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翌日の闇の日になった。今日は私は休みだけど、大和さんは昼勤。外は良い天気だ。雪の日は纏まって何日か降って、その後何日か纏まって晴れる。そんな繰り返しみたい。
着替えてダイニングに行く。暖炉に火を入れて、ディアオズの水量を確認して水を足す。そういえば昨日もガーデンオーナメントを増やしたって言ってた。見たくなってすぐに庭に出る。ぼんやりした灯りを付けて見ると、四阿の側のノームと猫さんの隣にクルーラパンが2体と、ビーグル犬みたいなワンちゃんが2体。クルーラパンがカークさんで、ビーグル犬が大和さんだと思う。眺めていたら自分も作りたくなっちゃって、赤い帽子の小人をこっそり増やしておいた。
「おはよう、咲楽ちゃん。早いね」
「おはようございます、サクラ様」
「おはようございます、大和さん、カークさん。ガーデンオーナメントを見てました」
「どう?」
「可愛いです。これってクルーラパンがカークさんで、ワンちゃんが大和さんですか?」
「その通り」
「よくお分かりになりましたね」
「だってカークさんは『クルーラパンを作ってみる』って言ってたじゃないですか」
「カーク、そんな事言ってたのか?」
「言いましたけど、あれだけで?」
「そうかな?って思っただけですよ?」
「ノームが増えてるな」
「本当ですね。しかも帽子が赤いですね」
「咲楽ちゃん?」
「中に入りましょう」
慌てて家の中に入ってもらう。
「なるほど」
「トキワ様、どうされました?」
「あれを作ったのは咲楽ちゃんか」
「サクラ様は地属性もあるんですね。3属性ですか?」
「隠してたわけではないって言うか、知られたくなくて黙ってました」
「騒がれたくないって言うのが大きいんだよ。咲楽ちゃんは」
「しかし、3属性ならたまにいらっしゃいますよ?」
「えっと、5属性なんです」
「5属性!?」
「はい。火属性以外です」
「それは知られると騒がれますね。5属性ですか」
「出来れば……」
「大丈夫です。言いません。騒がれたくないと仰ってましたしね」
「悪いな、カーク」
「ありがとうございます」
「さてと、咲楽ちゃん、地下に行ってくる」
「いってらっしゃい」
大和さんとカークさんは地下に降りていった。
しばらく炎を眺めてぼぅっとしていた。今日はお休みで、お昼は作らなくて良い。その時間になったら好きなものを食べれば良いんだから。朝食プレートは卵を焼くだけだし、スープを温めれば朝食の準備はすぐに終わっちゃう。
今日はローズさんが来るって言ってた。何の話かは気になるけど、いつも通りで良いよね。
時計を見て伝声管で大和さんとカークさんを呼ぶ。綺麗な笛の音が聞こえた。
「朝食の準備が出来ました」
「分かった。上がるね」
少しして大和さんとカークさんが上がってきた。
「咲楽ちゃん、今日は来るの?」
「そんな気がします」
「気を付けて連れてきて貰ってね」
「はい」
「シャワー、行ってくる」
「はい」
大和さんがシャワーに行った。
「サクラ様、ずっと気になっていたのですが」
「はい」
「ずっとというか、地下に降りてからですが」
「はい」
「施療院で催しをする、準備が必要って言ってたのって、氷魔法ですか?」
「そうです。あの時に言っちゃったら良かったんですけど」
「四阿の側のフラワーポットに植わっている、木の芽、あれもサクラ様ですか?」
「はい」
「と、言うことは、樹魔法もですか」
「はい」
「サクラ様、外では使われてませんよね?」
「施療院ではたまに使ってますよ」
「光と闇ですよね」
「炎症を取るために水と風もです」
「サクラ様、使うなとは言いません。言いませんけど、自重してください」
「してますよ」
「多属性だと騒がれたくないのでしょう?冒険者達は貴女の不利になることは言わないでしょう。けれど他の人はどうなんですか?」
「それは……」
「トキワ様が護っても、施療院の皆さんが守っても、冒険者達が口を噤んでも、サクラ様が自覚を持たないと一気にバレて広がります。気を付けてください」
「はい」
