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「うん。出来ちゃった」
「器用ですよね」
「器用じゃないよ」
「簡単に出来ることでもないでしょう?」
「簡単じゃなかったけどね。気を高めたり巡らせたりに似てるね」
「気をどうたらっていうのが、そもそも分かりません」
「魔力循環と似てるよ」
「私はその魔力循環ができません。したこともないですし」
「そうだっけ?」
「そうですよ」
「それから火属性と地属性の複合だけど、面白いことが分かった。同時に使うとカイロが出来る」
「唐突に話題を変えましたね。カイロ?って使い捨ての?」
「違う違う。温石だね。最初から温めた石が出せるの」
「温めた石ですか?」
「やって見せようか?」
「先にお夕飯です」
「はいはい」
カルボナーラをテーブルに運ぶ。
「相変わらずの量の差だね」
「大和さんはたくさん食べますし、私は食べられないし、こうなっちゃいます」
「責めてる訳じゃないよ」
「はい」
少しだけ無言になる。
「さっきの火属性と地属性の複合なんだけどね」
「はい」
「素焼壺が作れた」
「はい?素焼壺?」
「蜂のくれるはちみつの壺位かな?大きさとしては。北の草原で蜂と遊んでたら出来た」
「遊んでたらって、女王様とですか?」
「女王様もいたね。ただあれは効率が悪い」
「魔力切れになったりはしてませんよね?」
「してないよ。かなり減ったけど」
「もしかして1回で1つとか」
「1回で2つ」
「それは効率が悪いですね」
「それで、たぶん咲楽ちゃんの喜ぶ物を貰った」
「何ですか?」
「後で見せるよ」
「楽しみです」
「女王様が『狼の半身に会いたい』って言ってた」
「大和さん、狼って呼ばれてるんですか?」
「いつの間にかね」
「冒険者さん達からでも聞いたんでしょうか」
「たぶん情報源はダニエル達だ」
「あら」
「以前、女王様に頼まれて赤熊避けのイバラを植えたんだよ。そのときに何か話してたからね」
「人も通れなくなっちゃいますね」
「そこは、エイダンとカークと協力して坑洞を掘った。ちゃんと冒険者ギルドと北の街門の兵士に届けてたよ」
「届け出が必要なんですか?」
「入口を離れた所に作ったからね。あの女王様にハチミツを貰うのは俺達だけじゃないし、実際何度か会ったしね」
「冒険者さんですか?」
「そう。1番王都に近い蜂の巣が、あの女王様のいる巣なんだそうだ。それを知っているのは数人」
「乱獲とかがなくて良いですね」
食器を大和さんが洗ってくれて、私は小部屋で刺繍をする事にした。「一緒にする」って言ったのに、させて貰えなかった。
小部屋に入ると壁際に飾り棚が置かれていた。階段状になってる。
「箱階段みたいにして貰った。って言っても組み合わせただけだって言ってたけど」
棚を見ていたら、大和さんが隣に来ていた。
「中に本とか咲楽ちゃんの趣味道具とか仕舞えるよ。樹魔法って初めて見たけど、スゴいね」
そう言って棚の1つを開ける。そこには植物図鑑と鉱物図鑑が数冊。
「この3冊が植物図鑑でこの2冊が鉱物図鑑ね」
「結構大きいですね」
「大きいんだよ」
空いたスペースに『種族別特徴と言語』の本を入れながら、大和さんが解説してくれる。
「こっちにクッションが入ってる」
「そう言えば隅に重ねてあったクッションが無いですね」
「こっちにしまっちゃった。ごめんね」
「いいえ。スッキリしましたね」
「見せるって言ってた温石ね」
大和さんが両手で火属性と地属性を同時に使う。数秒後に現れたのはつるんとした手のひらサイズの白い小石。
「触ってみて」
「温かいです」
「それで持つのが1刻半ぐらい」
「どうやって分かるんですか?」
「作った本人しか分からないね」
