクスさんが声をかける。常磐さんはこっちを向くと剣を返してこちらに歩いてきた。
「さっきの話、考えといてくれよ」
団長さんに声をかけられ、常磐さんは後ろ手に手を振る。
「悪い。汗をかいた。着替えて良いか?できればシャワーも借りたい」
プロクスさんに断りを言って、常磐さんはシャワーに向かう。団長さんが寄ってきた。
「連続でやって5人に勝ちやがった。是非とも欲しいが、王宮騎士団も狙ってるんだよな。なぁ、シロヤマ嬢、トキワ殿は王宮で何をやったんだ?」
「王太子様に言われて、副団長さんと模擬戦をしてました」
「副団長?勝ったのか?」
「はい。勝っていました」
「マジかよ。そりゃああっちにも気に入られるわけだ」
「あの、何かあったんですか?」
「あぁ、昨日王宮騎士団から問い合わせがあった。ヤマト・トキワについて教えてほしい。ってな。良く聞いたら所属してほしいってことだろ?こちらも所属してほしいって要望は出してるんだが、どうなるかな?」
常磐さんが帰ってきた。服が変わってる。紺のTシャツにカーキ色のチノパン?魔空間にでも入れてあったのかな?
そろそろ3の鐘がなる。
衣装部に行ったら、間違いなく遅くなっちゃうよね。
あ、あれはリリアさん?あ、見つかったみたい。
「あー、いたー。見つけたわ。トキワ様、シロヤマ様、いらしてたんですよね。何故来てくださらないのです?」
「すみませんねリリア。トキワ殿は団長に、シロヤマ嬢はスティーリア様に呼ばれていたのですよ。もう少ししたらそちらに向かうはずだったんです」
プロクスさんがそう言ってくれる。
「分かっていますわよ。着せ替えが嫌なんでしょう?あの時は皆が暴走しちゃってすみませんでした。でね、いくつかお土産が有るんです。受け取りに来ていただけます?」
もうすぐお昼だけど……どうしましょう?
「寄っていきたい?」
常磐さんに聞かれた。
「もちろんね、後でリシア様に持っていって貰っても良いんですけど」
「ちょっと寄っていって良いですか?」
二人に了解を取る。
リリアさんと一緒に衣装部に行くと、デイジーさんが寄ってきた。
「シロヤマさん、来てくれたんですね。トキワ様もありがとうございます。今日は着せ替えは無いから、安心してください。そうだ、これ」
大きなバッグを渡される。常磐さんが横からヒョイっと受け取ってくれた。
「凄い量だな。一体何着あるんだ?」
「それ、衣装部全員からのプレゼントです。受け取ってください」
こんなに?!ホントに何着有るんだろう。家に帰ったら仕分けをしないと。
お礼を言ってありがたく頂く。3の鐘が鳴った。
「お昼を食べていきましょうか」
食堂でお昼ごはんを頂く。色んな人から声をかけられた。
賑やかな時間をすごし、神殿をお暇することにした。
「これから向かうのは市場です。市場は1の鐘の後、少ししてから開かれます。早朝の方が物揃えも良いのですが、喧騒が少々、ね。
そう言えばお二人とも、お金って持っていましたっけ?」
「実はな、こちらに来たとき、いつの間にか両替されてた。だから一応持っているが……」
「そうですか。実はスティーリア様から預かっているのですよ」
それぞれに小さな巾着を渡された。
「受け取れません!!」
「先ほど『スティーリア様から預かっている』と言いましたが、実はそれは王家からです。王妃様がシロヤマ嬢を気に入られたらしく、昨日王宮から届けられました」
え?王妃様が?
「『突然この世界に来て、不自由させることがあってはいけない』と、色々ご下賜の品を考えられたようですが、『大仰な物は受けとる側の負担になる』と財政部から止められたようでしてね。良かったですよ。王宮仕様の馬車とか届かなくて」
財政部の方、ありがとうございます。
王宮の方へ5分ほど歩き、道を折れて更に5分。賑やかな場所が見えてきた。
「市場が見えてきましたね。なかなかの規模でしょう。中には食料品から家具、魔道具に至るまで売られています。朝でしたら朝食を売っている屋台なんかもあるので重宝するのですよ。では行きましょうか」
中に入ると喧騒に包まれる。常磐さんにしっかりと手を繋がれた。朝だとこれより賑やかなんだ。
「ん?」
常磐さんがなにかに気付いたみたい。
「プロクス、ずいぶんと騎士団の人間がいるようだが。それも私服で」
え?