カークさんは私の事を心配してくれている。騒がれたくないって事を理解して、その上で忠告してくれている。それがありがたい。
「サクラ様、大丈夫ですか?言い過ぎました?」
「いいえ。私の事を思って言ってくださっているんでしょう?ありがとうございます」
「カーク、もっと言ってやって良い。咲楽ちゃんは自覚してないんだよ」
「トキワ様、言いたいことは言いましたから」
「咲楽ちゃん、分かった?カークのこれが世間一般の考えだからね」
「分かってます」
「分かってるなら良いけどね」
「大和さん、ケトルにお湯が沸かしてあります」
「ありがとう」
大和さんがコーヒーを入れている間にスープを注ぎ分け、朝食プレートをテーブルに運ぶ。その間にカークさんがパンを温めてくれていた。
「サクラ様のノームは色が付いてましたね」
朝食を食べながら、カークさんが言った。
「そうだな。咲楽ちゃんの方がガーデンオーナメントに関しては先輩だからな」
「どこかで作っていらしたと言うことですか?」
「あぁ」
「施療院の中庭にいます。今、20体位になっているかな?」
「正確には23体」
「サクラ様……」
「施療院のみんなに相談して、あちこちにバラけて置いてます。全部に気付く人も居るでしょうけど、私が作ったって思う人はいないだろうって、所長から言われてます」
「トキワ様は気付かれたんですよね?」
「休みの日に咲楽ちゃんを迎えに行って、早く着きすぎたから中庭に回って見つけた。それまでなかったのにって思って咲楽ちゃんに聞いたんだ」
「それなら良いのでしょうが。施療院の方々はサクラ様が多属性ということを知っていらっしゃるのですね?」
「あぁ、知ってる」
「良かったです」
「カークまで妹を見る目になってるぞ」
「私など何も出来ませんよ」
朝食を食べ終えて、今日は私が食器を洗……おうと思ったら、カークさんに先を越された。
「サクラ様はお休みください」
「私にもさせてください」
「サクラ様のそのお手が荒れてしまったらどうするのです」
「カークさん、棒読みです」
「トキワ様のようにはいきませんね」
「大和さんと同じようにですか?」
「トキワ様の強さ、優雅さ、優しさ、厳しさ、全てが憧れです」
「分かります。そうですよね」
「サクラ様も同じですよ」
「はい。カークさんと同じですよね」
「サクラ様、貴女にも憧れると言ったのですよ」
「私は憧れられるような、そんな人間じゃありません」
「そんな人間なんです。そうでなければ『天使様』と言う二つ名が定着するはずがないのです。誰にでも隔たりなく向けられる笑顔や、慈しみの心、優しいだけでなく諌めようともされるでしょう?そういった所に憧れられるのですよ」
「……ありがとうございます」
思いもかけず誉められてしまって、照れてしまう。
「サクラ様、トキワ様が降りてらっしゃいましたよ」
「咲楽ちゃん、何照れてるの?」
「サクラ様が世間でどう思われているかを話しましたら……」
「こっちも自覚がないんだよ」
「納得しました」
「あぁ、時間だな。そろそろ行ってくる」
「サクラ様、私も失礼します」
「大和さん、いってらっしゃい。カークさんもお気を付けて」
2人が出ていって、静かになった室内。お出掛け用に着替えてから、刺繍をする為に小部屋に移動して、刺繍道具を出す。
真っピンクのマグノリアは後3輪残っている。この色ってずっと見ていると目が疲れてくる。でもこれをしてしまわないと、後のが刺せない。
無心で刺していく。これが終わらないと、って念じながら。本当はこんな気持ちで刺してちゃ駄目だよね。お祝い事なんだし。
マグノリアをベールの花にって言ったのは誰なんだろう?誰でも良いんだけど、この現状を知って欲しい。八つ当たりぎみにそんな事を思いながら後1輪ってところまで終わった。時間は2の鐘を大幅に過ぎていた。
ローズさんっていつくらいに来るつもりなんだろう?今更ながらに気になってきた。来るとは言ってたけど、時間とかははっきりと聞いていない。
残り1輪を刺そうと思った時に、結界具に反応があった。
「サクラちゃん、来たわよ」