「スゴいです」
「遊んでただけだよ。それからこれが女王様から咲楽ちゃんにって渡された物。こっちがローヤルゼリーでこっちが蜜蝋」
「セラアルバ?」
「蜜蝋だね。女王様が『どちらにもハチミツが混ぜてあるから、半身にあげるがよい』って言ってた。ローヤルゼリーの方はハチミツが混ぜてあって食べやすいよ。セラアルバの方はハンドクリーム?」
「本当だ。クリーム状になってる。ローヤルゼリーって食べるの勇気がいるんですけど」
「酸味はかなり押さえられてたよ」
「食べたんですか?」
「ダニエル達と一緒にね。食べろって周りの蜂が五月蝿くてね」
キッチンからスプーンを持ってきて、一匙食べてみる。
「あ、美味しい」
「良かった」
「それでこれが素焼壺」
「壺ですね」
「見たままだね」
もっとよく見たくて、刺繍道具を仕舞う。
「咲楽ちゃん、刺繍はいいの?」
「はい。これって首の部分を伸ばしたら、花瓶になりますね」
「そう言われれば、そうだね。今度作ってみよう」
「これって硬化とは違うんですよね?」
「硬化はコンクリートみたいな感じかな?」
「素焼壺が出来るってことは、陶磁器も出来ますか?」
「釉薬が問題だね。草木の灰を主原料として、長石、珪石などを配合した高温用の釉薬を灰釉って言うんだけど、長石、珪石がどこにあるか分からない。火成岩があれば別だけど」
「火成岩ってマグマが固まったものでしたっけ?」
「そうそう。陶磁器はこの世界にもあるし、その辺は出来なくて良いんじゃない?」
「そうなんですよね」
刺繍を再開する。大和さんは『種族別特徴と言語』を読み出した。
今刺繍しているのはスパトデア。これはもうすぐ終わる。次はエンジュ。色はクリーム色。
「そろそろ風呂に行ってくるね」
「はい。お気をつけて」
刺繍に夢中になってたら変な返事をしたらしくて、大和さんに笑われた。
「お気をつけてって。分かった。気をつけて行ってくる」
もしかして気をつけてって言っちゃったんだろうか。はっきり言って無意識だ。無意識に口から出ちゃった。
明日のスープを作っちゃおう。そう思ってキッチンに向かう。久しぶりに魚醤スープにしよう。鳥肉ミンチはないけど、むね肉みたいな鳥肉はあるから頑張って叩く。
ミンサーが欲しい。それは置いといて。
ミンチ状になったら鳥肉団子を作っていく。スープが出来上がりかけた頃、大和さんがお風呂から上がってきた。
「凄い音がしてたけど?何してたの?」
「鳥肉ミンチを作ってました」
「何の音かと思った」
「すみません」
「いいよ。スープはできた?」
「はい」
「じゃあ、風呂に行っておいで」
「はい。行ってきます」
そう言ったら大和さんに笑って言われた。
「気をつけてね」
そんなに笑わなくても……。
大和さんに陶磁器の事を聞いたのは、モザイク柄の陶器を思い出したから。確か色の違う粘土で模様を作ってたはず。モザイクって言うんだっけ?
違った気がするんだけど。思い出せない。木の色の違うのを組み合わせて模様にするのって、何て言うんだっけ?
モザイクっていったらあれだよね。モザイク画とかに使う言葉。タイルとか使うタイル画。
ん~?分からなくなってきた。モザイクも違ってるような気がしてきた。駄目だ。こんがらがってきた。
髪を乾かして寝室に上がる。
「早かったね」
「そうですか?考え事をしていたらこんがらがってきました」
「いったい何を考えてたの?」
「えっと、陶器でモザイクみたいにした物ってあったよね?って思って、その元の色の違う木を組み合わせたのの名前が思い出せなくて、その内モザイク自体が分からなくなってきました」
ベッドに上がりながら答える。
「それなら抱き締めも膝枕もしない方がいいかな?」
促されて隣に座る。肩に手が回った。ん?