「気付かれましたか。普段からこうですよ。王都は比較的治安は良いのですが、やはりこういう場所は小さな犯罪が起こりやすいですからね。目立たないように巡回してるのです」
そうなんだ。万引きGメンみたいだね。
「何かご希望のものはありますか?」
「コーヒーと言うものはありますか?」
「コーヒー、ですか?確か南方の飲み物ですよね。こちらに南方の珍しい物を売っている店があったと……」
プロクスさんに案内されたのは市場でも奥まったところにある店だった。
「一見怪しい店だな」
常磐さんが笑う。
プロクスさんが声をかけるとヒゲモジャのおじさんが出てきた。
「いらっしゃい」
「コーヒーという物はあるか?」
「あるよ。道具もね」
「ほう。見せてくれ」
コーヒー豆にコーヒーミル、ネルドリッパーなんかが出てきた。常磐さんはコーヒー豆を一粒噛み砕いて「良いな」と笑顔を見せる。
「店主これを一通り、豆はこれとこれをくれ」
常磐さんは買い物が終わると嬉しそうだった。
歩きながらプロクスさんが聞く。
「トキワ殿、あれが飲み物ですか?見た目は黒い豆に見えたのですが」
「あれを砕いて湯で抽出するんだ。苦味があっていい眠気覚ましになる」
「はぁ。シロヤマ嬢も飲まれるのですか?」
「いえ、私はあまり飲みません。少し苦いので」
あの家には無かったらしいコーヒーカップっぽいのも買って、家に着くと、4の鐘が鳴った。
「寄ってくか?」
「いえ、今日のところは。またお邪魔します」
「そうか。今日は案内、ありがとう」
「ありがとうございました」
お礼を言ってプロクスさんを見送り、二人で家に入る。
「荷物だけおいてくるか」
「そうですね。良かったですね。コーヒーがあって」
「あぁ」
主寝室で衣装部の人たちからもらった荷物を出す。
「凄い量だな」
早速仕分け。ユニセックスっぽいのも、簡単に見分けがつく。サイズが違うからね。それぞれに10着以上あったよ。
各自でクローゼットに仕舞って、ベッドに座って一休憩。
「疲れたか?」
「はい。あぁ言うところは楽しいけど疲れますね」
「ところでさぁ……」
「はい?」
「咲楽ちゃんはいつになったら『常磐さん』から『大和』呼びにしてくれるのかな?」
え?
「えぇっと、それは……」
「いつ?」
「あの、あの……」
「ん?」
「……大和さん……」
とたんに恥ずかしくなる。
「咲楽ちゃん、顔が真っ赤だよ。可愛い」
常磐さんー大和さんが笑いながら言う
「もう!!恥ずかしい……」
立って下に行こうとしたら、腕を掴まれて、抱き締められた。
その体勢のまま顎を持ち上げられて常磐さんー大和さんの顔が近づいてくる。
キスされる!?そのとき感じたのは恐怖。
寸前で、大和さんの顔は避けられた。
私は慌てて大和さんの腕から抜け出そうと暴れる。
「わ、咲楽ちゃん、暴れないで。もう何もしないから。大丈夫、大丈夫」
大和さんの声が聞こえる。暴れるのをやめると、頭を撫でられた。
「急ぎすぎたな。ごめん」
相変わらず私を抱き締めたままの大和さんが言う。
しばらくして、大和さんの手が、私の頭から離れた。顔を上げると大和さんの笑顔が見えた。
「怖かった?」
そう聞かれて頷く。
「そうか。そうだな。急ぎすぎたかな。だけどね、覚えておいて。『もう絶対しない』とは言えないんだ。俺だって男だからね。ゆっくりで良いから慣れていって。あ、もちろんそんな行為に慣れるのは俺だけにしてね」
慣れ……るのかな?まだ考えられない。
「ゆっくりで良いよ、ゆっくりで。咲楽ちゃんのペースでね」
大和さんが腕を解いた。
「ちょっと話があるんだけどね、夕食の後で良いかな?」
「あ、私も話があるんです。と言うか、相談?」
お夕飯の支度をしようかな。
「俺も行くよ。今日は何を作るの?」
「食材を見てから決めます」
「おぉ、料理できる人の発言だ」
「そうですか?そう言えば、……大和さんはお料理しないんですか?」
「傭兵時代はやらされたな。ただ、あれを料理と言って良いのか……」
ん?