結界具の設定を一旦解除して、ローズさんを招き入れる。
「遅くなってごめんね。兄様に捕まっちゃって」
「何かあったんですか?」
「何もないわ。ユリウス様が芽生えの月に帰ってくるから、って連絡だけ」
「花の月って話じゃありませんでしたっけ?」
小部屋に案内しながら、話を聞く。
「そのはずだったんだけどね。年迎えの神事に合わせて帰ってくるらしいわ。たぶん騎士団と一緒にくるのね」
「騎士団と一緒にってやっぱり魔物対策ですか?」
「そうね。そっちの方が安全だし。後は野盗対策とかね」
「野盗ってやっぱりいるんですね」
「居るわね。元の世界には居なかったの?」
「いたと思います。けど、私の居た国にはいませんでした」
「居なかったの?」
「はい」
「へぇ。あ、神殿に行きましょ」
「行くんですね、やっぱり」
「当たり前でしょ?」
「用事って何だったんですか?」
「神殿に行く途中で話すわ」
2人で家を出る。
「今日は良い天気よね」
「そうですね」
「あのね、サクラちゃんの居たところでは、リボンって何に使う?」
「リボンですか?色々使えますけど」
「男の方も使ったりとかは?」
「プレゼントに付けるくらいですね」
「そうよね」
「どうしたんですか?」
「ユリウス様から先日お手紙が届いたのよ。それにね、布が入っていて、『これを王都で流行らせたいんだけど、何かアイディアは無い?』って書かれてて。流行らせるなら装飾品だと思うんだけど、どういうのがいいか分からないのよ」
「どんな布なんですか?」
「これよ」
見せられたのは薄くて半透明の布。これってオーガンジー?
「これってこの大きさだけなんでしょうか?」
「どういう事?」
「もっと広い布って無いんでしょうか?」
「もっと広い布ならどうなの?」
「ドレスなんかに使えるんじゃないかと思って」
「これはもっと広い布を切ったものだけど。サンドラが首を捻ってたわ。どうなってるのか分からないって」
「それで私が最適って話なんですか?」
「そうね。『シロヤマちゃんなら良いアイディアが浮かぶかも』って言ってたわ」
「オーガンジーだと思うんですけど、自信がありません。オーガンジーならさっき言ったようにドレスなんかに使えます」
「自信が無いって?」
「布っていろんな種類がありますから、見ただけで分からないんです。でもこれ、平織りじゃないかも?」
「平織りって?」
「タペストリーを作ったときに経糸を1本置きに掬いましたよね。あれが平織りです。でもこれはただの平織りじゃないです」
考えながら歩いていたら、神殿に着いた。
「シロヤマさん、ジェイド嬢、いらっしゃい」
「パイロープ様、何故サクラちゃんだけシロヤマさんなんですか?」
ローズさんがエスターさんに笑いながら詰め寄ってる。
「そう呼んで欲しいと言われたから?」
「サクラちゃんが許可したのね?」
「はい」
「それなら良いけど」
「ヤマトは練兵場ですよ」
「ありがとうございます」
もう1人の騎士さんにも会釈をして、練兵場に行く。練兵場は相変わらずの人だかりだ。
「相変わらずね。サクラちゃん、離れないでね」
「大丈夫です」
着いた所では、大和さんがチコさん達に何か指導をしていた。大和さんがちらっとこっちを見る。
「気付いたのよね?」
「たぶん」
団長さんが手招きをしているのが見えた。
「あそこで手招きをされてもね」
「行くのは大変ですね」
3の鐘が鳴った。騎士さん達と見ていた人達がいっせいに動き出す。
「咲楽ちゃん、いらっしゃい」
「お疲れ様です、大和さん」
「シロヤマ嬢、ジェイド嬢、呼んだのに来ないってひどくないか?」
「団長さん、こんにちは。あの状況では動けませんでしたから」
「それもそうだな」
「大和さん、この布、なんだか分かりますか?」
大和さんに布を渡す。しばらく眺めていた大和さんの目が見開かれた。
「何故紗があるわけ?」
「オーガンジーじゃないですよね」
「紗だと思うよ。絽かもしれないけど。経糸が2本だし。この布じゃはっきりしないけど」
「ヤマト、座ってもらえ。他のは居なくなったし、オレが許可する」
「ありがとうございます、団長。咲楽ちゃん、ジェイド嬢、こちらに」