「おかしい。普通に話そうと思ったのに、抱き寄せちゃった」
「習慣ですか?」
「慣れって怖いね」
結局私を抱き寄せて、そのまま大和さんは話し出した。
「まずはモザイクから説明しようか?」
「お願いします」
「モザイクって言うのは小片を寄せあわせて埋め込んで、絵や模様を表す装飾美術の技法だよ。タイルで作る場合もあるし、貝やガラス、石、木も使われる」
「不定形でもモザイクですか?」
「そうなるね。小片を埋め込むのがモザイクだね」
「そうなんですね」
「次は木を組み合わせて作る模様だっけ?それは寄せ木細工。器物などの表面に色や木目などの異なる木片を組み合わせて、図案や模様を描き出す細工だね」
「あ、そうです。それを思い浮かべてたんです。それの陶器バージョンっていうか、そういうのがあったと思うんですけど」
「それは練り込み陶芸かな」
「練り込み陶芸?」
「陶芸の手法の1つだったはずだよ。およそ1300年もの歴史をもつ陶芸の装飾技法のひとつで、色の異なる粘土を練り合わせたり、交互に積み上げたりしながら模様を成形していく手法の事。その積み上がった粘土をスライスすると、組み飴のようにどこを切っても同じ柄が出てくるんだよ」
「スライスしているんですか?」
「横に置いた板をガイドにして、糸でスライスするんだよ。歪んだりもするけど、それも味になるんだよね」
「知らなかったです」
「物は知ってても名前を知らないって、多いよね」
「はい」
「もしかして、陶磁器が作れるか聞いたのは、それを思い出したから?」
「はい」
「焼成しなくても、硬化で出来ないかな?」
「あ、そうですよね。出来そうです。明日やってみようかな」
「何を作るの?」
「フラワーポットしか思い付きません」
「受け皿を作ってみるとか」
「フラワーポットの?」
「そう」
「ノームさんは作るんですか?」
「明日は無理だしね。やるとしたら明後日かな?」
「明日は日勤でしたっけ」
「そうだね。明後日が遅番」
「遅番だとカークさんが一緒ですね」
「そうだね。カークの事はまだ怖い?」
「近くで2人きりでいるのは慣れました。触られるのはまだ抵抗があります」
「触られるのは慣れるって事はないかもね」
「やっぱりそうですよね」
「慣れてもらっても困るけど」
「大和さんに触られるのは抵抗無いんですけど」
「俺は最初から強引に行ったからね。ちょっと反省してる」
「コメントに困ります」
「咲楽ちゃんを離したくなくて、焦ってたしね」
「今は焦ってないんですか?」
「焦ってなかったんだけど、咲楽ちゃんの人気が高まると焦ってくるね」
「大和さん以外は無理な気がします」
「嬉しいね。でも怖くてキス以上が出来ない」
「キス以上?」
「咲楽ちゃんの決心が固まってからだね」
「はい。ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。最初はね、歳上の余裕もあったんだけど、駄目だね」
「何が駄目なんですか?」
「ごめん。ここまで話すつもりじゃなかった」
「大和さん、私は大和さんに無理をさせてませんか?」
「無理?してないね。それどころか、大好きな咲楽ちゃんと一緒に暮らせて、こうして抱き締めて、何気ない事を話して、一緒に眠れる。すごく幸せだと思うよ」
「それならいいんですけど」
「何か不安?」
「私は大和さんといて、すごく楽なんです。ちゃんと話も出来るし、分からない事も教えてくれるし、大切にされてるって言うのもすごく分かるんです。でもその分、大和さんが何か我慢してたりとかしてるんじゃないかって思って」
「無理もしてないし、我慢もしてないよ」
「それならいいんですけど」
「こればかりはそう簡単に払拭できないかな?」
「はい」
「こうして抱き締めてたら、少しは和らぐといいんだけどね」
大和さんはぎゅっと私を抱き締めて撫でていてくれた。
「眠かったら寝ていいからね」
大和さんの優しい声を聞きながら、おやすみの挨拶もできずに、そのまま眠りに落ちてしまった。