「肉を切って串に刺して焼いたとか、もらった野菜を切って鍋にぶちこんだスープとか。男の料理と言うのも烏滸がましいな。その内年齢が上がってくると料理番は免除されたけどな」
傭兵さんってそんなものなの?
「入ってすぐにテキーラ飲まされたとか、酒関係なら色々エピソードはあるよ。今度教えようか?」
お料理の話はどこ行ったの?つまり、お料理、しないんですね。
「お家ではお母さんがやってらしたんですか?」
「住み込みの女子衆だな」
「住み込みの?え?」
「女子衆。働いてくれている女性達の事だよ。男性の場合は男子衆と言うんだ」
「えっと、歴史があるお家とかですか?」
「旧家って訳じゃないけどな。舞を奉納していたって言ったよな。つまりはそう言う家だってこと」
「大和さんって跡取りとかだったりします?」
「しない、しない。兄貴も居たし、今頃兄貴が継いでるでしょ」
大和さんは自嘲気味に笑った。
「それより咲楽ちゃんの事、教えて」
「私なんて平凡ですよ。お父さんが居て、お母さんが居て、兄がいて……」
「そっか。看護師になりたかったのは、何か理由があったの?」
「理由ですか?それは……えっと……何となくです」
「そう」
誤魔化せたかな?
そう言ってる内に料理が出来上がる。
今日は薄切りのお肉を野菜と炒めてみた。他にも調味料が欲しいな。塩、コショウ、砂糖はあるんだけど、香辛料とか、無いかな。市場に無いか今度見てみよう。
そう言えば今日の飲み物もお水で良いのかな?
「大和さん、飲み物はお水ですか?」
「うん。あ、昨日の水、何かした?」
「疲れがとれますように、って祈ってみました」
「この世界ってさ、魔法があるでしょ?属性を付与するって事、出来ないのかな?って思ってさ。俺は魔力は見えないけど、咲楽ちゃんなら見えたりしない?昨日の水、明らかに疲れが取れたから」
そんな効果が?
「うん。だから、見てみたら?」
「自分のって見えないんです」
「そうなんだ」
「食べませんか?冷めちゃう」
二人で夕食を食べる。パンも出したけど、大和さんは足りたのかな?
「美味かった。ご馳走さま」
大和さんが食べ終わり、お皿を下げてくれた。そのまま洗い始める。
「あ、置いといてください。洗います」
「作って貰ったのに?それ位させてよ」
お言葉に甘える。ん~、ここに来てから炒め物かパスタしか作ってない。他に何か作れるように考えなきゃ。
お皿を洗い終わって片付けた大和さんとソファーに移る。そこで神殿で言われた事を話した。
「大和さんが団長さんに連れていかれたじゃないですか。あの後スティーリアさんにお会いしたんです。ローズ先生が施療院で働いてほしいって要望があったと言われました。私はこのお話を受けたいと思っているんですけど、良いですか?」
「咲楽ちゃんはそうしたいって思ったんでしょ?まぁ未だに施療院の場所もわかってないけど。一度施療院を見てから決めたら?」
そう、大和さんは言う。一度施療院を見てから、か。その方が良いよね。職場見学って感じだし。
「大和さんも何かあったんじゃないんですか?」
「あぁ、団長から神殿騎士団に誘われた。ただなぁ、それだけじゃないらしくてな。王宮騎士団からも言ってきているらしい」
あぁ、団長さんが言ってた……
「でな、どちらに所属するかを決める会議に出席をしてもらいたい、と言うことだ。どうもややこしいのも絡んでいるらしいし……」
ややこしいの?って何?