練兵場の中に招き入れられて、ベンチに座る。
「絽とか紗って何ですか?」
「簡単に言うと経糸が2本、横糸1本で織った薄い絹織物。夏用の着物に使われるけど」
「ドレスには使えない?」
「張りがあるからどうでしょうね」
「流行らせられないかしら」
「これをですか?服飾は分かりませんよ。ジェイド商会には、専門家がたくさん居るではないですか」
「その専門家が聞いてくれって言うのよ」
「夏用のストール位しか思い付きませんが」
「夏用の?」
「はい。夏用の肩掛けです」
「あぁ、夏だと羽織るものがないものね」
「この位ですね。お役に立てず申し訳ない」
「いいえ。ありがとう。それだけで十分よ」
大和さんは団長さんとお昼に行った。私達も誘われたけど、ローズさんが断っていた。
「そっか。メインじゃなくても良かったのよね。肩掛けね。言ってみるわ」
ローズさんと神殿を出て、神殿地区の市場に向かう。
「ねぇ、サクラちゃん、いつもサクラちゃんが持ってくるパンって神殿地区の市場のパン屋のでしょ?」
「はい。冒険者さんにも評判が良いんです。美味しいですよ」
「そこって行ける?」
「はい。たぶん大丈夫です」
「そうね。たぶんよね。迷ったら誰かに聞けば良いのよ」
「すみません」
「良いのよ。気にしないの」
市場に入って、ヴァネッサさんのパン屋さんを目指す。ヴァネッサさんのパン屋さんは大通り沿いだから、私でも迷わず行けた。
「あらあら、天使様とバラの……言わない方が良いですね」
「どこまで広がってるのかしら……」
ローズさんが頭を抱えた。
「そうですねぇ。直接聞いた訳ではないんですよ。ただ、冒険者達は声が大きい人が多いですから、通りで聞こえたりするんですよ。その度に仲間に窘められたり、叱られたりしてますけどね」
「もう止められないって事なのね。サクラちゃんの気持ちが分かったわ」
「ローズさん、パンを選んじゃいましょう」
「そうね。おすすめとかあるのかしら?」
「甘い物でしたらフリュイのパンですね。塩気のある物ならこの渦巻きパンかクルミとチーズのパンですね」
「これって明日まで保つかしら?」
「はい。2~3日保ちますよ」
「そういえばサクラちゃんがよく持ってきてたわね」
「この頃買えませんから」
「あ、そうそう、ベリーの練り込みパンもありますよ」
「そのピンクのパン!!それちょうだい!!」
ビックリした。ローズさんたらいきなり叫ぶんだもの。
「ローズさん、落ち着いてください」
「ごめんなさい。サクラちゃん」
「ベリーの練り込みパンね。はい。おいくつ?」
「3つ頂ける?」
「ありがとうございます」
結局、ローズさんはベリーの練り込みパンと渦巻きパンとフリュイのパンを、私はフリュイのパンとクルミとチーズのパンを買って、ヴァネッサさんのパン屋を出た。
「サクラちゃんがあのピンクのパンを食べてるのを見て、食べたいと思ってたのよ」
「言ってくだされば買って持っていきましたのに」
「だって悪いじゃない」
「悪くないですよ」
屋台広場に行こうとして迷いかけて、ちょうど通りかかったデリックさんに案内してもらった。
「天使様は昼に来ることがありませんしね」
「ありがとうございます」
「帰りも案内しましょうか?」
「サクラちゃん、お願いしたら?」
「バラの……なんとお呼びしましょう?」
「サクラちゃんのお姉様で」
「お姉様ですか。良いですね。フィルマーの方と合わせて3姉妹とか、良いですね」
「や~め~て~!!」
「天使様のお姉様、どうなさいました?」
「悪かったわ。お願い。それは止めて」
「へ?何をです?」
「3姉妹って言い方よ」
「駄目ですか?仲が良い感じですけど」
「自分からお姉様って言い出してなんだけど、恥ずかしいわ」
「そうですか?」
「ローズで良いわ。お願い。そう呼んで」
「ローズ様で良いですか?」
「ライル様もこんな気持ちなのかしらね。出来ればローズさんで」
「ローズさんとは呼べませんよ。ローズ様で良いですよね」
「どぉしてぇ?!」
「ほら、ローズさん屋台広場に着きましたよ。何を買いますか?」
「サクラちゃん、助けてよ」
「無理です」