「貴族だよ。利権がどうとかあるんじゃないかと思っている。俺達が異邦人ってことはこの前の謁見で貴族には周知された。咲楽ちゃんはともかく俺は戦力になると判断されただろうし、そうなると後見だの何だのややこしいことになるに決まってる。俺達は平民って立場なんだし」
「私はともかく?」
「そう、咲楽ちゃんが目立ったのは、アルフォンスの時の治療位だし、魔力量は多いけど、それが公表されているかは分からないから厄介事に巻き込まれるのは、今はないと思っている。神殿騎士団の連中は咲楽ちゃんの事を言い触らさないって言ってくれたしな。俺が心配しているのは、俺が目を付けられることで、咲楽ちゃんの身に危険があるかもしれないってこと」
「そっか。でも、私が目立っちゃったら大和さんが危なくならないですか?」
「俺は良いんだよ。いざとなっても自分の身は守れる。でも、咲楽ちゃんが、って思うと耐えられない」
けっこう赤面するセリフを言われた気がする。
「とにかく明日また神殿に行って、返事だけしてしまおうと思ってる。咲楽ちゃんも一緒にいく?」
「道覚えたんですか?私、一回だと自信がないです」
「道とか室内とか、通るどころか地図を一度見て覚えないと、命の危険もあったからね。あの頃は必死だったよ。今では一度通った道を覚えるのは特技だね」
命の危険って、なにげに重い。
「お風呂入る?先いく?」
「男の人が先です。決まってるんです。先に行ってください」
「昨日も思ったけど、古風な考えだよね、それ」
「ウチではずっとそうだったんです。先に行ってください」
「はいはい。お先にいただくね」
大和さんは笑いながらお風呂に行った。
その間に部屋に戻ってパジャマ替りの服と下着を用意する。これは衣装部の人達が後からこっそり渡してくれたもの。下着を大和さんには見られたくなかったから助かった。やっぱり恥ずかしいし。
20分位で大和さんがお風呂から上がったみたい。タオルを首からかけて上半身裸で寝室に入ってきた。見えたのは脇腹辺りにあった大きな傷。
「咲楽ちゃん、居たんだ」
「はい。あのお風呂頂いてきます」
慌てて階段を降りる。何あれ?あんな大きな傷、どうして?傭兵時代とかの傷なのかな。痛そう……。もう痛くないならいいんだけど。
お風呂から上がって寝室のドアに手を伸ばして、躊躇する。少し考えて声をかけることにした、んだけど……
「咲楽ちゃん、何してるの?」
大和さんがドアを開けた。
私の顔を見て笑う。
「何て顔をしてるの?怪我の跡を見たんでしょ?とりあえず入ったら?」
寝室に入る。
「その……傷、……どうしたんですか?」
「そんな顔をしちゃダメだよ。痛そう、とか考えてる?」
頷く。
「これは傭兵時代の、と言いたいけど、その前だな。修行中に怪我した。けっこうな出血だったけど、まぁ一命はとりとめた」
「あの、もう痛くないんですか?」
「全然痛みはないよ。だから、そういう顔をしないで」
大和さんがそう言うけど、見た目で痛そうな怪我、とかってどうして良いかわかんない。看護実習の時も「傷を見て痛そうな顔をしちゃダメ」って言われたけど。
見ていて痛そうだと思う。それを表情に出しちゃうと、患者さんが気を使ったり不安になったりするから表情に出しちゃダメ。それは分かるんだけど。どうにもできないのかな。私じゃ力になれない?
真っ先に思い付いたのは光魔法でどうにかならないかってこと。でも、やり方がわかんない。ベッドの端に座って考える。
ポンっと頭に手が乗せられた。大和さんはベッドに横になって片肘を突いて半身を起こしていた。
「なに考えてるか大体わかるけどさ。ホントに気にしなくて良い」
「……どうしてそんな怪我をしたか聞いても?」
「大したことじゃないよ。山を走っていて崖から落ちただけ」
落ちただけって……
「兄貴がいてくれて助かったな。すぐに人を呼んでくれた。兄貴には感謝してもしきれないんだ。こんなことにならなきゃ、兄貴を支えていくつもりだったんだけどな」
そう言った大和さんは悲しそうだった。
「その時にお兄さん、いたんですか?」
「まぁね」
「大和さんも面倒見が良くて、格好良いです」
思わず私が言うと、大和さんは泣きそうな笑顔になって「ありがとう」と呟いて、後ろから私を抱き締めた。
ーー異世界転移13日目終了ーー